《再始》5.二つの三人組
「ちょっとふざけただけなのに打つ事無いじゃん……」
そう言いつつ頭をさするフロウを尻目に、今度は普通の質問がトウヤに投げかけられていた。まぁ、魔術学院であるためか、質問は何となくそういう方向に向かっていたが。
「トウヤ君はどんな魔術が得意なの?」
例えば、こんな質問。トウヤはどうやって答えようか、と思案する。
正直魔術なんてさっぱり解らない。かと言って、記憶が無い事をわざわざ言う必要は無いとも思う。リフィには何も言われていないが、記憶喪失について隠しておく方が良い気がして、トウヤは取り繕う。
「俺は魔術はほとんど知らないんだ。正直、転入してきたは良いけど、素人みたいなものでさ、このクラスに入れたのも、桜がいたからだしね」
魔術について素人同然なのは本心だ。答え自体は特に疑われる事も無く、次の質問が投げかけられる。多少、魔術やら元の世界やら、トウヤの中の常識から外れた方向で質問が来るが、嘘も交えつつなんとかかわしていく。
「昨日の事故って、トウヤ君が起こしたの?」
「事故?それは、俺じゃないと思うな…」
「前にいた世界はどんな所?」
「科学が主流で、魔術がほとんど無い世界かな。」
他にもいくつか質問が続き、トウヤは考えつつ答えていく。
質問に答えるうち、近衛トウヤは魔術に触れる事なく育った一般人で、流れの魔術師に素養を見出され、学院関係者に推薦されて入学したという風な出自で固まっていく。トウヤ自身途中からそのような方針で答えるようになり、最初こそつっかえながらの応答だったものの、大まかな答えはだいたい返した。目論見はおおよそ成功したと言えるが、そろそろ突っ込んだ質問をされるとボロがでそうな頃合いでもあった。
「桜と遠縁って言ってたけど、二人って結構仲良さげじゃない?」
だから、フロウの再び訝しむ言葉に、トウヤは逡巡した。そして咄嗟に桜に目線をやると、桜もまたトウヤの方に目線を向けており、図らずしもアイコンタクトをしたようになった。
「ほら。やっぱり、遠縁って言う割に仲良いよね?」
そして、先程も口にした疑問を懲りずに投げかける。
「トウヤと桜は付き合ってるんじゃないの?白状しちゃいなよ」
クラスの視線がトウヤと桜に集まり、桜の顔が茹だる。
フロウはそこへ、さらなる追い打ちをかけた。
「だって、普通は世話役なんて付けなくない?それに世話役なら委員長のルーナの方が適役だと思うし、そもそも桜、満更じゃなさそうじゃん?」
桜とルビアがトウヤの発見者である事は、当人たちしか知らない。トウヤが神無の家紋を身に着けていた事も。トウヤがそれらを隠した方が良いと判断したように、桜もルビアも明かさないつもりなのは共通していた。それ故、世話役の理由は話せないので、桜は言葉につまってしまう。
「う…。世話役、は私だけ引き受けてる訳じゃないでしょ、ルビアも一緒だし」
桜の語尾は弱くなり、フロウはさらにたたみかける。
「んー、やっぱり桜の反応も怪しいし、スキなのは割と間違ってないんじゃないのー?」
フロウの言葉に、桜は動揺する。
一目惚れ、はしていないと思いたいが、追求されて速鐘を打つのは紛れもなく桜の心臓だ。動揺を差し引いても、トウヤの方をまっすぐ見られない。
初対面なのに、神無の人間なのに、桜には反論の言葉を選ぶ事が出来なかった。その事に、桜の瞳にわずかに、じわりと雫が浮かび。
「それより皆、そろそろお昼にした方がいいんじゃない?時間、無くなるよ?」
ルビアが全てを断ち切った。
まあいっか、と呟きあっさりと追求をやめたフロウは、お昼ご飯!と教室を飛び出していく。それを皮切りにクラスメートたちは昼時の食堂を思いだしたらしく、ばらばらと散らばり始める。それぞれトウヤに、また後でね、とか、お昼一緒に行かない?とかいろいろと言うが、桜とルビアが一緒に行く事になっていると解かると、さっさと教室を出ていく。
桜は気づかれないように滲んだものを拭った。
「…私たちも行こうか」
そんなルビアの一言で、トウヤたちも教室を出た。
「ホント、噂話が好きなんだから」
