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SIGNALS  作者: 九缶婆
3/3

第二話 〜繋ぐ者〜

「はぁ......はぁ......」


淡い光だけが照らす静寂な空間で、肉と骨が断たれる音が断続的に響く。


「これぐらいにすれば入りきるな......」


黒い袋に、次々と切り分けたものを投げ入れ、袋の口を何度も硬く結んだ。


「これをヤツらにあげれば、もう困らない」


疲労か、寒さか、震えに震えた手でしわくちゃの紙を取り出す。


そこには、幾つかの奇妙な生態がまとめられていた。


「ハング・エンド......これにしよう」


そう決意し、しわくちゃな紙を腰のポケットに突っ込む。


目指す先へ、重い袋を引きずりながら進んだ。




「寒い......」


両腕を擦りながら、散らばった空の弾丸の上を踏み締めて歩く。


少女が歩いている廊下は、踏まれた空の弾丸の音色の反響が最後まで聞こえる程に静寂だった。


ここは学校のような異界、"ナレノハテ"の巣窟である。


そしてそこにいる少女、彼女は予言の子と呼ばれる存在。


冷えた風が吹く廊下を腹を見せる服装で歩いたせいか、少女の顔から暖色が消えていっていた。


それでも尚、目立つそのミント色の長髪がこの冷たい世界に異彩を放っていた。


しばらく歩き、少女は何かを察知して歩みを止めた。


自身の足が鳴らす金属の鳴き声に混ざる何処かの音を聞き取るためであった。


その音は、少女が歩みを止めた後も続いていた。


聞こえる先は、丁度右に曲がって見える食堂からであった。


重いものを引きずる音が、次第に少女に接近していく。


事件性を感じて身構える彼女の前に現れた音の正体は、意外にも男の人であった。


全身のシルエットが分かる上下に黒い長袖のシャツとズボンに、腰まで伸びた襟付きローブを身につけていた。


髪は何か作業をしていたのか、汗が滲んでぐちゃぐちゃになっていた。


「あれ、お嬢ちゃんここで何しているんだい?」


荒い息遣いが目立つも、気さくな雰囲気で語りかけてくる相手に少女は衝撃を受けたからか、警戒態勢から抜けることが出来なかった。


中腰気味の少女を目にした男の人は、未だ自身が警戒されたままだと思いすぐさま身の潔白を証明し始めた。


「あぁ...! 驚かせてしまったかな?大丈夫! オレはここを探索してただけなんだ」


そう言ってすぐ、先程の異音の正体出会った黒い袋を指す。


「これはここで集めていた食料なんだ。少し欲張ってしまったからこんなに重くなっちゃったけど」


少女は彼の持つ黒い袋を見下ろした。


袋から液体が漏れている。


「...あ! オレが集めていた食料っていうのは肉でさぁ」


少女の見てるものに対して、まるで誤解されたくないような口調で喋り出す。


「...わかった。ちなみに帰り道は知ってるの?」


「もちろん! その言いぶりだと迷った感じかな」


「うん、そんなところ」


少女はようやく安心してため息をついた。


此処を出られるまでは彼に頼っておくといいだろう。


男は、ハッとした表情を見せた後頭を掻きながら自己紹介を始めた。


「そうだ、自己紹介を忘れていた! オレの名はサスピシャス・フェロウだ。お嬢ちゃんの名前は?」


男の人、もといフェロウは気さくに少女の名を訊ねた。


「あ......」


少女は口を開いたが、そこから沈黙だけが続き、遂に口を閉ざしてしまった。


「まあ......言える時に言ってくれよ」


フェロウは、少女が恥ずかしがり屋なだけだと考えた。




少女はフェロウに従い、彼が示す帰り道へ向かっていく道中、二人は事務室のような部屋を横切っていた。


そこで少女は、その事務室に吸い込まれるように入っていった。


フェロウが違和感を感じ振り返った頃には、少女は既に元の位置にいた。


両手にはハサミとテープがあった。


「......どうしてそれを?」


「わかんない......でも、なんだか必要な気がして」


直感なのだろう。


だとしても、工作ぐらいにしか使わなそうな道具で

何ができるのだろうか、とフェロウは思った。


「まあ、別に持ってても問題ないから良いよ」


フェロウから承諾を得られた少女は、腰に巻いたベルトに備えられたポケットに詰めていった。


その様子を見ていた男は、彼女の黒い腰ローブが気になった。


「お嬢ちゃん、もしかして"象徴者"か?」


少女の黒い腰ローブに刻まれた灰色の紋章をフェロウは凝視して言った。


「"象徴者"......それって何?」


「......いや、気の所為だろうな。気にしないでくれ」


そう言いフェロウは前に向き直し、足を進めていった。


少女は彼が言った"象徴者"がなんなのか気になりながらも、彼の行く先に従った。


歩きながら、フェロウは再び少女の服装について訊ねた。


「お嬢ちゃんのその服装......"ケイオス帝国"から来たのかい?」


「その国、ボクが丁度行きたかったところだ」


「"行きたかったところ"? お嬢ちゃん、その服装でケイオス帝国の民じゃなかったのか」


「ううん、僕は遠い砂漠から来た」


少女がそう答えた途端、フェロウは可笑しそうに笑った。


「変な話だ。オレたちがいる世界は何処を見ても砂漠一色、そんなところからどうやって生きていられるんだい」


彼の言うとおり、彼らの本来いる世界、言ってしまえば現実世界は何処もかしこも砂景色である。


一度滅び不完全に再生された世界。


故にかつてあった文明の多くは砂埃に還り、遺された残骸は従来の機能を完全に失い、ガラクタとしてその砂景色を不細工に彩っていた。


そこには僅かに国となった人里があるだけで、それ以外の荒野は微生物系を除くほとんどの生態系が存在しないはずなのである。


そんな世界でありながら、そんな劣悪な環境で生きれそうには見えない少女が"遠い砂漠から来た"なんて話を聞けば、その劣悪さを知っている彼が可笑しく笑ってしまうのも無理はない。


しかし、少女は彼の言うことを不思議そうに聞いていた。


本当のことを信じて貰えない子供のような、呆然とした中に混じる若干の無念と哀愁を漂わせる表情をしていた。


「ほ、本当なのか...」


少女の表情を読み取ったフェロウは、彼女が本当に"遠くの砂漠から来た"という荒唐無稽な話を信じざるを得ない気になった。


「......んまぁ、お嬢ちゃんが何処から来たのはいい......だが正直言うと、ケイオス帝国はやめておくんだな」


フェロウは口をへの字に結んで言った。


「どうして?」


「あそこの連中はどいつもこいつも頭が沸いてるのさ。特にあそこの王はイカれている。こっちの国にいる民の命も、大事な物資も、アイツと少ない下っ端だけで奪っていく。女王様は頑張ってくれているのもあって尚更アイツが憎い。そしてアイツを指示する連中も腐ってる」


