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猫のオマケで転生した俺、ハズレスキル【ヒロインインストール】を武器に追放聖女と最強レギオンを目指す  作者: 木風
第一章

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7/7

第七話 財布が簡単に死ぬ

 街道沿いの宿に着いた頃には、空はすっかり暗くなっていた。


 宿と言っても、旅人向けの安い建物。

 木の壁はところどころ黒ずみ、廊下には古い油と干し草の匂いが染みついている。部屋の窓は少し歪んでいて、閉めても細い風が入った。

 それでも、屋根がある。壁がある。薄い毛布もある。

 草原で夜を明かすよりは、何百倍もいい。


「本当に、私は寝台を使ってもよろしいのですか」

「むしろ使わない理由がないだろ」


 リュミエラは、安宿の寝台を前にして困ったように立っていた。

 肩の傷はポーションで塞がったが、体力までは戻っていない。顔色もまだ悪い。白い装束は宿の女将が貸してくれた古布で軽く拭いたが、泥と血の跡は残っている。

 それでもリュミエラは、俺が床で寝ることを気にしているらしい。


「ですが、カナタもお疲れでしょう」

「俺は床で寝られる。前世で徹夜の仮眠を何度も床で取った男だ」

「それは自慢してよいことなのでしょうか」

「よくない」


 リュミエラが、困ったように瞬きをした。

 笑うにはまだ遠い。けれど、声からは少しだけ硬さが抜けている。

 コハクはというと、当然のように寝台の中央へ飛び乗り、丸くなっていた。


「おい。お前は床だろ」

「にゃ」

「一番いい場所を取るな」

「……コハク様も、お疲れなのでは」

「こいつに様はいらない。調子に乗る」

「にゃ」


 コハクは、乗って何が悪いと言いたげに尻尾をぱたりと振った。

 リュミエラはそれを見て、ほんの少しだけ目元を緩める。

 ほんの少し。でも、その表情を見ただけで、この猫には寝台の半分を貸してもいい気がした。

 いや、半分は貸しすぎだ。


 その夜、俺は床に外套を敷いて寝た。

 板張りは硬く、背中に節が当たる。隙間風は冷たい。隣の部屋のいびきは大きい。

 だが、寝台の方から聞こえる細い寝息を聞いていると、少なくとも今夜だけはこれでいいと思えた。

 コハクがいつの間にか俺の腹の上へ移動してきたせいで、朝にはかなり内臓を圧迫されていたが。




 翌朝。

 安宿の食堂で、俺たちは薄い麦粥と硬いパンを食べていた。

 粥は塩気が足りない。パンは噛むほど顎が鍛えられる。コハクは俺のパンを狙っていたので、端を少しだけちぎってやった。


「本当に、首都へは向かわないのですね」


 リュミエラが湯気の立つ椀を両手で包みながら言った。

 声は小さい。周囲の客に聞かれないよう、意識しているのだろう。

 安宿の食堂には、商人らしき男が二人、護衛らしき女が一人、眠そうな旅人が数人いる。誰もこちらを気にしていないように見えるが、油断はできない。


「ああ。首都は危ない。神殿も王宮も、お前を守ってくれる場所じゃなさそうだ」

「……はい」


 リュミエラは椀の中へ視線を落とした。

 麦粥に浮いた小さな豆を、木匙でゆっくり沈める。食欲はないのだろう。それでも、少しずつ口へ運んでいる。

 昨日よりはいい。

 生きる気力があるかどうかはわからない。けれど、少なくとも身体は生きようとしている。


「だから、まず安全な場所がいる」

「宿では、いけませんか」

「財布が死ぬ」

「……死ぬのですか」

「かなり簡単に死ぬ。昨日の宿代で、俺の懐は瀕死だ」


 俺は銅貨の入った袋を軽く振ると、ちゃり、と悲しい音がする。

 リュミエラが真面目な顔でそれを見た。


「私のせいで」

「その言い方は禁止」


 即答すると、リュミエラの肩が小さく跳ねた。

 少し強かったかもしれない。

 俺は息を吐き、声を落とす。


「昨日使ったポーションも宿代も、俺が自分で決めて使った。お前のせいじゃない」

「ですが」

「それに、もともと金はない。七回落ちた男の標準装備だ」

「標準装備にしてはいけないものでは」

「そこは正しい」


 コハクが俺のパンを前足で引き寄せようとした。

 その前足を軽く押さえる。


「にゃ」

「お前も標準装備みたいな顔で人の飯を取るな」


 リュミエラは小さく瞬きをして、それから木匙を口へ運んだ。

 わずかに、口元が和らいだ気がした。


「とにかく、安くて、人目が少なくて、首都から離れていて、魔物の襲撃にも多少耐えられて、できればレギオン設立の拠点として登録できる場所がいる」

「条件が多くありませんか」

「多い。だから困ってる」


 俺は食堂の壁に貼られた古い地図を見る。

 この宿は首都から少し離れた街道沿いの集落にある。南へ行けば小さな町。西へ抜ければ森。北東へ戻れば首都。

 地図の端には、ところどころ赤い墨で危険地帯が書き込まれていた。


 その中のひとつに、目が止まる。


「旧監視砦……?」


 地図の西側。

