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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第一部 第一章 冴えてる三日間
22/264

17-5 アカベェ攻略戦⑤

 気合を入れ直すために両頬を勢いよく叩く。その横にテンガとアイリスが並び、いつでも動き出せる準備が整った。

 倒すべき『何か』を見据え、精神を研ぎ澄ましていく3人。静かに高ぶっていく彼らに、カーラは背後から声をかける。



「倒れているゲイリーとこいつは私に任せてください~」


「頼む。安全なところまで退避させてくれ」


「はい~」



 振り向かないままサクが告げた願いを聞き入れ、カーラはゲイリーを脇に抱え、卓の首根っこを掴んで離脱していった。

 これで心配することは何もない。何もない、はず。はずなのだが、サクは何か重要なことを忘れているような感覚にとらわれてしまう。

 何かが足りない気がする。少し前まで身近にあった何かが今ここには存在していない。一体自分は何を忘れているのかとサクが渋い顔をしていると、隣りで何かを思い出したアイリスが一歩前に出てテンガを見た。狼狽するアイリスに、テンガは静かに告げる。



「大丈夫だ少佐。”父上”の心配は無用だ」


「ほ、本当に大丈夫なの……?」


「……そうか、『トイズ』がいなかったのか」



 足りなかった何かの正体をテンガとアイリスのやり取りで把握し、サクは納得した。最後に見たのは、大広間から逃げるとき。横たわったままの状態でトイズはあそこに一人残されてしまったのだ。

 気を失っていると思われる彼が、ハクの放った衝撃波を耐えきれるとは考えられない。ましてやその後、城は崩壊。超重量の瓦礫の下敷きになってしまったはず。急いでいたとはいえトイズを忘れてしまっていたサクの顔は青ざめていった。

 入れ直した気合が抜け出しそうになってしまうサク。後々のことが恐ろしくて仕方がなくなりつつあるサクを励ますように、テンガは震える肩に手を置いた。



「本当に大丈夫だ。何も心配することはないよサク。少佐もな」


「い、いいんだなテンガ」


「ああ。何も気にすることはない。今は目の前に、あの怪物を押しとどめることだけに注力しよう」


「……分かった。ああ、でも、駄目だな。すまんアイリス。ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」


「なに?」


「ハクに、フルパワーの熱線を準備してくれるよう伝えてくれないか。今の俺の精神状態だと、戦闘と伝達を両方こなす自信が全くないんだ」


「分かった。伝えるわ」


「その間は俺とテンガで時間を稼ぐよ。ヤバそうなら加勢してくれ。それでいいか、テンガ」


「問題ない。全力を尽くそう」


「2人とも、無茶はしないでね」


「「了解」」



 手短な作戦会議を終えたサクは、弱気になる自分に渇を入れるために再び頬を勢いよく叩く。もうその頬は戦闘前なのに関わらず真っ赤になってしまっていた。

 トイズの件は頭の片隅へと追いやることにし、目の前に集中する。鼓動は高鳴り、震えは止まらないが、それを抑えようとはしなかった。

 恐怖することは当たり前のこと。それを知ることこそが勇気。恐怖を我が物とし、進んでいくことが大切。人間賛歌は勇気の賛歌。人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ。愛読している漫画の登場人物の思想が、サクを奮い立たせてくれていた。

 漫画の登場人物たちのように、心身ともに強くはない。どれだけ鍛えても自分がそこまでに至れない自信がある。だとしても構わない。それが冴えない自分であり、変えてはいけない大切な在り方だと思えたからだ。

 いつも通りに、それでいてやるときはやる。アイリスが言ってくれた素晴らしい人であり続けるために、サクは深呼吸し、震える足で一歩前に踏み出した。



「――よし、行こう!」


「うん!」


「了解だ!」



 一斉に駆けだした3人は、瓦礫の山へと突き進んでいった。その姿を捉えた『何か』は瓦礫を両断する威力を秘めたハクの引っ掻き攻撃を躱し、雄たけびを上げた。



『シィィィィイアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!』


「先手必勝!」



 叫ぶ『何か』へと吸血鬼状態の脚力でサクは一気に距離を詰める。その右横にはテンガがぴったりと付いてきており、タイミングを合わせた同時攻撃が繰り出された。



「オラぁっ!」


「せえぇいっ!!」



 サクの全力の右ストレート。テンガの強力な刺突。それに対し、『何か』は避けることなく対応して見せた。



『シィアァ!!』


「「!!」」



 サクの一撃を右手で受け止め、逃さぬようがっちりと握りしめる。テンガの剣は『何か』の肘と膝に挟まれ、刃の先端近くで止められてしまった。



『ハァ!!』


「どわっ!?」


「ぐっ!?」



 挟んでいた剣の刃を強く挟み込んで圧壊させた『何か』は、右手にサクの拳を握ったまま横なぎに振るった。武器代わりにされたサクの体が直撃してテンガは弾き飛ばされ、サクは圧倒的な『何か』の怪力に振り回されてしまう。

