ヤマさんは、キュッカ弁。
ギィに連れられて受付の辺りに来ると、受付カウンターの奥の部屋からプリシラさんが出て来たところだった。
ギィが慌ててプリシラさんに声をかける。
「プリシラさん!! ヤマちゃんこんな見た目だけど、まだ子供じゃないっすか!! 魔法なんてまだ早くて教えられないっすよ!! 」
焦るギィに、プリシラさんはなんでもない風に答える。
「あぁ、ヤマシロさんが居た世界は、魔力が働かないせいで、老けるのも寿命も早いのよ。この世界の十倍の早さで成長するの。ヤマシロさんの事は、見た目と同じで四百三十歳位だと思って良いわよ。だから魔法の使い方を教えても大丈夫」
成る程。こちらの世界では十年生きて、ようやく向こうで言う一歳と言う事か。と言う事は、俺はギィに四歳だと思われた事になる。
そりゃ、こんな髭面のオッサンが四歳だと言われたら、誰もが驚くだろうし、危なくて魔法なんて教えられない。
だが、プリシラさんの説明を聞いても、ギィは微妙に納得できずにいるらしい。
「でも、四十三年しか生きて無いんでしょ? 」
「うーん。確かにそうなんだけど、この世界での十年を、向こうの世界では一年って言っていたんだろうな。って思えば良いわよ。実際はこちらの世界で換算しても、四十三年しか生きて無いんだけど、身体年齢も精神年齢も四百三十歳まで成長しちゃっているんだし」
ギィに説明するプリシラさんに、横から質問する。
「えーと。俺はこれからどうすれば良いんですかね? 寿命がこの世界の人と比べて短いのであれば、就職先を探す時のマイナス点に成りますし。雇ったは良いけど、すぐ老けて寿命が来る人間は雇う方も雇いにくいでしょうし」
「多分、これからはヤマシロさんの魔力が身体に影響し始めるから、前の世界より十年老化が遅くなると思うわよ。一応、国民登録もその辺りを考慮して四百三十歳で登録しているから、これから年齢を答える時は四百三十歳って答えてくれるかしら? 流石に四十三歳じゃ部屋を借りれないからね」
まて、つまり向こうの世界で働かない魔力が、この世界で働き出すから十年で約一歳年を取ると言う事か?
前の世界の平均寿命が男性で約八十歳ちょっとだったから、あと四百年近く俺は生きないといけないのか。
四百年は長いな。漠然と長生きしたいとは思っていたが、余命四百年は貰いすぎだ。
何をすれば良いんだ、四百年も。
仕事か? あと四百年ほど働けば良いのか? 何の罰だそれは。
そんな事を考えていたら、ギィ達が同情の視線を向けて来た。
「ヤマちゃん可哀想だな。寿命が人より三百五十年も短いじゃん。人生の約半分が消えてるって事だろ? 」
いや、十分だ。残り四百年でも長いのに、更に三百五十年も要らない。
どうやら彼らとは時間や年による感覚に、大きな溝が有る様に感じたので、念のため時間や暦に関しての確認をする事にした。
確認した結果、一日は三十時間で、十日で一週間。
五週間で一ヵ月。それが十五カ月で、一年だ。つまり一年が750日ある。これは長い。
待ってくれ、プリシラさん。
この世界の一年は、向こうの世界の二年以上の長さがある。思いっきり計算が変わって来る。
つまり、俺の時間の感覚に合わせて計算し直すと、余命が約八百年だ。
あと八百年働くのか、悟りが開けそうだ。誰か助けてくれ。本当に何の罰だ。
気を遠くに飛ばしていると、慰める様にギィが肩を叩いてくれた。
多分ギィは、俺がショックを受けている部分を誤解している。
そんなやり取りを見ていたプリシラさんは、手を叩いて空気を変えるように、明るい声で言い放った。
「さて、まずヤマシロさんは、役場に行って住まいを決めないとね。決まったらココに戻ってきてギィに魔法を習いな」
そう言って俺を連れてプリシラさんはギルドを出る。
すると俺達を追って、ギィが一緒にギルドから出て来た。
