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暗闇の宝物

 木々の間から見える夜空は、今夜も星々で明るく輝いていた。

〈明日も、晴れるな。きっと〉

 近くの泉に水を汲みに行った帰り道、重たい桶を持て余しながら空を見上げ、禎理ていりはほうっと安堵の溜息を漏らした。

〈雨が降っちゃ大変だもんな、護衛〉

 しかしこの分だと、明日も行動する分には大丈夫そうだ。禎理はもう一度夜空を見上げ微笑むと、桶を持つ手を右から左に変えようとした。

 と。

 禎理の目の端を、光が掠める。

「……流れ星!」

 夜空に描かれた光線に、禎理は思わずそう叫んだ。

 流れ星は、冥界から『この世界』へと向かう魂の道標。魂がその器である『肉体』に入ることによって、『この世界』の全ての生物は生まれ、生きる。そして魂が有るからこそ、『この世界』の生物は死んでも又、再び別の生物として蘇ることができる。だから、その魂の先導をする『流れ星』は、『この世界』では吉兆とされていた。


  流れ星、流れ星、私に道を示しておくれ

  この想いが消える前に

  流れ星、流れ星、あの人に道を示しておくれ

  再び巡り会えるように


 無意識に、流れ星の歌を口ずさむ。

 しかし、その歌の途中で、禎理は唇をかんで下を向いた。

 泣きそうな気持ちを、ぐっと堪える。


 ――そう、『魂』さえ、あれば。


 重い気持ちを抱えたままふと気がつくと、いつの間にか禎理は森を抜け、今日のキャンプ地となっている街道沿いの広場の前に出ていた。

 その真ん中で焚かれた盛大な篝火が、気持ちをほっとさせる。

「……お、ご苦労さん」

 森から出てきた禎理を認めて、護衛隊の隊長がそう声をかけてきた。

「じゃ、ミーティングを始めるか」

 隊長の言葉に、禎理は水の入った桶を馬車の横に置くと、彼の後について篝火の傍へと向かった。

 既に、禎理と同じようにして雇われた護衛たちが車座になっている。

「みんな、揃ったな」

 禎理がそっと腰を下ろすと、隊長は護衛隊全体をぐるりと見回してから、持っていた地図をその真ん中に広げた。

「で、明日の予定なんだが」

 禎理が覗き込む目の前で、隊長の体格に似合わぬ細い指が動く。

「いよいよ、最後の難所、ミンレス峠に向かう」

 冒険者としてマース大陸各地を旅している禎理の只今のお仕事は、大陸西側南部の商業都市ボレルから南側内海沿いにある神官国家フビニ帝国に向かう隊商の護衛。冬が近い為、この仕事で路銀を稼ぎつつ、臨時の神殿武官を常時募集しているフビニ帝国で一冬の居場所を確保しようと思い、ボレルの冒険者宿での募集に応募したのだ。

 ボレルと帝国領の間にある街道は、山賊伝説で有名なキュルシャック、ラヴレイス、ミンレスという三つの峠を含む大陸有数の難所である。しかし、船を使い、半島をぐるっと半周するよりも速く荷物を運ぶことができるので、細かい荷物を運ぶ為に良く利用されている。しかしやっぱり何が起こるか分からないので、行商人達は大きな隊商を組み、護衛を雇ってこの街道を利用していた。

「……ミンレスを抜ければ、あとはずっと下り坂だ。明日中には麓の宿場町に着くだろう」

 隊長の言葉に、輪の中から歓声が上がる。やはり、ずっと野宿では、鍛えた身体にもきついのだろう。

「その後の道は、『神聖なるフビニの領内』ってヤツだから、問題はないだろう」

 とすると、難所はやはり峠、か。隊長の指の先にある峠の名を、禎理はしっかりと見つめた。

「明日が頑張りどころだ。気を抜くなよ」

「おおっ!」

「もちろんだぜ!」

 隊長の言葉に、大勢の大きな声が呼応する。

「では、明日の持ち場を確認して解散」

 その声に満足そうに頷くと、隊長は再び地図を丸めた。


 護衛の面々がキャンプのあちこちに散った後も、禎理は篝火の傍で暖をとっていた。

 明日は危険な殿を務めることになっている。だから今夜は、禎理は見張りの当番に入っていなかった。

 明日の為に、早く眠らないといけないのは分かっているのだが、秋口の夜は少し冷える。だから、少し身体を温めてから寝たほうが良いだろう。そう思った禎理は、篝火の方へもう少しその身体を近づけた。

