第七話:(非)調査対象の調査
第七話
職員室の男子専用トイレから出てきたら何処かで見た事のある人物が立っていた。
ま、誰かが立っていたからと言って知り合いとは限らない。職員室の近くだし、そっちに用事があるかもしれないからな。なんとなく、予感はするんだけどさ。
「ふー、時間ぎりぎりだな」
変な考えを振りきるように考えて、出来るだけその女子生徒を見ないように気をつけておく。
そしてその人物の前を通ろうして……目の前に立ちはだかられた。
「そこの貴方」
スカート部分から徐々に首を動かしていき、立派な胸を確認、そして頭へと視線を向けた。
そこには糸目のお嬢様っぽい人がいたりする。
「え、俺ですか?」
「他に誰がいるの?」
辺りを見渡して、自分しかいない事に気づいて言ってみた。
「透明人間とか?」
「……」
凄く怖い顔で見られた。気のせいか、陰が狐っぽくなったような……。
「冗談です」
「よろしい。それでは私の名前を言ってみなさい」
「……えーっと」
あ、どこかで見たことある人だ。NKKの人だったかな……。
首をかしげて俺はその人をじっと見て、どこで見た人か結論を出した。
そうだ、この人は既に調査済みの人だ。
「……昨年度会った人ですね」
「そう。覚えていたかしら。私は……」
名乗ろうとした彼女より先に俺は口を開く。
「信田グループの信田葛ノ葉さん」
自筆の手帳を取り出して、ページをめくる。それにはパーソナルデータがびっちりと書き込まれているのだ。
「年齢は今年で十九、去年はこの西羽津市の巫女と激しいデッドヒートを繰り広げた為、留年という憂き目をみた葛ノ葉狐のお嬢様。プライドが高く、特別という言葉を強く好む。好きな食べ物は甘いもの全般で嫌いな食べ物は油揚げ……狐の種族という事でこれをどうにか克服するのが目標である。スリーサイズは……」
「あ、貴方っ何者なのっ」
この先の言葉を言わせないつもりなのか糸目が見開かれていた。
彼女の質問に対して、俺が答えられるのは簡単な事しかない。
「何の変哲もない羽津女学園三年生の夢川冬治です。いやー、残念ですね、西羽津の見子と呼ばれる富木菜奈さんとやらに負けたそうじゃないですか」
「……くっ」
屈辱的な顔になった。
西羽津の巫女に関してはこの学園に居る誰からしい。顔とかまではわからないけれど、一応、人間という事でNKKからは調べなくていいとお達しが出ている。
なんでも、この西羽津の監視者だそうなので俺らで言うところの人外がお痛をすると消滅させるかこの地方から追い出すのが仕事らしい。
「いつの間に調べたのっ」
「それは秘密です」
まぁ、信田さんについては俺が調べたわけじゃない。昨年度、NKKに調査依頼を出して居たら調べてくれたのだ。しかし、彼女は卒業するだろうと言う事で調査対象からは外れている。それに西羽津の巫女が関わっているからそんなに気に病む事も無いだろうと言われていた。
留年しているんだけれど、いいのだろうか。NKKが無視してていいよというのならそれでいいのだろう。いくら人外とはいえ、この人の場合は信田グループのお嬢様だからな。何かすればかなりの問題になる。もみ消しもあるかもしれんが……。
上がやるなっていうのならそれでいいだろう。現場の判断で勝手に動くわけにはいかないしな。
さて、そろそろ教室に戻るとしよう。
「じゃあ、失礼しますね」
立ちはだかる先輩の隣を抜こうとしたら、声が飛んできた。
「御待ちなさいっ。そこまでされて黙って居られるものですか」
俺の前へと立ちはだかる。それは人間の動きとは違って……地面を滑るように俺の前へと現れたのだ。
職員室からは見えないような配置のためか、彼女の周りに鬼火が飛び、狐の尻尾と耳が生えていた。
