86 徴税官
「ユージの匂いが近づいているのニャ」
「本当ですかお姉様!」
「でもまだ来ないニャ……それより先に……嫌な気配がくるのニャ」
目的の人物がこちらに近づいている。だが、それより先に別の者がくる。バチルはそれを嫌な気配と形容した。
「お姉様、それはいったい……」
テパニーゼがすぐに思いつくのは自分への追手。しかし、バチルはそれを予想し交わしたからこそこの村にいるのだ。となると、それ以外の者。
「来たのニャ」
バチルは村の入り口を指差した。その遥か向こうに何者かがこちらへ向かって来るのが見えた。
テパニーゼと村長コーべはそれを凝視する。そして、その者達が近づくにつれ、その姿がハッキリとしてきた。
「あれは……徴税官です」
「徴税官! こんなに早く来るのですか?」
村長から聞いた話しでは、まだ税を納めてから数日しか経っていない。にも関わらず再び徴税官が村にやってくる。既に取れる物など全くない状況だと言うのにだ。これは明らかに常軌を逸している行為と言わざるを得ない。
「お、お姉様、いったいどうすれば……」
「お前らは弱いから隠れておくニャ」
「まさか、お姉様。彼らと戦う気では……」
「さっさと隠れるニャ! 邪魔なのニャ!」
徴税官などと戦ってしまえば確実に処刑される。テパニーゼはそれを良く知っている。だからこそバチルには戦ってほしくない。彼女をステンドットの敵にしたくはないのだ。
「お姉様! そんな事をすればお姉様は……」
そう言いかけたテパニーゼにバチルは振り向きニヤリと笑った。そして、一言だけ言葉を発する。
「信用するニャ」
「……お姉様」
――私はどうすれば……いや、私はたった今お姉様の行動なら間違いないと確信したばかり。なのに今はお姉様の力を信用せず逃げる事を考えてしまった。だけど相手は徴税官……いえ、何もしなければ村はまた搾取される。それはこの村の人々を殺すのと同じこと。ならば立ち向かうのもひとつの選択。それに……ハッ、そうだわ。お姉様はユージと言う人物が近づいていると言っていた。それがヒントなのかも。
一瞬にしてそこまで思考を巡らせたテパニーゼ。しかし、まだその答えにはたどり着いていないようだ。だが、そのお陰で少なくともバチルを信じて自分は身を隠す、くらいの事は出来るだろう。
「わかりましたお姉様。ですがひとつだけ約束して下さい」
「なんニャ」
「必ず生きて戻ってくると……」
「当たり前ニャ! 誰に言ってるニャ。このチェスカーバレン学院ナンバーワンのバチル様に、不可能と言う辞書に文字は書いてニャいのニャ! ニャッハッハッハ」
自信たっぷりのバチル。だがそれは決して根拠のないものではない。盗賊二十人を簡単にやっつけるあの凄まじい強さ。テパニーゼの話しを聞いただけで危険を察知し進路を変える注意力。そして、普通の人間の領域を遥かに越えるバチルの勘。テパニーゼはそれを見てきたのだ。
自分ひとりでは何も出来ないテパニーゼ。だからこそバチルを信じ頼った。ならば最後まで信じるのがテパニーゼの責任。
「お姉様。ご武運を」
「任せるニャ」
バチルはそう言うと村の入り口に立ちふさがった。
馬に乗ってきた徴税官。その周りには四人の兵士が配置されている。そして、彼らは村の入り口にいるバチルの前で止まった。
「なんだ貴様は? 村のものではないな」
バチルの出で立ちからそう判断する徴税官。しかし、バチルは即座に言葉を返す。
「無理な徴税をやめてさっさと帰るニャ。大人しく帰れば命はとらニャいニャ」
「ほう、なるほど。この村は領民の義務を怠るばかりか領主様にも刃を向けるつもりか。やはりここも邪教徒の村――」
そこまで言いかけた徴税官の首が地面にゴロリと落ちた。見るとバチルは剣の血を振り払い鞘に収めかけている。
「き、貴様ああ!」
自分たちが守るべき徴税官を一瞬で斬り殺された兵士。激昂する者、バチルの剣に恐れおののく者と様々だが、全員が一斉に剣を抜いた。しかし――
「グッ!」
バチルは馬にまたがる兵士の太ももをグサリと刺しそこへ注意を向ける。