 と。

「大丈夫か、禎理?」

 思わぬ時に声を掛けられ、禎理は驚いて振り返った。

 後ろには、隊長がのんびりとした調子で立っている。

「は、はい……?」

 隊長も、夜警の仕事があるはずなのに、一体どうしたというのだろう? 禎理は内心首を傾げた。

「山賊が出るなら、キュルシャックかラヴレイスだと思ったんだけどな」

 そんな禎理の戸惑いを知ってか知らずか、隊長は禎理の横に立ってその手を篝火にかざしながら、呟くようにそう言った。

「ええ、そうですね」

 その隊長の方に顔を向けて、ゆっくりと頷く。

 実は禎理自身、『難所』といわれる先の二つの峠、キュルシャックとラヴレイスで何も起きなかったので内心拍子抜けしていたところだった。フビニ帝国に近いミンレス峠は、二百年ほど前に起きた、全世界の魔力が消えてしまう現象『魔法革命』の後も何故か強い『魔力』を持つ、フビニの神官たちがよく見回りに来るらしいので、山賊も他の二つの峠よりは隊商を襲いにくそうだ、と禎理は思っているのだが。

「……あ、俺なら平気です。山賊が来たって」

 おそらく隊長は、明日禎理が殿であることに危機感を感じているのかもしれない。そう考えた禎理は内心で大きな溜息をつくと、それを隠すようにことさら明るい声でそう、言った。

「いや、別に禎理だから心配、ってわけじゃないんだ」

 しかし隊長はすぐに禎理の気持ちを見抜き、そう返す。

「禎理の実力は良く知っているしね」

 小柄で女顔の禎理だが、実は武芸にはちょっと自信がある。ボレルで今の仕事に応募したときも、この外見を理由に断られかけたが、隊長に一対一の勝負を申し込み、見事に勝って採用された、という経緯があった。

「ただ、……ちょっと、静か過ぎるんだ」

 その気持ちは良く分かる。

 何もないと、人はかえって不安になるものなのだ。


 隊長が篝火の傍から去ってからも、禎理はしばらく篝火の前から動かなかった。

 身体は温まったが、隊長の話に不安が募る。

 本当に、大丈夫、なのだろうか……?

〈ま、考えたって仕方ない〉

 明日のことは明日にならないと分からない。禎理は頭の中でそう割り切ると、さて寝ようとゆっくりと伸びをして立ち上がった。

 ポケットから小さな笛を出し、口にくわえて勢いよく吹く。この笛は、大陸西側を歩いている最中に作成したものだが、何処かが上手くできてないらしく、吹いても音が出ない。しかし、禎理の『相棒』である、キイロダルマウサギの模糊もこにはこの笛の『音』が聞こえるらしく、禎理がこの笛を吹くと何処にいても禎理の所へ帰って来る。

 しかしながら。

〈……あれ?〉

 笛を吹いてずいぶん経つのに、今日に限って模糊が現れない。大食のダルマウサギのこと、きっとどこかで食べ過ぎて眠ってしまっているに違いない。そう考えた禎理は、探しに行こうと重い腰を上げた。

 と。

 不意に、禎理の手の中に黄色い物体が現れる。模糊だ。

「……あ、なんだ、帰っちゃうんだ」

 それと同時に、禎理の耳に、明るい子供の声が入ってきた。

 声につられるように視線を下にやると、寝巻き姿の女の子と目が合う。彼女の名はファイ。この隊商を率いる商人の娘である。

「じゃ、禎理、お話して」

 子供らしい無邪気な声でファイが言う。

 何処をどうすれば、『じゃ』などという接続詞が出てくるのかが分からないが、お話を聞かせるのは嫌いではないし、彼女には今までにも何度か、せがまれるままに物語を歌い聞かせている。

 禎理はゆっくり頷くと、篝火の前に再び腰を落ち着けた。

「では、峠に伝わる伝説でも」


  森で叫ぶのは誰?

  赤い髪のフィデューシアル

  その声に応えるのは誰?