昼の廊下へと散って行ったクラスメートたちに向けてルビアが呟き、トウヤかと桜の間に立つ。トウヤからしても少し気まずいので、ルビアの立ち位置は有難かった。
「私たちも行こうか。本当に昼が終わっちゃう」
ルビアの誘いによって、3人は教室を出た。
遠くから僅かにざわめきが聞こえる。きっと、食堂から漏れ出る声がここまで届いているのだろう。トウヤは桜とルビアに連れられて食堂へと向かう。二階へと降りる螺旋階段を下り、少し歩いていくと、巨大なアーチを入り口とする大部屋が見えてきた。どうやらそこが食堂の様で、ルビアは振り返る。
「ここが学食。昼食はだいたいここだから、覚えておいて」
三人連れ立ってそのまま食堂に入る。中は生徒たちであふれており、たくさん設置されている席も今は空いている場所がほとんど無い。その中からなんとか三人分の席を確保する。
「食堂は給仕ゴーレムが切り盛りしてるんだ」
ルビアが言うように、食堂のカウンターの先には、金属とも石ともとれる材質でできたゴーレムー丸みを帯びたフォルムに、明滅する紋、それを包む違和感の塊たる白のエプロンーがせかせかと動いて、食事を提供し続けている。
「エプロンがシュールだな…」
大きさは150センチくらいだろうか。ゴーレムというよりロボットのように見えるが、どちらにせよエプロン姿は違和感しか感じない。言葉はなく、食器と調理の音、僅かな絹擦れの音が重なって、活気あふれる学生たちの喧騒に消えていく。
「そのうち慣れるよ」
十数台の食券機には、まだまだ学生が並んでいる。
「食券機は魔術文字で意味が理解できるようになってるから、好きなものを頼んで」
ルビアの言うとおり、食券機は知らない文字で表記されているが、その意味は頭に直接浮かぶ。メニューは品ぞろえ豊富で、ボタンを押すと券が発行されるようだが、トウヤには手持ちがなく支払いが出来ないことに気付く。しかし、食券機には代金を入れるようは場所は見当たらず、改めて周りを見ても、誰も代金を支払う様子はない。
「代金は払わなくていいんだ?」
すると桜が答える。
「うちの学食は、学生ならタダで食べられるのよ」
この学食は予算が組まれ、経費が割り当てられているらしく、学生は一日一食まで食事を無料で食べられるらしい。ウルズクラスならば朝晩も寮で無償で食べられるそうなので、その点は心配ないそうだ。そんな事を話している間に、注文したメニューができた。カウンターで受け取ると、トウヤたちは食事の乗ったトレイをもって、あらかじめとってあった席に着く。
トウヤの目の前に桜、その隣にルビアと、丁度二人を前にするトウヤ。桜は焼き魚定食、ルビアはスープカレーを注文したらしい。トウヤは悩んだ末に日替わりランチを注文しており、メインは麻婆豆腐だ。三者三様で、周りの生徒たちのメニューも多岐に渡る。考えてみれば、学院には色々な習慣をもつ生徒たちがいるのだから、和洋中のみでなく幅広い種類を取り扱っているのかもしれない。
「「いただきます」」
桜とルビアの声が揃って、食事が始まる。トウヤもきちっと手を合わせてからスプーンを取り上げた。朝は保健室でトーストと紅茶のみだったので、しっかりとした食事はありがたいし、食欲をそそる。何気なく激辛だった麻婆豆腐を口に運びつつ、トウヤはここまでで気になった事を聞いてみた。
「二人はオラクルクラスからウルズクラスに変わったって言ってたっけ?」
リフィはオラクルを飛ばしてウルズに、とも言っていた。
「そうよ。オラクルクラスは、魔術に不慣れだったり、基礎知識が不足してる学生が初めに入るクラスなの。あとは、オラクル以外の学生たちが卒業して入れ替わるまでの待機学生も一時的に入る事があるわ」
ここフラムベル魔術学院では、数年毎に生徒たちが卒業して入れ替わる。そのため、学院に入学が決まっても、就学期間や実力差を考慮してすぐにクラス配属にならない場合がある。また、学院への伝手がある魔術師からの推薦やスカウトなどで入学する生徒の中には、魔術に触れた事のない生徒もいる。年齢も性別も経験も魔術素養も全てがバラバラの生徒たちの準備を、就学までに整えさせるためのクラスがオラクルクラスなのだそうだ。
