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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
第一章 出会い編

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第26話 楽しい楽しい旅行一日目!

「ん……ぅ……」

 

 私が肩を揺らすと、月宮さんは小動物のような声を漏らして目を覚ました。

 無防備な寝顔に少しだけ胸が高鳴るけれど、今はそれどころではない。

 車内アナウンスは既に、まもなく京都駅に到着することを告げている。

 

「月宮さん、もう着きますよ」

「っ! ……あ、ごめん! 私、どれくらい寝てた?」

「一時間くらいですね。敦賀を出てからはぐっすりと」

「うわぁ……ごめんね、私ばっかり寝ちゃって」

 

 月宮さんは慌てて居住まいを正すと、両手でパンパンと自身の頬を叩いた。

 

「よしっ! 充電完了! 茜ちゃん、行こうか!」

 

 その瞬間、彼女の瞳からさっきまでの「弱さ」が消え失せた。

 まるで配信のスイッチを入れる時のような、あるいは無理やり何かを塗り固めたような、強烈な輝き。

 そのあまりの切り替えの早さに、私は一瞬言葉を詰まらせてしまう。

 

「……は、はい。行きましょう」



 


 ---



 

 

 新幹線の改札を抜けると、そこは人の海だった。

 修学旅行生、外国人観光客、そして私たちのような旅行者。

 飛び交う関西弁と多国籍な言語の渦に、少しだけ目眩がする。

 駅のガラス越しに見える京都タワーは、事前のリサーチ通り、巨大な白い蝋燭のように空へ伸びていた。

 

「すごい人だね……。でも大丈夫、まずは荷物を預けちゃおう!」

 

 月宮さんは私の手を――新幹線の時よりも強く、痛いくらいに握りしめて歩き出す。

 駅の目の前にあるホテルまでは徒歩数分。

 ロビーに入ると、彼女は私をソファに座らせ、一人でフロントへと向かった。

 

 遠目に見る彼女の所作は完璧だった。

 スマートに予約画面を提示し、笑顔でスタッフと会話し、手続きを済ませていく。

 その背中は凛としていて、とてもさっき新幹線で「私が全部間違っている」と泣きそうな顔をしていた人とは思えない。

 

 ……やっぱり彼女は私と住む世界が違う人なのだ。

 なんというか、こんなどうでもいい場面ですら見惚れてしまう。

 彼女のスペックの高さと、私に向けられる好意の矢印のギャップに、私の脳みそは常にバグり散らかしてしまいそうだ。

 

「お待たせ! 荷物預けてきたよ。これで身軽だね!」

 

 戻ってきた月宮さんは、満面の笑みだった。

 一点の曇りもない、完璧な笑顔。

 

「ありがとうございます。流石ですね、月宮さん」

「えへへ、これくらい当然だよ。さ、ここからが本番! 最高の思い出にしよっ!」

 

 彼女は私の手を引く。

 その掌がほんの少しだけ汗ばんで震えていることに、私は気づかないフリをした。



 

 ◇



 

 最初の綻びは、バスターミナルで起きた。


「えっ……こんなに並んでるの?」

 

 月宮さんが立ち尽くす目の前には、迷路のアトラクションかと思うほどの長蛇の列。

 目当てのバス乗り場には、最後尾が見えないほど人が溢れかえっていた。

 

「うそ……そんなことある……?」

「京都はいつも混んでるって聞きますし、仕方ないですよ。並びましょうか?」

「だ、駄目! そんなことしてたら予約に間に合わなくなる!」

 

 月宮さんは焦ったようにスマホを取り出し、高速で画面をタップし始めた。

 その指先の動きが、尋常じゃなく速い。

 

「タクシー! そう、タクシーで行こう。ここからならそんなに高くないし、時間も短縮できるし!」

「あ、はい。私は全然どっちでも」

 

 そうして私たちはタクシー乗り場へ移動し、どうにか車に乗り込んだ。

 冷房の効いた車内で、月宮さんは「ふぅ」と息を吐くこともなく、運転手さんに行き先を告げると、すぐに私の方へ向き直った。

 