  男勝りのエヴァレット


  キュルシャック峠の山賊の息子と

  ミンレス峠の山賊の娘

  ほんの幼い時から二人は

  互いを見て育った


  フィデューシアルの武芸の腕は

  誰一人敵うもの無し

  噂話を良く聞く耳と

  それを分析する頭脳も


  エヴァレットの名はたおやかさと

  その弓の腕で鳴りひびく

  彼女との『さし』の勝負で勝てるのは

  フェデューシアルのみ


  やがて二人は結ばれて

  三つの峠の長になる

  キュルシャック、ラヴレイス、そしてミンレス

  三つの峠は旅の要所


  英知と公平のフェデューシアルと

  慈愛と理知のエヴァレット

  二人のもとにはたくさんの

  陽気な仲間が集まった


  二人に率いられし山賊は

  金持ちの馬車のみを襲う

  貧乏人と正直者には

  決して手を出さなかった


 大陸の西側南部に流布している、遠い昔の山賊伝説。ボレルにいるときに、禎理はその歌を聞き覚えた。歌を歌うのは好きだし、元々『吟遊詩人』としての素質のある禎理のこと、曲自体は二、三度聴いただけですっかり覚えてしまっている。

 しかしこの話の結末は悲劇。子供に聞かせるには選曲を間違ったかな、と歌いながら禎理は内心ほぞを噛んだ。

 と。

 肩に何かがこつんと当たる。歌うのを止めてゆっくりと首を回すと、禎理の肩にファイの頭が乗っかって、いた。

「……おやおや」

 ぐっすりと眠っているファイを羽織っていたマントで包み、馬車まで丁重に連れて行く。

 商人に断ってから馬車に設えられた寝床にファイを寝かせると、自分もさっさと寝ようと禎理はその肩にマントを巻きつけた。

 と。

「……続きは、明日ね」

 眠っていたと思っていたファイが、目をしっかり開いて禎理に笑いかける。

「はい」

 禎理は内心苦笑したが、ファイに向かってはゆっくりと頷いて、みせた。


 禎理たち護衛の寝床は、馬車の傍の地面にある。

 マントの上から毛布をしっかり羽織り、禎理は無造作に横になった。

 木々を揺らす風が冷たい。

 もうすっかり秋なんだな。模糊を抱いて風の音を聞きながら禎理は何となくそう思った。

 と。

 不意に、風の音に叫び声が混じる。何事か。禎理は大慌てで起き上がった。

 だが、どんなに目を凝らして辺りを見回してみても、キャンプ周りは非常に平穏。小さくなった篝火だけが、ぱちぱちと軽い音を立てている。

〈……なんだ、夢か〉

 禎理はほうっと止めていた息を吐くと、寝なおそうと再び横になった。


 でも、確かに、声は、した。

 ――森の方、から、誰かを呼ぶ、悲痛な声、が……。


 そして、次の日。

 禎理は当初の予定通り、馬に乗って隊商の殿を務めていた。

 空は昨夜禎理が予測したように、晴。道の両側にある木々も、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。ずっと前の方に目を凝らすと、馬車二台の後ろに荷馬車が五台、きちんと連なっているのが確かに見えた。

 峠に向かうきつい坂道の所為か、禎理の横を走っていた荷馬車の速度が目に見えて遅くなる。禎理はひらりと馬から下りると、手綱を荷馬車につなげてから、荷馬車の尻を力いっぱい押した。

 と。

「あ、やっぱり禎理だ」

 この場所で聞こえる筈のない声が頭上から降ってくる。

 のろのろと顔を上げると、ファイの笑い顔が、確かにあった。

「どうしてこんなところに?」

「お手伝い。荷物管理」

 禎理の問いにあっけからんとした顔で答えるファイ。

 しかし、父親に無理を言ってこの最後尾の荷馬車に入り込んだことは、ファイの態度と、彼女の父親の日頃の溺愛ぶりから禎理にはすぐに察しがついた。第一、何かに襲われたときに逃げ遅れる可能性のある殿に、いくら何でも可愛い我が子を荷物管理に送るわけがない。

「ねえ、禎理、昨日の続き歌って」

 今山賊に襲われたらファイをどうしようかと悩む禎理に、のんきなファイの声が降ってくる。

「……今は、無理です」

 荷馬車を押しながら、禎理は少しだけ首を横に振った。第一、今の状態で歌うなんて絶対無理である。

「じゃあ、やっぱり夜?」

 禎理の答えに、ファイは予想通りぶっと可愛い頬を膨らませた。

「夜はすぐ眠くなるから嫌なんだけどなぁ……」

 それでも今は無理だと悟ったらしく、素直に首を引っ込める。

 禎理はほっとして、荷車を押す手に力を込めた。


 腕に掛かる負荷が、急に軽くなる。

 峠に、着いたのだ。

 禎理はふうっと大きな溜息をつくと、強張った腕と肩をぐるぐると回してほぐした。

 古い切通しになっているこの峠は、かなり手入れが悪いらしく道の両側に草がぼうぼうに生えている。しかし、大きな木は崖の上にしか見当たらないし、道幅も馬車と馬が並んで走れるくらい広い。