彼の口から罵詈雑言が溢れ出る様子を、少女は唖然として聞いていた。


しばらくして、フェロウはようやく怒り心頭の愚痴に句点をつけた。


収まったことを確認し、少女は恐る恐る口を開く。


「あなたは何処の国の人なの?」


フェロウは湿った髪をかきあげ、少女の目を見た。


かきあげてはっきり見える顔には誇らしげな表情が表れていた。


「オレは"オーダー帝国"の民さ」




かなり歩いただろうか。


学校のような異空間を彼ら以外、誰一人会うことなく進み続けてた。


彼らが歩く廊下で奏でられる音は、空の弾丸の金切り声、重く黒い袋の擦れる音、二人の鳴らすブーツの音、そして廊下を突き抜ける冷たい風の囁きであった。


フェロウは「もうすぐ着く」とことある事に言うが、目指す出口らしきトビラらしきものは何一つ見えない。


しばらく沈黙が続いていたためか、少女は暇つぶしとして何か話題を出そうと、以前フェロウの言っていた"象徴者"について話すことにした。


「"象徴者"って、なんの事?」


突然、フェロウは進む足を止めた。


突拍子もない停止に、少女は反応が遅れて数歩進んでしまった。


目だけを少女に向け、フェロウは口を開いた。


「言ってしまえば能力者だ。オレたち一般人にはできない超常現象を引き起こす存在」


「そんな存在が、どうしてボクなんだと思ったの?」


「...いやぁ? 君と同じように直感で感じていただけ、かもね」


何処か皮肉めいた返答で本心を隠すように話を終わらせた彼は、そそくさに足を進めた。


少女はしばらく放心状態だったが、男が曲がり角に消えそうなことに気づき、焦って男の背中を追った。


「その、"象徴者"っていうのは、どういう人だったりするの?」


少女は"象徴者"について興味津々だった。


彼の皮肉は効いてなかったのだろう。


まるで無知ゆえに知を得るために大人に問い続ける勉強熱心な子供のようだった。


沈黙を貫こうとしたフェロウも少女の猛攻に堪えたのか、髪を掻きむしながら渋々口を開いた。


今度は目も合わせようとせず、前を向きながら話した。


「能力者は皆、国の重要な位に就いているんだ。オーダー帝国は王女とその専属の研究者二名。ケイオス帝国はたった一人、王だけだ」


少女は胸が踊った。


自分が"象徴者"なのか分からないが、もしそうだとすれば彼らのように活躍できるのかもしれない、

という純粋な憧れがあった。


「いいなぁ......ボクも"象徴者"だったらいいなぁ」


「そうだね。もしそうだったらお嬢ちゃんを......いや、なんでもない」


フェロウはまた話すのをやめてしまった。


少女は彼の不自然な言動に、若干鼻につく気持ちが生まれていた。


「ほら、着いたよ」


そんな彼女を宥めるように、丁度タイミング良く目的地に到着した。


フェロウが言う出口というのは、どうやら公共トイレのことらしい......


「......本当に此処で合ってるの?」


「もちろん! いつも使ってるから信じて!」


信じられないが、信じるしかない......


