ニャンでも魔法薬店
ギィの提案により、まずは魔法薬店の見学をかねて、魔法薬師のお婆さんの店に行く事に成った。
「まぁ、一度どんなもんか見てみると良いよ。ヤマさん的に合わなさそうだったら、止めとけば良い訳だし」
それに対し、ミミィさんも跳ねるのを止めて、前に二回傾いた。どうやら頷いた様だ。
「そうですね。どんなものか見た事も無いのに決めちゃうのも、良くないですね。ではヤマシロさん、行ってみましょう! 」
話がまとまったところで、ギィの案内で歩き出す。ギィは魔術師ギルドの在った町に戻り、更にそこを突っ切って、二つの建物を通り過ぎた。歩きながらミミィさんが説明するには、建物一つが一つの町の扱いに成るそうだ。
ギルドから三つ目の町に着いたところで、ギィは建物の下に降りて行く。辿り着いたのはその建物の一階と地下の中間にある半地下だ。
ギィの言う魔法薬の店は、その半地下から川沿いの道へと出るための狭い通路の先、六段ほどの上り階段の横にあった。
入り口が建物の内側に有る造りで、店内が窓ガラスで見える様になっている。
川側の方にも窓ガラスがあるので、川沿いの道を歩く人がしゃがめば、店内を見下ろす事が出来る様だ。
窓ガラスには、くすんだ金色で『ニャンでも魔法薬店』と飾り文字で書かれていて、その下に猫の頭のシルエットが描かれていた。
困った。少しファンシーな店名だ。
俺のような、悪役感のある黒魔導士風と評される風貌の男が、勤めて良い様な店名では無い。場違い感をヒシヒシと感じる。
だがギィはそんな事を気にする風でも無く、ニャンでも魔法薬店の扉を開いた。
扉の上に付いたベルの音で、カウンターを磨いて居たお婆さんが俺達の方へと視線を向けて来た。
店内に客の姿は見えず、今ここには、お婆さん一人だけのようだ。
カウンターの前に立つお婆さんは、ミミィさんと同じ一m位の身長と、ずいぶん小柄だった。
頬が赤くしわくちゃで丸顔で、あだ名を付けるとしたら『梅干し婆ちゃん』といったイメージだ。
真っ白のフワフワした髪の間からは、同じく真っ白な猫耳が飛び出している。
お婆さんは金色のつぶらな目を和らげると、入り口に立つギィに穏やかな高めの声で話かけてきた。
「おやおや。ギィじゃないかい、久々だねぇ。今日はお客さんを連れて来てくれたのかい? 」
その言葉にギィはお婆さんの傍まで行くと、俺を指しながら説明を始めた。
「婆さん、あの黒いオッサンはヤマさん。地元密着型の魔法薬師の仕事に興味が有るらしくて、見学したいみたいだから連れて来たんだ」
「それは珍しいねぇ、地元薬師に興味を持って貰えるなんて嬉しいよ。ヤマさんと言ったかい? 好きなだけ見学してお行きなねぇ。さあ、カウンターの前においで」
お婆さんはカウンターの席に座った俺を、穏やかな表情で見て頷き、カウンターの向こうで手を洗うと、お茶の準備を始めた。
「私がこの店の店主で魔法薬師さねぇ。皆私を婆さんって呼ぶから、ヤマさんもそう呼ぶと良いよ」
小さな手でカウンターにお茶を四つ並べながら、お婆さんはそう言う。
俺はと言うと、カウンターの椅子に腰かけようと苦戦するミミィさんに、気を取られていた。
抱えて椅子に乗せてあげても良いのだが、ミミィさんは女性の様なので、不用意に触って持ち上げても良いものか悩んでしまう。
そもそも葛切りのボールの様な姿で、目がドコに有るのかも分からないので、どこを持っていいのか分からない。
困ってギィに視線を寄こすと、ギィもどうして良いか分からず困っていた様で苦笑された。
このまま見ていてもミミィさんが椅子に座れる様子が無いので、ミミィさんの側面(?)を持って持ち上げた。
イメージとしては子供の脇に手を入れて抱える感じだ。これならセクハラ感は薄れるだろう。
だが、声をかけるのを忘れていたので、ミミィさんを驚かせてしまった様だ。
ミミィさんはブヨンと波打ったあと、俺に持ち上げられたままジタバタし始めた。
「ふわぁあ、あ、あ!! ヤマさ・・ヤマシロさん!! 急に何ですか?! 」
「あ! スミマセン。椅子の上まで運ぼうかと、声をかけるべきでしたね。驚かせてスミマセン」
俺の説明を聞いて動きを止めたミミィさんを、椅子の上に乗せる。
微妙に向きが違ったらしく、小さく弾みながら姿勢を整えたミミィさんは、身体をフヨフヨ動かしながら怒り始めた。
「もうっ!! 駄目ですよヤマシロさん。親切心からだとしても、女性の身体を断りなく持ち上げたりしたら!! 」
「いや、本当にスミマセン。しっかりと心に止めておきます」
「そうですよ!! ちゃんと覚えておいて下さいね。ただでさえヤマシロさんは黒魔導士顔してるんですから、他の女の子だったら怖がって泣いちゃいますからね!! 」