 ……切通しの片側に、幾つか穴のようなものが開いているのが気にはなったが。

 ここを抜ければ、あとは下りだ。ほっとしたように微笑むと、禎理はゆっくりと馬に乗った。

 だが。

「逃げろっ! 山賊だっ!」

 切通しの上が、きらっと光る。それを認めた瞬間、禎理は大声でそう、叫んだ。

 その叫びが終わらぬうちに、大量の矢が降ってくる。禎理はマントを頭上にかざし、何とかその矢を避けた。

 と同時に、荷馬車の御者台に向かい、馬を急かす。

 隊商が全て峠に入ってきてから矢を射掛けてきたところからみると、山賊側はかなり周到な用意をしているようだ。そこを突破するには、荷馬車の重量と、走ることによって得られる加速を利用した体当たりしかない。

「禎理!」

 ファイの叫び声が禎理の耳にこだまする。

「荷物の間に隠れてろっ!」

 そのファイに向かって叩きつけるようにそう言ってから、禎理は、目前に迫ってきていた槍を持っていた棍で叩くように払った。

 既に、大勢の荒くれどもが禎理の周りを取り囲んでいる。定位置である腰のポーチから飛び出した模糊が、禎理に襲い掛かってきた山賊を体当たりで倒した。

 禎理も、荷馬車に群がる山賊たちを棍で退ける。そうしながら、禎理は横目で峠の出口を見やった。

 禎理と同じように、他の護衛たちが山賊相手に戦っている。その横を、荷馬車がすり抜けて消えたのを、禎理は確かに、見た。

 ――出口は、まだ塞がっていない。大丈夫だ。

「山賊は何とかする。とにかく突っ込め!」

 荷馬車の御者に向かってそう、叫ぶ。

 禎理の声に呼応するかのように、荷馬車が勢いづいた。

 あっという間に、禎理と荷馬車は峠の出口に近づく。出口近くには、荷馬車が二台転がっている。その荷物に群がりつつも、山賊たちは禎理が守る荷馬車にも、もちろんしっかり襲い掛かってきた。

 ファイが乗るこの荷馬車を、山賊たちに奪われてしまったら……!

 禎理は持っていた棍を荷馬車に右側から乗りかかろうとした山賊に向かって投げつけると、反対側にいた山賊二人を袖に隠し持っていた手裏剣で倒した。そしてそのまま、禎理に向かってきた山賊の槍を蹴り一つで奪い取ると、馬腹を蹴って荷馬車の前に進み、槍を振り回して荷馬車の為に道を開けた。

 禎理の作った間隙を縫って荷馬車が飛び出す。下り坂と相まって、荷馬車の姿は瞬く間に禎理の視界から消えた。

〈これで、大丈夫だ〉

 なおも荷馬車を追いかけようとする山賊たちを、傷ついた馬から下りて槍一本で止めながら、禎理は殆ど安堵した。

 が。

 その安堵がいけなかったのか、山賊の繰り出した槍に身体のバランスを崩す。

 青空が見えると同時に、禎理の視界は黒く、染まった。


 はっとして目を開く。

 冷たい感じのする黒い岩肌が、禎理を迎えた。

〈……ここ、は?〉

 痛む身体を感じながら、ゆっくりと首を回す。

 岩肌の壁の一角に、鉄格子で作られた扉らしきものが見えた。

 おそらく、洞窟を広げて作られた牢獄なのだろう。禎理はそう見当をつけた。……多分、隊商を襲った山賊たちが所有する。

 そして、その牢獄の中にいるのは、禎理一人だった。

〈他の人たちは、一体どうしたのだろう?〉

 隊商を守ることに命を賭けている護衛たちはともかく、隊商内にいた行商人達は無事に峠から逃げることができたのだろうか? ファイの乗った荷馬車が坂を下っていくのは、確かめたのだけれども。

 それに。

〈一体、何故、俺をこんな所に……?〉

 山賊たちの真意が分からない。自分をこんな所に閉じ込めて、彼らは一体何をするつもりなのだろうか? たかが冒険者一人に、身代金を払ってくれるところなど何処にも無いのだ。

 とにかく、何か起きたときにきちんと身体が動くようにしておく必要があるだろう。そう考えた禎理は、激痛に顔をしかめながらもそろそろと上半身を起こした。

 革鎧の紐を外して身体を確かめる。相当酷く殴られたらしく、あちこちが青痣になっている。しかし、骨折しているところや、酷く出血しているところはなさそうだ。これなら、動ける。

