第104話 復帰配信 ☆
花火大会から2週間ほど過ぎた頃、私は詩音さんの配信部屋でVtuberとしての活動に復帰する旨を配信で話した。
「というわけで、これからアカリとは恋人同士って感じで配信していくよっ!」
「……いきま〜す」
「アカリ、やっぱりテンション低くない? どうかしたの?」
「復帰が決まったせいで、死ぬほど視聴者に煽られてるので……ちょっと萎えてま〜す。全員死んでくださ〜い」
花火大会前夜の詩音さんの配信は、私に対する事実上の宣戦布告だった。
そして私はその挑戦を真正面から引き受け、見事に――敗北した。
あの日と今日の配信を繋ぎ合わせれば、結末がどうなったかなど、語るまでもない。
なんなら花火大会後の、夜の内容まで視聴者に透けていてもおかしくない。
ちなみに配信では分かりやすいように、恋人同士という関係を公表している。
:ざーこ♡ざーこ♡
:アカリちゃんの負け負け〜
:花火大会で何やったのか、内容詳しく聞かせてくれん? メン限でもええで。
:お幸せに
「うるっさいですね、貴方達。全員片っ端からBANしてや――」
「はいはい、怒らないでね。全部事実なんだから」
私のやろうとした暴挙は、詩音さんの頭なでなでという無造作な愛によって止められた。
見下されている感覚に苛立ちが募るのに、同時に吐き気を催すほどの心地良さに絆されてしまうのは、きっと愚かな恋心ゆえなのだろう。
「……チッ」
「納得できないって顔だ!」
「別に納得はしてますけどね〜。私は負け犬ですよ〜だ」
:アカリ、すっごく性格変わったね。
:これが恋ってやつか。
:もうこれまでの配信スタイルとは別人だな
:俺のアカリがすっごい子供っぽくなってる。
:いとかわゆし。
「そんなに負けたのが気に食わないなら、今からベッドで再戦してあげてもいいんだよ?」
「ッ?!」
花火大会の二日後、詩音さんはあの夜のお返しとばかりに私を組み伏せた。
しかも太陽が最も高く昇る真っ昼間に、である。
化物としての力が削がれる時間帯に狙われてしまえば、私に抗う術などない。
結局、私はまたもや彼女の望むままに蹂躙されてしまったのだ。
それ以来私たちの夜の営みは、実質的なイタチごっこと化していた。
夜の帳が下りれば、私が怪物の本能を剥き出しにして彼女を襲い、陽光の下では詩音さんが人間の狡猾さで私を翻弄する。
「…………それは、その……」
今はまだ、日の落ち切らぬ夕刻。
今この瞬間に寝台へ誘われれば、また一方的に喰われるのがみえみえである。
というか、こういうのってコミュニケーションの一貫でもあるはずなので、無法化してるこの状況はそのうちしっかりと、二人でルールを取り決めないとダメだろう。
お互いに満足できてしまうからいいものの、これではあまりに行動が動物的過ぎる。
やっぱりこの愛し合う行為というのは、お互いに尊重し合う形でありたいと思う。
などと、理想を頭の中で捏ね上げていると……
「みんな聞いた!? アカリは私に負けるのが怖いから、エッチしたくないんだって!! ちなみにさっきもベッドで――」
「もう配信切りまーすっ! おつあかシオ〜!!」
私は逃げるように配信終了ボタンを叩きつけ、椅子の背もたれにぐったりと身を預けた。
「はぁ……」
「お疲れ様、茜」
「もう……配信中にヤバいこと言うのやめて下さいよ。普通に冷や汗が出ますから」
私が恨みがましく文句を並べ立てると、詩音さんは私の後頭部を優しく引き寄せ、おでこに愛おしげに唇を落としてくれる。
「茜、大好き♪」
「もう……嫌」
たったそれだけのことで、ささくれ立っていた機嫌が霧散していく。
そんな単純すぎる自分の心根が、嫌でたまらなかった。
それに何より、詩音さんはそれを完璧に見抜き、狙ってきているのだからタチが悪い。
「…………詩音さん、私の一生のお願いを聞いてもらえませんか?」
「聞く!」
「ならエッチのバランス、もうちょっとなんとかして欲しいんですけど……今のままだとお互いに、一方的に相手を殴ってるのと変わんないですよ」
「え〜。でもそしたら茜、夜以外なにもしないから、私が欲求不満になるんだよね。茜ってこの関係になってから、昔よりだいぶ奥手になってるし」
「それは詩音さんのことを大事に思ってるからこそ、そうなってるんですけど……」
