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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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61 その一言に全てを込めて

 走ってきたために乱れた呼吸を玄関の前で整える。いつもと全く変わることのない我が家。そこにあるのが当たり前であり、ここに帰るのが普通のことだった。

 遠い昔の記憶のようにここでの生活が脳裏をよぎる中、田舎特有の不用心極まりない鍵がかかっていない扉を開けた。いつもでならば気づくことのない實本家の生活臭を鼻で感じながら、無造作に靴を脱ぎ捨てる。

 冷房が効いているためか、リビングの扉は閉まったままだ。休日で特に用が無ければそこは両親がくつろいでいるはず。そう予想して、2階へと続く階段を上がる前に声をかけてみる。



「一旦ただいまー」


「一旦おかえりー。どうしたのー? 夕飯の買い物はー?」


「部屋に財布とポイントカード忘れたから取りに来たー」


「事前確認はきちんとしろよー」


「へーい」



 扉の向こうから聞こえてきた久しぶりの両親の声。いますぐにでも会いたいという気持ちを抑え込み、『サク』は自室のある2階へと急ぎ足で登っていった。

 たどり着いた廊下の一番奥にある扉が自室だ。1階よりも上昇した室温は、まるでサウナと同じぐらい暑いとも思えた。

 辟易しながらも進み、自室の扉を開ける。その向こうにはそれなりに散らかりつつも所々がきちんと整理されている微妙な空間が広がっていた。全く変わっていない部屋にため息をつきながら、机の上にある『冴久』が忘れた財布をポケットの中にしまった。

 友人宅に秘蔵のコレクションの1つを貸しに行く帰りで頼まれていた夕飯の買い物。その代金とスーパーのポイントカードが入った財布を『サク』が衣服を取り換えて代わりに取りに来たのだ。自然に自宅へと帰るこのチャンスを逃すことなどできなかった。

 一つ目の目的を達成したことで部屋を出ていこうとしたが、とあることを思い出して足を止める。その体はクローゼットへと向かっていき、迷うことなくそれを開いた。突っ張り棒にかけられた衣服は無視し、下の方にあるいくつかの収納ボックスがあることを確認した。

 3つあるそれらの内、1番右のものを開く。着ることのない冬物をどかし、底にあった収納ボックスと同色の板を取り外した。



「すまんな俺。もらってくぞ」



 そこには、愛読している『月刊巨乳エクスタシ―』のバックナンバーがあった。本人には事情を説明して許可は取ってあるので、素早く数冊取り出して収納方陣へとしまいこむ。

 手早く冬物を元に戻し、クローゼットを閉めた。ここまでは順調。しかしながら、次が最も大変であり、重要なことだった。

 緊張のために高鳴り始めた鼓動を抑えるために深呼吸するが、静かになってくれる気配はない。ここまでの間で考えていたことも真っ白となってしまった。いつも一緒にいたはずなのだが、素直な思いを伝えるとなるとこんなにも勇気がいることに驚いてしまう。

 だが、長居するわけにはいかない。今の自分はただ忘れ物を取りに来たにすぎないと考えられているはず。怪しまれないためにも勢いで事を済ませてしまおう。深く考えることを止めた『サク』は自室を出ると、急いで階段を下りていった。その勢いを落とすことなく、冷房がガンガンに効いたリビングの扉を開く。

 ソファーに座ってくつろぎながらテレビを見ている両親が、そこにいた。いきなり入ってきたこちらに気づき、不思議そうな視線を向けてきている。その姿を見て一瞬言葉に詰まってしまった『サク』だったが、意を決して口を開く。チャンスはこの一度きりしかない。



「その……、ありがとうな」



 考えがまとまらなかった結果、出来る限りの思いを込めたその一言を両親に向けて放った。それを聞き、目の前にいる2人は首をかしげていた。

 これでいい。少なくとも、何も言えずに会えなくなるよりかは遥かにマシなはずだ。そう自らに言い聞かせていると、母が問いかけてきた。



「どしたの? なんかあった?」


「……いや、さっき思い出したんだけど、今日お気に入りの漫画の発売日だったんだ。ついでにそれ買ってこれるだろうから、外に出る用を作ってくれたことのお礼だよ」


「ふーん。ま、気を付けて行ってきなさいよ」


「おう。行ってきまーす」


「行ってらっしゃーい」



 母はそういって視線をテレビへと戻しながらつぶやく。その言葉を背に、玄関へと向かっていった。

 少し気になったことでも大事でなければ関心を示さない。いつもと何も変わらない母の態度に少し笑ってしまいそうになった。

 脱ぎ捨てられた靴を履き終え、その場に立ち上がる。名残惜しいが、もうここにはいられない。その手をゆっくりとドアノブへと伸ばそうとしたその時、背後から声がかけられた。



