33 一方その頃地上にて
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「順番にお並びやがれくださーい」
「抵抗した方は刑が重くなりやがります。ご注意をー」
「各車両への乗車前に本人確認を実施しております。ここで虚偽の報告をした場合にも刑が重くなりやがるのでご注意をー」
「はいそこー。乗車するのを渋りやがらないでくださいー。あなた方は犯罪者です。刑務所にぶち込まれるのを楽しみにしておいてくださいー」
いつもの丁寧口調が若干荒くなっているテンガの従者である4人組が、意識を取り戻したレカー団の団員たちを騎士団の護送車へと誘導している。言動とは裏腹に非常に丁寧に対応してくれるために大半の者は素直に従うが、中には反発する者もいた。
「うざってぇ……! 離せコラ……、離せコラぁ!」
「む。はいそこー! 騒がずに大人しく乗車しやがれくださいー!」
乗車一歩手前で大柄の男が暴れ始める。身体強化魔法は魔力分散手錠の影響で使用できていないのだが、純粋な筋力をもって抵抗しているようだった。
4人組の注意を聞き入れない男は抑え込もうとした近づいた騎士団の団員を殴りつけた。その後も団員の接近を拒み続ける男性は、手錠で拘束されたままの手を振り回し、頑なに乗車を拒否し続ける。そんな男性に、恐れることなく近づいていく1人分の人影があった。
「馬鹿野郎! お前、俺は勝つぞ――」
「ねえ、あなた」
「ああ? 何だ小娘ぇっげぇ!?」
「五月蠅いから早く乗ってくれない? 後がつっかえてるの」
棍棒の強烈な横なぎの一撃が男性の頬に炸裂した。壮絶な痛みに耐えかねた男性は、そのまま白目をむいて倒れてしまう。先ほどまで荒々しさが微塵にも感じれない男性にアイリスは非常に冷徹な眼差しを向けていた。
尋常ではない威圧感を放つアイリスにレカー団と騎士団の双方が慄く。静かな怒りを撒き散らす彼女をこれ以上刺激することがないように、団員たちは車両内部へ戦々恐々としながら男を運び込んでいった。
このやり取りを見ていたのか、点々と発生していた反発がぴたりと治まった。しかしながら、アイリスが苛立ちを静めることはない。些細な事でも感情を爆発させそうな彼女の下に、騒ぎを遠目に見ていたカーラが駆け付ける。
「大丈夫ですか~、アイリス~」
「大丈夫よ。みっともない所見せちゃって、ごめんなさい」
「いえ~。そんなことはありませんよ~。こんな状況じゃあ仕方ありませんから~」
「……サク、大丈夫かしら」
「きっと大丈夫ですよ~。揺れが続いてるということは戦い続けてるということですし~、ハクもいますしね~」
「そうね……。うん。きっと大丈夫」
いつもと変わらぬフワフワな様子で接してきたカーラを見たアイリスは、自らに落ち着けと言い聞かせる。その最中、少し離れたところにあるレカー団基地の地面から金色の熱線が伸びだし、天高くへと昇っていくのだった。
一帯に金色の粒子を散らせながら、熱線は収束していく。圧巻の光景に誰もが驚きの声を上げていたが、その輝きを見てアイリスの高ぶっていた心は静まり始めていた。熱線が放たれたということは、サクたちが健在である証拠であったからだ。
「大丈夫そうですね~」
その表情から苛立ちが消えたアイリスにカーラは微笑みながら告げる。そんな彼女にアイリスも微笑みを浮かべながら返した。
「気にする必要、なかったみたいね。よし。手伝いの方に注力しよっか」
「そうですね~」
「ちょっとごめんなさい! 少佐さん!」
「あ、はい」
気を持ち直したアイリスがカーラと共に騎士団の手伝いへと戻ろうとした時、その足は焦りに満ちた声によって止められてしまう。それを発したのは、ニーアだ。その両手でアイリスの肩をがっちりと掴み、迫真の表情でアイリスを問い詰め始めた。
「あれ! さっきのあれ! 大丈夫なのよね!?」
「お、落ち着いてくださいニーア様。先ほどの熱線は地下で続く戦闘の余波だと思われます」
「それは分かってるの! 問題は、サクが無事かどうかよ!」
