勉強という鎖と出会い
あの日、俺は自分を半分殺したんだと思う。
今の部屋はあまりにも静かだ。静かなくせに耳の奥がうるさい。天井のシミを見つめていると、それが次第に歪んだ人の顔に見えてくる。壁の薄いこのボロアパートでは、古い冷蔵庫のモーター音が、誰かの忍び寄る足音のように響く。
「……っ」
意識を逸らそうと強く目を閉じても、隣の部屋から漏れてくる母さんの話し声が暴力的な鮮明さで再生された。また、あの男が来ている。
「お金ないんだから、あんたが頑張るしかないのよ。私を捨てたあの人を見返してやりなさい」
「あんた次第よ、お母さんの人生は。あんたまでいなくなったら、私、死んじゃう」
何回も心の中で言い返すのに、眠気はまだ来ない。スマホを触って現実を忘れたいが、定期テスト一ヶ月前なので取り上げられて手元にない。俺のことなんてどうでもいいくせに、自分の安心のために俺を勉強という鎖で縛る。
母さんの彼氏は、最初こそ愛想が良かった。でも、半年も経てば本性を現した。あいつは俺の部屋である、前の家から持ってきていた父の数少ない小説を、「場所を取るから」とゴミ袋に突っ込んだ。母さんはそれを見て笑っていた。
「あんたの将来に、こんな古い本は必要ないでしょ」
あの日から、俺はこの家を「シェルター」だと思うことにした。息を潜めて、嵐が過ぎ去るのを待つだけの場所。
あー、このままだと明日の授業中に寝る。寝過ぎたら懇談の時に先生が母に何を言うかわからない。
諦めてそっとドアを開ける。外階段の冷たい空気が肌に刺さる。階段の踊り場に人影があった。スウェット姿で夜空を見るように手すりにもたれている男。煙草の火が小さく揺れている。ここに引っ越してきてから深夜、近所の人たちにバレないようにゴミ出しをする時に何度か見かけたことはあった。
「寝れないのか?」