「ごめんね、バス混んでて。でもタクシーなら快適だし、逆にこうなってラッキーだったかもね」

「そうですね。涼しいですし、結果オーライです」

「でしょ? あ、これから行くお店なんだけどね、抹茶のスイーツが有名で、すごく映えるんだって。茜ちゃん、甘いもの好きだよね?」

 

 彼女は必死に喋り続けていた。

 車窓から見える鴨川の景色や、古い街並みの美しさを楽しむ余裕なんてないと言わんばかりに、私を楽しませようと言葉を紡ぎ続ける。

 まるで、沈黙が落ちることを恐れているかのように。

 

 私としては別にそこまで頑張らなくてもいいと思っていた。

 だって2人でいられる今の時間で、充分過ぎるほど私は満足できているし、その必死さのせいで月宮さんの良さが消えているように見えて、ちょっと苦言を呈したくなってしまった。

 

 とはいえ、彼女をここまで追い詰めているのは、紛れもなく新幹線での私の失言だ。

 だから私はこの過剰な接待を、甘んじて受け入れなければならない。

 それが今の私にできる、唯一の罪滅ぼしなのだから。

 

 だが、神様というのは本当に性格が悪いらしい。

 あるいは昨日の私が弦巻さんにした仕打ちへの因果応報なのかもしれない。

 

「――え?」

 

 タクシーを降り、石畳の路地を歩いて辿り着いたその店の前で。

 月宮さんの足が止まった。

 そして、その喉から絶望に染まったような声が漏れる。

 

 古民家を改装したお洒落なカフェの入り口。

 そこには無情にも、一枚の張り紙が貼られていた。

 

『空調設備故障のため、本日は臨時休業とさせていただきます』

 

「……う、そ」

 

 月宮さんはスマホの画面と張り紙を、何度も見比べている。

 

「だって、ネットには営業中って……予約もできてたはずなのに……」

「まぁそういうこともありますよね」

「そ、そんな……」

 

 彼女の顔から、血の気が引いていくのが見て取れた。

 その表情は「店が休みで残念」というレベルではない。

 まるで世界の終わりを見たかのような、悲痛な顔だった。

 

「ご、ごめん! ごめんね茜ちゃん! 私、確認したつもりだったんだけど……っ」

「いやいや、謝ることないですよ。お店の都合ですし、月宮さんは悪くないです」

「でもっ、これじゃあお昼が……!」

 

 焦る彼女に、私は努めて明るい声で提案する。

 

「大丈夫ですって。京都ならお店なんていくらでもありますし、適当に歩いて見つけましょうよ」

「だめ!」

 

 私の提案は、強い口調で遮られた。

 

「……えぇ」

「あ……ご、ごめん。大きな声出して……。でも、適当なお店じゃダメなの。せっかくの旅行なんだから、もっとちゃんとした、美味しいお店じゃないと……」

 

 月宮さんの瞳が揺れている。

 その瞳は私を見ているようで、私を見ていない。

 失敗した自分と、挽回しなきゃいけない義務感しか見えていないようだった。

 

「私、リサーチしてあるから! 第二候補のお店、すぐ近くにあるはずだから! そっちに行こう!」

「あ、はい……」

 

 そう言って彼女は、再び私の手首を掴んで歩き出した。

 

 さっきよりも速い足取り。

 ぎゅっと握られた手からは、彼女の焦燥が痛いほど伝わってくる。




 

 ---


 

 

 

 そこからの時間は第二候補の店は長蛇の列で一時間待ち。

 第三候補の店は地図アプリのバグなのか、場所が見つからずに同じ路地を三回も往復することになった。

 ……まぁなんとか一応適当な店で食事をすることはできたので良いけど、元々行く予定だったスケジュールとは大きくズレた。


「曇ってるのにやっぱり夏なので暑いですね」


 京都の夏は盆地特有の蒸し暑さがある。

 慣れない浴衣や着物で歩く観光客たちも、暑そうに扇子を仰いでいる中、私は月宮さん主導のもと、もはや旅行というか、ただひたすらに「答えのない正解」を求めて彷徨い歩いていた。


 月宮さんは何事も無いように私との会話を続けていた。

 だけどその額には汗が滲み、綺麗なメイクも少し崩れ始めているのに、彼女は足を止めようとしない。


「月宮さん、少し休みませ――」

「ううん、大丈夫!」


 はぁ……

 

