犬
顔にまとわりつくような細かな雨が鬱陶しい。
俺は濡れた前髪を手で払いながら、隣を歩く愛犬を見た。
ボーダーコリーのアーク。二歳になったばかりのオスだ。
雨粒で毛並みはすっかり濡れているというのに、暑いのか大きく口を開け、ハアハアと息をしながら前だけを見て歩いている。
「雨、強くなってきたし帰ろうよ。ねえ、アーク。」
リードを軽く引いてみる。
だがアークは振り向きもしない。
むしろ歩く速度が一段上がった。
「またか。」
思わず苦笑する。
アークには散歩の"順番"への強いこだわりがあった。
近所の公園でボール遊びをして、古墳の頂上まで続く散策路を登る。
それから川沿いを歩いて家へ帰る。
途中を省略するなど絶対に認めない。
犬のくせに妙なところだけ几帳面なのだ。
「頑固なんだから……。あと少しだけだからね。」
その言葉にようやくアークが振り返る。
黒い瞳がこちらを見つめ、大きな尻尾がぶんぶんと左右に揺れた。
「はいはい、行きますよ。」
俺が笑った、その瞬間だった。
ざあっ――。
すぐ脇の法面の割れ目から、濁った泥水が噴き出した。
勢いは異様だった。
蛇口をひねったような量ではない。
まるで地面そのものが水を吐き出している。
「……え?」
次の瞬間には、その細い流れは一気に太くなり、小石を巻き込みながら道を横切った。
「ちょっと、これ……やばくない?」
アークも異変を察したらしい。
さっきまで高く上がっていた尻尾がぴたりと下がり、不安そうに男の足元へ寄ってくる。
「逃げよう!」
そう叫んだ直後だった。
ゴゴゴゴゴッ!!
山そのものが唸るような轟音。
反射的に振り返る。
そこには土砂ではなく、"山"が落ちてきていた。
木々をなぎ倒し、岩を砕き、茶色い濁流となった斜面が一気に押し寄せる。
「アーク!!」
叫ぶより早く、世界が茶色に染まった。
……
頬を、生暖かい何かが何度も触れている。
ぺろ。
ぺろ。
ぺろ。
重たい瞼をゆっくり開く。
「……アーク?」
目の前には、心配そうな顔をしたボーダーコリーがいた。
「アーク! 無事だったんだ!」
首元へ抱きつく。
濡れた毛の感触が確かな現実を教えてくれる。
だが安堵したのも束の間だった。
違和感が胸の奥で膨らむ。
「……あれ?」
古墳は?
遊歩道は?
ガードレールは?
何一つない。
代わりに広がっているのは、見上げるほど高い木々が空を覆う深い森だった。
葉の隙間から差し込む光は薄緑色に染まり、聞いたことのない鳥の鳴き声が響いている。
土砂崩れの現場とは思えない。
いや、日本ですらない気がした。
頭が妙に冷えていく。
現実味が失われるほど、人は逆に笑えてくるものらしい。
「土砂崩れに巻き込まれたら、森の中にいる件。」
自分で口にしてみる。
全然笑えない。
「一体全体どうなってる……」
思わず漏れた独り言。
その返事が返ってきた。
『わいも何が何だかさっぱりですわ。』
「……」
「……」
頭の中に直接、声が響いた。
耳から聞こえたわけではない。
思考に誰かの声が混ざったような、不思議な感覚だった。
「……誰?」
『わいや、わい。ここにいてますやろ。』
「……」
『アークでっせ。』
「…………アーク?」
驚いて見ると、アークは嬉しそうに尻尾を振り、
「ワン!」
と一声吠えた。
『せやからアーク言うてますやん。』
愛犬と会話している――そんな異常な状況に頭はまるで追いついていなかった。
だが、背後の茂みから聞こえた音が、混乱していた意識を一瞬で現実へ引き戻した。
ガサッ。
湿った葉が擦れ合う。
続いて、何か重いものが地面を踏みしめる音がした。