しかし改めて考えれば、こういう近寄り難い所ほど出口があったりするものだ。


少女はそう自分に言い聞かせ、フェロウに誘導されてトイレに進んで行く。


入っていったのは女子トイレ。


フェロウの方を見た時、彼は少女から目を逸らしていた。


なんて気まずい空気、早く出たいものだと少女は思った。




「ここの個室トイレの先に非常口があって、そこがオレたちの世界に戻れる"トビラ"なんだ」


フェロウはそう言い個室トイレの戸を開く。


この戸は"トビラ"の定義から外れてるのか、また別の空間に繋がることはなかった。


「オレは後ろにいるよ。死角は危険だからね」


「危険? 此処にはボクたちの他に誰がいるの?」


「それは出てから教える」


フェロウは少女の両肩を押して、個室トイレへ向かわせた。


淡い光に照らされ、少女が視界の中で捉えた"トビラ"は________。


無かった。


「あのぅ......"トビラ"が、無いけ、ど」


恐る恐る彼女は後ろを振り向く。


さっきまで立っていたはずのフェロウは、しわくちゃな紙だけを残して姿を消した。


「消え......た? あとこれは一体?」


突然の神隠しに少女は困惑したが、同時に残された紙に対して気になりはじめた。


残された紙をつまみ上げたとき、少女はこの個室を照らした光が明らかに何かで遮られていることに気づいた。


光の出どころである天井を見上げて見えたのは、逆光によって暗くなった大きなシルエット。


それは、さっきまで後ろに居たフェロウが首を吊った姿だった。


「______ッ!?!?」


突然の惨劇に少女は目を丸くし、腰を抜かして尻もちをついた。


トイレの個室を照らす照明が、吊られた図体を黒くおぞましく見せた。


首を吊っているのは縄だろうか。


しかしあの一瞬でどうやって音もなくあの男の身体を吊るせるのだろうか。


その縄のような黒く太い"何か"を辿って天井を見上げた時、少女はこの怪奇現象の正体を知った。


この学校のような異界に存在する、もう一種の"ナレノハテ"であった。


ヤツは吊るしたフェロウの身体を自身に引き寄せた。


吊るされたフェロウは、なんとまだ息をしていた。


しかしその図太さを試すように、ヤツはフェロウの首を強烈に締め付ける。


締め付けられたフェロウのもがく声が数秒続き、遂に骨が砕ける音がトイレ全体に響いた。


その音は、少女の頭に幾度もなく反響した。


けたたましい反響の中、フェロウの手元から落ち、地面に叩きつけられた血濡れた手斧の音で、彼女はようやく身の危険に気づいた。


次は、自分があのようになってしまう。


フェロウの絞殺を終えたヤツは、数本の太い縄のようなそれを少女の首元に伸ばすが、間一髪で回避された。


少女は個室から脱出し、女子トイレから抜けようと試みた。


しかし焦ってしまったが故に、床に落ちていたフェロウが運んでいた黒い袋に足をすくわれてしまった。


前のめりの突っ伏してしまった少女の背を先程の太い縄の群を成して襲いかかった。


あっという間に少女は抱えられるように胴体を縛られ、持ち上げられてしまった。


驚くことに、太い縄らしきものはヤツの絞殺という手口に特化した、長寿な木の枝のように伸びた指であった。


少女がどれ程全力で振りほどこうにも、縄かそれ以上に頑丈なナレノハテの指に敵うことはなかった。


激しく抵抗する少女は、首元を縄のように細長い指で徐々に絞め上げられてしまう。


首を絞められていく少女は、ヤツの腕が伸びる先の闇を睨みつけた。


ヤツの全貌が闇から現れた時、少女は衝撃を受けた。


縄の模様のように捻れた細い首の上は、下顎から上が存在せず、ハエトリグサのように鋭い歯を並べていた。


不格好な歯と歯の隙間から垂れてきた体液は、思わず顔をしかめてしまう程の酸っぱさと腐敗したような悪臭が漂っていた。