確かに私は夜の気分が最高潮になった時以外、その手のスキンシップは自分からとらない。
なんというか気恥ずかしさが出てしまうのだ。
昔だったら自分からする分には、大丈夫だったような気もする。
とはいえ、過去の自分が詩音さんにキスとかした時も大概だいぶテンション感が狂っていた気がするので、あまり比較できないけど。
「じゃあ提案っ!」
「……?」
「二日に一回の頻度でいいから、茜から私にスキンシップを取ること。そうしてくれるなら茜が求めるスタイルに合わせてあげる」
「毎日……じゃないんですね」
「そしたら茜が負担に思っちゃうかなって。これでも私、ちゃんと茜のこと考えてるんだよ?」
私はあれから詩音さんの家に入り浸るようになっていて、土日くらいしか家には帰らなくなった。
それで実質同棲のような形で一緒に過ごしているのだが、確かに詩音さんの気遣いが垣間見える。
分かりやすいので言えば、詩音さんはちゃんと私が一人になれる時間を作ってくれることだろう。
私には一人でいられる時間が必要だし、お風呂とかも基本的に一人じゃないと嫌。
寝るのも気分が昂ってない時は、一人が良いと思ってしまう。
彼女はそういう私の面倒な特性を、しっかり考えてくれているのだ。
詩音さんは私と比べればガチの寂しがり屋で、おそらく24時間一緒に過ごしていても、全く問題ないタイプ。
むしろいてくれないと機嫌が悪くなる方だと思うので、私の方がかなり負担をかけていると言ってもいい。
そう考えるとあのレイプにも近い欲求のぶつけ合いは、詩音さんの欲の発散にかなり丁度いいのかもしれない。
「やっぱり私の話は無かったことにしてください」
「そんなぁ、私これでも結構譲歩したのに……」
「いえ……二日に一回のスキンシップは、できる限り努力しようと思います。詩音さんにばっかり負担はかけてられないですから」
「えっ、ほんと?! やった〜っ!」
詩音さんは飛び跳ねるように喜んだ。
……今の言葉に対し『え〜、それならスキンシップの話もなしでいいよー』という遠慮の欠片も見せなかったあたり、つまりだいぶ溜まっている証拠なのだろう。
ここはもう腹を括るしかない。
二日に一度と言わずいっそ毎日、意識的に触れることを心がけるべきかもしれない。
「ハグでもキスでも言葉でも、なんでも良いんだけど〜。やっぱり初日はキス、かなぁ?」
「その言い方的に、今日から……なんですよね」
「当たり前でしょっ!!」
「……はい」
観念して頷くと、詩音さんは期待に目を輝かせながらベッドの前に立った。
「ほら、今日はやりやすいように立っててあげるから。茜からキスしに来て!」
これは酷い。
ムードもへったくれもない。
完全に欲求onlyのお誘いだ。
「ふぅ……」
私は一度深く息を吐き出し、乱れた鼓動を整えてから彼女の正面に立った。
「……いきますよ?」
「うん」
短く促され私はおずおずと顔を寄せた。
羽が触れるような、至極短く淡い接触。
だけど……
「……ん?」
すぐに唇を離そうとした私の後頭部を、彼女の手が強引に、かつ正確に固定した。
「まだ全然足りてないよ」
抗う隙などなかった。
再び重ねられた唇は、先ほどとは全く別の熱を帯びている。
触れるだけでは飽き足らず、彼女の舌は私の口内へと滑り込み、支配権を奪い取っていく。
逃げ場を塞がれたまま喉の奥まで蹂躙され、私はただ彼女の呼吸に合わせることしかできない。
最後にはねっとりと粘着質な音を立てながら、私の舌をまるで引きずり出すような執拗さで、唇が離された。
「……ぅぅ」
それだけやられてまともに足が動くわけもなく、唇を離した後、私は重力に逆らうのをやめ、床へと力なく崩れ落ちた。
「ご馳走様♪」
「…………結局、こうなるんですね」
彼女は私からを求めていたと思ったのに、気づけば私が食われる形になっていた。
もう本当に理解不能である。
すると座り込んだ私を見下ろしていた詩音さんが、ゆっくりとその身体を重ねるようにして覆い被さってきた。
「……まだ何か用ですか?」
「本当にごめんなんだけど、今ので興奮してきちゃった」
「え?…………え?」
「というわけで、問答無用っ!」
「ちょっと待っ――」
結局私はその後、言葉を発せないほどタコ殴りにされた。