黒魔導士顔とは一体、とか、この世界の女性にとって俺は泣かれるほど怖い顔しているのか、とか、色々聞きたい事はあるが、それよりもミミィさんの葛切りの様な毛(?)の色が徐々に変わって行き、ピンク色の寒天のようになって来ているのが衝撃的過ぎた。
怒ると色が変わるのか。もしかすると悲しむと水色になったりするのか? と、怒っているミミィさんには申し訳ないが、関係無い事ばかりを考えてしまう。
ミミィさんの向こう側に座っているギィも、色が変わって行くミミィさんを不思議そうに眺めていた。どうやら、この世界に暮らしている人にも珍しい光景らしい。
そんな中、お婆さんがミミィさんをなだめ始める。
「お嬢さん。照れるのも分かるけど、そろそろその辺にしておやり。見るからにヤマさんは、女性の扱いに不器用そうじゃないかい。そんな失敗もするさねぇ」
お婆さんの言葉にミミィさんは慌て始める。
「て、照れてなんかいませんよっ!! わ、私は怒ってるんですよ!! 」
「そんなに真っ赤に頬染めて言ったって、説得力が無いねぇ」
「ちっ違います!! 赤くなんてなってません!! 」
言いあっている二人の会話に首をかしげる。
種族的な性質がさっぱり分からないので、どちらの言っている事が正しいのか分からない。
怒っていて赤くなっているのか、男慣れしていなくて照れて赤くなっているのか。
ギィに視線を向けると、俺の視線に気付いたギィは、苦笑いしながら首をかしげた。地元民にも正しい判断が付かないらしい。
やはり仲の良い知り合いに、同じような種族の人が居ないと分からないのだろう。この世界は多種多様な種族が入り混じって暮らしているので、全ての種族の特性を覚えるのは難しい様だ。
俺としては赤くなるほど怒られているよりも、照れて赤くなられている方が助かるので、ミミィさんは恥ずかしがっているのだと良い方に考えておこう。きっとミミィさんは男慣れしていない乙女なのだ。
しばらく女性陣は言い合っていたが、その内ミミィさんが言い負かされたのか、唸りながら黙ってしまった。
お婆さんが穏やかながらも言いくるめて勝ったようだ。年の功だな。
そんな風に考えながらお茶を飲んでいると、お婆さんが俺の横まで来て、抱っこをせがむ子供のように両手を差し出して来た。
「ヤマさんや、使って悪いけど、あそこの棚の上の物を取りたいから持ち上げてくれんかねぇ。最近梯子を持って来るのも大変になって来たんだよ」
お婆さんの言う棚は川側の窓の上にあり、俺の身長でも踏み台が必要そうな高さだった。
その上に綺麗な装飾がされた、透明な色ガラスの瓶が並んでいた。瓶と言うには少し大きく、壺と言っても良いかも知れない。
中には丸いキャンディの様な物や、梅酒の様に丸い実の沈んだ液体が入っている。お婆さんは沢山並ぶウチの三つの瓶が取りたいらしい。
「そのくらい、構いませんよ。あの窓の上の棚ですね」
これはお婆さん一人では、上げたり降ろしたりが大変だな。
そう考えながら窓まで移動すると、お婆さんを腰を持って高い高いする様に持ち上げる。小さな見た目通り、お婆さんはとても軽かった。力を入れるとお婆さんの骨が折れるんじゃないかと心配に成る。
持ち上げては降ろし、窓の下に有る商品棚の空いたところに瓶を置き、また持ち上げるというのを三回繰り返すと、お婆さんは棚に置いた瓶を抱えてカウンターの方へと戻りはじめた。
お婆さんは大きな瓶を一個づつしか持て無いようで、両手で瓶を抱えるようにしてゆったりと運んで行く、その後ろを俺は片手に一個づつ瓶を持って付いて行った。
これは俺が居なかったら、瓶をカウンターに運ぶのに三往復したのだろうか。動きもゆったりしているから時間が掛かって大変だ。
お婆さんに付いて、カウンターの向こう側まで瓶を持って行くと、それをお婆さんが作業台の上に置いた瓶の横に並べる。
中身は透けて見えるが、それが何なのかさっぱり分からない。
俺は三つ並んだ瓶を眺めながら、お婆さんに声をかけた。
「お婆ちゃんは、いっつも一人でこんな事しよると? 誰か手伝ってくれる人は居らんとね? 」
「そうさねぇ、昔は店番してくれる女の子が居たんだよ。その子がこういった物の上げ下ろしをしてたんだけどねぇ。その子が三百年ほど前に結婚して他の地区に越して行ってからは、ずっと一人やっているよ。人を雇おうにもこんな小さな店に来てくれる人なんて居なくてねぇ。魔法薬店は他にも沢山あるし、もっと大きな立派な店もあるから、皆そっちに行ってしまうんだよ」
どうやらお婆さんは調薬から接客まで、この店をたった一人、小さな体で切り盛りしているらしい。
始めは見学だけのつもりでやって来たが、俺はこの小さな可愛いお婆さんの、何か手助けが出来ないかと考え始めていた。
ミミィさんは照れているけど、残念ながら種族的に恋愛展開にはならないです。