ずしん。
一歩。
ずしん。
もう一歩。
小動物の足音ではない。
人間のものとも明らかに違う。
一歩ごとに、足元の柔らかな土がかすかに震えていた。
アークの耳がぴんと立つ。
さっきまで嬉しそうに振られていた尻尾が止まり、身体が低く沈んだ。喉の奥から、普段は聞いたこともないような低い唸り声が漏れる。
『主! 何か来よる!』
その声は、先ほどまでの軽い調子とはまるで違っていた。
切迫している。
怯えている。
それでも、俺を守ろうとしているのが分かった。
「何がいるの?」
問いかけた直後、アークの身体がびくりと震えた。
『あかん……こいつ……!』
「どうした?」
『わいの中に、考えが流れ込んできたんです!』
アークは茂みを見据えたまま、全身の毛を逆立てる。
『殺す。食う。それしか考えてへん!』
「食う……?」
背筋に冷たいものが走った。
冗談を言っている様子ではない。
そもそもアークが、こんな場面で冗談を言うはずもなかった。
『主、はよ逃げや! わいが時間を稼ぎます!』
「アーク、何言ってるの!」
反射的にリードを掴もうとする。
しかし、いつの間にか手に持っていたはずのリードは途中で千切れ、泥に汚れた端だけがアークの首輪から垂れ下がっていた。
『ここはわいに任せて、はよ!』
「一緒に逃げるんだよ!」
そう叫んだ瞬間、目の前の茂みが内側から大きく膨らんだ。
細い枝が次々と折れる。
葉が舞い上がり、太い幹が左右に押しのけられた。
そして、それが姿を現した。
最初に目に入ったのは、赤黒い脚だった。
人間の胴ほどもある太さの脚が、草を踏み潰しながら前へ出る。
続いて、粗雑な獣皮の腰蓑。
膨れ上がった腹。
岩を積み重ねたような胸と肩。
最後に、低く垂れ込めた枝を押し上げる巨大な頭が現れた。
背丈は三メートル近い。
赤銅色の皮膚には黒い筋が浮かび、額の中央からは湾曲した一本の角が伸びている。
大きく裂けた口の端から黄色い牙が覗き、大きな鼻孔から荒い息を漏らすたび、喉の奥で獣じみた音が鳴った。
手には、生木をそのまま引き抜いてきたような棍棒を握っている。
先端には樹皮が残り、ところどころ黒く変色した染みが付いていた。
血なのかもしれない。
そう思った瞬間、胃の奥がひっくり返りそうになった。
「……鬼。」
それ以外に呼びようがなかった。
昔話や絵本で見たものより、ずっと醜悪で、ずっと生々しい。
鬼は俺たちを見つけると、濁った目を細めた。
口角がゆっくりと吊り上がる。
笑っている。
獲物を見つけた獣の笑い方だった。
『主、下がって!』
アークが飛び出した。
「アーク!」
鋭く吠えながら、鬼の正面へ回り込む。
小さな身体を大きく見せるように足を踏ん張り、牙を剥いて威嚇する。
鬼は一瞬だけ足を止めた。
だが、怯えたわけではなかった。
むしろ面白がるように喉を鳴らし、棍棒を持ち上げる。
ぶおんっ。
横薙ぎに振るわれた棍棒が、風を裂いた。
アークは地面を蹴り、ぎりぎりで後ろへ跳ぶ。
その鼻先を、木の幹ほどもある棍棒が通過した。
棍棒はそのまま横の木へ直撃する。
ばきんっ、と乾いた音が響いた。
俺の腰ほどもある木が途中からへし折れ、枝葉を巻き散らしながら倒れていく。
「嘘だろ……」
あれが当たれば、骨が折れるどころではない。
アークの身体など、簡単に潰れてしまう。
『あかん、速い!』
アークはすぐさま鬼の死角へ回り込もうとした。
低い姿勢で地面を滑るように走り、鬼の右脚へ噛みつこうとする。
しかし鬼は、それを読んでいたかのように脚を振り上げた。
「アーク、避けて!」