 禎理はほっと安堵の溜息を漏らした。

 と。

 不意に、禎理の耳に足音が響く。鉄格子の方を振り向くと、毛もじゃの荒くれ男が四、五人、こちらに向かってくるのが見えた。

「……ほう、こいつか」

 鉄格子の前に立った男達の一人が、禎理を値踏みするように見つめてそう呟く。他の男達は、禎理を見つめて意味深な笑みを浮かべた。

 侮蔑の念を込めて、その男達を睨みつける。何の意図があって自分をここに閉じ込めているかは分からないが、彼らのどんな要求も聞く気はない。たとえ、その為に自分の命を失っても。

「俺たちに協力しろ」

 予想通りの声が、牢内に響く。

「断る」

 禎理は間髪入れずにそう答えた。こんな節義のない山賊の手先になるなんて真っ平ごめん、だ。

「ほう、そうか」

 しかし、山賊たちは、そんな禎理の答えなど始めから分かっていたかのように顔のニヤニヤを消さない。

 次の瞬間、視界に入ってきたものに、禎理は我が目を疑った。

 山賊たちの一人が手に持っていたものは。

「……模糊!」

 思わず叫ぶ。

 それと同時に、禎理は慌てて腰のポーチを探った。

 いない。禎理の周りにも。と、すると、山賊がナイフを突きつけている黄色い物体は、確かに模糊だ。

 おそらく、お腹が空いて食料を探しているところを捕まってしまったのだろう。この辺りの森には、ダルマウサギは生息していないし、山賊と戦っていたときには、模糊も飛び出して禎理の傍で荒くれ男どもを倒している。頭の回転の速い奴なら、これだけで禎理と模糊の繋がりをすぐに察することができるだろう。

 模糊を人質とすれば禎理を使うことができるかもしれない。山賊たちのこの考えは、あながち間違ってはいない。自分の命には無頓着だが、仲間の命には拘泥するのが禎理の心、なのだから。

「どうだ? これで協力する気になったか?」

 山賊たちの目が、意地悪く問う。

 禎理はこくんと頷く外、なかった。

「それでいい」

 山賊たちは牢の鍵を外すと、大人しくなった禎理を後ろ手に縛る。その上で、禎理を牢から出した。

 牢の外も、中と変わらない岩肌に覆われている。

 その壁に設えられた、段がすり減って足の掛けにくい階段を上がり、山賊たちは禎理を外へと連れ出した。

 久しぶりに見る太陽が眩しい。その眩しさに目を細めながら、禎理は目の前の光景にあっとなった。

 眼下に、隊商が通ろうとしたミンレス峠が見える。山賊たちは、崖の中に洞穴をくりぬいて根城にしていたのか。思わぬ隠れ場所に、禎理は舌を巻いた。

「……こっちだ」

 そんな禎理を、山賊たちは森と崖の間にある細い空き地へと引っ張って行く。

 そして、禎理の胸の高さほどの石造りの構造物の前で、禎理を止めた。

「覗いてみろ」

 言われるままに、円筒形の中を覗き込む。

 吹き上げてきた微かな風が、禎理の頬をそっと撫でた。

 しかし、目に見えるのは暗闇ばかり。こんな所に何の用だろうか? 禎理は思わず首を傾げた。

 と。

 暗闇が、一瞬だけ光る。

「お、光った!」

 山賊の一人が大声を上げた。

 確かに禎理にも、光が見えた。しかし、一体何の光なのだろうか?

「お宝さ」

 禎理の疑問を見透かしたように、男達が哂う。

「あれを取ってきて欲しいんだ」

 山賊たちの言葉に、禎理はもう一度暗闇を見つめた。

 さっきの光は、もう見えない。

 そんなに『お宝』が欲しいのなら、自分たちで取りに行けばいいのに。侮蔑の言葉を、禎理はその心に思い浮かべた。

 だが、山賊の一人がロープにくくりつけたカンテラを下ろすと、彼らが何故自分で行かないのか、その理由が分かる。井戸のような、この円筒形の構造物はかなりの深さで、しかも途中から狭くなっているのだ。これでは、禎理のような小柄な人間を使うしかない。

「あそこまでは、下ろしてやる」

 狭くなっている部分を指差しながら、山賊が言う。

「あとはロープを使って、自分で下りな」

 冷たく突き放された気がするのは、禎理の気のせいだろうか?

