85 タルソット村
「キリック団長。ではテパニーゼ様は見つからなかったと」
「も、申し訳ありませんステンドット様。シェルラックまでの道程はくまなく探したのですが……何分、相手がテパニーゼ様となりますと任せられる者も限られておりますので」
「ふむ……確かにそうですね」
キリック団長と呼ばれた鎧を纏った騎士。彼はステンドットの私兵で騎士団の団長を努める者だ。そして、ステンドットの側近のひとりでもある彼は、家を飛び出したテパニーゼを探し出し、殺害する事を命じられていた。
しかし、そのテパニーゼは領主の娘であり、それを殺すとなると絶対に情報が漏れてはならず、その計画を実行するならば少数の人数で行わなければならない。
実際に殺害計画を知っているのはキリック団長だけで、団員にはテパニーゼを探し居場所を確認する、とだけ伝えてある。居場所を確認したら団員は戻し、キリック団長がひとりで殺害する計画だった。後はモンスターか盗賊に襲われた事にすれば良い。
その為にシェルラックまでの道程を探し回ったのだが、少数での捜索と言う事もあり、テパニーゼの姿は発見できなかったのだ。
「しかし、不審な箇所がいくつかありまして」
「ほう、何でしょう」
「二十人程の盗賊が殺されているのを発見しました。その殺され方はかなりの手練と思われるやり方でして、盗賊はほとんど抵抗も出来ないまま何者かに殺られたようです」
「かなりの手練……なるほど」
こめかみを押さえながらも落ち着き払った態度でそう言うステンドット。しかし、軽くこめかみを押さえる仕草は苛ついている証拠だ。それは側近のキリックだからこそわかる程度のもの。予め計画していた事に少しづつ狂いが生じているのだ。しかし、ここで慌ててしまうと更にステンドットを苛つかせる事もキリックは知っていた。彼は感情を押し殺し冷静に報告を続ける。
「そこに血塗れの足跡も残されていたのですが、その中にテパニーゼ様らしき足跡も……おそらくテパニーゼ様は盗賊に襲われた。しかしそこで何者かに助けられた可能性が高いと思われます」
「そうですか……こちらも厄介ですね。では先に彼を攻略しましょう」
◇
「村があるのニャ! あそこで盗賊の装備を売って一流のバターソテーなのニャ!」
「はい、お姉様!」
バチルとテパニーゼは裕二を探し旅を続ける。岐路に立てばバチルが棒切れで進行方向を決め、それに従い道を進んだ。他者が見ればそんなやり方で大丈夫なのかと言われそうだが、バチルは当然ながら既にテパニーゼもそのやり方に不安を感じる事はなくなっていた。そうやって進んで行くとその道の先にそれ程大きくはない村が見えてきた。
杭で作られた乱雑なモンスター避けの壁に囲まれた村。その壁はところどころ壊れているようにも見える。見た目の印象を言うなら、経済状態の良くない貧相な村と言った感じだ。バチルはそこで盗賊の装備を馬ごと売ってしまおうと考えていた。
「村に突撃ニャア!」
「はい、お姉様!」
バチルは人差し指を村に向けながらその入り口を通る。そこには門番なのか兵士ではないが一応の武装をした村人が立っていた。
「あ、あの……」
「これと食い物を交換するニャ!」
バチルは盗賊の装備を運ぶ馬にビシッと指を差した。
「食料ですか……ですが……少しお待ち下さい」
そう言うと村人は村の奥へ走っていく。残されたバチルとテパニーゼは改めて村内を見回す。そこには今にも朽ち果てそうな家も多くバチルの要求に応えられそうな雰囲気は全くなかった。
「お、お姉様。この村では無理なのでは?」
「無理を可能にするのがこのバチル・マクトレイヤなのニャ!」
「さすがお姉様! 素敵」
テパニーゼは手を叩き笑顔でバチルを褒め称える。しかし、無理を可能にするとはどういう事なのか。それについてバチルは全く何も考えてないように見える。いや、何も考えていないだろう。
しばらく待つと先程の門番がひとりの男性を連れて戻ってきた。白髪交じりの髪の毛にやや気の弱そうな雰囲気。元はそこそこガッシリとした体格なのだろうが、その男はかなりやせ細っている。歳はもっと若いのかも知れないが、初老にも見えた。
その男が二人の前にやってくると頭を下げてから口を開く。
「私はこのタルソット村の村長、コーべと言います。冒険者の方でしょうか?」
「違うけどそんな感じニャ。これを食料
かお金と交換するニャ」
「あの……あいにく我が村には分けられる程の食料もお金もない有り様でして……」
「ニャに、お前ら貧乏ニャ? じゃあ宿はあるニャ?」
「はい、泊まる場所なら何とか。ここでは何ですので我が家へお越し下さい」
バチルとテパニーゼは村長のコーべに案内され彼の家へ向かう事になった。この村には宿らしい施設はなく、村長の家なら何とか泊まれる、と言う事なのだろう。
