宝物は何処?
目に飛び込んできた光景に、考えるより先に身体が動く。
気が付くと、九七一は古びた石造りの塔に向かって全速力で走って、いた。
その塔の中腹に見えるのは、今にも落ちそうな身体を、石の隙間に引っ掛けた両手指だけで支えている友、禎理の姿。人の姿のまま魔界起源の『法力』を使い、塔の壁を大急ぎで駆け上がることにより、どうにかギリギリの所で九七一は禎理の落下を阻止することができた。
その禎理を抱いたまま、石壁を滑るように降りる。再び法力を使い地面に着地するときの衝撃を和らげると、九七一はほっとして抱えたままの禎理の身体を地面に下ろした。
だが、禎理を下ろしたところではっとする。今使った超人的な『力』を、誰か他の人間に見られはしなかっただろうか。
人外の力を怖がるのは人間の性。この『法力』を見られたことで、『魔界の黒犬』であるという自分の正体を見破られたら自分も禎理も危ない。だから九七一は、確かめるように二度三度と辺りを見回した。だが幸い、日が沈みかけているこの時間に、繁華街とは程遠いこの場所をうろうろしている者はいなかった。そのことに九七一はほっとすると、今度はゆっくりと禎理のほうを見た。
「……えーっと、九七一、だよね?」
ただ呆然と、九七一を見つめている禎理。
九七一が周りを確かめていたのは、ほんの少しの時間。その僅かな時間でも、自分がどうなったのかを禎理は全く把握できていないようだった。
「で、今回は何をやってるんだ?」
そんな禎理に、挨拶抜きでそう訊ねる。
「……えと、宝、探し?」
「宝探しぃ〜?」
いつもとは違う曖昧な調子で言われた意外な答えに、九七一は思わず禎理を見つめた。
私利私欲が全くといっていいほど無い禎理が、『宝探し』とは。
「うん、……まあ、ちょっと」
いぶかしむ九七一の気持ちを察したのか、禎理は先ほどまで登っていた塔の方に視線を移した。
この塔の近くにある貴族の館で、最近、宝石や装飾品がなくなる事件が頻発しているという。被害にあった貴族夫妻は、それを掃除係のメイドが盗んだものと決めつけ、彼女を市警護の騎士団に引き渡してしまったのだ。
「でも、彼女は無実だって、彼女の恋人に懇願されて」
実際のところ、なくなった宝飾品は、いずれも軽量のものばかりだったという。と、すると、彼女が犯人であるという以外の、ある『可能性』が浮かびあがってくるのだ。
「一応、犯人の見当はついたんだけど、証拠が欲しくて」
その可能性に賭けて、冒険者禎理は塔を登っていたのだった。
禎理の話に、九七一は正直呆れた。全く、何でこいつはいつも危ないことばっかりやってるんだ? しかも、たかが『他人』の為に。だが、禎理が一途なのは長年の付き合いで良く分かっている。
「分かった、手伝う」
だから思わずそう、言ってしまう。
「本当っ! ありがとう!」
次の瞬間に返されたのは、感謝の言葉と嬉々とした笑み。禎理のその表情に、九七一の心は動揺した。
もしかすると、俺は、この為に、禎理の傍に居るのかもしれない。
「じゃ、早く、登ろう!」
しかし九七一の感傷は、急いた禎理の言葉に一蹴される。
まあ、そんなものか。九七一はふっと苦笑すると、禎理の身体を抱えあげ、辺りを見回して他人の気配が無いことを確かめてから再び法力の呪文を唱えた。
二人の身体が、ふわりと浮かびあがる。忽ちにして、九七一と禎理は塔の頂上を真下に見ていた。
「あ、有った!」
不意に、禎理がある一点を指差す。
そこにあったのは。
「……巣?」
九七一の目には、それがどうしても烏の巣にしか見えなかった。
「そう。……中を見て」
禎理の言葉に、目を凝らす。すると。
「……あ」
巣の中には確かに、イヤリングや宝石としか見えないものが、有った。
……と、いうことは、犯人は、烏?
「そゆこと」
とりあえず巣を持って降りるから、手伝って。禎理の言葉に、九七一は心得て静かに呪文を唱えた。
ゆっくりと、目的物に近づいていく。
だが。
いきなり、目の前を黒いものが横切る。烏だ、と気付く間もなく、あろうことか九七一は、巣を持ち上げようとしていた禎理の身体をその手から離してしまった。
「わっ!」
巣を抱えたまま、まっ逆さまに落ちる禎理。
「禎理っ!」
九七一は大慌てで呪文を唱えると、地面に激突する寸前で禎理の落下を何とか止めた。そしてそのまま、法力で禎理を地面に下ろす。
もし法力が間に合わなかったら。そう思うだけで、九七一の背筋に寒いものが走った。
「巣はっ! 無事っ?」
だが禎理の方は、こんな時でも自分よりも他人の方が大切らしい。腕に抱えた巣が、卵ごと無事などを見てほっと息をついている。
「卵が潰れたら、烏に申し訳ないからね」
ここまで自分より他の人や物を心配するとは。禎理の言葉に、九七一は言葉も出なかった。
「これで、彼女の疑いは晴れるよ」
そういった直後、巣を抱えたまま、九七一に背を向けて大急ぎで小道を走り去る禎理。
〈……やっぱり、禎理は禎理だ〉
そう、苦笑しつつ、九七一は禎理の後姿をのんびりと見送った。




