ヤマさん、魚を捕獲する
魔道具屋の店主に教えて貰った魚屋につくと、魚屋の店主は幅30㎝くらいで、高さが50㎝くらいのカプセル型のガラスボトルを渡してくれた。リュックのように背負うタイプで、背中に当たる部分は平べったく、低反発のクッションが貼られている。
底と上蓋は銀色の金属に覆われていて、中は水で満たされている。底の金属部分から内部の水へポコポコと空気が湧き上がっていた。
魚を捕まえるのに必要な餌と、柄の短い虫取り網のようなものを俺に手渡しながら、魚屋の店主は説明をしてくれる。
「レイニムームは、すぐに鮮度が落ちて苦味が出るから生け捕りするしかないんだよ。しめたら30分以内に蒸すなり焼くなり調理をしないと駄目でよ、生け簀のある店くらいしか扱って無いんだわ」
「だから、空気が出るガラスボトルの入れ物で運ばんといけんのやね」
「そうそう、だからウチの店では取り扱って無いんだよ。水槽ねぇしな。だけどウチの女房がレイニムームの酒蒸しが好物でさ、自分とこの晩飯用に時々捕まえに行くんだわ。売りもんじゃなしに。今日は、えっと、ヤマさん、だっけ? ヤマさんが捕りに行くって言うからついでにウチの女房の分も頼もうかと思ってね」
「2匹っち言う話やったけど、2匹で夕飯に足りるんね? 俺はレイニムームの頭と骨と鱗とヒレが必要なだけやけ、身の部分は要らんとよ。だから身の部分は全部渡そうか?」
「あー。俺はレイニムームはあんまり好きじゃ無いんだよ。味は良いけど、噛んだ時にキュッキュする食感がどーも駄目でな。女房の分だけあれば良いから」
どうやら、レイニムームは食感が独特らしい。キュッキュすると言うのは、ゴムでも噛んでいる感じだろうか。興味があるので、試しに食べてみるのも良いかもしれない。
魚屋の店主がレイニムームがよく獲れると言う場所を教えてくれたので、そこへ向かう事にする。一応、魚を眺めているミミィさんにも声をかける。
「ミミィさん、俺はこれから魚を捕りに行くけど、ミミィさんはどうすると?」
「私、レイニムームって言う魚を見た事が無いので、一緒に行っても良いですか?」
「俺はいいけど、飛行竜とか船に乗るんばい? 大丈夫なと?」
ミミィさんの種族的に、どういう苦手分野があるのか分からないので確認を取る。するとミミィさんは少し考えて答えた。
「船は大丈夫なんですけど、飛行竜は何に乗りますか?」
何に乗るかというのは、飛行竜の種類だろうか?
確か俺がこの前乗ったのはエイ型のマーマンというので、それとは別に、いくつか種類があったはずだ。
「ミミィさんが苦手な飛行竜があるなら、それは避けるけど、どのタイプの飛行竜が駄目なん?」
「ガッレって言う種類の飛行竜が駄目なんですよ。小刻みに左右に揺れながら飛ぶんで、座席から転がり落ちちゃうんです」
なるほど、ミミィさんの体は球体だからボールの様に転がってしまうのか。触手でしがみつくのは難しいのだろうか? 難しいのだろうな。これまで見てきて感じ、自由自在に動かせる物ではなさそうだ。
「ミミィさんは綺麗に円形やからね。揺れるようだと、肘掛けも背もたれもないベンチに座っとくのは難しいかもしれんね。なんだったら、俺の膝の上に座ったらどうね?」
そう提案すると、ミミィさんは葛切りのような触手をピンク色に染めて、激しく跳ね始めた。
「もうっ!! ヤマシロさんったら、何て恥ずかしいこと言うんですか! そんなことできるわけ無いでしょ!! それはちょっとしたセクハラですよ!」
しまった。ミミィさんが葛切りボールのような見た目をした種族なので、異性だと意識を持って無かった。
確かに俺みたいなオッサンに、膝に座れと言われるのはセクハラだ。
何となく、ボールを膝の上に乗せるような感覚でいた。これは申し訳ない。そろそろ異世界の感覚に慣れなくてはいけない。
慌ててミミィさんに謝罪をしていると、魚屋の店主がニヤニヤしながら肩を叩いてくる。
「ほら、イチャイチャしてねぇで、さっさと魚とりデートに行ってきな。うちの晩飯に間に合わなくなっちまうだろ?」
断じてイチャイチャしてるつもりはないし、デートでも無い。誤解だ。
こんなオッサンとデートだと思われるミミィさんも不服だろう。ちゃんと否定しておこうと思い口を開きかけた時、ミミィさんがポヨポヨと跳ねながら先に進んで呼びかけてくる。
「ほら、ヤマシロさん。早く行きますよ! 魚屋さんの夕ご飯までに帰って来ないといけないんですから、急ぎましょう」
