第十章 「躁と鬱の狂想曲」 ー晩秋ー
やがて迎えた母の三回忌。10月も半ばを過ぎた、晴天の土曜日。
(「晴」の字を名に持つ母は「晴れ女」。そんなところは、しっかり受け継いでいる。それに『共時性』? 偶然の一致ではあるが、先に挙げた「うつ病」がテーマの日本映画の主人公の妻。母のフルネームとは一文字違い)。
父の車で、一人暮らしの伯母を迎えに行って、そのままお寺へ。
(父は「盛り篭」などの準備があるため、弟と車で別に出る)。
我が家から徒歩で数分の場所なのに、こういう機会でもなければ、めったに顔を出さない。人生がいっこうに上向かないのは、先祖の霊を大切にしないからだろうか? もっとも、三代以前になると、「どこの馬の骨」かもわからない家系。かえって気楽で良い。
(「家柄が古い」などというのは、「それだけ因縁が深い」ことだと思っている)。
気候も良くなった季節。お寺での…実子である自分と弟以外…兄弟・義兄弟のみの「法事」の後は、先の「フランス料理」の店へ。
六人兄弟・姉妹だった父方は、末っ子の父と上の伯母だけになってしまったが…母は「満州」から引き揚げてきた五人兄弟・姉妹の三番目。母と、『日中戦争』時、砲兵隊に所属し、遺骨も戻らぬ戦死を遂げた長兄以外は、いまだ存命だが…母が他界してからは疎遠気味。こういった事でもなければ、会う理由も無いが…。
『みんな、歳をとってしまった』
もう70を越えた老人ばかりなので、素材も量も、控え目にオーダーしてあったのだが…しかし、みんな意外に良く食べる。なんでも、食べる量も個人個人で、一生に食べる量が決まっているという。
(ボケたおばあちゃんが、ある日突然食欲旺盛になり、満足気に「ごちそうさま」と手を合わせた翌日に冷たくなっていた…といった話を耳にした事がある)。
「最後に〆のあいさつをしなさい」
父に促されて語ったのは、まさに本日「10月20日」は、三年前の母の『命日』当日だという事。誰も忘れていたようだが…。
「もう三年」
ゆっくりとだが確実に時は過ぎ、この世に生を受けてから半世紀が過ぎた。母の享年からすれば、すでに人生の三分の二が過ぎた事になる。
(それに気づくと、「無常感」もひとしおだ)。
人生いよいよ後半戦。あと10年も経てば「初老」と呼ばれる年代に達する。
(無駄に歳ばかりをくってきたような、若い者に何ひとつ語って聞かせる事がない奴もいるが…歳をとれば、体力的には低下していくのは当然。媚びるのではなく、同情を買うのでもなく、「また同じ話してるぜ」と笑われるのでもなく、皆に認められるには、知識と経験が大切だろう。それも「耳学問」でなく、自分の意見や実体験がともなったものだ)。
その後、老境を過ごし、死を迎える。
(生きていられればの話ではあるが、「心の準備」以上に、用意しておかなくてはならない事も、多々あるはずだ)。
『できれば穏やかな死でありたい』
それまでに、そんな境地に達する事ができるだろうか?
父は伯母を送り届けるので、弟の白い軽自動車に同乗し、自分の家近くで降ろしてもらう。
(「年子」だが、生まれたタイミングで学年が二つ違う弟は、多数の趣味と仕事を経験してきたが、いまだに不安定な状態。それに、おそらくこの先も独身だろうから、お互い「独居老人」そして「孤独死」予備軍。色々な意味で心配だが…計画的に、気楽に考えて行く事にしょう)。
そろそろ「老いの入口」を迎えるものの…「人生の価値」とは『どれだけ大きな感動を・どれだけたくさん経験できたか』だと思っている。それに、「不整脈」が出て以降にフル・マラソンを走ったように、調子が良くなれば、辛かった事を忘れてしまうタイプでもあり、またぞろ「好奇心」の虫が動き出すやもしれぬ。
(当面の目標は、『世界の歴史』全巻読破だ)。
どちらにしろ、少子化や年金問題、これから高齢者になる人間がゆっくりさせてもらえる事など、今回のようにせいぜい二か月が限度だろう。
「さて!」
今回は感動的なオチも何も無く…。
(平凡な日常の現実なんて、案外そんなものだ)。
週明けのあさってから、二ヶ月ぶりで仕事に復帰する予定だが…。
『ところで今日は…』
ノンアル・ワインしか飲んでいないのに、妙に饒舌で…。
「躁」状態なのでは?』