「プリシラさん、俺も行くっす!! 部屋が決まったら生活に必要なもんも有るだろうし、俺この辺の地理は分かってるから、近所の店とか紹介できて丁度いいっしょ」
「そう? あぁ、じゃあ、役場までの案内もギィにお願いしても良いかしら? 私、仕事が沢山残っているから早めに戻らないといけないのよ。変わってくれるならギルドからの依頼扱いにするけど」
「あぁ、依頼は魔法教える分だけで良いっす。ヤマちゃんが部屋決めて戻って来るまで、ボーっと待機するだけっすから暇つぶしに成って良いし」
「ありがとう。じゃあ・・・ヤマシロさんはそれで良い? 」
「構いませんよ。お忙しい中有難うございました」
「部屋が決まって住所登録したら、まずギルドの受付に来てね。そこで魔術師登録するから」
「はい。分かりました」
そこでプリシラさんと別れて、ギィと歩き出す。
「ギィさんは良かったんですか? 連れの人達居たでしょ? 」
「依頼終わって解散するとこだったから大丈夫。っつか、敬語は良いよ。こっちの年齢に直したらヤマちゃん四百三十歳まで育ってるんだろ? つう事は身体年齢とか俺より上か。じゃあヤマちゃんじゃ無くてやっぱりヤマさんだな」
「そうですね。中身がオジサンなんで、小さい子と同じに扱われると変な感じがしますね。見た目通りオッサン扱いして下さい」
「だから敬語良いって」
「分かった。ほんじゃ普通に喋らせて貰うけ」
ギィの案内で建物の中を三階分ほど降りて行くと、他の建物に続く橋が有った。
徒歩の人達ばかりで、飛行竜から見たカバの様な生き物は居なかった。近くで見てみたいと思っていたので残念だ。
「さっき飛行竜っち言うのに乗ったんやけど、その時窓から、荷物牽きよる緑色の生き物を見たっちゃね。アレはココには居らんと? 」
「あーー。ガーヴァの事か? アイツら重てぇから、この橋は渡れねぇんだ。重量制限があってさ、アイツら通れる道が決まってるんだよ」
アレはガーヴァと言うのか。名前がカバに似ていて覚えやすい。
「そうなんやね。あ、もしかしてこの下、川になっとると? プッカの木っち言うんやろアレ。なんで川の上をプッカで覆っとると? 」
ふと橋の下を見ると、下の通りを木がアーチ状に生い茂っていたので、そのままギィに質問を投げかけた。すると、ギィは苦笑いの表情を俺に向ける。
「ヤマさん、敬語じゃ無くなると地方訛りヤベェな。それ南の方のキュッカ弁じゃね? なんで異世界から来たのにキュッカ弁なの? 」
「え? キュッカ弁っち何? 俺普通にラビラフト語っち言うの喋っとるつもりなんやけど」
「うーーん。ヤマさん、もしかして前の世界で方言のある地域に住んでた? 」
「そうやね。列島の南、九州地方っち言う所に住んどったよ」
「多分、その地方訛りが異界渡りの時に、キュッカ弁に変換されてんじゃね? 」
成る程、言語がこの国の物に変換にされるって聞いていたから、自分が使っているのは普通のラビラフト語だと思っていたが、どうやらそうでは無かったらしい。
方言にまで対応しなくても良いのに、ご丁寧な事だ。
これは上京したつもりで、意識して標準語で話した方が良いと言う事だろうか。
「もしかして俺の言ってる言葉、聞き取りづらかった? 」
「いや、何となく分かるから良いんじゃね? 分からなかったら聞き返すわ。前の世界から持って来た物みたいなもんだろ? そのまま大事にしてたら良いじゃん」
前の世界から持って来たもの、か。
ラビラフト語のキュッカ弁に変換されているから、元と同じ福岡弁じゃないけど、財布もスマホも忘れて着の身着のままやって来た俺にとって、訛りが唯一持って来た何かになるのだろうか?
まぁ、仕事で支障が出るようなら、その時は敬語で話せばいいし、ギィもこう言ってくれたから、暫くはこのままで良いかな。