ヤマさん、魔力について教わる。
お待たせいたしました。
ギィに連れられて、ギルドの下の階にある訓練所へと降りて行く。
訓練所と聞いていたので、てっきりグランドか武道館的な広い空間を想像していたのだが、実際に降りて行った先にあったのは、少し狭いリフォーム会社のショールームみたいな空間だった。
何て言ったら良いだろうか・・・洗面所や風呂場、キッチンと言った室内の水回りの物から、いろんなタイプの窓がはまった壁が並んでいたり、いろんなタイプの照明器具が並んでいたりと、ここに来た目的を忘れそうになる。ちょっと目に楽しい。
横一列に並んだ、水が出て来ない蛇口をひねって遊んでいた俺に、ギィが呼びかける。
「ヤマさん、ここは魔道具の扱いを練習する部屋だよ。地元の子供は各家庭で習うんだけどさ、ここのギルドは異界渡りして来た人が転送されてくるから、ヤマさんみたいに魔法の使えない世界から来た人が、魔道具に魔力を込める練習ができるようにって、色々置いてるわけ」
なるほど。魔力を込めて使うのか。だから蛇口をひねっても水が出て来なかったんだな。
いや、待て。ギルドのトイレを使った時は、普通に水が出ていたはずだが。
「なぁギィ。この蛇口も魔力を込めんと使えんと? 俺がトイレ使った時は、魔力を込めたつもり無いっちゃけど、ちゃんと水が流れよったばい」
「トイレのは普通の水だからだよ。普通の水は水道管を通って流れて来るから魔力は要らないし。その蛇口は魔力を込めたら『聖水』が出て来るやつだよ。聖水は水魔法で出した綺麗な水を聖魔法で浄化して創るんだけど、その蛇口に魔力を込めたら、そのこめた魔力を使って一連の作業を蛇口がしてくれるんだ。面倒な段階を踏まなくても、蛇口に魔力を込めてひねるだけで簡単に聖水が創れるってわけ」
えらくお手軽な聖水だ。蛇口から簡単に出て来ると、聖水のありがたみが無い。
では、ここにあるキッチンの水道はどうだろう?
キッチンの水道は普通の水で良いから、魔力を通す必要性は無さそうだが。
「このキッチンの蛇口は? 」
「普通に蛇口を引き上げれば水道管を通って普通の水がでるよ。魔力を込めておくと、蛇口を横に倒して引き上げれば、込めておいた魔力が無くなるまで、水がお湯に成って出る。キッチンの水道なら三日に一度魔力を込めれば良いと思う。まぁヤマさんの魔力量によっては、多少効果日数が前後すると思うけどね」
魔力がガスや電気の代わりに成ると言う事か。
温水を出すのに魔力が要るなら、ここに練習用の風呂場と洗面所が置いてあるのも納得だ。
風呂場の場合、浴槽にお湯を溜められるだけの魔力が必要になる。
魔力測定の時にウサ耳のオジサンが、日常生活に魔力を使っても問題無い量が有ると言ってくれていたが、いまだ魔力も魔法も使っていない俺からすると、自分の魔力量がどの位あるのかピンとこない。
ココで自分の魔力量の大体の目安が把握できれば良いだろう。
「じゃあ、ヤマさん。まずは魔力を込める方法から練習な。こっちのテーブルに来て」
ギィの指示に従って、二人用の喫茶サイズのテーブルに向かい合って座る。
テーブルの真ん中は、ガラス張りの収納スペースに成っていて、ギィはそのガラスを開けると中からガラス棒を取り出した。
ガラス棒は先の方が丸くなっていて、酒を混ぜるマドラーの様だった。
「まず、魔力って言うのは生き物、植物、鉱石。全ての物が大なり小なり持っている物なんだ。ヤマさん、身体の中を魔力が満たしているのを想像してみて。自分が風船みたいな入れ物で、内側に魔力がなみなみ全身に詰まっているんだ」
そのままギィの説明を聞き、その内容をまとめて行くと次の様な感じだ。
①、魔力とは全身を満たす様に詰まっている。
②、魔力量とは、魔力の濃度を指す物である。
③、体格の大きさ、髪の長さは魔力量に影響せず、生まれ持った魔力量の最大値は生涯変化しない。
④、魔力の容量は、血筋に関係せず遺伝しない。
⑤、魔力を使用すると体内の魔力濃度が薄くなるが、時間の経過と共に元の濃度に戻る。
⑥、魔力を使いすぎると、生命維持に必要な魔力を身体が残そうとし、途中で魔力が使用できなくなるため、魔力を使い切ってしまう事は無い。
