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『老いの入口』  作者: 髙山志行
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第三章「発症」 ー初夏ー

 そもそもの事の始まりは…冒頭に述べた部分に戻るが…お盆のまっただ中の出張中。前々日も宿で気分が悪くなり、夜間、同僚に連れられて、その救急指定も受けている病院を訪れていた。そして仕事にもほぼケリがつき、一人、一日早く引き上げようと、朝、車で宿を出た矢先の出来事だった。

 今ここでこうしているという事は、幸いその時は、大事に(いた)らずに済んだからだが…脈も止まってはいなかったのだろう…もともと以前から、「不整脈」持ちだった。正確な病名は「心房細動(しんぼうさいどう)」と言うのだが…脈拍に乱れが生じたのは、30代前半の頃、その10年ほど前からやっていた、バイクのレース…「モトクロス」競技中の転倒によってだ。

「脳震盪(しんとう)」ならぬ、「心臓震盪」なんて言葉を初めて耳にしたのは、その前だったか? 後だったか? とにかく、ちょうどそんな頃だったが、それ以前から、母に言われていたものだ。曰く「からだに激しい衝撃が加わると、心臓が一瞬止まることがある」と。おそらく原因は、そんなところなのだろう。

 そして、あの日から一か月以上が()っている。と言っても、あの時・あそこで特別な治療を受けたわけではない。どうにもならない不快感に耐えながら、ベッドに寝かされて、それでもしばらく我慢していると、いつものように徐々に退()いていき…トラックはそこに置き去りで、仕事仲間に送られて帰ってきただけだ。

 そのまま地元の病院に直行し、それ以来、処方された薬は飲んでいるが…「発作」とでも言おうか、あの嫌な症状が、何の前触れもなく、突然襲ってくる事がある。ただしそういう時は、これ以上悪化しないようジッとしているのが一番だ。そうすれば、30分から1時間ほどで、なりをひそめてくれる事がわかってきた。だから今のところ、あの時のように、一人で車を運転する事だけは、なるべく控えている。


 だいたい最初に異変が出たのは、初夏の頃、休日に『一泊のツーリングにでも』と思い、所有する250ccのバイクで家を出た時だ。出発して一時間以上が過ぎた頃、隣県の里山を縫う田舎道を走っていると、徐々に胸のあたりにモヤモヤとした違和感を覚え、血の気が退()いた時のような、フッと気が遠くなりそうな感じが湧き上がって来る。今までに経験した事の無い不思議な感覚が、波になって不規則に訪れる。再三止まっては、回復するのを待っては走り出すの繰り返し。意を決して、引き返す事にはしたものの、バイクにまたがっているというのに、こんなあやふやな状態では危険ですらある。途中にあった、河川敷にある公園で大休止。木陰で初夏の陽射しを(さえぎ)って、しばらく草の上で横になってから、一気に帰宅。

『疲れているだけさ』

 あの時は、そう思って納得する事にしたのだが…なにしろ、もともと極度の「医者嫌い」。モーター・スポーツなんてものをやっていたせいで、ケガによる手術や入院はあるものの…それと「歯医者」は例外として…カゼ程度では、医者にかかった事はない。

(「心房細動」だって、そのいきさつからすれば、ケガみたいなものだ)。

 それに、「ヤリ過ぎ」「凝り(コリ)症」の気質は、生まれ持ってのもの。どちらかと言えば肉体労働に近い仕事に従事しながら、「スポーツ中毒」で、毎日なにがしかの運動をしないと気が済まない(たち)

(ただし、「忠実(マメ)だけど雑」な性格。たとえば「洗濯」。とりあえず、洗濯機に洗濯物を放り込んで、洗剤を入れて回せばオーケー。汚れが落ちたかどうかなど、まったく気にしない。まあ本来“(オトコ)”なんて、『そのくらいの方が良い』と思っているので、改めるつもりなど毛頭ないが)。

 かつてフル・マラソンを三度完走したが、自分の足で走る競技に参加しはじめたのは、「不整脈」が発生して以降。途中、二度にわたって治療を放棄し、放置したまま10年以上の月日が経過していた。

(もっとも「心房細動」というのは、60歳を過ぎたくらいになれば多くの人に見られるもので、完治する事もないが…脈の乱れにより「血栓(けっせん)」ができやすくなり、「脳梗塞(こうそく)」などを誘発するおそれはあるものの…それ自体は、特に問題のあるものではないようだ)。

『燃え尽き症候群』の観を(てい)して辞めた以前の仕事と違い、現在の仕事には興味も関心も無いので、必要以上にのめり込む事は無かったが…夏の盛りの出張先で、朝はジョギングなどをしてから、炎天下ではないものの、エアコンなどとは無縁の現場で仕事をして、さらにひどくなった症状で再発してしまったわけだが…。

 それから仕事を休んで、およそ一か月。時たま軽い症状が現れる程度で、体調も安定していたので、翌日から復帰の予定だった日の夕方。「仕事したくない病」が出たのか? ふたたび発作的に発症。無駄な事とは知りつつも、父に連れられ救急病院へ。しばらく横になり、少し回復したところで父宅へ。しかし、遅い夕食にハシをつけたところで、その日二度目の発症。あとは、鼓動が止まらない事を祈りつつ…ガマンするだけの長~い一夜。翌朝も朝食後に、軽い症状があらわれ…『急に頻度が増えたので、そろそろ「身辺整理」をしておいた方がよい?』などと思うほど。それでそれ以降、「転地療養」というより、「眠ったまま目が覚めない」などといった事があるかもしれないので、父の家の居候という身分になったわけだ。

 そして今宵(こよい)も、父と弟と、男三人ヤモメ暮らし。母は三年前に亡くしており、花や色が無い毎日だ。


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