ちなみに今は入れ替わったばかりで、今のクラスはまだニヶ月も経っていないため、現状オラクルクラスには在籍者がいない。オラクルを飛ばしたのは、そういう理由からなのかもしれなかった。
「私と桜はもちろん違う世界の出身だけど、オラクルで同じクラスだったんだ」
その期間があって仲良くなったらしい。
卒業間近シーズンのオラクルはかなりの生徒がいて、その中でも実力別の講義があったり、今のウルズほどではないものの、騒がしい環境だったそうだ。
「オラクルにも見えない階級があって、私たちは知識も経験も不足の出遅れ組だったのよ。まぁ、注目されないのは気楽だったわね」
話がそこに至るまでに、トウヤは背中に刺さるいくつかの視線に気付いていたが、桜の言葉を聞いて、改めて周囲を目線だけで見やる。こちらに向けられる視線がとても多く、密かに何か囁かれている気がした。
「ウルズクラスは学生のトップで、全寮制とかの特待もある。クラスが実力に応じて変わるなら、当然蹴落としにかかると思わない?」
「特に今はトウヤの噂もあるから、注目度は余計に高いわね」
噂の転校生。
次元転移で学院へ飛び込んできた新たなウルズ生。
実力者、容姿良好、性格については不明ではあるが魔術大家出身。
羨むのもバカらしくなるほどの才を持つ魔術師、というのが、今のトウヤに関する噂である。
それをトウヤは小声で否定する。
「俺が?それは無いだろ…」
「少なくとも、記憶が無い君は、ね」
ルビアが言う通り、記憶を失う前はそうである可能性もある。
桜もルビアも中庭での転移魔術を見ており、少なくとも記憶を失う前のトウヤが凄まじい腕を持つ魔術師だと知っている。そんな事件が他のクラスに広まっているのだから、注目されるのは必然だった。
「今の俺は素人なんだけどな…」
そんな話をしながら、3人の昼食は進んでいく。
そして、転校生とウルズ生を偵察する視線に混じり、怨嗟に唸る声があった。
「ぬぅぅ……あんなに桜と仲睦まじく!くぅ…恨めしい!」
黒髪に着物、腰には太刀と脇差。顔は淡麗、黙っていればとてももてそうな男。しかしながら、その口から漏れているのはただひたすら、突然現れた近衛トウヤに嫉妬心を抱く言葉のみで、同席している者たちでさえ僅かに身を引いている。名前を犬上流雅というその男は、実のところトウヤや桜と同じウルズクラスに所属する和人で、今日一日中…正確にいえば、昨日フロウが大法螺を吹いた後から、ずっとこんな感じで恨み言を呟いていた。そして、その大きな独り言のおかげで、同席している二人まで、ウルズへの敵視とは別に、遠巻きに避けられる羽目になっている。
「なんで僕らまで避けられてるんだろうね」
三人組のうち、子供サイズの人影。その身体は水そのものであり、水霊族と呼ばれる種族のミストラルは呟く。その声に肩を竦めるのは、人一倍大きな身体をした獅子頭の獣人、名前をレクレス・レオンハルトと言う。
「そりゃあ、流雅の所為だろ。俺は別に、誰に避けられようと構わねぇがな」
そんなことはまるでどうでもいい些細なことだ、と言わんばかりのレクレスに、ミストラルは少し表情を波立たせた。
「ミスティ。お前だって馴れ合いを良しとはしてねぇだろ」
ミスティはレクレスのその一匹狼に近い姿勢を良しとはせず、レクレスを軽く諌める。
「馴れ合いと孤立は違うと思うけど」
そして、いい加減何かしでかしそうな流雅を止めに入ろうかといった様子で、ミスティは流雅へと声をかける。
「いい加減諦めなよ。さっきから聞いてる限り、完全に流雅に勝ち目は無さげだよ?」
軽口で宥めるつもりのミスティだが、そこにレクレスが現実を突きつける。
「強さではお前に分がありそうだが、近衛桜のあの態度では完敗だろうな」
茶化すようなその台詞に、流雅は一気に振り向く。
「喧しい!桜は某の嫁(になる女)!」
その叫びに、思わずミスティは呟く。
どこで覚えたのか、流雅に悪いことを教えた奴がいるらしい。
大方フロウのような噂好きの仕業だろう。
「うわぁ……。そのフレーズを3次元で聞くとは思わなかったよ」