しかし、テパニーゼはここで少し考える。そして、歩きながら村長に訊ねた。
「あの、コーべさん。ここはツェトランド伯爵領なのでしょうか?」
「ええ、その通りです」
ここは紛れもなくツェトランド伯爵領の村。庶民の生活など見た事もなければ考えた事すらないテパニーゼには、この村の有り様がちょっとした衝撃となって映った。ツェトランド伯爵領の人間はもっとのびのびと暮らしていると、何の根拠もなく勝手に思っていたのだ。しかし、初めて目の当たりにする村の光景はそうではなかった。何故こんな事になっているのだろう。領主の娘であるテパニーゼはそう考えていた。
「こちらへどうぞ」
村長に案内されたどり着いた質素な木造の住宅。アチコチに補修の跡があり、伯爵令嬢のテパニーゼからすると物置きにさえならないレベルだ。そして、中に通され今にも壊れそうな椅子を勧められる。
だが、ふとバチルを見ると、そんな事は全く気にしてはいない様子で椅子に座っていた。
――さすがはお姉様。ここで動じてはいけないのね。
「で、何でお前ら貧乏ニャ?」
それはテパニーゼが聞きたい事でもあった。しかし、バチルの様に相手に対し、貧乏を連発するのははばかられる。ここは黙ってバチルに任せた方が良いだろう。その質問に村長のコーべが答え始めた。
「以前はここまで酷くなかったのですが、最近急に税が増えまして……徴税官が度々訪れては様々な名目で税を徴収していき今では自分たちの食料さえままならない状態でして……」
村長の話しによると、以前は貧しいながらも食べていく事に問題がある程ではなかった。しかし、ひと月程前から徴税官が何度も村に訪れ、橋を作るだの水路を拡張するだのと理由をつけ特別税と言う名目で村の蓄えを持っていってしまったのだ。
現在は、今日食べる物にも事欠く状態で、子供に食料を与える為に数日水しか口にしていない者さえいる。よくよく話しを聞いてみれば村はほぼ末期と言える状態にまでなっていた。
――ひと月程前……お父様が倒れてからだわ。やはりステンドット子爵が……
しかし、村長の話しはここで終わらなかった。まだ続きがある。
「本来なら村長の私が村の状況を伝え改善をお願いする書簡を領主様に届けるのですが……その頃別の村から訪れた商人から変な噂を聞きまして」
その商人によると、近隣の村でも同じ事が行われその中のひとつの村の村長が領主に抗議の書簡を送った。するとその村は数日後には軍隊がやってきて邪教徒の村と言う事にされてしまい、皆殺しにされてしまったと言うのだ。
「なんニャ。その村は邪教徒がいたのニャ?」
「いえ、この村にもそこの村の親戚や友人が何人かおりましたが、決してその様な事はないと……ですが私達も書簡を出せば同じ目にあってしまうのではないかと思い何も言えずに税を差し出さなけれはならない状況でして」
村長は頭を項垂れながら言葉を続ける。
「いったい領主様は何を考えておられるのか……私達には皆目検討がつきません。このままでは我が村は近いうちに……」
それを聞いたテパニーゼは思わず声を荒げ反論してしまう。
「そんな! お父様がそんな事するはずは……」
テパニーゼはそこまで言いかけて口を閉ざす。彼らは知らないのだ。領主であるレドル・ツェトランドが病に倒れている事を。その代役として現在はステンドット子爵が領地の運営をしている事を。
だが、これでハッキリした。ステンドット子爵は今の立場を利用し好き放題やっている。こんな事をテパニーゼの父親でもあるツェトランド伯爵が許すはずがない。
しかし、それは裏を返せばステンドット子爵はツェトランド伯爵に許される必要がないと思っているとも言える。でなければ村がこんな状態であるはずがない。毒に侵されたテパニーゼの父親を見殺しにするつもりなのは間違いないだろう。そうなれば許される必要がない、と言う事にもなるのだ。
「ど、どうかされましたか?」
「いえ、何でもありません」
突然声を荒げたテパニーゼに驚いた村長がそう声をかけた。しかし、その内情を話す訳にもいかない。その影響がどう転ぶか今は全くわからない。それに、彼らに話したところで何も変わらないのだ。単なる村人に何が出来る訳でもない。
ツェトランド伯爵領の領民がこの様な生活をしている。彼らは不当に搾取され、逆らえば邪教徒の烙印を押され殺される。領主の娘としてこれを見過ごす事は出来ない。
しかしテパニーゼは今、父親の病を治す為に治療法を探す旅をしており、それが最優先となる。とても村などに構っている余裕はない。見過ごしたくはないがテパニーゼには何も出来ない。
父親の病を治し、ステンドット子爵を何とかして村も救う。領主の娘であってもただの小娘でしかないテパニーゼに何が出来るのか。自分の無力さを知ったばかりではないか。そんな事が出来るわけないのだ。