有名な九尾の狐ではないので、尻尾はひとつしかないが……抱きしめてもあまりあるようなふさ毛の持ち主のようだ。
尾っぽを抱きしめるなんて不可能に近いので、この場を切り抜ける努力をしようと思う。
「俺をぼこぼこにするか、亡きものにしようとでも? 言っておきますけど、貴方は信田グループの人ですよね? 問題になりませんか?」
「そ、そんな物騒な事はしません。貴方の事を調査するだけですっ」
や、やばい。俺は世間一般的に行方不明扱いでNKKに所属しているのだ。NKKの力でこの学園に入っているのだし、情報がそっちに流れたら色々と面倒な事になる。
まずい、このままだと明日の朝にはここからいなくなれーって具合になるかもしれん。
「調査するのはいいですけど、もしかして信田グループの力を借りるつもりなんですか?」
「え?」
きょとんとする信田さんに俺は続けた。
「いや、やっぱり信田さんもお嬢様なんだなぁと思いまして。調査も一人じゃ出来ないんですね。ああ、お金持ちだからそんな事は出来る奴らにさせておけばいいと?」
「……むっ。調査ぐらい一人でもできますっ」
「へぇ、本当に?」
「貴方みたいな一般人、私一人で充分っ」
これだけで話が終わってしまうとどの道、相手の機嫌を損ねた状態になってしまう。ここはプライドを持たせなくてはいけないな。
「さすが、よく言いました。何事も困難に立ち向かう事で有名な信田葛ノ葉さん。四歳で絵画コンクールに偽名で出場し、銀賞、六歳にはピアノコンクールで優勝……天才肌ってやつですか。特別な存在ってやつですね」
聞きようによっては馬鹿にしていると取られるかもしれない。しかし、睨まれちゃ面倒だ。
「そういうことも調べているのね」
うまくいったようで少しだけ機嫌が良くなった。
もう少し押せば俺を調査するなんて言わなくなるかもしれないな。
「ええ、俺が信田さんを調べたのは単純です。ただ、危険性があるかないかだけ、ですよ」
「危険性?」
「人間に危害を加えるかどうかです。結果、信田さんは無害だという結論に至りました。それでは、失礼します」
NKKの事まで話す必要は無いだろう。こんどこそ話は終わりだと俺は信田さんの隣を通り抜けるのだった。
特別教室へ入ると俺の後ろから信田さんが入ってきた。
「え? なぜあなたがここにいるの?」
「それはこっちのセリフです」
「私は特別クラスだからよ」
特別、というところを強調して言うのであった。
「はぁ、俺もですが」
「……やはり、あなた只者ではないわね?」
そう言う事を言うのはやめてほしい。ほら、隣の椿たんも俺の事を見ている気がするじゃにか。
「ま、いいわ。これから調査していくんだから。何か言う事はある?」
勝ち誇ったような信田さんに俺はため息をついた。
「えーと、やっぱり調査するつもりなんですね」
どうやら彼女の意思は思ったより固かったようだ。
「ええ、もちろん一人で調査するわ」
「お手柔らかに……」
「お手柔らかにお願いしますなんて言わないわよね」
挑発的な視線を俺は流し、笑うしかない。
「やばいと思ったらすぐに手を引いてくださいよ」
NKKがもしかしたらちょっかいを出すかもしれないので俺は精一杯注意を促したつもりだった。
「……臨むところだわ」
しかし、どうやら徴発されたと思ったのか、信田さんは非常にやる気を出してくれている。
俺はこんな時こそお目付け役が必要だろうとあたりをきょろきょろするのだった。
「どうかしたの?」
「えーと、セバスチャン的な何かは?」
「セバスチャンはまだ屋敷にいるわ。彼にも仕事があるもの」
「こういうときはお嬢様、いけませんとかいって抑えてくれるものだと思いました」
「今は忙しい時期なのよ」
どこも大変なんだな。
NKKもどうして人間の俺を此処に行かせたのだろう。