「ちょっと待ってくれ」



 父の声だった。予想外のことで少し驚きながらも『サク』が振り返ると、リビングの扉を閉めた父がこちらへと向けてやってきていた。

 一体どうしたのだろうか。もしかしてスーパーでおつまみを買ってきてほしいのか。だとしたら夕飯の少し前に飲み始めるはず。枝豆あたりを頼まれるのかもしれない。

 そんな予想を脳内でしながら、目の前まで来た父に口を開こうとした。だが、その口はこれまでの間で数回ほどしか見たことのない真剣な父の表情を見て、途中で止まってしまった。

 本当にどうしたのだろうか。戸惑いを隠せずにいると、父は無言で肩に手を置いてきた。そして真っ直ぐに、こちらの瞳を見つめてくる。

 若干漂い始めている加齢集を鼻で感じながらどうしていいか分からずに固まっていると、父はゆっくりと一言、つぶやいた。



「行ってらっしゃい」



 たったの一言。そのたったの一言だったが、それは『冴久』に対してではなく、自分に向けられていると『サク』は理解することができた。

 親子だからこそ分かる、僅かな変化に気づいたとでも言うのだろうか。そうとしか思えないことを『サク』の目の前で父はやってくれている。こちらを勇気づけるかのような目は、『サク』から逸らされることなく向けられ続けていた。

 これは、駄目だ。心の底から弱気な思いが溢れ出してしまいそうになった『サク』は心の中でそうつぶやき、下唇を噛みしめる。ここで思いと過程をぶちまけて、心配させることも混乱させることも絶対にしたくない。それでも、半開きのその目は抑えきれない感情の影響で潤み始めていた。

 ひっそりとした田舎町でのこれまでの人生が走馬灯のように脳裏をよぎる。他人から見れば冴えないそれは、自分でも冴えないものだということは分かっている。だが、サクにとっては心地よく、本当に楽しいものだった。

 両親だけでなく、友人など、多くの大切な存在との別れは辛いが、もう自分はここにいていい存在ではない。ここは、『冴久』がいるべき場所。『サク』のいるべき場所ではない。

 複雑に絡み合った自らの感情をまとめ上げた『サク』は、もう会うことはない父に涙声ではっきりと言い放った。



「行ってきます」



 その言葉を聞き、父の表情が笑顔へ変わる。肩に置かれた手の力が一瞬強まり、離された。その様子からは、旅立つ息子を送り出す優しさがにじみ出ているように感じられた。

 感謝してもしきれない大切な存在に『サク』は深々と一礼すると、扉の向こうへと歩き出す。その扉が完全に閉まるまでの間、父は息子の姿を最後まで見守っていた。



「――っはは。あはは。はは、ははは……」



 それほど距離のない公園へと向け、歩き続ける。その道中において自らの感情を抑えきれなくなった『サク』は、静かに笑いながら泣き続けていた。






     ◆






 時は流れ、公園の公衆便所の中。約1年前改装され、田舎町らしからぬ無駄な綺麗さを誇るそこにおいて、2つある個室を占領したサクと冴久はお互いの衣類の交換を行っていた。

 脱ぎ終わったものを反対側の個室にいる自分へ向けて放り投げる。着々と進めていくのだが、その間ずっと冴久は笑い続けていた。



「……おーい、俺。流石にもう飽きるころじゃないか?」


「いや……、くふっ、はは……。自分自身だとは言え、あんなに顔ぐしゃぐしゃになるなんてさ……、ああ、駄目だ。止まらない」



 サクの恥ずかしそうな声に返答しつつ、冴久は笑いを止めることができなかった。他人から見ればひとりごとをしゃべり続け、さらには勝手に笑っているという奇怪な状況にしか見えない。

 寝間着姿で公園にてサクを待っていた冴久。することもないのですべり台の滑る部分で寝ころび、スマホをいじっていた所に自宅の方向からとんでもない状態でやってくるサクを見てしまったからだ。

