賭けを見守っていたら未来が拓けた アランの婚約者2
三人の留学生は、ドリド、ミゲル、クレアといった。
ドリド騎士科を希望しており、やんちゃな男子、といった感じ。アランとも気が合いそうな気がする。
あちらもそう思ったらしく、打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。
ミゲルも騎士科だが、こちらは硬派な感じ。
あまり馴れ合いは好まないタイプ…かな。
一番不安なのが、唯一の女子、クレアだった。
眼鏡をかけて、落ち着きがなく、何やらブツブツ呟いている。
…違う言語のためまったく分からないけど、何回か「アラン」て言ってたような?
「ごめんな、アラン。クレアはかなりの人見知りなんだけど、加えてすぐに自分の世界に入ってしまうところがあってさ。でも、今回の留学、一番楽しみにしてたんだぜ?」
ドリドがとりなす。この三人、幼なじみらしい。
ドリドとミゲルは、俺の家と同格の伯爵家、クレアは男爵家ということだが、もうすぐ父が功績を認められて伯爵に上がるらしい。
「校内を案内してくれないか。よく移動先になる場所も知りたい。」
ミゲルから求められて、応じる。
(とはいえ、クレア嬢ともコミュニケーションはとらないとな。)
「クレアさん。何か希望はありますか?」
「ひゃん!!…ajtjg!」
何か言って、顔を真っ赤にしている。
えーと、確か意味は、「神」じゃなかったか?
「神?俺?」
「あ!いえ、違います!いや、違わないけど、最推しが動いてしゃべって微笑みかけて!!幸せです!」
えーと…。
「ありがとう、でいいのかな?じゃあ、みんなでひと通り見て回りますか。」
正解がわからないまま、彼らと過ごす日々が始まったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
留学生の案内役は、思っていたよりはかなり楽だった。
三人とも、語学に問題はなく、それぞれ興味があることへの好奇心がちゃんとあり、熱心だ。
ドリドは騎士科で剣技を磨き、実践を通じて順調に同級生と友情を育み、ミゲルは魔法や魔導具研究に熱心で、教授からものすごく気に入られている。
クレアも歴史学を専攻し、自国にはないという歴史書に感激していた。
ただ、時々変なスイッチが入る。
なぜかそれは、フェルナンド様やアマリエ、レオンあたりにまつわることが多く…。
ミヒャエルがいないことを確認したり、フィリア=ラルフェンという生徒がいないか確認してきたりした。
(ミヒャエルのことをどこで…。あいつ、外国の女性にも手を出してたのかな。ラルフェン領って、入学前にレオンとミヒャエルが旅行した場所じゃなかったっけ?)
引っかかりはあるが、さほど関心がなくて、流してしまった。
うちの学園は、家格ツートップのミレーヌ様とアマリエが大変仲良くほのぼのしているため、全体的にとても穏やかな空気が流れている。男性陣も、フェルナンド様の統率がしっかりしており、地に足がちゃんとついた感じだ。
そんなわけで、留学生が多少変な事を言ったりやったりしても、わりと「そんな子なのね」で受け入れられているふしがあった。
クレアはクレアで、
「そう。ここは、悪役令嬢が主役の世界線なのね。それはそれで…。」
とか言い始めて、最初の頃の混乱した感じはなくなっていった。
はじめはハラハラさせられたが、貴族令嬢らしく、お茶会にも参加し始めて、とけこんでいっているようだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなある日の出来事である。
その日、俺は柄にもなく、ちょっと落ち込んでいた。
庭園の木の根元に腰を下ろす。
なんのことはない、試験の結果が思わしくなかったのである。
(ちゃんと勉強してるつもりなんだけどなあ。)
言っちゃ悪いが、レオンとかよりはるかに対策を練り、時間をかけて勉強して臨んでいるが、10位以内に入れた試しがない。
『年齢がもっと近ければ、フェルナンド様の側近候補になれたのに。』
兄貴の言葉が頭に蘇る。
(俺、何やってもだめだよなあ。)
戦闘訓練でも勝てず、勉学もかなわない。しかも兄貴には婚約者もいる。
「はあ。」
ため息を、一つついて、木にもたれかかると、
「きゃっ!」
小さな声がして驚いてしまう。
振り返れば木の反対側に、身を縮こませるようにして座るクレアがいた。
先客だったようだけど、俺が来て、去るに去れなかったんだな。
そう考えると、何だか悪いような気もする。
「あー、読書?驚かせてごめん。」
「いえ…。ここは人もあまり来ないし、イベントも記憶になかったので…。」
また少し良くわからないことを言っていたが、今はあまり会話を続けたくなくてスルーする。
「あ、じゃあ、ごゆっくり。」
「あ、ちょっと待ってください!」
こちらが去るべきかと思って立ち上がろうとすると、意外なことに、止められた。
「何か?」
「あ、あの!何だか元気なかったので…。気になってしまいました。すみません、呼び止めて…。あの!アランさんは、素晴らしい方なので!元気を出してくださいね!」
…その時の俺は、ちょっぴり意地悪な気持ちだったんだ。
「素晴らしい…ね。一度うちの兄貴に会ってみる?多分俺のこと、残念な人に感じると思うよ。」
半笑いで目も合わせずにそう言って。
クレアに目をやって、驚いた。
クレアがなんだかすごく、キョトンとしていたから。
俺の中で、優秀な兄貴のことは、周知の事実だったので、ここまで何を言ってるかわからないような顔をされるとは思わなかった。
「…確かにそんな設定あったような?でも、実物を見てなお、そんなことを思う人なんているのかしら?」
ボソッと呟いた言葉に思わず耳を澄ますと、今度はまっすぐに見つめられた。
「お兄様ができる方なのは事実なのでしょうが、それでアランさんの価値は変わるのですか?身に付けた知識も技術も、フェルナンド様からの信頼も、御学友との友情も、全てアランさんが自分の努力で得られたものでしょう?昔から、一時の英雄ではなく、そういった方のほうが、大きなことを成し遂げ、歴史に名を残しています。何も恥じることはないのでは?…って、モブのくせにすみません!偉そうに!でもヒロインが言わないなら私が言っても良いですよね?」
トクン。
(いや、トクンて何?)
相変わらず最後の方はわけがわからないのに、彼女の言葉はストレートに俺の心を射抜いた。
その時からだ。
彼女に興味が湧き、もう少し知りたいと思い始めたのは。
その気持ちのおかげで、俺は、レオンの秘密も知ることになるのである。
アランをクレアが攻略してしまいました。
でもこのクレアさん、一筋縄ではいきません。