表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実家を追放された落ちこぼれ陰陽師令嬢、冷たい異国の御曹司と契約婚約したら逃がしてもらえなくなって困っています  作者: ちぴーた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/19

プロローグ

すっかりなろうから離れておりましたが、久しぶりに作品を投稿することにしました。

十八話で完結、毎日更新予定です。

お盆&夏休みのお供にでもなれば嬉しいです。

阿凛アーリン、今日の分のハグがまだだろう?」

鳳龍フォンロン……! もう三回目です!」

――後にそんな甘い日々が待っているなど、この時のりんはまだ知らない。







「何をしているの、この愚図!」


高飛車な声とともに、髪を掴んで引っ張られる。


(——っ……! 地味にっ、痛い……! やめてって言いたいけどっ……)


 痛みに耐えながら、凛は表情筋だけを死守するのに徹した。

 ここで顔をしかめたり叫んだりすれば、面白がった継母がさらに力を強めてくることは、経験上分かっている。


 薄暗く冷え切った離れの部屋。

 張り直されたことのない畳は踏めばい草が舞い、穴だらけの障子からは冷たい隙間風が吹き込む。

 足に埃がつくのが嫌だからと、履物のまま上がり込んでいるのは、凛の腹違いの妹——彩香あやかと、継母の静江しずえだ。


「お母様、そんなに強く引っ張ったら可哀想ですわ」


 足元に転がっていた凛の筆を、彩香が草履で踏みつけた。

 優しげな言葉とは裏腹な行動。

 可憐な顔立ちに浮かんでいるのは、歪んだ嘲笑だ。

 静江が凛の髪をようやく離す。


 よろめいた弾みで、ぱしゃりと朱色の墨液が畳に落ち、血のように広がっていった。


「あら、嫌ですわ。汚い」

「ああ本当。着物についたら大変だわ。この友禅は上等の物なんだから。凛、きちんと掃除しておくのよ」

「……はい」


 余計な反論をすれば、また夕食を抜かれる。

 俯くと、二人の上品な着物の裾が目に入った。

 旧家の令嬢と奥方らしい絢爛な仕立てだ。

 一度だって、凛は自分用の着物を仕立ててもらったことがない。

 今も一人だけ、古びた着物を着ている。


「さあ行きましょう、彩香。こんな汚くて寒い場所にいつまでもいられないわ」

「ええ、お母様。ではね、お姉様。早く『雑用』を終わらせてくださいな? それくらいしてもらわないと、この花石家で養ってあげている意味がありませんものね?」

「…………」

「聞こえなかったの!? 明日までに、あと五十枚、きちんと仕上げるのよ! 返事は!」

「……はい。承知いたしました」


 深々と頭を下げる。

 反論すれば雑用が増え、従えば早く終わる。

 ——それだけの、至極単純な損得勘定だ。

 二人が満足そうに去っていくと、離れには静寂が戻った。


(……泣いたって時間の無駄。そんな暇があったらさっさと仕事を片付けるに限るわ)


 のろのろと立ち上がると、部屋の隅の姿見が目に入った。

 そこに映るのは、疲れ果てた少女——花石凛。

 平安の代から続く陰陽師の家系、花石家の長女。

 けれど、誰も凛をご令嬢だとは思わない。


「……っ、熱い」


 着物の袖をまくると、左腕の肘から肩にかけてアザが浮かび上がっていた。

 天に向けて咆哮をあげる龍の形。

 色は、鮮血のように赤い。


 『凶印』——生まれた時からある、忌まわしい印。

 このアザのせいで、凛は「忌み子」と呼ばれてきた。


 実母は凛を厭い、幼い頃に男と消えた。

 父はすぐに静江を娶り、彩香が生まれた。


(同情してほしいわけじゃないわ。……ただ、この無駄に体質だけは何とかしてほしいものだけど)


 無言のまま畳の朱墨を拭き、室内を手早く片付ける。


 それから文机に向かい、そっと筆を握った。

 亡きお祖母様が遺してくれた、凛の唯一の宝物。

 京都の高名な筆師が打った特注品で、上質な赤天尾を惜しみなく使った逸品だ。

 しなやかで強い毛先が、溢れ出る凛の霊力を受け止めてくれる。


 一つ息を吐くと、背筋をピンと伸ばし、霊力を集中させる。

 赤い揺らめきが凛を包み込んだ。

  そのまま、流れるような所作で、紙の上にすらすらと筆を走らせていく。

 一筆ごとに、体の中で暴れる余分な霊力が紙へと吸い出されていく。

 皮膚の裏側のジリジリとした熱も、霊力とともに流れ出ていった。


「うん、いい調子。……このペースなら、明日は久しぶりに学校に行けるかも」


 枚数と時間を計算しながら、凛は出来上がった霊符を積み上げていく。


(このまま一生大人しく従っているつもりなんて、毛頭ないけれど。……今はまだ、その時じゃないわ)


 いつか、この家を出る。

 自分の力で、自分の居場所を手に入れる。

 それだけは、もう何年も前から決めていることだった。



 ——カァ。

 その時、どこかでカラスの声がした。


「……夜中に、カラス?」


 筆を止め、凛は片眉を上げた。

 夜のカラスは吉凶で言えば不吉。


 恐怖よりも先に、違和感が勝つ。

 訝しみながら障子の隙間から外を覗くと——格子窓の外、月光の影に『それ』はいた。


 漆黒の羽を持つ、一羽のカラス。

 その瞳は、生き物のものとは思えないほど深い、黒曜石の光を宿している。

 

 ——見られている。

 ただの野生動物ではない。

 まるでこちらを推し量るような知的な眼差し。


(……なに、これ。式神……? それにしては、随分と上等な——)


 警戒心が一気に頭をもたげる。

 正体を確かめようと手元の霊符を握りしめたその時、窓の隙間から低く艶のある声が漏れ聞こえ

た。


 異国の言葉で、たったひと言。



『——終於搵到喇(ついに見つけた)』


 意味など分かるはずもない。

 けれど、胸の奥が妙に、騒がしく脈打った。


「あっ……」


 月明かりを背に、カラスは一回羽ばたくと、夜の闇の中へ静かに姿を消してしまった。


(なんだったのかしら、一体……)




 ——この夜が、すべての始まりになるとは。


 まだ凜は知る由もなかった。



お読みいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ぜひブクマしていただけると嬉しいです。

ページ下部の【★★★★★】でのご評価も執筆の励みになります ᕦ( ᐛ )ᕤ!!

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