 ……痛々しい。

 見ていられない。

 彼女が空回れば空回るほど、胸の罪悪感は膨れ上がっていく。

 言葉を交わせば交わすほど、彼女は「もっと完璧に楽しませなきゃ」と追い詰められていく。

 負のループだ。

 

 …………まぁ私は月宮さんと違って、この地獄みたいな状況でも全然楽しさを見出してるのだが。


「ん?」

 

 ――そして。

 不運のドミノ倒しは、最後のピースを倒しにかかった。

 

 ポツ、と。

 冷たいものが頬に当たった。

 

「……あ」

 

 空を見上げると、いつの間にか分厚い雲が太陽を覆い隠していた。

 

 遠くで雷鳴が轟く。

 それは豪雨の前触れだった。

 

「そんな……雨予報なんて、なかったのに……」

 

 彼女が呆然と呟いた直後。天の底が抜けたような豪雨が、私たちの頭上に降り注いだ。

 

「――っ!?」

「きゃあ!?」

 

 視界が白くなるほどの猛烈な雨。

 観光客たちの悲鳴が上がる。

 私たちは肝心なことに傘を持っていなかった。


「あ、あっち! あそこで雨宿りしよう!」

 

 月宮さんが叫び、私たちは近くの軒下へ駆け込んだ。

 

 けれど、そこはあまりにも狭く、そして既に先客で埋まっていた。

 私たちは半分以上体を濡らしながら、どうにか屋根の端っこに身を寄せることしかできない。

 

「…………」

「…………」

 

 最悪だ。

 髪はパーカーについているフードで私は守れたけど、服はぐっしょりと濡れて肌に張り付き、靴の中まで水が浸入している。


 隣を見ると、月宮さんが死んだような目で地面を見つめていた。

 水に濡れた前髪の隙間から見えるその瞳には、もう光がない。

 

「……なんで……どうして」

 

 か細い声が、雨音に混じって聞こえた。

 

「なんで……こんな……。私、ちゃんと計画したのに……。茜ちゃんを楽しませようって……もっと頑張らなきゃいけないのに……」

 

 見ていて彼女の心が音を立てて折れたのが分かった。


「…………」


 彼女がそんな心理状態の中、私は『昨日に続いて今日も雨なんだ』程度しか考えてなかった。


 だが肝心の月宮さんは、もはや私ではなく私の偶像を追って、それに合わせて楽しませようとしているようにすら見えた。

 言ってしまえば私がVtuber追い、それに自分の夢と理想のテクスチャを押し付けているサマに近いとも言える。


 そして教えてあげたかった。

 私が空を暗く染める雨や雪が好きだということを。

 だからこういう外出時にもじゃんじゃか降っててもらって構わないと思っている。

 

 ……現実の私はこんなにも今を楽しんでいるというのに、残念ながら彼女は旅行が台無しになったと解釈しているのだ。


「はぁ……」


 私が少し大きく息を吐くと、隣にいた月宮さんが体をピクッとさせた。

 その反応すらも少し可愛いというか、良いなと思いながらも、彼女のことを無視して私はスマホを開き地図アプリを立ち上げる。


 サッと自分の行きたい行き先を確認した後、私はスマホをポケットに仕舞う。


「……ど、どうかしたの? もしかして寒かった?」

「別に。雨が降っているとはいえ、この気温でそんなことを考えたりしませんよ」

「…………そっか」

「…………」

「…………その、今日はごめ――」


 月宮さんの今出している空気から、その続きの言葉は予測できてしまった。

 だけどそれを聞き届けるつもりはない。

 こっちは感謝したいくらいなのだから。

 ……そして謝るなら私からでないとならない。

 でもそのタイミングは間違いなく今ではない。


 私は彼女が言い終えるよりも速く、力強く彼女の手を片手で掴んだ。


「っ?!」

「月宮さん、今から行きたいところがあるんです。ついてきてもらえませんか?」

「…………茜ちゃんがそう言うなら合わせるけど、雨が……」

「ふふ……そんなことは関係無いですよ」


 私は彼女を引いて、豪雨のカーテンの中へと一歩踏み出した。


「一度濡れてしまっている以上、それ以上はノーカウントです!!」

「ちょっと待って!どこに行くのか教えて!――」

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