「熱線を放ったのは竜のはずなので、その主の守護騎士が無事である証拠でもあります。安心してください」
「……そう。なら、いいの。えっと、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。焦り過ぎて素が出てしまいました」
「この状況では仕方がないことです。平静を保てる方が難しいはずですからね。拘束されていたニーア様であれば、なおさらです」
アイリスに宥められたニーアは平静を取り戻して肩から手を離すが、その意識はまだサクに対して向けられたままのようだった。物憂い顔つきで熱戦で空いた穴を見つめ、下唇をかみしめている。
もどかしさや悔しさが滲み出ているニーア。誰かが制止しなければすぐにでもサクの下へと向かってしまいそうな危うさもアイリスは感じていた。そんな彼女の気を紛らわせるため、アイリスは優しくニーアに語り掛けた。
「ニーア様。今は耐えるしかありません。サクなら、きっと無事に帰ってきます」
「分かっています。分かっていますけど……。恩人が大変な目に遭っているのに、力になれない自分を不甲斐なく感じて仕方がないんです」
「私も同じです。しかしながら、きっと私たちが行っても邪魔になるだけ。であれば彼が戻るのを待ちながら出来ることに携わる他ありません」
「サクのこと、あなたは信用しているのですね」
「はい。サクは間違いなく、勇敢な守護騎士ですから」
そう断言したアイリスの表情は、柔らかくも強い信念が感じられた。芯の強さを感じられる頼もしい様にニーアは感服しながらも、その青い瞳をのぞき込む。
じっと見つめてくるニーアに対し、アイリスも目を逸らすことなく応える。彼女の紫色の瞳が有する”力”をアイリスは知っているがために、しっかりと見つめ返していたのだ。
懇切丁寧にアイリスが対応してくれたことで必要なモノを得たニーアは、一旦目を閉じた。そして脳内で内容を整理したニーアは、口元を緩めながら目を開いていった。
「――そう。あなた、サクのこと愛してるのね」
「え。あ、そ、そうですね。愛して……、ます」
突然の発言に戸惑いを隠せなかったアイリスは頬を染め、若干口ごもってしまいながらも答えた。可愛らしい初々しさを感じられるアイリスから、今度は隣にいるカーラへとニーアは視線を移す。
その紫色の瞳でカーラの赤い瞳を見据える。フワフワな様子で見つめ返すカーラだが、ニーアは表情を一瞬強張らせてしまう。すぐに元の微笑みへと戻しつつ、ゆっくりと口を開いた。
「あなたも同じ……、なのね?」
「そう捉えてもらって問題ないと思います~。私はサクのモノですからね~」
「……そう。まあ、これ以上は問いかけません。踏み込み過ぎるのもいけませんからね」
2人の事情を把握したニーアは、落ち着いた様子で穴の方へと視線を戻す。その視線には先ほどまでの感情とは別のモノが含まれているのだが、アイリスとカーラは気づくことができなかった。
「……あいつなら、いいかも」
「どうかされましたか、ニーア様」
「ああ、いえ。問題はありません。少々姉のことを考えてしまいまして」
「王女である姉君のことですか。すでに確保の一報は届いたはずです。早ければ今日の内に迎えがスモークからやってくれるはずですよ」
「え゛。今日来ちゃうの!? あ、やば。んん゛っ! きょ、今日には迎えが来るのですね?」
「え、ええ」
驚いて再び出てしまった素をニーアは咳ばらいをして引っ込める。たまに出る王族らしからぬ軽めな語り口にアイリスも驚きを隠せずにいた。
「マジか~……。となるとゆっくりしてる暇なんてないじゃない……。会うことも難しくなるし、ここは早いうちに手を打った方が……」
「あの、ニーア様? 大丈夫ですか? 御気分が悪いのであれば医療班をお呼びしますが……?」
「ああ、ごめんなさいね。じゃなかった。心配をおかけして申し訳ありません。何も、なぁ~にも問題はありませんので」
「そ、そうですか。ですが、もしものことがあっては大変です。やはり一度医療班を――」
アイリスは様子がおかしいと思えたニーアを医療班が待機している車両へと導こうとした、その時だった。