――でも……お姉様なら。
テパニーゼはふとバチルの顔を見た。珍しく口を閉じ腕を組んで何かを考えている様にも見える。だが、良く見ると鼻をヒクヒクと動かしている。何か匂いでもするのだろうか。
――いえ、そこまでお姉様に迷惑はかけられない。下手をすればお姉様をステンドットの敵にしてしまう。それだけは絶対に……
しかし、テパニーゼがそう考えていると突然バチルが口を開いた。
「つまり食い物があってそいつらを何とかすれば良いと言う事ニャ」
「ま、まあそうなりますが……そう簡単には……」
「簡単なのニャ!」
バチルはそう言い切った。
「お、お姉様! お気持ちはわかりますが私達は旅の目的が……」
「それも一緒に解決してやるのニャ」
さすがのバチルでもそれは無理がある。貴族と戦う事になるかも知れないのだ。しかもかなり悪辣で狡猾と言える貴族だ。
権力、兵力、経済、それらの力を背景にする貴族にはただ強いだけでは勝てない。バチルは犯罪者にされ処刑されてしまう危険さえある。伯爵を父に持つテパニーゼでさえ、今の状況では太刀打ち出来ないだろう。
「お姉様。お気持ちはありがたいのですが、さすがに――」
「まずは食料ニャアアア!」
テパニーゼの言葉を無視してバチルはいきなり村長の胸ぐらを掴んで凄い力で外に引きずり出す。
「ちょ、ちょっと何を――」
「お姉様どこへ!?」
無理矢理外へ引きずり出された村長。それを追いかけるテパニーゼ。そして連れてこられたのはバチル達の乗ってきた馬のいる場所だ。そこでバチルは盗賊の装備を積んだ馬にビシッと指をさす。
「これを馬ごとお前らにやるのニャ。街へ行って食料と交換して来いニャ」
「そ、それはありがたいのですが……あなた方が困るのでは……」
そんな村長の言葉を無視してバチルは次に自分の荷物を漁りだす。そして、その中から肉やパン等、ありったけの食料を出してきた。
「食料を買って来るまでこれを食べるのニャ」
ハッキリ言って大した量ではない。バチルとテパニーゼ二人でも二日分程度にしかならない。食料が届く迄の数日とは言え、とてもこれだけでは村人全員には行き渡らないだろう。
だが、このバチルの行動にテパニーゼは深く心を打たれた。
「お、お姉様……」
――なんて凄いお方なの。自分の全ての食料を、更に財産であるはずの盗賊の装備まで。それを何の躊躇もなく貧しい村人に差し出してしまう。お姉様だって困るはずなのに……私はなんて愚かだったのかしら。自分の領地の領民を後回しにしてお父様の事だけ考えていた。私達の生活はこの人達に支えられているのに……でもお姉様は違う。何の縁もゆかりもない村人に全てを差し出す事が出来る。それだけではなく、犯され殺される寸前だったこの私にも手を差し伸べてくれた。
「よ、よろしいのですか、こんなにしていただいて」
「構わないニャ。腹が減ったら食えばいいのニャ」
――お、お姉様……ああ、お姉様。あなたは私の女神。このお方の言う事なら間違いない。微力ながら私は、全力でお姉様をサポートさせていただきます。たとえその結果がお父様を救う事にならないとしても!
そう心の中で誓うテパニーゼ。その表情は凛々しく変化を遂げ戸惑う村長に向き直る。
「私も多少ならお金を出せます。これで村人の食料を買ってきて下さい」
テパニーゼは自分の荷物からコインのたっぷり入った豪華な革袋を出す。それは旅の資金として必要な物。治療法を得る対価として、そして治療薬を買う為にいくらかかるのかわからない状況で決して無駄には出来ないお金。そこから数枚の金貨を村長に渡した。
「き、金貨ではないですか! 本当によろしいのでしょうか?」
「構いません。お姉様があなた方を救うと決めたのですから。私が何もしない訳には参りません」
村長は滅多に見れない金貨を手に驚きワナワナと震えだした。そして、その瞳から静かに涙を落とす。
「ありがとうございます……いただいた物は必ず食料に変え、村人達に分け与えたいと思います。本当に……本当に……」
二人の少女に跪き礼を言う村長。だが、それで全て解決した訳ではない。
今日食べる物もない状態なのだからバチルの食料では到底足りない。更に邪教徒として滅ぼされた村がある以上、この村もそうならないとは限らない。つまり更なる税を要求され、その要求に応えられなければ、この村も邪教徒の村として滅ぼされる可能性もある。
テパニーゼはバチルを絶対的に信じている。しかし、この後の事はどう考えいるのかまではわからない。それについてテパニーゼはバチルに聞いてみた。
「お姉様。この後はどうなさいますか」
その質問にバチルは答えない。しかし、良く見ると先程と同じように鼻をヒクヒクさせていた。そして、バチルは一言だけ質問とは違う事を答えた。
「ユージの匂いが近づいているのニャ」