 森と丘陵地帯の境目に、小さな砦の印がある。横には、すでに使われていないことを示す斜線が引かれていた。


「そこはやめときな」


 声をかけてきたのは、食堂の奥で皿を拭いていた女将だった。

 丸い体つきの中年女性で、腕は俺より太い。昨日、リュミエラに古布を貸してくれた人だ。


「旧監視砦は、もう何年も前から放置されてるよ。屋根は抜けてるし、壁は崩れてるし、夜になると獣の声がする。まともな旅人は近づかない」

「つまり、安い?」

「そういう聞き方をするんじゃないよ」


 女将が呆れた顔をする。

 だが俺には重要だった。

 まともな旅人が近づかない。首都から離れている。森に近い。古い砦なら、壁も少しは残っているかもしれない。屋根は問題だが、宿代で財布が死ぬよりは修理した方がましだ。


「レギオン管理の空き拠点なんですか」

「一応ね。だけど、借り手なんていないよ。前に使ってた連中が出ていってから、ほとんど廃墟だ」

「前に使ってた連中?」


 俺が聞くと、女将は皿を拭く手を止め、少しだけ声を低くする。


「今じゃ王都でも名の知れた大レギオンさ。まだ小さかった頃、あそこを最初の拠点にしてたって話だよ。もっとも、本人たちはその頃のことをあまり話したがらないらしいけどね」


 俺の中で、何かが音を立てた。

 廃墟。旧監視砦。今では大レギオンになった連中の、最初の拠点。


 それはもう、完全に始まりの場所ではないか。

 物語だったら、最初に拾うボロい拠点だ。雨漏りして、隠し地下室があって、あとから改修していくやつだ。最終的には立派な本部になって、仲間が増えて、食堂ができて、鍛錬場ができる。

 よくないか。

 かなりよくないか。


「カナタ」


 リュミエラの静かな声で、現実へ戻された。


「今、とても危険な顔をしていました」

「だってさ、あの最強のレギオンが始まった伝説の場所から、俺たちもスタートするなんて、なんだかめちゃくちゃ燃えないか?」

「燃える、とは……どういう意味ですか?」

「つまり、ロマンがあるってことだよ」

「……廃墟に対して、心が燃えるのですか? 廃墟そのものが物理的に燃えるんではなく?」

「いや、物騒だな!? 縁起でもないから燃やすなよ! 家がなくなんだろ!」


 この元聖女様は、サラッと恐ろしいことを言い出すから困る。


「たぶん、そのロマンは雨漏りします」

「雨漏りは直せばいい」

「壁も崩れているそうです」

「積めばいい」

「獣の声もするそうです」

「追い払えばいい」

「寝台は」

「作る」

「台所は」

「作る」

「湯浴み場は」

「……作る」


 少し間が空いた。

 リュミエラの目が細くなる。


「今、湯浴み場の優先度を下げようとしましたね」

「いや、してない。かなり重要だと思っている」

「本当ですか」

「本当だ。人間には湯が必要だ。猫は知らん」

「にゃ」


 コハクが抗議するように鳴いた。

 お前、水嫌いだろ。ぺろぺろしてれば十分だ。


 女将は俺たちのやり取りを見て、豪快に笑った。


「若いねえ。まあ、見るだけなら勝手にしな。ただし、夜になる前には戻ってきなよ。あそこは本当に、物好きしか行かない場所だからね」

「物好きには多少自信があるからな」

「そこは自信を持つところじゃないよ」


 女将は呆れながらも、古い道順を教えてくれた。

 西の小道を進み、壊れた石橋を越え、森へ入る手前の丘を登る。そこで見える古い塔が目印らしい。


 リュミエラはまだ不安そうだった。

 当然だ。昨日まで追われ、倒れ、謎の力まで使わされた少女に、今度は廃墟へ行こうと言っているのだから。

 冷静に考えると、俺でも怪しいと思う。


「リュミエラ」

「はい」

「嫌なら、別の場所を探す。俺はあそこにロマンを感じてるけど、お前が怖いなら行かない。最低限、見てから決める。だめならだめで、また考える」


 リュミエラは椀を置き、膝の上で指を重ねた。

 細い指先には、昨日の泥がまだ少し残っている。完全には落ちていない。けれど、彼女はそれを隠そうとはしなかった。


「……見てから、決めるのですね」

「ああ」

「では、私も行きます」

「無理はするなよ」

「はい。ただ、寝床と湯浴み場は確認します」

「そこ、絶対なんだな」

「絶対です」


 力は弱い。それでも、はっきりした返事だった。

 少なくとも昨日よりは、彼女の中に選ぶ意思がある。


 俺は椀の残りをかき込み、立ち上がった。

 パンの最後の欠片をコハクが素早く奪う。


「あっ、お前!」

「にゃ」

「まあいい。景気づけだ」


 俺は壁の地図へもう一度目を向けた。

 旧監視砦。誰も近づかない廃墟。かつて大レギオンの始まりになった場所。

 もしもそこが本当に使えるなら、俺たちにとっても最初の場所になるかもしれない。


「うん、決めた」


 リュミエラとコハクが、同時にこちらを見る。


「俺は、あそこを拠点にする」

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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