(息が......できない......!)


絶体絶命の状況、もはや為す術もない。


しかしこの今際の際で、少女の直感が再び目覚めた。


咄嗟に腰につけたポケットから、以前回収したハサミとテープを取り出す。


(脅威を斬り捨て、命を繋ぎ止めるモノを......!)


少女がハサミとテープを強く握ったとき、彼女の握った手から白い光が零れた。


次第に白い光は少女の手の上で増幅し、やがて鋭利な輪郭を形成する。


少女は"それ"を強く握りしめ、ヤツの細い手首を狙った。


ヤツの手首が強靭な指とは比べられない程あっさりと斬られた。


同時にヤツの指の力が抜け、少女が開放される。


「危なかった......でも直感が当たって良かった。指が絡んでも余る程極端に長いのは、脆い手首から距離を取らせるため!」


幸い、少女が無防備であるとヤツが油断してくれたことで、攻撃範囲が弱点に届くことができた。


少女の握る"それ"は光が小さくなり、光で隠れた姿が現れる。


その姿は、実にユニークだった。


ハサミとテープ、それが文字通り合体した姿で、元のサイズから剣として扱える程にまで大きい。


「これで何とか生き延びれる......!」


先程少女を手放したヤツは、怒りに任せて掴んだままだったフェロウの死体を床に叩き落とした。


少女を捕らえていた手は片手だけだったようで、ヤツにはまだ狩りの道具があった。


「ここに来るまでずっと歩いてて疲れたから、そんなに長く相手はできないよ!」


少女はそう言い、取っ手に装着された二つのテープをヤツに目掛けて一振した。


ヤツの全身がテープまみれになり、天井に貼り付けられる。


テープの粘着力と強度は強力なようで、怪力なナレノハテであるヤツも身動きが取れそうになかった。


「すごい......ボクにこんな力があったなんて」


鋭い直感と"特殊能力"。


その"特殊能力"こそが、彼女の持つ"象徴の力"。


そう、予言の子とされるこの少女が、"象徴者"に加わるもう一人の存在。


新たなる可能性。




予言の子。


彼女の能力は、触れた二つの物体を一つに統合すること。


生成される道具は、彼女の想像力に委ねられる。




「ここまで逃げたなら大丈夫かな......」


少女はヤツのいるトイレから逃げ切っていた。


しかし、この場所を知っている人を失なった今、また降り出しに戻ることとなる。


「この紙、一体何が書いてあるんだろう」


少女が拾ったしわくちゃの紙。


そこに書かれているのは、この異界に住み着く怪物である"ナレノハテ"についてだった。


「ボクが見たあの生き物のことも書いてる......!」


少女はその紙に書かれている内容に夢中になり、その紙に釘付けのまま歩いていた。


それ故に____、


「あっ......!」


少女は足元にある穴に気づけず踏み外してしまった。


真下は、光も届かぬ深淵であった。


「落ちるぅう!?」


辛うじて片手で床を掴むことができ、落下を免れた。


しかし身体に纏った鎧の重さと非力な筋力では、その状態は長く持たない。


「誰か......あっ」


握力に限界が来てしまい、手と床が離される。


その手を突然、床の向こうから誰かが掴む。


「掴まってろ!!」


掴んでくれた誰かの腕を握った直後、少女はあっという間に安全な床に打ち上げられた。


「俺が空けた穴で死なれたら困るぞ......大丈夫か?」


少女を助けたのは、同じく此処を彷徨う青年であった。


赤い袖長のタートルネックに、黒い上着。身体を巡るようにつけ、長い筒を背中に抱えるように留めるポケット付きベルト。


「俺は紅 龍我だ。アンタの名前は?」

遂にふたりは出逢った_____!!

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