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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
第一章 出会い編

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出会いその一

 人が生を謳歌するためには、役割を持たなければならない。

 ――そういう研究があったはずだ。

 たとえば「ネズミの楽園」実験。

 餌も住処も与えられた環境で、やがて彼らは繁殖をやめ、静かに滅びたという。


 中学生のころの私は、まさにその中のネズミの一匹だった。

 誰にも必要とされず、居場所もなく、ただ日々を消費するだけの存在。

 自分を卑下することが呼吸みたいに当たり前になり、負け組としての時間を過ごしていた。


 ――♪「きみの声が きみのままで 誰かを照らしている」


 小学校でのいじめを受けたトラウマから、中学では友達が作れず一人で孤立し、誰かとタッグを組めと言われても組む人がおらず、先生とペアになってしまう自分。

 お母さんに買い物を頼まれても、人前に出るのがあまりに怖い――というかストレスになり、仕方なしにいつも冷めた目で見てくる妹を付添わせて、やっとの状態で外に出ていた自分。

 家族以外の他人と話すのに、寿命の前借りをしている気分になりながらも必死に取り繕って、なんとか会話を合わせようと頑張り、それを継続する体力がなくどこかで生活が破綻してしまう自分。


 この世界は弱肉強食が絶対の普遍の原理で、虐められたり外の世界へ出るのを怖がっている者に生きる価値などない。

 首を吊って死ぬべき――というのを、小学生の頃に理解した。

 が、自分にそれをする度胸はなかった。


 …………本当に、本当に……こんな自分が大っ嫌いで、中学2年生の頃までは『いつか自殺する』ってずっと考えていた。

 でも、今は違う。


『だから泣かないで 生きて、生きて』


 スマホのスピーカーから流れるその一節が、胸の奥を掴んで離さなかった。

 

 何度も聞いたはずなのに、早朝の静けさの中で聞くと、まるで別の歌みたいに響く。

 今日が特別な日だからだろうか。鼓動の音まで、どこか浮き立っていた。

 

「シオンちゃあああああああああん!!!! 今日も百億倍愛してますうううううううう!!!!!!」


 私は布団の中で身を起こし、スマホをぎゅっと抱きしめる。

 画面の中、ステージライトを浴びた彼女が笑っていた。


 スマホの中で元気に歌い続けている彼女の名前は、天野シオン。

 ワールドピース株式会社が運営するVtuber事務所【ぶいれいん】の2期生だ。

 

 容姿は白髪に赤のメッシュが入ったくらげみたいな髪。

 設定は吸血鬼。

 ダウナーな声に刺々しい口調。

 普段の活動は主にゲーム配信が中心。


 性格と口は悪い方だけど、それとは打って変わって、メンバーを気づかう優しさを隠しているし、仕事熱心なところが超良い感じの――ぶいれいんで1番売れてる、私の最推しの女の子だ。


「シオンちゃん……! 外に出るのが怖いですけど、明日からのぶいフェスは絶対に行きま――」


 そこまで言いかけた瞬間だった。


「お姉ちゃん!」


 私の部屋の戸が、バシッと大きな音を立てて開かれた。

 空気が震えたせいで、スマホを落としそうになる。


「ひゃいッ!…………って明日菜ですか、驚かさないで下さい」


 乱暴に部屋の戸を開けたのは藤崎(ふじさき)明日菜(あすな)

 

 今年で中学三年生になる、私の妹だ。

 身長は私より少し低い。

 髪は肩までの黒髪で、いつも寝癖を残したまま学校へ行く、少しだけズボラな妹である。

 

「……お姉ちゃん、今日って何の日か知ってる?」


 妹の無表情のまま言うその声に、少しだけ棘を感じる……が、気にすることのほどでもないだろう。

 

「ふふ、それは舐めすぎですよ。今日は――ぶいフェス当日、前夜祭がある日です!!」


 私は勢いよく布団から飛び出し、スマホを突き出した。

 液晶には【ぶいれいん】のイベントホームページ。

 ステージの告知画像の中央には、シオンちゃんの姿。

 指でその顔をなぞりながら、私は微笑みながら妹を見上げた。


「明日菜の方からその話題を持ち出してくるとは思いませんでしたよ。血は争えないって事なんですね……」

「…………」

「ですが!シオンちゃんを好きになるのだけは許しません!!……私は同担拒否なので、身内に同じ子を推してる人がいるのを絶対に許せないんです」


 ぶいフェスとは、ぶいれいん所属のVtuberたちが一堂に会し、ライブやトーク、展示やファン交流まで行われる、年に一度の夢の大舞台である。

 これは画面越しでしか会えない推しと、同じ空気を吸える奇跡の日。

 私にとっては、そこへ向かうことそのものが人生の大冒険だ。

 ……だから、明日菜がこの話題を切り出してきたのが、少しだけ嬉しくも思う。


 だが私は同担拒否である。

 推しを“共有”するなんて、愛の純度が薄まる行為だ。

 なので、妹がシオンちゃんを好きになることだけは絶対に許せない。


「というわけで一応、明日菜の推しの名前を聞かせ――ぐふっ?!」


 言い終えるよりも早く、胃のあたりに衝撃が走った。

 何をトチ狂ったのか、妹はノータイムで私の腹を蹴り上げてきたのだ。

 鈍い痛みが体の芯まで響き、私は布団の上に崩れ落ちる。


 息が詰まり、視界が揺れる。

 