 左に、右に、上に、下に。『何か』はサクの命を絶たんと何度も何度も、執拗に瓦礫に叩き付ける。振り払おうとしても、目が回ってしまったのと凄まじい遠心力の影響でサクはどうすることも出来なくなってしまった。



(サク!!)



 すぐにでもサクを救出したいハクだが、強力な攻撃を放てばサクが巻き込まれる危険性があったために手を出せずにいた。焦りで錯乱しそうになるハクに、アイリスが駆け付ける。



「ハク! 聞こえる!?」


(アイリス! サクが! サクが大変!)


「狼狽えるな、竜よ!」


(!)



 慌てふためくハクを宥めるように言い放ったのはテンガ。すぐに体勢を立て直して『何か』に向かっていく彼の手に、剣は握られていない。得物を持っていなくとも、テンガの気迫はすさまじいものだった。



「剣がなくとも――」



 テンガの全身が身体強化魔法で強固なものとなっていく。持ちうる魔力全てを注いだ強化は、テンガの体を鋼以上の強度とさせていた。



「――まだけんがある!!」


『ジアッ!?』



 一瞬の隙をついて『何か』の懐に飛び込んだテンガは、その腹に強烈な右拳の一撃を叩き込んだ。まともにそれをくらった『何か』はサクの右こぶしを放してしまい、数m後方へと弾かれていった。

 『何か』は両足で踏ん張って勢いを止めながらテンガの一撃でひしゃげた鱗を破棄し、新たな鱗に生えかえる。自由の身となったサクは吸血鬼化で得た再生能力で体の傷を再生させつつ、埃まみれの体を起こした。



「すまんテンガ。助かった」


「礼は後でいい。奴はすぐに動き出すぞ。少佐! 竜に説明を!」


「分かった! ハク、よく聞いて――」


(アイリスぅ!!)


「うわわっ!?」



 急いで説明を始め幼うとしたアイリスの顔が大きな下で舐められた。アイリスの安否を確認するように舐め続けるハクのせいで、口を開くことすらままならなかった。

 すぐに止めてほしいと思えたアイリスだったが、心越しに感じたハクの安堵と喜びを感じ取ってしまう。自らが生きていることを心の底から喜んでくれているハクを感じれば、無理矢理に止めるように言えなくなってしまっていた。



(元気そうで良かった! 本当に良かったぁ!)


「は、ハク……。ちょ、ちょっとぉ……」


(サクの凄い痛みと一緒に、アイリスの痛みも感じたの。でも、元気そうで本当に良かった!!)


「わ、分かった。分かったから、そろそろ止めよう?」


(あともう一回!)


「うわっぷ」



 その言葉通り、とてもしっかりとひと舐めしたところでハクは止めてくれた。唾液まみれの顔を風の魔法ですっきりさせ、アイリスは潤んでいる大きな金色の瞳を真っ直ぐに見据える。



「状況は切迫してるわ、ハク。さっきの熱線、どれだけ力を溜めれば最大の威力が出そう?」


(30秒……、いや、1分ほしい!)


「じゃあ、今すぐに溜め始めて。サク! テンガ! 必要なのは1分よ!」


「分かった! 正念場だぞテンガ!」


「分かっている! 背中は預けるぞ!」


「もちのろん!!」


『――シイイィィィィィアアアァァ!!』



 必要時間を稼ぐためにサクとテンガが動き始めた直後、『何か』も咆哮と共に駆けだす。

 崩壊したアカベェの瓦礫の上で、異様に長く感じられる1分間の戦闘が幕を開けた。



『イイイィィヤアァッ!!』



 駆ける『何か』は吠え、両腕から鱗を一枚ずつ剥がし飛ばす。空中で長槍に変貌したそれを掴み、迫るテンガとサクへと突き出した。

 その動きを見切っていたテンガはほんのわずかに体を逸らすだけで躱し、『何か』との距離を詰める。上空に飛んで回避したサクは着地後に急制動をかけ、がら空きな『何か』の背後を目指した。

