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女達の聖域

 横殴りの雨が、鋭く身体を打つ。

 目に入る水滴を乱暴に拭いながら、禎理ていりは疾走する足を止めることなくすばやく後ろを振り返った。

 真っ暗な森の中、夜目が利く禎理の目でも人影は全く見えないが、松明から流れる油煙の匂いは確かにここまで漂ってきている。

〈……ヤバい、かな〉

 何時にない弱音が、意識に上る。

 しかし、もし彼らに捕まってしまったら、自分はともかくこの子はどうなる。背中にいる、マントに包まれて眠る幼子の温かい身体を、禎理は確かめるようにぎゅっと掴んだ。

 事の起こりは、この日の午後。冒険者として、生まれ故郷から遠く離れた大陸西部を旅していた禎理だが、立ち寄ったとある村で、幼い女の子が両親から引き離されるのを目撃してしまったのである。聞けば彼女は『花嫁』として、可愛い子を見れば容赦なくその貞操を奪うという中年の悪徳領主に差し出されることが決まっているらしい。そんな分別もつかぬ幼女を、両親の手から離して快楽の道具にするなんて。黙って見ていられないほどの怒りに駆られた禎理は、先回りをして幼女を連れた領主の部下を奇襲し、女の子を攫って山の森の中へ逃げたのである。

 ――山の中に、女しか入れない『領域』がある。村人達は確かにそう、言っていた。

 だが。

〈本当に、これで良かったのだろうか?〉

 ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。いくら『悪人』とはいえ、領主は領主だ。お金も権力も持っているだろうから、女の子は村に居るよりは贅沢な暮らしができるだろう。それに、あの両親や村人達がこの事件の所為で領主にいびられないとも限らない。

 と。

 逡巡する禎理の足が、木の根に引っかかる。受身を取る間も無く、禎理の身体はどろどろの地面に投げ出された。勿論、女の子を支える余裕は、無い。全身を走る痛みの次に感じたのは、背中の軽さ。

「ヤバっ!」

 雨音とは違う物音に焦りながら、全速力で少女を探す。

 ……居た。禎理の前方、少し離れた場所に、マントの中から顔を出した少女が見える。禎理は跳ね起きるなり少女の方へと駆け出した。

 だが。

〈……え?〉

 その途中で何故か、見えない壁のようなものに行く手を阻まれる。

 これは、一体……?

「見つけたぞ!」

 首を傾げる禎理の思考は、乱暴に後ろ襟を掴まれる衝撃にかき消された。

 振り向くと、松明を持った男達が何人も禎理の周りを囲んでいる。追手、だ。

「この野郎!」

 構える間もなく、容赦ない拳が頬と腹に入る。強い衝撃に耐えかね、禎理はその場にへたりこんだ。

 その間に、別の男達が少女に殺到する。だがやはり、男達も見えない壁に阻まれ、少女に近づくことすらできない。

「くそっ! キュミュラントの結界か!」

 不思議な力を持つという魔女達が集団で暮らす山の名を、微かに聞き取る。

 と、すると、おそらく、ここが村人達の言っていた『女しか入れない場所』なのかもしれない。ぼんやりした頭で禎理はそんなことを考えた。

 と。

 禎理の身体に、再び衝撃が走る。少女を取り返せないことに激怒した男達の蹴りが、まともに当たったのだ。そう理解するまでにしばらくの時間が必要だった。

 もはや禎理を攻撃しても、どうにもならない筈なのに。悲しみが、心をよぎる。それでも禎理は、何とか彼らから逃れようと、痛む身体を引き摺るように動かした。

 その時。

「やめなさい、あなたたち」

 この場に似つかわしくない、ふわりとした声が辺りに響く。

「あなた方の探しものは、既に我々のもの。俗世間の法は通用しない」

 見上げると、長い衣を纏った背の高い女の人が、禎理と男達の前に立ち塞がって、いた。輝くような白い姿が、眩しすぎるほどだ。禎理は思わず目を細めた。そして何より、少女を追って来た乱暴者が、一人の女に押されている。そのことが、禎理にとっては不思議以外の何物でもなかった。

 互いに顔を見合わせた男達が怖気づいたようにその場を去る。

 彼らが見えなくなったのを確認すると、女は地面に伸びている禎理の脇に膝をついた。

 女の細い指が、禎理に触れる。それだけで、禎理の全身が軽くなった。

 これが『キュミュラントの魔法』か。禎理は「へえっ」と思いながらその心地よさに身を任せた。

 ふと横を見ると、女の後ろに、禎理のマントを持ったあの女の子もいる。

 とりあえず、これで良かったんだ。女の子の微かな笑顔を確かめ、禎理は軽く微笑った。

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