⑦、個人の得意とする魔力付与や魔法の属性は、魔力では無く肉体の方に影響されるため、体調や生活環境、生活習慣などにより、得意属性が変化する事が有る。
初心者として、知っておくべき知識は以上。
魔術師として攻撃魔法や大掛かりな魔法を発動させる為には、更に知っておくべき事が沢山あるそうだが、俺の場合は魔力を攻撃魔法として具現化し、操る程の魔力量は無い為、知る必要は無いそうだ。
俺が発動できる魔法は生活魔法まで。生活に必要な水や火、風を起こせる程度。
俺としては光熱費がだいぶ浮かせそうだし、魔道具や魔法薬に魔力付与が出来るなら仕事に困らないので、それで十分だ。
しかしそれを考えると、魔術師として冒険者をしているギィは、きっと魔力量がとても多いのだろう。
ギィは俺の魔力の測定結果の紙を見ながら、俺に説明をする。
「ヤマさんの測定結果を見る限りだと、親和性の高い属性は水と植物みたいだよ。特に水が良い感じ。ただ、この属性は後々変わる事が有るから、参考程度にしておいて」
水と植物。魔法薬師に向いてそうな属性で良いかもしれない。出来れば属性をこのまま保ちたい。
属性は肉体に影響されると言う事だが、水や植物と親和性の高い肉体とはどういった物だろうか。
魚が好きでよく食べていたり、餅に桜の葉っぱや柏の葉っぱを乗せる生活を続けていた所為だろうか。何となくそれは違う気がする。
「さて、魔力に関する説明はココまでな。じゃあヤマさん、まずはこのガラス棒を手に持って」
ギィに指示され、ガラス棒を指揮棒の様に指でつまむ。
「持っているガラス棒が、自分の身体の延長線にあると思って、魔力を流してみて。これは人によって説明の仕方が違うんだけど、体内の魔力を水や煙、他には・・・光とか? 魔力を何かそんな感じの液体や気体といった物だと考えて、棒に流れ込ませるように満たしていくって感じ」
ギィに言われて、身体の内側から棒の中に魔力を流し込むイメージをする。
するとガラス棒の先の丸くなった部分に、光が灯った。
「お、ヤマさん早いじゃん。魔道具の使い方はそんな感じな。じゃあ、ここにある物で順番に試して行こうか。魔道具の種類によっては相性が悪い物とか有ってさ、魔力が上手く込められなかったりするんだよ。まぁ、その時は魔道具のメーカーを変えたりすれば上手く行くから、同じ効果の魔道具でも自分に合った素材やメーカーの物を選ぶと良いよ」
そうして順番に家庭用の魔道具を順番に試していく。
ほとんどの物はどのメーカーでも上手く行くが、鍵やシャッターと言った金属系の物が上手く作動しない。
これに関してはメーカーを変えても同じで、魔力を流そうとすると、磁石の同じ極を合わせようとした時の様な反発を感じて、魔力を上手く流し込めないのだ。
水道の蛇口なども金属なのに、何が違うのかと首をかしげていると、ギィが原因を突き止めてくれた。
「ヤマさんは”金属の形を変える系”の魔道具が駄目なんだよ。鍵もシャッターもさ、登録者の魔力に反応して金属部分が溶けて形を変えて、ストッパーに固定されるんだ。で、解除する時はまた金属部分が溶けてストッパーから外れる。これじゃ、魔道具職人に成るのは無理だね。金属の形を変えられないのは魔道具職人として致命的」
確認の為に色々な金属を持たされて、魔力を込めて形を変える練習をさせられるが、どれも魔力が反発して形を変える事は出来なかった。
「俺、どうしたら良いんやか。これじゃ防犯ができんばい」
「まぁ、魔力を使わないアナログの鍵とか有るから、それ使えばいいよ。『ニャンでも魔法薬店』がどのタイプの鍵を使ってるのかは知らないけどさ、あの婆さん最新型使う様なイメージじゃないし。案外アナログの道具が多いんじゃね。あそこシャッター無くて、閉店後はカーテン閉めてるだけだしさ」
なるほど、全ての道具に魔力が必要と言う訳でもないのか。確かに魔力量が低い人も居るだろうから、魔力を使わないアナログ製品が淘汰される事も無いだろう。
そして、さりげなく魔道具職人の道は閉ざされたようだ。他にも金属加工系の職人にも向いていない様なので、魔法薬師として頑張って行こう。