 そのすぐ目の前で明日菜は冷えた表情のまま、私と視線を合わせるようにしゃがみ込み、スマホの画面を突きつけてきた。


 そこに映っていたのは、無機質なカレンダーアプリだった。


「今日は5月14日木曜日、朝の6時45分。……お姉ちゃんが高校入学とほぼ同時に不登校になって、一ヶ月の記念日だよ?」

「…………うっ……ぅぅ、痛い……」

「お姉ちゃんはいつになったら学校に行くのかなぁ? 私は将来が心配で心配で仕方ないんだけどな〜?」


 その声に感情はなかった。

 まるで、冷え切った氷柱が喋っているような声色である。

 私の部屋の空気まで、それに釣られて冷たくなった気がする。


「行きません……学校なんか絶対に!」

「どうして?」


 ……『どうして?』だって?

 そんなの、何度も何度も言っているじゃないか。


 私は人間関係に向いていない。

 教室のざわめきも、他人の視線も、朝の電車の湿った匂いさえ耐えられない。

 しかも人と会えば喉に何かつっかえたような感覚がする上に、その日の気分次第では眩暈で立ってられなくなることもある。

 私はもう人生という舞台から降りた敗北者なのだ。

 

 あんな環境で人間(演者)を続けられるほど、私は強くない。


 そして義務教育という地獄はもう終わった。

 これ以上、誰にも無理強いされたくない。

 ――そう家族には訴えたはずなのに。


 ……いや、もちろん自分でも分かっている。

 

 これが社会を生きる人として、絶対に間違った道だというのは。

 だけど仕方ないじゃないか。

 呼吸するだけで心が擦り切れるこの私に、どうしてまっすぐ立てと言えるのだろうか?


 ……というわけで今の私に文句を言うなら、こんな人間が出来上がるようにシステムを作り上げてしまった神様に文句を言って欲しい。

 私は悪くない。


「そんなフテクされた顔されても説明にならないよ」

「………………人間なんて私以外みんな死んじゃえば良いんです。なんで私はこんな恐ろしい世界に、生まれてきてしまったのでしょうか?」


 俯きながら吐き出した言葉は、自分でも少し芝居がかっていると思った。

 だけど止まらない。


 胸の奥が焼けるように重く、誰かにこの気持ちを押しつけずにはいられなかった。

 そんな私の腕を、明日菜は容赦なく掴む。

 

「はいはい。馬鹿なこと言ってないで下に降りて制服に着替えようね、お姉ちゃ〜ん」

「嫌です嫌です嫌ですぅッ!! 私は料理・洗濯・掃除とかその他の家事も勉強も、全部完璧にやってるじゃないですかッ!」

「うんうん」

「それなのに貴女はこれ以上を求めると?! いま明日菜が強制しようとしている事は、私が自殺するまでの道にまた一歩、近づかせているに過ぎないと分からないのですか?!」

「うんうん、学生の本分は勉強だね〜」

「あすなぁぁぁぁあああああああッッッ!!!」

 

 悲鳴じみた声が部屋に響く。


 妹は悪びれることもなく、私をぐいぐいと引きずって行った。

 

 このままでは階段から転げ落ちそう――そう思った矢先である。


「明日菜。もうやめなさい」

「ママ……」

「お母さんッ!? なんでここに……?」


 振り向くと母が階段の直前で静かに立っていた。

 半ば呆れ、半ば疲れきったような顔だ。

 

 その眼差しが一瞬、私をかばうようにやわらいだように見えた。


「今の(あかね)は無理やり学校へ行かせたって逆効果なの。だからもうやめてあげなさい。……ね?」

「えー……」


 明日菜は唇を尖らせ、渋々と手を離した。

 

 解放された私はすぐさま逃げるように部屋へ戻り、扉を半開きにして二人の様子を覗く。


「でも、お姉ちゃんは自分だけ遊びに行こうとしてるんだよ? しかも学校に行く日なのに」

「別に良いじゃない。茜はいつも絶対に自分から出かけようとしなかったのよ? お買い物だってまだ付き添いアリじゃないと行ってくれないし……明日菜もお姉ちゃんに引っ張り出されるの、ウンザリしてたでしょ?」

「そうだけどさ……う〜ん」


 妹の曖昧な返事を合図に、母の声がさらに続く。

 

「もしかしたら今日のお祭り?に行ったのを機に、自分から外に出てくれるようになるかもしれない。そう考えれば、明日菜が面倒な事をしなくて済むかもしれないし、学校にだって進んで行き出すかもしれない」


 …………なんだここ、地獄か……?

