忘れ得ぬ場所
ふとした既視感に、思わず立ち止まる。
此処は、確か……。どこまでも変わらない森の景色が、記憶と重なる。次の瞬間、禎理の足は、目的地とは違う方向に向かって走り出して、いた。
森の下草を乱暴に掻き分けながら、がむしゃらに進む。薬草を摘みに、この『蛇神の森』に入ったことなど、綺麗さっぱり忘れてしまって、いた。
行きたくない。でも、行かなければならない。その想いだけが、心の中に有った。
と。
不意に、開けた場所に出る。
森の中にできた、木々の疎らな小さな広場。そのあちこちには、短い草にこんもりと覆われた大小の塚が、木漏れ日に照らされて、いた。
記憶どおりの風景に、身体の力が、一気に抜ける。禎理はぺたんと尻餅をついた。
さわさわと揺れる下草と、木漏れ日を受けて光る幾つもの塚。その風景を、禎理はただただ呆然と、見つめた。
そうだ、此処、は……!
定住地を持たず、大陸中を放浪して一生を過ごす『流浪の民』一族の一員であった禎理は、十一の年まで、この『蛇神の森』の奥深くで暮らしていた。
父と母、兄と姉、『おばば』と呼ばれていた母方の大叔母、父の妹とその夫と甥姪たち、そして兄の妻という大家族。
たまに、両親や大叔母に連れられて、天楚市や他の都市に行ったこともあったけど、大抵は、この場所で、薬草を取ったり器を作ったり、歌や踊りを教わったりして暮らしていた。
そして、あの季節。
酷い流行病に成す術も無く、次々と斃れて逝った家族を皆、この場所に、埋めたのだ。
禎理だけが、独り残されて。
「……忘れてた、訳じゃないんだ」
ただ、『あの時』の冷たい土の感触を、思い出したくなかっただけ。言い訳のように、そう、心の中で呟いてから、禎理はのろのろと立ち上がった。
楽しかった子供の頃の思い出が、次々と蘇ってくる。あの頃は、優しい家族に囲まれていたあの頃は、確かに幸せ、だった。
あの家族がいたから、自分は今、ここにいる。
――だから。
「もう、行かなきゃ」
いつの間にか、木漏れ日の色が赤みを帯びて、いた。
もう一度、広場を懐かしげな瞳で見回す。
そして、今度はきっぱりと、禎理は広場に背を向けて歩き出した。