 その時の表情をスマホで撮った写真で見せてもらったが、確かに凄いことになっていた。冴えない顔で泣き笑いをするとあんなことになるのかと、1人で戦慄していた。

 これから泣くことがあれば注意しておこう。そう心に決めながら個室を出ると、隣の冴久も同じタイミングで出てきた。やはり、お前は俺か。

 一応手を洗い、あまり掃除が行き届いていない公衆便所から出たサク。青空から照り付ける太陽はこの世界に到着した時よりも地平線へと向けて移動していた。

 やるべきことはやった。用は済んだのだから、早くハクたちの下へと帰らなければ。清々しい心境のサクだったが、周囲の異変に気がつく。まだ明るいのにも関わらず、公園内には人が1人も居なくなっていたのだ。

 元気に遊んでいた子供たちの姿もどこにも確認することができなかった。不気味な静けさが公園内に漂う中で、冴久の無事を確認するために振り向く。



「なあ俺。この時間帯に人がいなくなるっておかしいよな」


「あり得ない。ましてや夏休み終盤。徹底に遊びぬこうと小学生ズがひしめき合うぐらいなはずだが……」


「やっぱ、おかしいよな」


「ああ。おかしいことこの上……、ない……?」


「ん? どうした俺」



 会話の最中で不自然に冴久が言葉を詰まらせてしまう。いつもなら半開きの目を見開き、口をパクパクさせていた。




「あ、あれ……」


「あれ? 一体何がって……」



 その指の先をサクが追うと、そこには信じがたい存在が空を浮遊していた。

 銀色で皿よりもわずかに厚みのある物体。何を動力源としているか分からないそれは、空中をふらつきながらゆっくりとこちらへと向かってきていた。

 まさか。そんなまさか。実在していたとでも言うのか。あの未確認飛行物体が。全ての後に『!』マークがついていそうな感想がサクたちの頭の中に響き渡り、顔を見合わせた2人は叫んだ。



「「UFOだああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、小っちゃあぁ!?」



 目の前まで降りてきたそれに素直な思いをぶつけた。空から下りてきたそれは、コンビニのお弁当ぐらいの大きさしかなかったからだ。

 それでも、十分に怪しい存在であることに変わりはない。未知との遭遇にサクたちがビビりまくっていると、突然真っ平らな上部に穴が開き、そこからアンテナのようなものがせり出してきた。

 まさかそれで攻撃しようというのか。防げるか分からないが、サクは吸血鬼化しつつかばうようにして冴久の前に立つ。その背後で震える冴久につられ、サクも震えてしまう。

 冴えない男子が震えあがるという全くおいしくない絵面が完成したところで、そのアンテナのようなところから聞き覚えのある声が聞こえてきた。



『聞こえてるか、守護騎士?』


「……叔母さん?」



 不明物体から発せられたのはカノンの声。彼女の声が聞こえてくるということは、もしかしなくてもこれは向こう側の世界のものなのだろう。

 それにしても紛らわしい形状をしている。昨今におけるUFOの目撃情報がこれのせいだとしたら、本当にこの世界の人たちに迷惑をかけていることになる。

 サクが吸血鬼状態を解除し、その背中から安堵を感じ取った冴久は背から離れ、目の前の物体を見るために横に立つ。2人が立ち並んだところで、UFOもどきな不明物体からカノンが話しかけてきた。



『よかった。ようやく繋がったか』


「すごいな叔母さん。異世界にこんな物を行き来させられるのか」


『各種情報収集用の偵察機だ。人を行き来させるのは無理だが、これぐらいなら出来る』


「はぁえ~……。流石異世界研究の第一人者。すげえことができたもんだ」


『それほどのこともある。ああっと、そんな自慢をするためにこいつをよこしたんじゃない。いいかよく聞けサク。単刀直入に言おう。早く戻ってこい』


「ちょうどこっちも用は済んで、つてを頼りに戻ろうと考えてたんだよ。心配してたのか?」


『するに決まってんだろ。もうこっちはお前が消えてから”5日”が過ぎてるんだぞ』


「……え゛」



 時間の流れ方が違うかもと予想したりしていたが、まさかこれほどにまで差異があるとは思わなかった。サクがこの世界にに到着してから一時間半程度しか経っていない。

 そして、そうした差異があることを伝えに来ただけではないことをカノンの強めな語調からサクは感じ取った。若干の焦りを抱き始めたサクに追い打ちをかけるように、カノンは続ける。



