87 震える村長
タルソット村へ行き、その村民が邪教徒かどうか確かめる。その方法はキリック団長が把握している。そして、彼らが邪教徒だった場合。おそらく彼らは捕らえられ、抵抗すれば殺されるだろう。
そして、裕二には徴税官を殺した者を対処させる。
兵士によるとその者は凄まじい程の手練。オスロットをひとりで壊滅させた男ならばうってつけの役割だ。
しかし、その徴税官殺害の件は裕二達が来る直前に情報がもたらされた。
「彼が死んでくれたお陰でユージ殿に特別の役割を与える事が出来た。その事には感謝するしかないですねえ」
「しかし、相手もかなりの者と聞いておりますが」
「ふむ、勝ち残った方を手駒にしますかね。ですが私はユージ殿だと思います」
「ほう、それは何故でしょうか」
「ユージ殿はオスロット四十人。彼らは元兵士や魔術師も多数含まれます。話しを聞く限りでは徴税官を殺した者は剣士。それに対しユージ殿は剣の腕前も高く魔法もかなりのものと聞きます」
「なるほど……確かに剣士では魔法の遠距離攻撃に対応しにくいですからね」
裕二とヘスの退出した部屋では、ステンドット子爵とキリック団長がそんな話しをしていた。
裕二達は別室で休み出動まで備える。その出発時間は明朝、陽が昇る前だ。予定通りならタルソット村には昼前にはたどり着くだろう。
「しかし、どのようにユージ殿を手駒に?」
「まあ、普通に我々の仕事を知ってもらい納得していただいてからですね。邪教徒を滅ぼすのは大切な仕事ですから」
「まあ……そうなのですが」
「ふっふっふ、あなたの言いたい事もわかります。村人は邪教徒ではありませんからね。まあ、納得しないなら別の手がありますから。キリック団長は心配せずとも大丈夫です」
その頃、裕二とヘスは邸内の豪華な部屋をあてがわれ、そこで明日に備え休んでいる。部屋は二つ用意されてはいるが、まだ眠るには早いので、裕二の部屋に集まり話しをしている。
「ユージはどう思った?」
「うーん、ちょっとヘスが警戒しすぎかな、とは思ったな」
「確かにそうかもな。実際会ってみると物腰の柔らかい人だし、言ってる事にもおかしな点はないな」
「まあ……そんなに心配ないと思うぞ」
そうは言っても今回の依頼は人の殺害が含まれている。そこの判断は必ず自分で行い、決して間違いたくはないものだ。
「だけどヘス。邪教徒って、どうやって見つけるんだ?」
「さあな。あのキリックってのに聞いてくれ」
細かい部分はキリック団長から現場で直接指示がある。おそらくそれをやるのは裕二達ではなく、キリック配下の兵だろう。二人が担うのは戦闘の部分だ。
「もう寝るか」
「そうだな」
◇
「お姉様……」
徴税官と二人の兵士を殺害したバチル。それを建物の隙間から見ていたテパニーゼ。おそらくそうなるだろうとは思っていたが、実際に現場を目の当たりにすると、その衝撃は大きい。それはその後どうなるかを知っているからでもある。普通なら、バチルはツェトランド領の騎士団か兵士に捕らえられ処刑される。
――そんな事はさせやしない。いざとなったら私が身分を明かして止めなければ。
テパニーゼにどこまで出来るのか。仮に兵士がやってきてバチルを捕らえようとする。そこでテパニーゼが身分を明かしツェトランド家の者だと示す。そのテパニーゼがバチルを捕らえてはならないと言えば、おそらくそれは聞き入れられる可能性は高い。
だが、それも時間稼ぎにしかならない。それどころかステンドット子爵に居場所を知られ自分が殺される可能性さえある。
――でも……それでもお姉様だけは!
