第一話 レギオン面接に七回落ちた俺
レギオンの面接に落ちた。
これで七回目だ。
もうここまで来ると、受付窓口にいるお姉さんとも完全に顔見知りである。
「カナタさん……まだ諦めてなかったんですか?」
カウンターに肘をつき、彼女は心底呆れたようにこちらを見た。
失礼な。たった七回落ちただけだ。
転生前の転職活動なんて、三十回は落ちた。落ちて、落ちて、落ちまくった末に、可愛い猫を追いかけて庇ってトラックに轢かれたわけだけど。
いや、正確には庇いきれなかった。
結果として、俺も猫も仲良くこの異世界へ転生している。
「今回も残念ですが、採用は見送りです」
受付嬢のお姉さんは、慣れた手つきで不採用の札を差し出した。
俺の耳には、なぜかそれがこう聞こえた。
「今回も残念ですにゃ」
「今、語尾ににゃってつけました?」
「つけてません」
足元で、その元凶らしき猫が「にゃ」と短く鳴く。
琥珀色の瞳がこちらを見上げ、それから何食わぬ顔で俺のブーツのつま先に頭をぐりぐり擦りつけ始めた。
お気に入りの場所を縄張りだと主張するような、いつものマイペースな仕草である。
「お前、今ちょっと翻訳に混ざっただろ」
「にゃ」
「否定が弱い」
コハクは返事の代わりに尻尾を立てた。
前世で飼っていたときから、こいつは都合の悪い話になると急に猫へ戻る。
いや、最初から猫ではあるのだが。
「それで、カナタさん。次はどちらを受けます?」
「まだ受ける前提なんですね」
「どうせ諦めないでしょう?」
「七回で俺のことをそこまで理解しましたか」
「七回も見送れば嫌でも」
受付嬢のお姉さんは、容赦なく落選通知を裏返した。
そこには、今回も丁寧な字で理由が書かれている。
固有スキル不明。戦闘能力不足。協調性にやや難あり。
「やや、って付けてくれたんですね」
「精一杯の優しさです」
「涙が出そうです」
「出しても結果は変わりません」
優しさとは何だったのか。
俺は肩を落としながら、頭の中でステータス画面を呼び出す。
半透明のウィンドウが視界の端に浮かび、白くグレーアウトした固有スキル名がひとつだけ表示された。
【ヒロインインストール】
本当に、意味がわからない。
剣術でも、魔法でも、治癒でも、鑑定でもない。よりによってヒロイン。
どんなスキルなのかさっぱりわからず、使えたためしがない。
しどろもどろに説明するも、レギオンの試験官も全員微妙な顔をした。中には「女性関係で揉めそうなので」と言って落としたところまである。
揉める前提で落とすな。
一応、異世界転生らしい身体能力補正はある。
足は前世より速いし、剣もまったく振れないわけではない。心なしか背も伸びた。夢の百八十センチ。前世では届かなかった高い棚にも、今なら楽々と手が届く。
だが、それだけだ。マッチョだらけの異世界では特別でかくもない。
この世界では、レギオンに所属していない野良の者でも低級依頼なら受けられる。けれど、割のいい高額依頼、都市間護衛、危険な遺跡探索は、ほぼレギオン所属者の仕事だった。
俺の夢は、自分のレギオンを作ること。
それも、誰もが憧れる最強のレギオンを。
そのためには、まずどこかのレギオンに入って実績を積むのが一番早い。
その一番早い道から、七回連続で弾き出されている。
「レギオンに入れないなら、自分で作るしかないよな」
俺が呟くと、受付嬢のお姉さんは不採用札をしまいながら、少しだけ目を細めた。
「無茶ですね」
「異世界転生なんてしてる時点で、人生だいたい無茶です」
「それは否定できません」
なぜか納得された。
とはいえ、啖呵を切った勢いだけで飯が食えるわけではない。
レギオン脇の木製掲示板に貼り出された依頼票を眺めながら、俺は今日の収入を頭の中で計算した。
グラスワームの駆除が五件。単価は低い。全部こなしても、今夜の宿代と、あまり美味くない食事でほぼ消える。
前世の社畜時代の手取りより少ない気がするが、そこは精神衛生上、気のせいだと思いたい。
「お前は何か意見あるか」
掲示板の支柱に体をこすりつけていたコハクに声をかける。
コハクは後ろ足で耳の後ろをタカタカタカと掻き、それから、ふぅ、と小さく鼻を鳴らした。
「にゃ」
あるともないとも取れる、絶妙な鳴き声。
この猫は前世の頃から表情が豊かなようで、実は何を考えているのかまったくわからない。
ただ、コハクが近くにいると、なぜかこの世界の言葉が理解できる。レギオンの文字も読める。だが、離れると途端に何もわからなくなる。
一度、本当に依存しているのか宿で試した。
コハクを部屋に置いて一人で外に出たら、街の看板が完全に未知の記号へ変わった。道行く人々の会話も、ただの音として耳をすり抜けていく。
響きは綺麗だったが、意味はひとつもわからなかった。
結局、五分で宿に逆戻り。
つまりこの猫が隣にいないと、俺は異世界で看板一枚まともに読めない人間になる。
スキルではなく飼い猫に全力で依存している転生者。
冷静に考えると、なかなか情けない。
「今日もグラスワームだ。文句は受け付けない」
「にゃ」
「文句っぽい声を出すな」
俺は依頼票を一枚引き抜き、草原へ向かう。
グラスワームは、大人の腰ほどの高さがある、妙にでっぷりとした芋虫型の魔物だ。
体表は半透明の緑色で、ぬらぬらした粘液に覆われている。顔のパーツがどこにあるのかもよくわからない。端的に言って、見た目がかなりよろしくない。
農作物を根こそぎ食い荒らす害虫なので、農家に嫌われている理由はわかる。ただし動きは鈍く、単体なら俺でもどうにかなる相手。
「ふぅ……これで十匹目か」
最後の一匹を仕留め、剣についた緑色の体液を草で拭う。
生温い風が草原を渡り、どこか青臭い匂いが鼻に残った。日差しは強いが、汗を拭えば少しだけ涼しい。
これで今日の宿代は出る。安酒を我慢すれば、コハク用の干し肉も買えるかもしれない。
そう思ったとき。
少し後ろを歩いていたコハクが、ぴたりと立ち止まった。
ただ立ち止まっただけではない。ピンと立っていた耳が、完全に後ろへ伏せられている。
いわゆるイカ耳というやつだ。
「……どうした」
俺は剣を握り直した。
前世で猫を飼っていたからわかる。コハクがここまで耳を倒すときは、機嫌が悪いときか、警戒心が最高潮に達しているときだ。
そして今の尻尾は、機嫌が悪いだけの揺れ方ではない。
何かいる。
魔物か、人間か、あるいはそのどちらでもないものか。
コハクは俺の顔を一度だけ見上げた。
琥珀色の瞳が、いつになく真剣に光る。
それから迷いのない足取りで、背の高い夏草が茂る方角へ歩き出す。
「わかった、わかった。そんな顔で見るな。ついていく」
俺は剣を抜ききらない半身の構えのまま、ざわざわと音を立てる草を踏み分けた。
街道から死角になる位置まで進み、大きく育った灌木の影を回り込む。
その奥で、白いものが夏草の中に沈んでいた。
初の長編ハイファンタジーです。
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