蹴りが飛ぶ。
「アーク!」
頭の中が真っ白になった。
アークの身体が地面を転がる。
だが、すぐに身を起こした。
脇腹をかすめたように見えたが、毛が乱れているだけで血は流れていない。
まともには当たっていなかったらしい。
それでも、あと数センチずれていたらどうなっていたか分からなかった。
駆け寄ろうとした俺へ、鬼の顔が向く。
濁った目が俺を捉えた。
次の瞬間、鬼が大きく踏み込んだ。
地面が沈む。
こちらへ向かって棍棒が振り下ろされた。
「うわっ!」
夢中で横へ飛ぶ。
直後、さっきまで立っていた場所へ棍棒が叩きつけられた。
轟音。
土と小石が爆ぜる。
頬に何かが当たり、熱が走った。
指先で触れると血が付いた。
ほんの少し避けるのが遅ければ、今頃は地面の染みになっていた。
鬼が棍棒を持ち上げる。
地面には、人が一人すっぽり入れそうなほどの窪みができていた。
足が震えた。
逃げなければ。
そう思うのに、身体が動かない。
鬼の向こうで、アークがよろめきながら立ち上がった。
『主から離れろ!』
再び鬼へ向かって走り出す。
「来るな、アーク!」
鬼もアークの存在に気づいた。
苛立ったように唸ると、今度は確実に仕留めるつもりなのか、棍棒を両手で握った。
そして頭上高く振りかぶる。
その真下に、アークがいる。
アークは鬼の脚に噛みつこうとしていた。
その意識は目の前の脚だけに向けられ、頭上から迫る棍棒には気づいていない。
「アーク、よけろ!」
声が裏返る。
棍棒が動き始めた。
ゆっくりに見えた。
木目。
付着した黒い染み。
鬼の腕に浮き上がる筋肉。
驚いたようにこちらを見るアークの瞳。
全部が、妙にはっきりと見えた。
間に合わない。
このままではアークが死ぬ。
土砂崩れのときも、アークを守ることなどできなかった。
それなのに、また目の前で失うのか。
嫌だ。
それだけは、絶対に嫌だ。
「やめろおおおっ!」
腹の底で、何かが弾けた。
熱い。
いや、熱という言葉では足りない。
身体の中心に生まれた力の塊が、一気に胸へ駆け上がってくる。
肺が押し潰される。
心臓が大きく跳ねる。
その力は背骨を伝い、肩から腕へ、そして右の掌へとなだれ込んだ。
全身の血が、たった一点へ集まっていくような感覚だった。
考えるより先に、俺は鬼へ向かって右手を突き出していた。
止めろ。
アークから離れろ。
その瞬間、目の前の空気が揺らいだ。
見えない何かが掌から迸り、周囲の落ち葉が一斉に舞い上がる。足元の土が放射状に弾け、細い枝が激しくしなった。
アークの頭上へ迫っていた棍棒が、ぴたりと止まる。
鬼の腕が震えた。
さらに振り下ろそうと力を込めているのだろう。しかし、棍棒は見えない壁に阻まれたように、それ以上わずかにも動かなかった。
鬼の顔から笑みが消える。
濁った目が驚愕に見開かれた。
次いで、その巨大な頭が不自然に横へ傾いた。
ほんの少し。
さらにもう少し。
首だけが、見えない手に掴まれているかのように引かれていく。
鬼は棍棒から片手を離し、自分の首を押さえた。
太い指が赤銅色の皮膚へ食い込む。
それでも、頭を引く力は止まらない。
首の筋肉が盛り上がり、皮膚が限界まで伸びる。
鬼の口から、初めて恐怖を帯びた声が漏れた。
「ぐ、が……ッ」
俺は何をしている。
頭の片隅で、そんな疑問が浮かんだ。
それでも右手を下ろせなかった。
アークを殺そうとした。
その事実だけが、頭の中を埋め尽くしていた。
「アークから……離れろ!」
右手を横へ振り抜く。
ぶつり、と湿った音がした。
鬼の頭が胴体から引き離され、勢いよく宙を舞った。