 確かに、禎理が宝を取って来れば山賊たちの利益になるし、取れなくても山賊側の損失は限りなくゼロに近い。

 禎理は内心舌打ちするも、囚われている模糊のことを考えてゆっくりと承諾の印を出した。


 禎理の承諾を受けていそいそと用意されたロープが、近くの木に結びつけられる。

 反対側の先は、穴の中だ。

「いいか、変なことしたらすぐにロープをたたっ切るからな」

 準備ができ、禎理の手を縛っていたロープを切るときに、そう念を押される。

 そんなことを言われなくても、模糊が人質になっている限り禎理には何もできない。禎理はことさらゆっくりと、ロープをつたって穴の中に降りた。

 余り時間をかけずに、狭くなっているところまで辿り着く。

 禎理の到着を確認するや否や、ロープはすぐに上げられ、代わりに、降りるのに使うロープ等が投げ落とされる。その中に、禎理が装備していた短剣と手斧を見つけ、禎理は内心で歓声を上げた。

 その他に投げ込まれたものは、ロープが五巻きと、カンテラ、蝋燭、火打石。ロープが足りるかどうか分からないが、これなら多分、下に降りる準備くらいはできるだろう。禎理はロープを引っ掛ける場所を捜した。

 よく見ると、この、狭くなっている部分はどうやら『一枚岩』から成っているようにみえる。蓋をするために落としたものの真ん中に穴が開いている、そんな感じが、確かに、した。

 何とか引っ掛ける場所を見つけ、ロープを固定する。その後で、もう一方の端に手斧を結びつけ、手斧とロープを穴の中にそっと下ろした。

 だが、やはり、ロープ一巻き分では、穴の底に手斧が届いたようには全然感じない。

 ロープを上げ、もう一巻き継ぎ足してから、再び下ろす。しかし、五巻きのロープを全て使っても、穴の底に届いたような気配は、全くしなかった。

〈もしかして、この穴、底なしか?〉

 思わずそんな疑問が出てくる。

 しかし、上を見上げても、山賊たちは影も形もない。

 とりあえず大声で呼んでみると、毛むくじゃらの顔がすぐに現れた。

「ロープ、足りなさそうなんだけど」

「それ以上はやれない」

 返ってきた言葉は、冷たい返事。

〈全く……〉

 禎理は再び、侮蔑の言葉を口にした。

 状況がこれでは、とにかく下に降りてみるほかないだろう。禎理は意を決すると、カンテラに火のついた蝋燭を入れ、それを腰につけてからゆっくりと、ロープを頼りに穴の中へと入っていった。

 穴の中は、暗く、湿っぽい。壁に触れる禎理の指に、苔のようなものが付着した。

〈やっぱり、『古井戸』かなぁ……?〉

 湿っぽさからそう推理する。と、すると、先ほど見たあの光は『水の反射』だという可能性がある。そう考え、禎理は盛大な溜息を漏らした。これは、どうみたって『骨折り損のくたびれもうけ』ってヤツだ。