流雅は常識がズレている時があり、こういった知識はたまに偏っていた。ウルズクラス内で密かに残念イケメンと呼ばれる事もあるのは、ちょっとした秘密である。
レクレスはそこに無責任な言葉を投げる。
「そんなにアイツをとられるのが厭なら、さっさと自分のモノにしちまえばいいのによ」
しかし、レクレスのその言葉に流雅は頷かなかった。
「某は、力づくで桜を自分のモノにはしない。貴様のいう力づくとは、無理やりにでも、というのを含むのだろう?」
獅子の部族であるレクレス。獅子たちは、最強の雄を頂点とする群雄割拠の部族で、それはそのまま、雌を射止めるのは力だけだと決まった種族でもあった。悪びれる様子も無く、ああ、と返事を返すレクレスに、流雅はさらに言う。
「某はこれでも、真剣に桜を好いている。その選択肢は無い」
険悪な雰囲気が、レクレスと流雅の間に流れる。が、それは長くは続かなかった。
「二人ともそこまでにしときなよ。ここはガンリュウジマ?じゃないんだからね」
ミスティによる冗談交じりの、しかし真剣な介入により、二人は互いに引き下がった。それから、ミスティの例えが解からなかったレクレスがミスティに問う。
「ガンリュウジマってのはなんなんだ?」
それに対し、ミスティが答える。
「なんか、決闘するためにある島の事らしいよ。そうだよね、流雅?」
しかし、ミスティ自身も詳しくは知らないらしく、そのまま流雅へと話を振る。
「巌流島とは、かつて好敵手だった二人の剣豪が果たし合いをした有名な場所の事だそうだ。そもそも和人というだけで繋がりも無い上、また聞きの話ゆえ、某もよくは知らぬ」
そんな流雅の説明に、レクレスは何かを思いついたようで、冗談交じりに流雅に言葉を投げかける。
「決闘って事は、当然何かを賭けて戦ったんだよな?」
にやり、と笑うレクレスに、流雅はいぶかしみつつも言葉を返す。ただ、流雅自身も学院に来てから聞いただけで、宮本武蔵の話を詳しく知っている訳では無く。
「さぁ?某もよくは知らぬからな」
必然的に、そう答えるほかなかった。
レクレスはどういった答えが返ってきても、きっとこういうつもりだったのだろう。思いついた冗談を、流雅に言ってやる。
「お前も桜を賭けてあの転入生と決闘すりゃあ、正々堂々桜をモノにできるんじゃね?」
そんなレクレスの発言に対して、ミスティはいやいや、と横やりを入れる。
「流石にそれは無いんじゃないかな……」
ところが、流雅はそんな言葉など耳に入っておらず、独り黙り込んで考えていた。
レクレスにとってはさっきの言いあいに対する皮肉、くらいの言葉だったのだろう。しかし、ズレた残念イケメンは頭のお固い部類の人間であり、知識の偏りから解かるように冗談が通じない時がある。まさに、それがこの時であった。
「貴様…天才か?」
そう思いが早いか、流雅は思わず立ち上がり言う。そのやる気度合いに、ミスティも思わず突っ込む。
「あれぇ?この人完全にヤル気だよっ!?」
独りおかしな方向に全力全身で走り始めた友人を止めようと、ミスティは立ち上がろうとするが、その動きをレクレスが制する。結果、ミスティは半立ちの状態で、レクレスを振り返ることとなった。
「まぁ良いじゃねぇか。どうせ流雅の事だしよ」
冗談でいったつもりだったレクレスだったが、こういった流雅の暴走はよくあることだったし、大概は問題など起こらずに終わるため、今回もそうなるだろう、とミスティを止めたのだった。そして、立ち上がりかけたミスティ自身も、レクレスの言葉を聞き、流雅を見て、再びレクレスの言葉を頭の中で反芻させた後、椅子に腰を落ち着けた。
「………………そうだね。流雅だし」
暴走を加速させていく流雅を眺めつつ、そう呟くミスティ。そんな友人たちの生温かい視線を受けていることなど気付かず、流雅は果たし合い…もとい、トウヤ撃退計画を練っていく。
「待っていろ、近衛トウヤ。貴様が桜に相応しくない事、皆の前にて証明してくれるわ!」
昼休みも終了間近の食堂、その日常空間に、暴走し始めた侍の高笑いだけがとてもよく響いていた。