オッサンとデートだと言われているにも関わらず、否定もせずにドンドン先へと進んでいくミミィさんを、魚屋の店主に挨拶してから慌てて追いかける。
まぁ、魚屋の店主も冗談めかして言っているだけだろうから、真面目に否定するのもおかしな話かもしれない。
その後、隣の立体都市に移動した俺達は、ペベナとよばれる飛行竜に乗る事が出来た。
ペベナはハムスターの様な鳥だった。薄紫の丸っこいハムスターの体に、手ではなくハチドリみたいな羽を持っていてホバリングが出来る。
この丸っこい体でよく飛べるものだと感心する。
心配していた揺れもなく、ミミィさんも安心して座席に座っていられた。
ペベナに乗って向かったのは、議事城とは逆方向に30分ほど行ったところだった。
魚の店主に教えられた立体都市の屋上で飛行竜から降りると、その都市の地下へと向かう。
この立体都市の周辺は硬い岩盤の上に建っている。その岩盤には迷路のような洞窟が広がっていてプッカの木に覆われた川と繋がっている。洞窟内は川と同じように小舟で移動できるらしい。
ミミィさんと地下通路から洞窟へと向かうと、岩壁が所々青く発光している湖のような場所へと出た。
広さは小学校の体育館くらいで、青い光で照らされた水面が美しい。こんな近くにこんな綺麗な観光スポットのようなところがあったのかと感動する。
よく見ると、岩壁で青く発光している物の正体は苔のようだった。
岩を削って作られたらしい階段を数段下ると、水面に木で作られた足場が浮いていて、その足場に沿って小舟が並んで停泊していた。ここから船に乗れるらしい。
ミミィさんが水路にうっかり転がり落ちてはいけないと、少しだけ幅広の船を選んで、船頭に乗せて貰う交渉をする。
選んだ船の船頭は、耳が蝶の羽のような種族の若い青年だった。顎が細く尖っていて、目は切れ長。鼻も尖っていて少し上向き。まるでヨーロッパの挿絵に描かれる妖精みたいな見た目だ。
肌がとても白いのか洞窟の青い光に照らされて、姿が青白く浮き上がっているようにも見えて、神秘的だが若干の怖さもある。
改めてファンタジーな異世界に来たんだなぁと、実感させられる。
船頭の青年は、魚屋の店主から教えて貰ったレイニムームのよく獲れるスポットを知っていたらしく、そこまでの案内もかって出てくれたので、彼の船に乗せて貰う事に決めた。
青年の指示に従って、船先の尖った方に俺が乗り、真ん中にミミィさん。青年は後ろの方に乗り込んだ。
船を漕ぐようなオールも持っていないのに、どうやって船を進ませるのかと思っていると、青年は船の後方ギリギリの場所に立ったまま、口笛を吹き始めた。
青年が口笛を吹きつつ両手を彷徨わせるように動かすと、船は勝手にスイっと動き始める。
それが魔法なのか、彼の種族の特殊能力なのかは分からないが、洞窟内に口笛を反響させながら、彼の操る船はスイスイと進み、湖のような場所から出ていく。
ギリギリ船がすれ違えるような細い水路や、天井も奥行も驚くほどに広く、細い柱のようになった鍾乳石が何本もそびえたつ場所などを通り抜けていく。
「ヤマシロさん。私この地下水路の事は話には聞いていましたが、本当に、とっても綺麗な所ですね。こんな素敵な場所だったなんて。もっと早く来るべきでした」
「ん? ミミィさん地元民なのに、来た事なかったと?」
「地元民だからこそですよ。いつでも来れる場所ですし、地元民だからこそ興味が薄いと言うか」
「あー。なんか分かる気がするわ」
そういえば俺も地元の観光スポットとか、歴史資料館みたいなところに行ったこと無かったな。
有名な神社とか観光できる場所は沢山あったはずだが、まったく足を運んだ覚えがない。
旅行で県外に出ると、時間いっぱい観光スポットを巡るのに、地元となると興味が薄くなるもんだ。
そんな会話をミミィさんとしていると、船が速度をゆっくりと落として止まった。
その場所は水底が見えるくらい浅くなっていて、壁に沿って建設に使われる、金属の足場のような通路が組まれていた。
そこに船を括り付けると、船頭の青年は先に通路に上ると、ミミィさんと俺に手を差し伸べて足場へと引き上げてくれた。
「ここから先は水深が浅すぎるのと、通路の幅が狭くて船では先に進めないんですよ。なのでこの通路の上を歩いて移動します」
そう言う青年の案内に付いて行き、少し濡れた金属の通路を進んでいく。