『もっとヤバいのが、今回の騒動の原因があたしら異世界研究者が使ってる『道』ってものにあると各国が判断したってことだ』


「となると、どうなるんだ」


『総意の下、『道』を1週間後に封鎖することが決まった』


「ってことは……」


『今お前がいる世界とあたしらの世界の繋がりが断たれる。こっちに帰れなくなる可能性が極めて高くなるってこった』


「激ヤバじゃないかよ……」


「お、おいどうした俺。緊急事態か?」


「緊急も緊急。エロ本の表紙にどデカく住所氏名年齢を書いたうえで日中の商店街の真っただ中に置いておく以上にヤバい」


「ガチの激ヤバじゃねえかよ……!!」


『独り言だがなんだか分からんが、そういうこった。既に決定から”5日”が経過。こちらで2日後の正午に封鎖が実施される。猶予はないぞ』



 自らの身に迫る危機を知り、サクは動揺を隠せない。間近にいる冴久もつられて激しく動揺していた。

 早くどうにかしなければと焦れば焦る程、考えがまとまらなくなってしまう。どうにかなってしまいそうなサクに対し、さらなる追い打ちが襲い掛かる。



『こうして急いでお前と交信したのは他にも理由がある。お前の存在自体が『道』の封鎖の弊害になってるってことだ』


「お、俺が?」



 ズッキーが予想したことをほぼそのままカノンは告げてきた。



『異世界転生魔法の対象者であり、守護騎士にもなったことでお前はこちらの世界の住人として認識されてるようでな。微細ながら繋がりが構築されてる。それが封鎖の弊害になってる』


「じゃあ、俺がこちにいる限りは封鎖は――」


『残念だが封鎖は強制的に実行される。繋がりを無理矢理断つことで起きる現象は予測がつかない』


「――最悪の場合、死ぬってこともあるのか」


『ああ。だから戻るよう伝えるために偵察機を放った。気に入らない部分も多いが世界を救ってくれた恩人だし、何よりもお前を待ってる連中がいるからな』


「……ありがとう、叔母さん」


『礼は帰ってきてからでいい。いいか、何度でも言うぞ。早く帰ってこい。皆――、――って―――』


「叔母さん? どうしたんだ、叔母さん!」



 早期の帰還を促すカノンの呼びかけは、突如途切れ途切れになっていく。カノンの声を届けてくれていた偵察機は微量の光を纏い始めていた。 



『クソっ、――ん―――だよ! 限界――、ちが――――。現地――――!? なんだって――――に!!』


「……? 叔母さん? 叔母さーん?」



 何かに電波を阻まれたかのように音声にノイズが走り、カノンの声が聞こえなくなってしまった。呼びかけてみるも、反応は帰ってこない。

 どうしたものかと思っていると、UFOもどきの全体にに電流が流れ始める。サクたちがそれに驚いていると、まばゆい光を放ってそれは何処かへと消えてしまうのだった。

 摩訶不思議な現象にサクは唖然となってしまう。突如として絶望的な状況に立たされればこうもなる。数ある危険の中でも、最も恐れていた事態に遭遇することとなってしまった。

 時間がないのが分かっていても、混乱している現状では打開案が思いつかない。心のどこかにズッキーがいないかと探りを入れてみても、反応は返ってこなかった。

 困り果てた様子のサクに冴久は話しかける気になれずにいると、人気のない公園の中に一陣の風が吹き抜けた。それによってどこかで鳴いていたセミの声は全て聞こえなくなり、外とは思えないほどの静けさが公園を包み込む。

 その中で、サクはここにいるはずのない存在を感じ取り、急いでその場で振り向いた。その視線の先には、泰によって足止めされたはずの男が立っていた。



「人払いをしておいて正解だったな。こんな形で話ができるとは思わなかったが」



 そう言いながら、男はサクたちの方へとゆっくりと近づいてくる。見知らぬ存在ではあるが、敵意は全く感じられない。

 驚いた様子のサクの目の前に、男は立った。その近くにいる冴久の姿を確認しつつ、手を差し出してきた。



「尾行していた存在を信じてほしいというのには無理があるかもしれない。だが、私であれば君の力になれるはずだ」



 男のその言葉に、不思議と嘘偽りがあるとは思えなかったサク。自らの感覚を信じ、差し出された男の手を握る。

 研究者のような見た目の男はその行動に喜び、笑みを浮かべた。どこか威厳が漂う雰囲気の男は、サクたちに向けて丁寧に自己紹介してきた。



「私は『カリウス・ゲーニッツ』。この世界で魔術を中心として研究をしている者だ。よろしく頼む」

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