しかし、それを見ていたのはテパニーゼだけではなかった。その横で恐怖に震える者がいる。
「徴税官を殺してしまうなんて……」
テパニーゼと一緒に隠れていた村長のコーべ。彼はバチルのやった事に恐れおののいている。
こうなってしまったら村人も巻き添えにされる。村がバチルを雇ったと言われても不思議ではないからだ。
この村長の様子を見たテパニーゼは危機感を覚える。幸いな事に村長以外の村人はその光景を目にしてはいなかった。それはその件が村の入り口の外で行われた為だろう。だが、村長がこれを話したら村はパニックになるかも知れない。
テパニーゼはこれに対し先に手を打つ必要があると考えた。
「コーべさん心配しなくても大丈夫です」
「し、しかし。徴税官を殺しては……」
かなり動揺しており、体の震えが止まらない様子だ。これをこのままにしておく訳にはいかない。
テパニーゼは村長の正面に立ち、ハッキリとした言葉で臣下に命令するように話し出した。
「我がツェトランド伯爵領タルソット村の村長、コーべよ」
「は、はい」
「私の名を良くお聞きなさい。そして、その意味を知るのです」
「な、名前……」
「そう、私の名はテパニーゼ・ツェトランド」
「テパニーゼ……ツェトランド! で、ではあなた様は……」
「あなたの役目は村人を動揺させない事。そして、速やかに食料を調達する事。良いですか。これは命令です!」
「か、か、か、畏まりました!」
村長はツェトランドと言う名を聞きその意味を理解したようだ。そして、村にツェトランド家の者がいてくれるなら、そうそう手出しは出来ないはず。そう考えられる。もちろん事実はそうではないのだが、村長を納得させるのにツェトランドの名は充分な説得力があっただろう。
「先程の事と私の正体は話してはなりませんよ」
「も、もちろんです」
そこへバチルが戻り二人と合流した。そして、村長の家へと戻っていった。その間、バチルは何度か鼻をヒクヒクさせていた。
村長も何とか落ち着きを取り戻し、部屋へ入ると二人にお茶を淹れた。
「お姉様。今から街へ買い出しに行くと夜になってしまいます。それをさせる人選も必要なのでそれは明日に致しましょう」
「わかったニャ。でも行く奴には早朝、少し遠回りして行くように言っとくニャ」
「早朝はわかりますが、遠回りは何故ですか?」
バチルは再び鼻をヒクヒクさせる。
「さっきの仕返しがくるのニャ」
「仕返し! それでは――」
「大丈夫ニャ。その頃ユージが来るニャ」
「は、はい。ですがお姉様。そのユージと言う人物が来るとどうなるのです?」
それを聞いたテパニーゼにバチルは愉快そうに笑いながら答える。
「ニャハッ、ユージが本気を出せばあんなのが百人でも千人でも関係ないのニャ。たぶんテリオスよりユージの方が強いのニャ」
バチルの話しにはちょいちょい知らない名前が出てくる。良く出てくるのはユージとバイツなのだが、話しの流れからバチルの友人、同僚のように思っていた。だが、この時テパニーゼは何気なくバチルに聞いてみた。
「テリオス……それは誰でしょうか?」
「お前テリオス・ジェントラーを知らないのニャ?」
テリオス・ジェントラー。その名を聞いたテパニーゼ。微かに聞き覚えがある。誰だったか。テリオス……ジェントラー。
「ジェントラー! まさか、ペルメニアのジェントラー侯爵家! クリシュナード様の使徒の家系と言われるあの……」
「そうニャ」
とんでもない名前が出てきた。ペルメニアのジェントラー侯爵家と言えばツェトランドなど比べ物にならない。像と蟻、いやそれ以上の差があるだろう。おそらく実質的にはジェントラー家だけで一国、例えばアンドラーク王家と対等。力ではそれ以上とも言って良い。ユージと言う人物はそこの関係者なのか。いや、それより気になるのは……
「もしかしてお姉様も貴族なのでは?」
「当然ニャ。マクトレイヤはマスカネラの公爵家なのニャ」
「こ、公爵家……」
あっさりととんでもない事を言うバチル。マスカネラと言う小国とは言え公爵家ともなれば、こちらもツェトランドより格上。通常ならステンドット子爵など軽々しく話す事さえ許されない相手だ。どうやらテパニーゼはどえらい人物と旅をしていたようだ。
――と言う事は、今まで名前が出た人物は全て貴族の可能性が、それもかなりの大物。良く考えてみればお姉様はチェスカーバレン学院と言っていた。それってもしかして、ペルメニアの超名門校なのでは?
「お、お姉様! それでしたらお姉様は名前を出すだけで――」
「そんなもんはいらんのニャ。だいたいそんな事してたら修行にならニャいニャ」
――凄い。でもこれならいざと言う時私の名でお姉様の正体を明かせば……いや、マスカネラは遠く離れた国。こんな辺ぴな場所でお姉様の正体を明かせば徹底的な隠蔽に及ぶかも。そうなると却って危険……そうか! だからユージと言う人物が必要なんだ。その人ならそう言った判断も可能。それは私が言ってはいけない事なんだ。そして、その強さもお姉様と同等、いやもっと上なのかも。お姉様は最初からそこまで考えていた。
「コーべさん」
「は、はい」
「安心なさい。お姉様に従っていれば確実にこの村は救われます!」
テパニーゼは自信を持って村長に言った。そして、バチルは全然関係ない事を楽しそうに話していた。
「ニャッハッハッハ。テリオスは後でぶっ飛ばすのニャ。その前にスットコドットとか言うのを血祭り裸祭りなのニャ」
◇
そして、翌日の夜明け前。
「では出発する!」
キリック団長が率いる五十名の一般兵。そして、裕二とヘス。全員が馬に乗りタルソット村を目指す。
そして、その少し後。バチルとテパニーゼはタルソット村で目覚める。食料を買いに行く者を送り出し、それ以外の村民は今日はなるべく家から出ないよう村長から申し渡される。
「ニャ? ユージと仕返しが一緒にくるのニャ」
「お姉様、それはどういう……」
「まあ良いニャ」
このまま行けば裕二とバチルは敵として対峙する事になる。いったいどうなってしまうのか。