 挟撃されることを察知した『何か』は長槍を手放し、目と鼻の先にまで来たテンガを黙らせるために頭突きを繰り出した。迫る灰褐色の頭に、テンガは臆することなく頭突きで返すのだった。



「フン゛っ!!」


『シアァッ!!」



 接触と相殺によって発生した衝撃は地と空気を震わせる。『何か』の頭部の鱗は衝撃で変形し、テンガの額は擦り切れて血が滲んでいた。

 凄まじい接触だったが、両者ともに意識は健在。『何か』は熱く煮えたぎる思いを秘めた深い蒼の瞳を睨み付け、テンガは荒々しい狂気で満ちた白い眼を睨み付けていた。

 僅かながら生まれた膠着状態を見逃さず、サクは無言のままで『何か』の背後へ一撃をくらわせようとした。その右拳が背の中心辺りに直撃する寸前で、『何か』の背に変化が起きる。



『ハアァッ!』


「うわったぁっ!?」



 震え始めた背面の鱗が一斉に剥がれ飛び、同時にその向こう側の黒い体から熱気を帯びた衝撃波が放たれた。散弾のように向かってくる鱗に至る所を切り裂かれながらサクは吹き飛ばされ、瓦礫に叩き付けられてしまう。



(サクっ!?)


「ハク、堪えて!」



 溜めの途中で動き出そうとしたハクをアイリスが止める。それでも動き出そうとするハクを止めるための声が、瓦礫の方から響いた。



「まだだっての!」



 体に刺さった鱗を引き抜きながら叫び、サクは瓦礫の中から立ち上がった。痛々しくても奮闘するそのさまと、いつもは見ないやる気に満ちたサクの目を見てハクは思いとどまり、力を溜める作業に全神経を集中させるのだった。

 最悪の場合を想定してアイリスは自らとハクを最大出力の結界で覆う。それを横目で確認した『何か』は、その身を震わせ始める。どうやら、真っ先に倒すべき標的を認識したようだった。

 それなりの距離が離れていながらも感じ取った『何か』の殺意が込められた鋭い視線に寒気を覚えるアイリス。悪意に満ちた視線に対抗するように、力を溜めるハクは静かな闘志に満ちた目で睨み返していた。



「せいッ!!」


『ギっ――!?』



 ハクの方へ注意が逸れた隙に、テンガの右拳によるボディーブローが炸裂した。ぐらついた体に、さらに左、右、左といった感じで交互に叩き込んでいく。

 やがて接触したままだった額が離され、『何か』の体を大きく揺らぐ。ここまでの戦闘で見えた初めての手ごたえを実感しながら、テンガはさらなる追撃を叩き込んだ。



「はぁっ!!」


『グギっ――』



 体勢を立て直すために空気を吸い込もうとした『何か』の顎へと、テンガは一歩踏み込んで右拳のアッパーカットをくらわせる。下がり始めていた顎が強烈な一撃で塞がれ、『何か』の頭は快晴の上空へと向けられた。

 このまま押し切る。そのための追撃を呼吸も忘れて叩き込もうとテンガは急いぐ。しかしながら、そう上手くはいかなかった。



『アアァァっ!!』


「っ!」



 気絶してもおかしくない一撃を耐えた『何か』は、空へと向けていた頭を急降下させた。振り下ろされた槌の如き勢いのそれは胸部に迫っていたテンガの拳に激突し、地へ向けて突き落とした。

 想定外の反撃をくらって前のめりになるテンガの顔面に『何か』の膝蹴りがめりこむ。今度はテンガが快晴の空を見上げ、大きく脳が揺さぶられたことで体の軸が分からなくなってしまった。

 仰向けに倒れ始めたテンガを膝蹴りで上げた足で踏み倒し、『何か』はその勢いのまま駆けだそうとする。それを阻もうとも、テンガの体はまだいうことを聞いてくれなかった。



「っいしょぉ!!」


『グッ!?』



 駆けだすための一歩を踏み出したところで、右側面に回り込んでいたサクのドロップキックが『何か』襲った。盛大に助走をつけて叩き込まれたその威力は中々の代物で、瓦礫の山の端の方へと『何か』は弾き飛ばされていった。