 

 二人の穏やかだけど、本当に厳しい現実を突きつけてくる会話を聞いているだけで、胸がぎゅうっと締めつけられる。

 体中の血が凍るようで、背筋がぞくぞくと震えるような感じだ。


 早く二人とも学校と仕事に行ってくれないかな?

 本当にお願いだから。


「だからこれは未来の投資と考えましょ?」

「分かった」

「じゃあ、お母さんは仕事に行くからね。明日菜もちゃんと行くのよ」

「は〜い」


 そう言ってお母さんは下に降りて行き、妹はこちらに振り向いた。


「お姉ちゃんもちゃんとそのイベントに行くんだよ、いい?」

「言われなくても。木・金・土・日、四日間まるまる泊まりで行ってきますし、楽しんできますよ」


 言葉に出した瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。

 

 今回は四日間連続で開かれる大型イベントだ。

 なので必然的にしっかり楽しむなら、4泊5日の泊まりで行かなければならない。


 普段の私なら絶対に――ぜっったいに不可能だが、これは推し活のためでありシオンちゃんへの愛の力を試す場でもある。

 弱腰になんてなってられないし、ホテルの予約も電話でしたのだ。

 もう引き返すなんてことはできない。


 というか自分で予約できた事に、自分で驚いてしまったほどだ。

 

「……お姉ちゃん」


 明日菜の声が、ふいに現実へ引き戻す。

 顔を上げると、彼女は真っ直ぐな目でこちらを見つめていた。

 

「まだ何か言いたいんですか?早く学校に行かないと遅刻しちゃいますよ?」

「気づいてないかもしれないけど……」


 明日菜は少しだけ眉を下げて、まるで哀れむような声色で言い放つ。


「VTuberと“付き合う”なんて、普通は絶対に無理だからね? それにそんなことをしてたら、周りの人達に――」


 その言葉の続きを、私は聞かなかった。

 脳のどこかが反射的に拒絶していた。

 あまりにその続きの言葉が予想出来すぎたせいだ。


 パタンッと、私は力任せに開けていた戸を閉め切った。


「早く学校に行ってきて下さいッ!!」


 ……妹に言われるまでもなく分かっている。

 VTuberと恋に落ちるなんて、現実ではありえない。

 それに、こんな感情を抱いてる事を外の人達にバレたりしたら、とんでもない批難を浴びると思う。

 私はその暴言の嵐に耐えられるメンタルをしてないし、みんながみんな言うように、架空の相手に恋するのは馬鹿らしいと、自分でも思わないわけでもない。

 けど――それでも、恋をしてはいけない理由にはならないと思う。


 私はスマホを強く握った。


「大丈夫……私は大丈夫。他人は関係ありません…………この数日間は、きっと最高の日になるんですから」

 

 画面の中で笑うシオンちゃんが、まるで本当にこちらを見ているように思える。

 現実で誰に触れられなくても、この視線ひとつで、私は救われてしまう。


 もちろんわかっている。

 あの笑顔の裏には“中の人”がいる。

 もし三次元で会ったら――多分私は、彼女を“恋愛対象”としては見られないだろう。

 だからこそ、この恋は純粋なのだ。

 私が二次元の天野シオンちゃんという存在だけに捧げる、一途で壊れた愛。

 

 ……妄想と幻想と依存。

 その渦の中心に、恋という劇薬を垂らしたのが今の私。

 側からみれば頭がおかしく見えるかもしれないが、今の私は最高にリアルを謳歌している。

 だから、誰にも水を刺されたくない。


「ふぅ……よし!」


 軽く頬を叩いて気持ちを切り替える。

 私は窓際へと歩き、カーテンを少しだけ開けた。


 外ではちょうど、明日菜が靴紐を結び終えたところだった。

 玄関のドアを閉め、振り返った妹の視線がこちらを見上げる。

 

 目が合った。

 次の瞬間、明日菜はこっちに向かって手をひらひらと振ってきた。


 朝の光を背にしたその仕草が、妙にまぶしくて胸がちくりと痛む。


「……私は、友達がいっぱいで元気な明日菜がとても羨ましいですよ」


 明日菜には絶対に聞こえない声で、小さく呟く。

 一応、私も手を振り返しておいた。


 ……あの子は口が悪いけれど、いつも正しい。

 私のことを“心配してるからこそ”ああ言うのだと、ちゃんと分かっている。

 

 なのに、素直に受け止めることができない。

 そのくせこうして見送る時だけ、私は優しい姉のふりをしてしまう。


 なんて最低で都合のいい人間だろう。

 でも今の私には、それくらいしかできない。


「では」


 私は深呼吸をして、胸元をぎゅっと掴んだ。

 指先が、まだ少し震えている。


「そろそろ行きますか」

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