ごとり。
角の生えた頭が地面へ落ちる。
一度は角が柔らかな土へ突き刺さったが、巨体の勢いに引かれるように抜け、落ち葉を巻き込みながら転がっていった。
首を失った身体は、まだ棍棒を振り下ろそうとする姿勢のまま立っていた。
やがて太い指が緩み、棍棒が地面へ落ちる。
ずしん、と腹の底まで響く音がした。
それを追うように、鬼の巨体が膝をつく。
ゆっくりと前へ傾き、そのまま地面へ倒れ込んだ。
森全体が揺れたように感じた。
直前まで響いていた鳥の鳴き声が消える。
葉擦れの音さえ途絶え、辺りは不自然なほど静まり返った。
首のなくなった身体から緑色の血が流れ出し、柔らかな苔を染めながら広がっていく。
俺は右手を突き出したまま、動くことができなかった。
腕が小刻みに震えている。
指先の感覚がない。
心臓が早鐘のように鳴り、呼吸の仕方さえ分からなくなっていた。
俺がやった。
頭では分かっている。
それでも目の前の光景と、自分の行動がどうしても結びつかなかった。
少し離れた場所で、アークも固まっていた。
倒れた鬼。
転がった首。
そして俺。
その三つを、何度も見比べている。
やがてアークは警戒するように鬼の身体を迂回し、ゆっくりと俺のもとへ近づいてきた。
『……主』
「……え?」
自分の声が、ひどく遠くから聞こえた。
アークは俺の顔ではなく、まだ持ち上げられたままの右手を見つめていた。
『なんですか、その力』
アークの声で我に返った。
鼻を刺す鉄臭い血の匂い。
夢でも幻でもない。
確かに、自分が何かをした感覚はある。
腹の底から湧き上がった熱のようなものを、そのまま鬼へ向けて放った。
そんな曖昧な記憶だけが残っていた。
「……俺が、やったのか。」
『念動力……いうやつちゃいます?』
「……念動力?」
『普通は物を浮かせたり飛ばしたりするもんやと思いますけど、初手から首ちょんぱとは豪快ですわ』
「いや、褒められても困るんだけど。」
思わず気の抜けた返事が漏れる。
『それと、わいの声ですけど、おそらく念話ですわ。』
「なるほど。耳から聞こえる感じじゃないもんね。」
一拍置いてから、アークをじっと見つめる。
「……というか、なんか急にIQ高くない?」
アークは首を傾げた。
『こっちに来てからというもの、感情だけやのうて、理路整然と考えられるようになりましてん。』
「ほんとどうなってるんだろ。それと、なんでインチキ関西弁?」
『それがわいにもよう分からんのです。話そうとすると勝手にこうなってしまうんですわ。』
「へぇ……ふっしぎー。」
緊張の糸が切れたのか、思わず笑ってしまった。
自分でも変なテンションだと思う。
でも笑っていないと、この状況を受け止めきれそうになかった。
少し笑ったあと、俺はしゃがみ込んでアークの頭を撫でた。
「それと。」
『なんです?』
「何かあったら、一緒に逃げること。分かった?」
アークは耳を伏せる。
『あの鬼から、主を殺して食らいたいいう、どす黒い考えばっかり流れ込んできましたから。頭が真っ白になってもうて……』
「鬼の考えも分かったの?」
『どうやら、そのようですわ。』
「すごい能力だね。」
俺はもう一度アークの頭を撫でる。
「でも、次からは一緒に逃げること。いい?」
アークは数秒考えるように俺を見つめ、それから大きく尻尾を振った。
『主がそうおっしゃるなら。』
「約束だからね。」
『約束ですわ。』
その返事を聞いて、胸につかえていたものが少しだけ軽くなった。
俺はゆっくりと立ち上がり、改めて辺りを見回す。