「うぼぁ」


「ぶっ!?」



 これで着地も綺麗に決まれば完璧だったが、頑強な『何か』の体表を蹴りつけた反動で痺れた足では何もできず、自由落下した先にいたテンガを押しつぶしてしまった。互いに何とも言えない声を漏らして重なり合ってしまう。

 立ち上がれはしないがサクはごろごろと横に転がってテンガの上から退避した。サク落下の衝撃で体の感覚を取り戻したテンガは、少しふらつきながらも立ち上がり、1人では立てないサクの手を掴んで立ち上がらせる。

 出だしにしてはまあまあいい方ではないか。戦闘不能になるかは遥かにマシなはず。そんな思いを確認するかのように、サクとテンガは見合わせて微笑を浮かべる。若干の疲れが見え始めている2人に、瓦礫の山の端の方からの咆哮が届いた。



『シイイィィィィィアアアァァァァァァァアアア!!』



 衰え知らずの声量は聞いているだけで嫌気が差してくる。その見た目がすぐ元通りになることも、戦っている身としてはうんざりする以外にない。己が恐怖を自覚しながらも、2人は接近してくる『何か』に身構えた。

 時間稼ぎは出来てはいるが、同じ戦法が何度も通用するとは思えない。何か新たな攻撃法がないかとない頭で考えるサクは、今の状態だからできる力任せな方法を思いつき、迷わず実行した。



「そぉら、そらそらそらぁっ!!」



 怪力を駆使し、アカベェだった瓦礫の中から重そうな物を手当たり次第に投げつけ始めたのだ。普通の材質の石材や、木材。中には特注の錬成合金製の柱や扉等々。数十人の人出でようやく運べる重量の物が、次々と放物線を描きながら『何か』に向かっていく。



『シッ、イィ、イィィッ!』



 駆ける『何か』は持ち前の運動神経を最大限に活かして超重量の雨をすり抜けていく。このままハクの下へと到達しかねない勢いにサクが焦りを感じたその時だった。



『ジガッ!?』



 突然、『何か』は派手に”転倒した”。遠目なのでよく分からないが、『何か』の足に”何か”が絡まってしまっているようだった。

 あれだけの運動能力を持つ存在が自滅するとは考えられないが、この絶好の機会をサクは逃さなかった。動き出そうともがく『何か』に、瓦礫を絶え間なく投げつけていく。重そうな物がなくなったら別の個所へ。駆けまわりながら投げつけ続ける投擲行動は、サクの息が切れるまで行われた。



『……――!』


「こ、こんなもんで……、どうよ……!」



 数秒後、出来上がったのは瓦礫のピラミッド。けたたましい叫び声は、その最下に埋もれてしまっているために聞こえてこない。突発的とはいえ、結果が上々で終わったことにサクは満足しながら呼吸のリズムを整え始めた。



「……フっ」


「ん? どうしたテンガ?」


「いや、すまない。なんでもないよ」



 深呼吸しながら不安定な足場をいく中、進む先にいたテンガが短く笑ったような気がした。その口元は緩んでおり、喜んでいるように見えなくもない。

 『何か』を止めた脳筋戦法がそんなにも面白かったか。そんなことを考えながらも、疲れているためにサクは直接口にすることはできなかった。たどり着いたテンガの横で、今一度出来上がった瓦礫のピラミッドへ目をやった。

 すでに数秒が経過。我ながらよくやったもんだと自らを褒めるサク。そんな彼はしみじみとピラミッドを眺めていたのだが、奇妙な物が目に入ったことで首をかしげてしまう。



「……テンガ。あの隙間から漏れ出てるのの、塵、じゃないよな」


「確かに。何だろうな、あれは」



 ピラミッドにある隙間の至る所から、灰色の粒子のような物が漏れ出ていたのである。所々に舞っていた塵とは色も違うそれは、ピラミッドの最上部分からもちらつき始めている。何が何だか分からないサクはその様子を眺め続けていたが、テンガはその正体に気づいたようだった。



「サク! 伏せろ!」


「おぉ!?」



 本日3回目となる伏せろとの指示に従い、サクは屈みこむ。テンガはその前に立ち、身体強化にあてていた魔力を展開する結界へと回した。

 その後、ピラミッドから漏れる灰色の粒子の量が一気に増え始めた。テンガに危機を抱かせた予想は、次の瞬間その通りとなるのだった。



「くっ!!」


「うおおぉぉ!? 爆発したぁ!?」



 灰色の粒子が一瞬にして連鎖的に燃え上がり、尋常ではない規模の大爆発を引き起こした。足元は大きく揺らぎ、押し寄せてくるのは凄まじい熱量と衝撃波。ピラミッドはまるで火山が噴火したかのように四方八方へと瓦礫を飛ばしていった。