「い、いない。グハッ!」
「後ろだ! うし、ヒィ、来るな!」
直後、馬の尻に飛び乗り背後から首を取る。そして、間をおかずに隣の兵士に飛びかかり心臓を一突き。兵士は馬から転げ落ち動かなくなった。
残りは二人。バチルは凄まじい速さで相手に飛びかかる。
「や、やめろ!」
「帰るニャか?」
バチルは兵士の喉元に刃をつきつけそう言った。
「わ、わかった。だがこんな事してお前もタダでは済まんぞ」
「帰るかどうかを聞いてるニャ!」
「ま、待て……わかった。帰る」
◇
「ヘス、いいのあったか?」
「うーん、なくはないが……」
裕二とヘスはギルドの掲示版とにらめっこしながら依頼を探す。だが、今日はあまりパッとしたものはない。
「なあヘス。このバナックの駆除ってなんだ?」
「バナックってのは鳥だな。おそらく農家の被害だろ」
バナックと呼ばれる二〜三十センチ程の緑色の鳥。それが大量発生すると農家に被害をもたらす。
頭が良く狡猾なその鳥は、人間を襲ったりはしないが村人が育てた畑を荒らす場合がある。
頭が良いので捕まえるのは非常に困難な上に、捕まえたとしても食べられる部分があまりなく、それをする労力に見合わないので、農家の嫌われ者となっていた。
「普段は森や山にいて木の実を食べてるけど、大量発生すると収穫時の厄介者になるな」
「それの駆除って訳か」
「まあ、俺達のやる依頼ではないな」
「確かに」
そう言う事なら他の冒険者に任せれば良い。裕二達が何でもかんでもやってしまうと、低級冒険者の仕事を奪ってしまう事にもなるからだ。
「だが、そうなると」
「ロクな依頼がないな……」
二人はさんざん掲示版を眺めた後、肩を落としてそこから離れた。すると、ギルドのカウンターから二人を呼び止める声が聞こえる。
「ユージ、ヘス。ちょっと来い」
二人を呼び止めたのはパーチだ。裕二は振り返りパーチの表情を見るが、特にいつもと変わりない。それ程重要な話しでもないだろう。少しパーチと雑談してからメシでも食いに行こう。裕二はその時そう考えていた。
「なんだパーチ」
「へへ、いい仕事がねえんだろ」
「まあな」
「じゃあ仕事をやろうか?」
そう言いながらパーチはカウンターの下から資料を取り出す。
「あるのか?」
「と言うかお前らに指名依頼だ」
「指名依頼!」
パーリッドでは既に有名人の裕二。だが、その指名依頼は全くなかった。その原因は今まで裕二が片っ端から依頼をこなしていた為だ。つまり指名しなくても裕二がやってくれる可能性が高いと言うこと。最近仕事が減ってきたのもそれが関係していなくもない。
仕事がなければ森で素材を探して売ったり、昼間から酒を飲んだりで特にそれを気にする冒険者は少ない。
本来なら裕二も休むところなのだが、初の指名とあらばそう言う訳にもいかなくなる。
「やったなユージ。で、依頼は何だパーチ」
裕二への指名と言う事なら当然ヘスもついてくる。世間ではヘスを裕二の助手の様に思われているが、単独でもかなりの力量を持つ事はあまり知られていない。しかも裕二を凌ぐ様々な知識を有しているので、二人で行動する時はかなり裕二の助けになっている。
「それが依頼内容は行ってから話すって事で俺もわからねえんだ。だけど、依頼主は大物だから問題はないと思うぜ」
「大物? 誰だ」
それを聞いたのは裕二だが、おそらくその名前を聞いてもわからないだろう。パーリッド近辺の大物など裕二が知っている訳がない。だが、裕二の相棒はおそらくそれを知っている。ヘスならばそう言う知識もあるだろう。
二人の表情を確認してからパーチが答える。
「ステンドット子爵だ」
「ステンドット子爵……誰だそれ?」
そう言いながら裕二はヘスに視線を向ける。しかし、ヘスの表情は一瞬だけだが固いものに見えた。
「どうしたヘス」
「いや……何でもない」
――ステンドット子爵か。確か以前は中央の文官だったはず。悪い噂もあったが証拠がなく、その後どこかの領地に飛ばされたと聞いたが……だが、今ならユージがいる。これはもしや……