見上げるほど高い木々が幾重にも枝を広げ、昼間だというのに森の中は薄暗い。風が吹くたび葉擦れの音が波のように頭上を流れ、どこからともなく甲高い鳥の鳴き声が響いてくる。
鳥……なのだろうか。
聞いたことのない鳴き声だった。
足元に目を向ければ、柔らかい苔が一面を覆い、ところどころ見たこともない草花が咲いている。紫色の花弁がゆっくりと開いたり閉じたりしているのを見て、一瞬目を疑った。
植物まで動いているように見える。
「それにしても……。」
思わず空を見上げる。
木々の隙間から覗く空は、どこか青が濃い。
雲も妙に高く見えた。
「ここ、どこなんだろうね。」
『なんか地球とは違う匂いがしまっせ。』
アークが鼻をひくひくと動かしながら辺りを見回す。
「匂いで分かるの?」
『説明は難しいんですけど、土とか草とか、水とか……全部ちょっとずつ違いますわ。』
「便利な鼻だね。」
『そこは犬の本領発揮です。』
思わず笑ってしまう。
ついさっきまで命のやり取りをしていたとは思えないほど穏やかな時間だった。
もちろん現実は何も解決していない。
知らない森。
しゃべる犬。
鬼。
念動力。
意味が分からないことしか起きていない。
それでも、隣にアークがいるだけで不思議と心細さはなかった。
「とりあえず人里がないか探そう。」
『賛成ですわ。』
少なくとも人がいる場所まで行かなければ、何も始まらない。
俺たちは鬼の死体を大きく避け、森の奥へ歩き始めた。
しばらくすると、水の流れる音が聞こえてくる。
木々の間を抜けると、幅三メートルほどの小川が姿を現した。
澄み切った水が石を転がしながらさらさらと流れている。
俺はしゃがみ込み、両手ですくって口へ運んだ。
ひんやりと冷たい。
変な味もしない。
「……うまい。」
『主、大丈夫なんです? 寄生虫とか。』
「そう言われると急に怖くなってきた。」
『もう飲んでもうてますやん。』
「言うなら先に言ってよ。」
アークは申し訳なさそうに耳を伏せる。
『すんません。』
「いや、責めてないよ。」
苦笑しながら立ち上がる。
川ということは、下流には人が住んでいる可能性が高い。
少なくとも文明があるなら、水辺に集落を作るはずだ。
「この川を下ろう。」
『沢下りは勘弁してほしいですわ。』
「俺も。」
川沿いは岩が多く、そのまま歩くには危険だった。
結局、森の中を大きく迂回しながら下流を目指すことになる。
歩き始めて三十分。
青白く光るキノコが群生している場所を見つけた。
一時間。
人の顔ほどもある甲虫が木の幹をゆっくり登っていた。
一時間半。
空を見上げると、翼を持った鹿のような生き物が滑空していくのが見えた。
「……もう驚くの疲れた。」
『わいもです。』
「でも全部初めて見る。」
『写真撮りたいですわ。』
「スマホ……。」
ポケットへ手を入れる。
あった。
画面は割れていない。
電源も入る。
しかし。
圏外。
当然といえば当然だった。
画面の右上に表示された"圏外"の二文字が、ここが本当に日本ではないことを改めて突きつけてくる。
「帰れるのかな……。」
思わず漏れた独り言。
アークは何も言わず、そっと俺の足へ身体を擦り寄せた。
その温もりだけで十分だった。
二時間ほど歩いただろうか。
ふと風向きが変わる。
鼻をくすぐるのは、薪が燃える匂い。
「アーク。」
『ええ。』
俺たちは顔を見合わせる。
森が途切れ、その向こうに木造の建物が見えた。
煙突からは白い煙が立ち上り、畑らしき緑も見える。
「……人里だ。」
胸の奥で安堵が広がる。
だが、その安堵は長くは続かなかった。
処女作です。