 落下してくる瓦礫を攻撃魔法で弾き、衝突しても問題ない物はそのまま結界で受け止めていく。圧巻の光景に最初こそ驚きの声を上げたサクは、言葉が出なくなってしまっていた。

 所謂、”粉塵爆破”。剥がれ飛ばした鱗を変形させるのと同じ要領で、可燃性を持たせて粒子化し、このような荒業を披露して見せたのだ。それを為した怪物は、爆煙の中でゆっくりと立ち上がり、天へと向けて咆哮を轟かせる。



『――シィィィィイアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!』



 すでに『何か』の体表は綺麗に鱗が生え揃っていた。押しつぶされていた事実がなかったかのようなその見た目に、2人は唖然とすることしかできない。



「……もはや何でもアリか」


「俺たちじゃあ絶対に倒せないわな、あれ」


「2人とも! そろそろ準備完了よ!」


「「!」」



 素直な感想を漏らしてしまう2人に、アイリスの声が届いた。その方向を見れば、全身に稲光が迸るハクの姿があった。

 長く感じた1分がようやく終わる。安堵するサクだが、まだまだ終わらないということをアイリスが伝えることで思い知ってしまった。



「このまま放ってもいいけど、周辺に被害が出る可能性がある! だから――」



 発言の途中で、アイリスは快晴の空を指さす。



「――あいつを空に打ち上げて!」


「だそうだ、サク。私はやってみるが、行けるか?」


「……やるしかないでしょうに」



 諦めのため息を吐き出した後、サクは立ち上がってテンガと共に突っ込んでくる何かを見据える。体の節々がもうやめてと訴えかけているが、それを退いて戦闘態勢を整えていった。

 とんでもない無理難題に思えるが、これが終われば全て終わり。待ち望む冴えない未来を手にするため、サクはテンガを横目で見ながら、口を開いた。



「――んじゃ、行くか!」


「了解!」



 『何か』を青い空へと打ち上げるために2人は駆けだした。接近してくる彼らを迎撃するために『何か』は鱗を数枚空中に剥がれ飛ばしていく。落下してきた1、2枚目が変形したのは、成人男性一人分はある”大剣”だった。



『シィアアアァァァ!!』



 落ちてきた大剣を掴み、それを『何か』は声を発しながら投げ飛ばす。高速回転しながら突き進んでくる大剣は、真っ直ぐに2人の下へ進んでいく。



「よっ」


「はっ」



 長槍の時と同じようにサクは跳躍して回避し、テンガはスライディングで刃の下すれすれを行き、勢いを落とすことなく『何か』へ向かっていく。先に『何か』と接触したのは、跳躍したサクだった。



「オラぁ!」


『シィッ!!』



 頭部へと放たれたサクの右脚による踵落としを『何か』は両手で受け止めた。その足を体表の鱗が変形した棘が貫く。意識が飛びかねない痛みに襲われるが、サクは何とかそれを耐えきってみせた。



「せぇい!!」


『ギグッ――』



 がら空きになった上半身にテンガの正拳突きが突き刺さった。拳の形に凹んだ胸部の鱗が威力の高さを物語っている。全身全霊で『何か』に立ち向かう2人の熱気は、強靭無比な『何か』に劣ることはなく、対等に渡り合わせていた。

 ここまでくれば、もはや恐怖や絶望などしている暇もない。ほんの僅かな隙でも逃さずに食らいつき、危険極まりないこの『何か』を消し飛ばすために全力を尽くすのみ。揺るぎない覚悟と信念が、2人を突き動かしていた。

 体勢を崩した『何か』は掴んだサクを後方へと乱雑に投げ飛ばし、右脚を鞭のようにしならせてテンガに蹴りを繰り出す。それを即座に屈んで避けたテンガは、一本だけで自重を支えている『何か』の左足に強烈な足払いをくらわせた。



『キッ!?』


「ロックアッパー!!」


『ギカッ!?』



 地から足が離れ宙を舞った『何か』。その体をテンガの攻撃魔法で隆起した岩が突き上げ、上空に跳ね飛ばしていった。しかしながら、まだ高度が足りていない。

 追撃の魔法攻撃を行使しようとするも、それに必要な魔力を練り上げるよりも早く『何か』は地へと落ちてきてしまう。また別の方法が必要かとテンガが舌打ちをしたところで、受け身をとって合流したサクが隆起した岩を駆け上っていった。