 と。

 どれくらい降りてきたのだろうか。

 不意に、禎理の足にロープとは別の物体が触れた。ロープの先につけて下ろした重し代わりの手斧だ。これで、ロープは終わりである。

 すぐ下に底が見えるか? 禎理はカンテラの灯りを頼りに下を探った。

 禎理の背よりも短い距離に、乾いた床が見える。あれが、『底』だろうか? とにかく降りてみようと、禎理はそっと、ロープから手を離した。

 が。どうやら底は案外近くにあったらしい。予想外に早く来た衝撃に、禎理はあろうことかバランスを崩し、床に尻餅をついてしまった。

「痛ったぁ……」

 呻き声がこだまする。

 禎理は尻をさすりながら、ゆっくりと立ち上がろうと、した。

 と、その時。

 不意に誰かの気配を感じ、反射的にあとずさる。こんな所に、人が、いる? そう思った、次の瞬間。

 禎理の目の前で、靄が集まって人の形を作る。男物の鎧を着けた大柄な人間の姿が、すぐに現れた。しかし、肩や腰の丸みが、現れた人間が女であることを物語っている。

 この人は、一体? 恐る恐る、禎理はカンテラを掲げた。

 と。

「そこにいるのは、誰だ?」

 女の声が、辺りに響く。

 それと同時に、影の中の目が、禎理をしっかりと捉えた。

「……何だ、シャルじゃないのか」

 しばらくの沈黙の後、女が口を開く。

「迎えに来てくれたと、思ったんだけどな」

「……シャル?」

 思わず訊ねる。

「そう、フェデューシアル」

 女の口から出た名前に、禎理ははっとして女をまじまじと見つめた。

 と、すると、彼女が、山賊伝説のエヴァレット、なのだろうか? そう考えた禎理の脳裏に、昨夜ファイに歌った歌の続きが浮かんで、きた。


  二人が好んで襲ったのは

  旅をする悪い役人ども

  父たちが山賊になったのは

  彼らの所為だと分かっていたから


  しかしそんな行為を

  役人側が見過ごす筈もなく

  装備良き兵隊が大量に

  峠に向かって押し寄せる


  山賊たちは善戦するも

  敵味方の数だけはどうすることもできず

  エヴァレットは井戸に突き落とされ

  フィデューシアルは森で殺された


 これが、三つの峠を舞台にした山賊伝説の結末。

 為政者に手を出した山賊たちは、権威をコケにされたと怒り狂った権力者によって無残に滅ぼされた。

 と、すると、やはり。

「……エヴァレット?」

 思わず呟く。

 禎理の問いを、女はこくんと頷くことで肯定した。

 やはり、そうだ。今禎理の目の前にいるのは、井戸に落とされて殺された山賊の頭の一人、エヴァレットの幽霊、だ。

「あんたも、ここに落とされたのかい?」

 禎理の想いには構わず、男勝りな口調で、エヴァレットは禎理に話しかけてくる。

 その声が、急に沈んだ。

「あたしも、こっから出たいんだけどさ。……シャルの声が聞こえないから、どこへ行けばいいのか分かんないんだ」

 その言葉と同時に、エヴァレットの目から涙が落ちる。きらきらと光るその液体は、微かに揺らめきながら床へと落ちて、いった。

 おそらく、これが山賊たちの言う『お宝』の正体に違いない。

 それはともかく。

 エヴァレットの言葉に、禎理ははっとしてあることを思い出した。


  ――昨夜、森で聞こえてきた叫び声は、まさか。


 ゆっくりと、記憶を巻き戻す。

 叫び声の中には確かに、『エヴァレット』という単語が、あった。

「君のこと、呼んでるよ。フェデューシアルは」

 エヴァレットの幽霊に向かってゆっくりと話しかける。

 禎理の言葉に、エヴァレットの目が大きく見開かれた。

「それ、本当?」

 禎理の目の前に、エヴァレットの驚き顔が現れる。

「ああ」

 禎理はしっかりと、自分の言葉を肯定した。

「森に、いるのね、あの人は」

 あの人は森が好きだった。そう言ってエヴァレットは何度も頷いた。

「森は、この上?」

 そして、頭上を指差して禎理にそう問う。

「うん」

 禎理のほうもしっかりと、エヴァレットの問いに答えた。

「あたし、行くわ」

 エヴァレットが笑う。

「そうだね」

 それにつられて、禎理も思わず笑みを浮かべた。

 たとえ肉体が滅びても、魂さえあれば、また生まれ変わり愛する人と巡り会えることができる。だから、フェデューシアルとエヴァレットの魂も、消滅しないうちに早く冥界に向かった方が良い。


  そうしなければ。

  もし、魂が消滅してしまったら。

  ――あの人、みたいに。


「……ねえ、あんた、どうしたの?」

 心配そうなエヴァレットの声に、禎理ははっとして顔を上げた。

「涙、出てるよ」

 そう指摘されて初めて、泣いていた事に気付く。

「大丈夫?」

 再び目の前に、エヴァレットの心配そうな顔が現れた。

「ああ。……早く行ったほうがいい」

 自分の思いを悟られないように、エヴァレットを急かす。

「分かったわ」

 エヴァレットの方も、禎理の気持ちが分かったらしい。

 今まではっきりと見えていた姿が、急に見えなくなる。

「ありがとう」

 その言葉と同時に、人の気配は、全く絶えた。

「……ああ」

 禎理の目から、涙が次々と溢れてくる。

 壁に沿ってずるずると、禎理の身体は井戸の底に沈んだ。


 それは、禎理がまだ十二歳だった頃の事。

 吸血鬼騒動の真っ只中にあった大陸東部の都市天楚で使い走りの仕事をしていた禎理の前に、突如現れた女性が、いた。

 彼女の名は、珮理はいり。彼女は、吸血鬼騒動の原因であった『力ある石』の一つ、『吸血石』を夫と共に探していた。

 そして、見つけ出した吸血石を滅する為に、禎理が珮理をその魂まで『殺した』、のだった。


 どれくらい、泣いていたのだろうか。

「……帰ろう」

 もう、ここには居たくない。

 禎理はゆっくりと顔を上げた。

 だが。

「……あ、お宝」

 ここに降りた目的を唐突に思い出す。

 もし『お宝』を持って帰らなかったらどうなるか全くもって分からない。しかし、本当のことを話してもやはりどうにもならないと、禎理の勘が告げていた。

 この八方塞がりの状況を、一体どうすればいいのだろうか? 禎理は頭を抱えた。

 と。

 困惑する禎理の横を、風が掠める。その風に、禎理ははっとして顔を上げた。

 ……もしかして!