足を滑らせそうで怖いが、それよりも幅の狭い通路の上を弾みながら進んでいくミミィさんが、落っこちないかが心配で、気が気じゃなかった。
落ちたところで水深が浅いので、大怪我をするような問題は無いだろうが、青く輝く苔に覆われた洞窟の中だ。落ちた場所がぬめっていたりすると、どこかに転がっていくんじゃないかとハラハラする。
そんな狭い通路を通り抜けると、大きな泉のような場所に出た。淡く青色に輝く水はどこまでも透明で、底がはっきりと見えている。
泉の中央に島があり、そこに向かって飛び石のように小島が並んでいる。小島は小さなクローバーのような雑草に覆われていて、水面ギリギリの所には5㎝ほどの赤い百合のような花が所々に生えている。
地下だが、空気がとても澄んでいるような気がする。マイナスイオンに溢れていそうだ。
「ここは底が見えているので浅そうに感じますが、それは錯覚で実はものすごく深いです。水の流れは緩やかで、とても遅いですが、深さがあるので落ちないように気を付けて下さい」
そう言いながら、泉中央の島に向かって小島を転々と飛び移り始めた。
小島は泉に浮いているのかと思ったが、よく見ると水底と柱で繋がっている。横から見るとキノコか蓮の葉みたいな形だ。
俺の歩幅的に小島の大きさも距離も飛び移るのに問題はない。
問題があるとすれば、ミミィさんだ。実際オロオロし始めている。
たぶんミミィさんは落てしまえば、なすすべもなくドンブラコと流されて行くだろう。
「ミミィさん、抱っこしようか?」
またセクハラと思われるかもしれないと思いながら、恐る恐る問いかけると、ミミィさんは自力で渡るのは無理だと判断したようで、無言でうなずいた。
直径1mほどのミミィさんを、正面に抱えると足元が見えなくなるので、持ち上げて頭の上に乗せる。
大きさの割にミミィさんは軽い。ポヨポヨと跳ねている姿がバランスボールっぽくもあるので、もしかすると内部に空洞があるのかもしれないと思いながら、小島から小島へと跳んで渡る。
「うひゃぁ!! 高い! 怖い!!」
頭上でミミィさんが叫ぶ。観覧車のようなエレベーターの乗り降りは平気なのに、下が深い泉だと怖いらしい。
ちなみに俺は、ここの方が怖くない。
流れが緩やかな泉に落ちるのと、高さがある観覧車から落ちるのでは、泉に落ちる方が命が助かる可能性が高いからだ。
中央の島に辿り着きミミィさんを頭から降ろすと、ミミィさんは安心したようにため息を一つ吐くと、しみじみと呟いた。
「ヤマシロさんは、いつもあんなに高い視界で世界を見ているんですね・・・」
「いや、さっきのミミィさんより、頭一つ分低い位置から見とるよ」
「まぁ、そうでしょうけど・・・」
そう話しながら先に辿り着いていた船頭さんと合流すると、彼は俺達がやってきた方向とは逆の方向の島の端に案内した。
そこは平べったく大きな岩が並んでいて、腰かけるのに丁度良さそうだった。
「この島は内側が空洞になっていて、岩の下辺りに空洞へと続く穴が開いているんですよ。この泉と島の内側をレイニムームは頻繁に出入りしているので、川や泉を泳いでいるのを捕まえるより、ここで待ち構えていた方が捕まえやすいんです」
そう言われて、岩の上から泉を覗き込むと、確かに島の側面に生えた水草に隠れるように穴が開いているのが見えた。
それを聞いたミミィさんは、島の端をポヨポヨと跳ねながら泉を見渡し、疑問の声をあげる。
「でも、泉にお魚の姿は全くないですよ? こんなに透き通った水しかないです」
「あぁ、ミミィさん。レイニムームは透明な魚なんよ。骨も内臓も目も何もかもが透明やから、よーく見らんな分らんとよ。だから好き勝手に泳いでいるのを捕まえるのは難しいけん、待ち伏せせんといかんとよね」
そう説明をして、背中からガラスボトルを降ろしてセッティングすると、網の中に餌を入れて泉に沈め、穴の近くにかまえる。
「えぇぇぇ?! そんなお魚、待ち伏せしたとしても、どうやって見つけるんですか?」
「透明とはいえ実体はあるわけやし、鱗とヒレがね、時々、光を屈折させるんよ・・・捕まえたっ!!」
「ヤマシロさん、早い!!」
水の入ったガラスコップに透明なガラス片を入れても、光の反射や影で存在を見つける事が出来る。
いくら透明の魚であっても、本気で探す気で観察すれば、見える。
あと、俺には味方がいた。穴の近くに生えている水草がコッソリ教えてくれたのだ。
〈透明のお魚、来たよ。ほら、近い。まだ待って・・・いま!!〉