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父の失態

 夕闇が、迫っている。

 少しずつ、だが確実に暗くなっていく天楚てんその小路を、一人の男が首をせわしく動かしながら走るように歩いて、いた。

 羽織っている上着から、男が天楚市を守る平騎士隊の一員だと分かる。だが、今男が歩いている理由は、騎士隊に関することではなかった。

 まだ小さい自分の娘が、昼食時に帰って来なかったのだ。

 昼御飯も忘れてどこかで遊び呆けている可能性も無くはないのだが、それでも、大切な娘のこと、父親としての心配が否が応でも膨らんでくる。

 そして、もう一つ。男の心にあったのは、恐れ。ここ最近、小さい子をさらい、卑猥な行為を行う学生が市内に出没しているらしい。そんな変態に娘が捕まっていたら。そう思う度、背筋に寒気が走る。

 早く、娘を探し出さなければ。男が再びそう口にした、まさにその時。道の向こう側、運河の傍を、二人の小柄な人影が歩いているのが、男の目に留まった。

 その影の一つは、間違いなく娘だ。その横で、娘と楽しそうに談笑しながら歩いている人物は、女の様に見えるが男物の服を着ている。間違いなく、男だ。しかも若い。まさか、あの少年が、件の変態学生か……! そして、そいつが、愛しの娘と一緒にいる。

 かあっと、一瞬にして頭に血が上る。

「おいっ! こらぁっ!」

 気が付くと、男は大声を上げながら二人に向かって走り寄っていた。

 驚くほどのスピードで掛け寄り、片腕で娘を抱き上げる。そしてもう片方の腕で、男は小柄な少年を運河へと突き落した。

 水音を確認する余裕も無く、娘をしっかり抱えたまま、人の多い大通りへ向って走る。

 人の行きかう大通りでほっと立ち止まり、息を整える段になって初めて、男は自分の腕の中で娘が大暴れしているのに気が付いた。

「おお、よしよし」

 どこか、怪我をしているのか? そう聞こうとした男の声は、だが次の瞬間、娘の罵倒にかき消された。

「お父さんの、バカっ!」


 その、次の日。

 重い足取りで、男は天楚の歓楽街一柳ひとつやなぎ町へと向かった。

 昨日の娘の話によると、あの時一緒に居たのは一柳町にある冒険者宿『三叉さんさ亭』所属の冒険者だったそうだ。名は、禎理ていり。そして、その禎理という少年は、娘が件の変態学生にさらわれそうになった所を助けてくれたという。つまり、自分は恩人を運河へと突き落してしまったわけだ。

 苦いものが、口の中に広がる。頭に血が上っていたとはいえ、確かめずに恩人に危害を加えてしまった自分を、男は責めた。

 殊更ゆっくりと、三叉亭の両開きの戸を押しあける。

 六徳りっとくという名の、三叉亭の主人が、男を見て軽く鼻を鳴らした。

「禎理なら、診療所だ」

 男がここに来た目的をあっさり言い当てる六徳。その声に含まれる侮蔑の調子を咎めることもできず、男は六徳に促されるまま、三叉亭の二階にある診療所へと向かった。

 先に階段を上がる六徳の話から、禎理が運河で溺れかけ、更に怪我が化膿して熱を出していることを知る。その怪我も、娘を助けようとして受けたもの、らしい。

 事実を知れば知るほど、後悔の念が胸に広がる。自分はいったい、どうすれば良いのだろうか。男は内心途方にくれた。

 案内されるまま入った診療所で、ゆっくりと顔を上げる。

 部屋の奥で、昨日見た小柄な影がベッドに横たわっているのが、はっきりと見えた。

 弱々しげに呼吸するその姿が、後悔をさらに増幅させる。何も言えずに、男は禎理が眠っているベッドの傍らに立った。

 と、その時。

「あ……」

 ゆっくりと開いた禎理の、穏やかな茶色の瞳が、男を見つめる。

 次に禎理の口から出た言葉は、意外なものだった。

「あの、娘さん、大丈夫でしたか?」

「え……」

 思わず、絶句する。

 だが、男が答える前に、禎理は再び目を瞑った。

「こういう奴だ、こいつは」

 いつの間にか男の後ろにいた六徳が、男の肩をぽんと叩く。

 男は思わず泣きそうになった。

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