 カンテラを片手に、四つんばいになって辺りを見回す。風が吹き抜ける為には、入り口と出口が必要だ。だから、上にある開口部の他にもう一つ、開口部がある筈。そう考えた禎理の目が、小さな隙間を逃す筈がなかった。

 見つけた隙間を、ゆっくりと調べる。小柄な禎理なら通れそうな隙間の向こうには、微かに見える光が、確かに、あった。

〈……よし〉

 降りてくるのに使ったロープを手の届くところで切ってから、奇跡的に取り上げられなかった『音が出ない笛』を吹いて、模糊を呼ぶ。すぐに、真上から小さな点が降ってきた。

 その点が床に激突する前に、何とか受け止める。

「よしよし、無事だったか?」

 禎理の言葉に、模糊はぴょんと飛び跳ねて禎理の肩に移ると、その柔らかい毛を禎理の頬にすりすりとこすりつけた。どうやら、どこにも怪我はしていないようだ。

「行くよ、模糊」

 隙間を示すと、模糊は嬉々として歩き始める。

 その後ろを、禎理は腕と足の力を使ってゆっくりと這っていった。


 始めは暗かった視界が、移動するにつれて少しずつ明るくなる。

 どうやら、出られそうだ。そう感じた禎理の視界が、急に開けた。

「……うわっ!」

 手をついていた床が急になくなり、思わず慌てる。

 どうやら、崖の中腹に開いた小さな洞窟が、出口になっていたらしい。

 ほっとした禎理の視界に映るのは、森に囲まれた小さな村。

「……やった!」

 思わず叫ぶ。

 ――ミンレス峠を、越えたのだ。



 崖を降りるのに手間取った為、禎理が当初の目的地である麓の宿場町に辿り着いたときには、既に辺りは真っ暗になってしまっていた。

 町の家々から漏れる明かりを頼りに、宿屋を探す。

 やっと辿り着いた宿屋で待っていたのは、驚きと歓声だった。

「……禎理! 生きてたのか!」

 テーブルから飛び出してきた護衛隊長の声が、疲れた禎理の頭を揺らす。

「よかったぁ。心配してたんだぞ」

 肩に触れている隊長の手の暖かさが、心地良かった。

「疲れただろう。ベッド無しの大部屋で悪いが、今日はとりあえず寝ろ」

 隊長の勧めに従い、ふらふらと寝室に入る。

 革鎧を脱ぐのももどかしく、禎理は手近の毛布を掴むとすぐにごろんと横になった。

 と。

 急に重いものに乗っかられ、思わず呻く。

 峠で受けて、忘れていた傷の痛みが、禎理の全身を駆け抜けた。

「禎理、無事だったんだぁ!」

 そんな禎理の状態には全く構わず、ファイは禎理に飛びついたまま大声を上げた。

「心配したんだよぉ。倒れるとこ見えたし」

「……ちょ、ちょっとどいてくれないかなぁ、ファイ」

 女の子らしい高い声でまくし立てるファイに、禎理はこれだけ言うのがやっとだった。

 その言葉に、素直に禎理から離れるファイ。

 禎理はほっとして、ゆっくりと痛む身体を起こした。

 だが。

「で、昨日のお話しの続きは?」

 次に出てきたファイの言葉に思わず苦笑する。何処をどうすれば、ここでいきなり『で』などという接続詞が出てくるのだろうか?

 しかし、約束したことは確かだ。禎理は笑ってゆっくりと起き上がると、ファイの頭を優しく撫でた。

「もう一度、始めから歌ってあげよう」


 禎理は、歌う。

 互いに信頼し、共に戦った者たちの、再生の歌を。


  森で叫ぶのは誰?

  赤い髪のフィデューシアル

  その声に応えるのは誰?

  男勝りのエヴァレット


  そんな二人の魂は

  互いを呼び合い 一つになる

  幾つもの時代を超え

  再び 巡り会うことだろう

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