「良し、受けようぜユージ」
「そうか、わかった」
「ならお前ら。支度が出来たらツェトランド領のステンドット子爵の本宅へ行ってくれ」
◇
二人は支度を終え馬車でツェトランド伯爵領の中心街へ向かう。
場所が少し遠いので食料を必要以上に買い込み、いくつかの街を経由してステンドット子爵の邸宅を目指す。
「なあユージ。ステンドット子爵の事だが……」
「どうしたヘス」
ヘスは少し神妙な面持ちで口を開いた。
「親父から聞いた話しだと、あまり良い噂を聞かない人物でもあるんだ」
「そうなのか?」
「ああ、でもなんら証拠がある訳でもないし……まあそれだけ頭に入れといてくれ。子爵と言う位にある以上、やたらめったらおかしな事をするとは思えないからな」
「わかった」
父親が騎士爵。つまり準貴族であるヘス。貧乏とは言っているが、そう言う情報を知っているのはそのお陰なのかも知れない。しかし、その内容は単に悪い噂がある。それだけの事。貴族であればそんな噂の一つや二つあってもおかしくないとも言える。
実際パーチからそう思われている雰囲気は全くなかった。
ヘスの杞憂。それだけの事かも知れない。しかし、それをヘスが口に出したのなら、それ以上の事もあるかも知れない。裕二はそう解釈し頭の片隅にその話しを留めておく事にした。
◇
「ようこそおいで下さいました。ユージ殿、それとお隣はヘス殿ですかな」
目的地の屋敷にたどり着いた裕二とヘス。二人はその応接室に通され、そこでステンドット子爵本人と対面した。
その柔和な表情から紡ぎ出される丁寧な挨拶。ヘスから聞いた噂話しなど吹き飛ばしてしまう程の人当たりの良さ。
噂とは随分違う人物のように見受けられる。
その隣に軍人らしき人物がいる。彼の名はキリック。ステンドット子爵の側近だと紹介され裕二とヘスは深く頭を下げられた。こちらも折り目正しい好印象な人物だ。
裕二とヘスは豪華なソファーに座るよう促され、それに続きステンドット子爵が座る。これも相手を格下に見ていないと言う態度の現れになるのだろう。
「早速依頼内容を伺いたいのですが」
ヘスが口を開く。裕二から見ると、少し警戒しすぎではないか、と思われる程いつもより表情が固い。そのヘスに促され、ステンドット子爵も依頼内容を話し始めた。
「実は最近、このツェトランド伯爵領のいくつかの村に邪教徒がいるらしく……」
ステンドット子爵の話しでは、ツェトランド伯爵領のはずれにあるタルソットと言う村で徴税官が殺されたと言う。
徴税官は領地運営になくてはならない仕事。恨みを買いやすい仕事ではあるが彼はただ必要な事をしただけ。
そして、その村には前々から邪教徒が潜んでいると言う噂がある。おそらく徴税官を殺したのは邪教徒。しかも遺体を持ち帰った兵士によるとかなりの手練。
「私はその徴税官の家族が不憫でなりません。彼がいったい何をしたと言うのでしょうか? 彼は人から憎まれる役目を自ら買って出てくれたのですよ? それもこれも全ては領地の為。ひいてはタルソット村の為でもあるのです」
ステンドット子爵は目を潤ませながら裕二に訴えた。
確かにその通りだ。裕二が元いた世界でもそんな話しは聞いた事がある。彼らも好きでやっているのではないだろう。しかし、その役目は誰かがやらなければならない事でもある。
「なるほど……話しはわかりましたが僕らにどうしろと?」
ヘスが淡々と質問する。その表情は先程より僅かだが固さが増している。
「ええ、そうでしたね。まずはそこにいるキリック団長、その配下とともにタルソット村へ行き、彼らが邪教徒かどうか確かめていただきたい」
「なるほど」
「彼らが邪教徒である、と確認されたら……その後はキリック団長の指示に従っていただきたいのです。ですがユージ殿、あなたには別の役目があります」
「え、はい。何でしょう?」
ヘスの視線が鋭く裕二に向けられる。裕二も何を言われるのか、喉をゴクリとならし言葉を待つ。
「徴税官を殺した者を殺害していただきたい」