 完全に再生しきっていない右脚からは鮮血が漏れ出していた。その痛みを歯を食いしばって耐えながら、左足で岩を全力で蹴り上がる。割れ砕けた岩を眼下に、握りしめた拳は空を切りながら『何か』へと向かっていった。



「――これで終われぇ!!」


『クガッ!?』



 持ちうる力と思いを込めた一撃は、生え変わりたての胸部の鱗を”割り砕いた”。大気を震わせるほどの衝撃をまともにくらった『何か』は青空に吹き飛んでいく。やりきったサクは全身から力が抜けてしまい、頭から地面に向かって落ちて行ってしまった。

 その体は瓦礫の山に落下する直前でテンガが受け止めてくれた。その腕の中で、遥か上空で鬼の形相で睨み付けてくる『何か』の姿を捉える。本来なら恐怖で震えてしまうが、サクの心は穏やかだった。もう、その必要はないからだ。



『――ギっ!』



 サクの表情から全てを察した『何か』は、眩い輝きが発生している方へと視線を移す。そこにあったのは、最大出力の熱線を放つ準備を整えたハクだった。

 全身を駆け巡る稲光が背びれへと集まり、雷に似た轟音を発生させた。光り輝く体の中でも、胸部が最も輝いている。目が眩むほどの輝きは、やがて胸から喉を通過し、口元へと移動していく。

 太陽の光よりも強い光量が口から溢れ出し、破格の魔力はハクの周囲の空間を歪ませ、大地と空気を震わせる。超高圧縮された魔力を放つ対象を、ハクはしっかりと捉えていた。



『――シイィィィヤアアァァァ!!』



 ハクの熱線を止めるべく、『何か』は空中で鱗を剥がし飛ばし、槍へと変えて間髪入れずに投擲する。圧巻の速度で飛来する槍だが、その”槍”こそが、ハクの想いを爆発させることとなった。

 迫るそれが、サクを貫いた。痛くて、苦しくて、辛くて、悲しくてサクは泣いていた。最愛の人を絶望させたのが、この槍だ。そして作り出したのは、あの訳の分からない『何か』だ。いきなり現れた”敵”だ。

 超高圧縮された魔力は放たれる直前でハクの想いが重ねられ、さらなる輝きを上乗せされた。もはや直視できないほどの光量が撒き散らされる口から、憎むべき”敵”を消し去るべく、最大出力の熱線が解き放たれた。



『シギっ!?』



 サクを穿った槍は、一瞬にして蒸発した。そのままの勢いで押し寄せた光の波は、瞬く間に驚愕する『何か』へと到達する。



『ギィ、ガアッ!?』



 咄嗟に前に出した両腕は、鱗が瞬時に消滅し、内側の黒い本体も消し飛ばされた。痛みすら感じないまま、全身が塵すら残さずに抹消されていく。



『シアアアァァァァァァアアアァァっ……――』



 響く断末魔。全力の防御策を講じるもそれすら余裕で上回ったハクの熱線を受け、『何か』は跡形もなく消し飛んでいくのだった。

 『何か』を消し飛ばしてなお衰えぬ熱線は、天高くまで昇っていく。幻想的な光の塔のようなその様は、プレート大陸全土において観測できるほど、巨大で輝かしいものとなった。

 グリール王国全土の街などの人口密集地で驚きの声が上がる。驚くほど強力で、果てしない優しさを放つハクの熱線に、誰もが目を奪われていた。

 やがて放出は終わり、熱線は輝きの残滓を残しながら消えていく。柔らかな輝きが舞い落ちる中、美女の姿となったハクは、一目散に愛する人の下へと駆けだした。

 そんな彼女を受け止めるべく、サクはテンガの腕から瓦礫の山に降り立った。ふらつきながらも、やってくる彼女へと体を引きずっていく。そして身心と共に疲れ果てたサクは、最高に心地いいハクの胸元に抱き寄せられた。



「お疲れ様、サク」


「ハクも、お疲れ様」



 お互いの体温と想いを確認しながら抱きしめあう。勝利と共に得た安寧の時を、2人は光舞い散る瓦礫の山の上で堪能するのだった。

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