第四十六話 血文字
「なあ、昨日全然連絡つかなかったけど、なんか、あったのか?」
坂堂がいきなりそう言った。
「あ、いや、別に、課題も終わってなかったし、さっさと終わらせようって、思って、ケータイ切ってたんだ。」
「お前、そんな真面目に勉強するヤツだっけ?」
「まあね。」
どうやら誤魔化せたようだ。
肥島列章駅から西へダラダラと歩いてきて、約三十分。歩くだけで一体何を頼りに人を探すのかわかったものではない。だから僕たちは人が集まる公園のベンチで聞き耳を立てていた。
「隣の島原さん、再婚したんですって。」
「え?そうなの?お相手は?」
「わからないけど、どうやら社長さんらしいわよ。」
だからなんだ。
公園に集まるご婦人の世間話なんて当てにならないかもしれない。公園に居座って早、十分。そろそろ場所を変えるか坂堂に声をかけようと思ったとき、
「あ、そうそう、昨日、また見つかったって。」
島原さんの再婚の話をしていた声だ。
「見つかった?あの血文字?」
「そうそう。」
なんだ。イタズラの話か。
「坂堂、場所変えよ。」
すると、坂堂は、
「いや、まだ再婚の人の話を聞いてみよう。」
「え?」
僕は渋々座って、また聞き耳を立てた。
「これで二十個かしら?」
「そうね。なんでもなかなか消えないらしくて、ねぇ、困ったものね。」
うーん?やっぱりイタズラの話にしか聞こえないけど、二十個ってのは多いのか?
「あ、島原さんよ。」
「まあ、あれが例の再婚相手?」
話がまた再婚の話になった。
「なあ、坂堂、今の話になんのヒントがあるんだ?」
「余り期待はできないのは僕もだけど、行ってみるか。」
「行ってみるって、場所もわからないじゃん。」
「なにもなしに歩くよりはマシだろ?」
尤もだ。
というわけで、例の血文字を探して、僕らは住宅街を二手に別れて探すことにした。
* * *
「どう?上手くいってる?」
「多分、長目君がどう思ってるかわからないけど、私は今でも長目君が好きですし、きっと上手くいってると思います。」
「そ。」
赤のスポーツカーの車内に似合わない恋バナをしていた。
「金田さんはだれか好きな人とか要るんですか?」
「ん?私?うーん、私はねぇ居なくは無いけど、そう、なんていうか恋だとかそういうのとは違うような気がするなあ。」
「もしかして菩巌院さんのこと?」
金田は一瞬、虚を衝かれたような顔をして、すぐに笑った。
「帝刃ちゃん?あいつはねぇ、そういうのじゃなくて、幼馴染みというか、腐れ縁というか、なんだかわからん仲だよ。きっと向こうもそう思ってるだろうね。」
そうか。
私には乙女の勘とかそういうのはないかも知れない。
「あ、でもね、あいつは私に帝刃ちゃんって呼ばれるのを病めさせたことが無いんだ。」
「へぇ、じゃあ、ひょっとするかもしれないですね。」
「いや、ないでしょ。諦めてるだけだろうね。」
金田の目がやや遠くなり、すぐに戻る。
ひょっとすると乙女の勘とか言うのはまだあるかもしれない。
「最近ね、この付近で変な落書きが増えてるらしいんだよ。」
「ヘンナラクガキ?」
いきなり話を変えられたせいで脳味噌が反応できなかった。
「そう、何しろ、桜語のSに斜線が入ったものでね。」
桜語とは外国語の一つで世界各国で使われている。私も桜語検定の級を持っている。
「Sに斜線。なんか、よくわからないものですね。イニシャルとかですかね?」
「わからないけど、最近から急増してるらしい。」
最近から急増。
イタズラにしては変だな。
落書きだとするなら大抵一個書いて終わりだし(落書きする人の気持ちなんてわからないけど)、急増ってことはかなり前からチマチマと在ったってことだし。
うーん。
「とりあえず、そのところに行ってみよう。」
金田はアクセルを踏んだ。
「S、うーん、佐藤、佐川、佐々木、迫田・・・わかんないな。」
「Sに見えるだけでSかもわからないよね。」
確かに。
「Sに斜線、ちょっと調べて見ますね。」
携帯で検索。
S 斜線 記号
どれどれ?
まず出てきたのはネットニュースの記事だった。肥島列章の住宅街で例の落書きが急増したことを伝えるもので、テレビにも出ていたようだ。(最近、テレビ見てないなあ。)
次に出てきたのは「教えてネッター」というウェブサイトで、どういうものかというと、ネット上でわからないことや、質問等を載せると、それにだれかが返答するというものだ。そこにこういう質問がのっていた。
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2005年7月5日の質問
P.N かまぼこライス
楽譜を見ていたらSに斜線が入ったような記号が出てきたんですけどこれどういう意味ですか?
───────返信一件───────
P.N カモメ
セーニョマークじゃないですか?
D.Sってところまで来たらそのマークのところまで戻れという意味ですよ
──────質問への返信、一件─────
P.Nかまぼこライス
ありがとうございます!
先輩にも確認したらそうだと言われました!
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セーニョマーク?
次はそれを調べる。
すると、確かにSに斜線を引いたようなマークがずらりと現れた。
「金田さん、もしかしてこれじゃないですか?」
ちょうど信号待ちだったので、金田に見せる。
「あー、確かに。それかもしれないね。どんなマーク?」
「えーっと、音楽記号の一つです。」
「音楽記号・・・。」
確かに。こんなマークは見たことあるけど、セーニョマークって名前なんだ。へえ。
「あ、着いたよ。」
肥島列章駅から結構離れたような気がするけれど。
車を降りて、付近を見てみると、
「あ、あれですか?」
側溝の蓋の上に先程のマークがかかれていた。黒くなっていて、ちょっと擦れば取れそうだ。
「そうだね。でも、前見たときより黒くなってるから、ひょっとすると血文字だったりするかもね。」
え、血文字?なんか、不気味だなあ。