(退け、騎士たちよ。お前たちに危害を加える気はない)
地下へと続く大きな穴からゴウが飛び出してきた。すぐ近くで陣を張っていた騎士団の面々へ心越しに敵意がないことを伝え、悠然と騎士たちの間を歩きぬけていく。
「待って! 下はどうなって――」
「待てコラ黒デカベヒーモス! サクはどうしたのよサクはぁ!!」
すぐさまアイリスがサクの安否をゴウに問いかけようとしたのだが、倍ほどある荒々しいニーアの声量に押し負けてしまった。もはや素を隠そうともしないニーアは、恐れることなくゴウへと駆け寄っていく。
要人が傷つくのは避けたい騎士団員たちが行く手を遮るが、それを強引にかき分けてニーアは進んでしまう。この場にいる騎士団員全員の顔が青ざめ、冷や汗が止まらくなってしまう状況の中、確固たる意志でニーアの進路に立ち塞がる者が現れた。
「お待ちください、ニーア様」
「ちょっと、どきなさいよあんた! あたしはあのベヒーモスに用があるの!」
ニーアの行く手を阻んだのはテンガだった。近寄りがたい威圧感を放つニーアに負けない不動の心構えを持って立ち塞がったのだ。
「冷静になってください。あなたが傷つくのではと皆が不安がっています」
「それは百も承知。ありがたいことだけど、あたしは――」
「何度でも言いましょう。冷静になってください。ニーア様が何といおうと、私はここから離れませんよ」
「相も変わらずな頑固っぷりねテンガさん。でもその生真面目さが時には――って、ああ! 行っちゃったじゃない!」
テンガの後方の先にある騎士団の陣を超えたゴウは、道路が整備されていない平原へと走り去ってしまう。圧巻の速度で駆けるゴウの姿は見る見るうちに小さくなっていき、やがて森林の中へと消えたことで完全に見失ってしまうのだった。
ご立腹な様子のニーアは腕を組んでテンガを睨む。そんな彼女に動じることなく、テンガは後方を一瞥した後に口を開いた。
「おや、そうですか。では、もう問い詰めるのは無理そうですね」
「後で覚えておきなさいよ……!」
「仕置きなら後でいくらでも受けます。今は耐え、冷静になることに努めてください」
「分かったってば。ったくもう。こういう時に頑固で融通利かないのは父親譲りよね、あんた」
「否定はしません。それが正しいことだと自負していますので」
「はいはい。分かりましたよ秀才さん。ご立派ですことこの上ありませんね」
皮肉たっぷりなニーアの発言を受けても、テンガの態度が変わることはなかった。絵にかいたような誠実な騎士であるテンガとは反りが合わないことは、このやり取りから見て明らかなものだった。
少々居心地の悪い空気が漂う中、ニーアを追い掛けてきたアイリスとカーラが合流した。ニーアを止めてくれたことの礼を告げようとするアイリスだが、その目はどうしても彼の頭部へと向けられてしまう。
テンガは、騎士団専用の帽子をかぶっていたのだ。そしてその下にはあるはずのない青い髪の毛が存在している。ここで合流してから気になり続けているその有様からアイリスは必死に目を逸らし、突っ込みたい気を押し殺して礼を告げた。
「ニーア様を止めてくれてありがとう。助かったわ」
「当然のことをしたまでだよ、少佐。ちなみに私も気になっているんだが、あのベヒーモスが来たということは決着がついたということかな?」
「たぶんね。いつ地上に出てきてもおかしくはないはずだけど……、っと。噂をすれば、来たようね」
会話を交えていた最中に、大きな穴から勢いよくハクが上空へ向けて飛び出していった。雄大な翼を広げて速度を調整しつつ、ゆっくりと地上へと降下していく。
騎士団だけでなく、レカー団の面々からも美しくも力強い姿を見て声が上がる。称賛や驚きの声を受けながら地上へと降り立ったハクは、その手のサクとバンドゥーモへと地上へと下ろした後、美女へと姿を変えた。
一仕事終わったことを実感したサクとハクが顔を見合わせて安堵の笑みを浮かべている。そんな2人の下へ真っ先に駆けだしたのは、ニーアだった。
「サク!」




