第95話 家族に新衣装お披露目
@10mosibi_4kari
【無期限休止のお知らせ】
お世話になっております、灯アカリです。
突然の報告にはなりますが、この度無期限で活動を休止することになりました。
理由は体調不良によるものです。
暫くしたらシオンさんと一緒に活動を再開すると思うので、それまでお待ちください。
それではまた。
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「またなんて……二度とないんですけどね」
月明かりすら届かない真っ暗な自室で、私は数日前に投稿したツミートを見ていた。
今日で詩音さんと連絡を経ってからどれくらいが過ぎただろうか。
たぶん1週間くらいは経ったと思う。
彼女の声はもう、モニター越しのシオンちゃんを通してでしか聞いていない。
そして私がいなくても、シオンちゃんとしての彼女はいつも通り元気に振る舞っている。
やっぱりもう私は必要が無いようだ。
「あ〜………………」
私はというと母親が渋々ながら退学を許してくれて、これからの自分を探そうと頑張らなければいけない今、私は何に対しても無気力だった。
ようやく自分のためだけに生きることができるというのに、どうにもやる気が出ない。
私はここ暫く、家から全く出ない生活と化していた。
が――これも今まで人と関わりすぎた反動。
そう自分に言い聞かせれば、納得できなくもない。
詩音さんと出会ってからの一年がぶっ壊れ過ぎていたのだ。
退学してしまった以上、学友も夏休みももう関係のない概念だが……こうして泥のように眠り、ぼーっと過ごす日々を自分に与えたっていいはずだ。
私の身体を縛る弦巻さんの魔法のことや、家族を含めた他人との折り合いについては、夏休みが終わる頃に考えればいい。
とりあえずの休み明けの初動は、あの清水さんが本当に警察の世話になったのかを、確かめるところから始めようと思う。
「お姉ちゃん! ちょっと、今すぐ下に降りてきて!」
「はぁ? 夕飯は作り置きしましたよね? 洗い物はあとで――」
「違うから早くきて!!」
一体何だと言うのだろう。
おそらく詩音さんではない。
彼女を家に入れたら私はその瞬間に家を出て二度と戻らないと、家族には本気で念を押してある。
でも、妹が要件を言わずに私を呼び出すってことは、たぶん面倒くさいことが起きているのだと思う。
「……今行きますよー」
私は重い身体を引きずるようにして、怠惰に声を返した。
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「久しぶりじゃ、茜」
「…………」
「ワタシが会いにきたんだから、挨拶くらいせんかい」
「お久しぶりです。……お婆ちゃん」
食卓の椅子に、これ以上なく居心地が悪そうに、それでいて傲然と腰掛けていたのは、私の祖母だった。
「なんで……家に来たんですか?」
祖母がこの家を訪ねてくるのは、極めて稀なことだ。
何しろ彼女は私の母や妹とは、致命的に折り合いが悪い。
私が小学生の頃、母と祖母が大喧嘩の末に絶縁同然で住まいを分けたのは、親族の間では有名な話だ。
あれから時間が経っているので、表面的には仲良くなっているが、また一緒に暮らそうという話題は一切あがらない。
実際、ソファに固まって座っている母はこれ以上ないほど微妙な表情を浮かべ、妹は関心がないふりをしてスマホを弄っている。
二人ともこのウルトラ超頑固な老女とは、可能な限り関わりたくないのだろう。
「アンタが高校に入ってから、ワタシんところに一度も顔を見せんくなったから、死ぬ前に生存確認くらいはしておこうと思うた」
そう言って祖母は、重そうな腰を上げ、軋むような足取りでゆっくりと私の方へ歩み寄ってきた。
そして私の体調を確認するように、体に触れてきた。
「これでも結構、体つきとか髪色とか変わっちゃったんですけど、驚かないんですね……」
「孫の顔くらい一目見たら分かるわっ……と言いたいが、ワタシが入院してる最中に、明日菜から大体の話は聞いとる」
えぇ………………
怖いなぁ。
何をどう話したのか気になるし、お婆ちゃんが全容を知ってるなら、詩音さんと清水さんの両家に電話で怒鳴り散らすか、それこそ老いた体で殴り込みに行きそうなものだけど。
っていうか入院してたんだ。
もう90歳だしいっつも病院に行ってるイメージはあるけど。
「……どこまで知ってます?」
私がそう聞くと祖母は椅子に座り直し、大方の事情を把握しているような口ぶりで、私を置いていくように勝手に話し出してくれた。
老人は話が長い。
要約すると、マジのガチで明日菜たちと話の認識は変わらないようなのだ。
お婆ちゃんも話は到底信じられるものでは無いと、私に会うまでは思っていたようだけど、どうやら私を見てからそれが事実であると確信してくれたようだ。
でもお婆ちゃんのVtuberというものの認識がインターネットで活動する芸能人……などという括りに入れられてしまっているのが、中々にアレである。
古い人に説明するのは折れるため、それで流す事にした。
そしてお婆ちゃんは私の初配信だけ、妹のスマホを通して見たらしい。
お婆ちゃんは同性愛に懐疑的な反応を示していたけど「それで元気でいられるなら言うことは何もない」言った反応だった。
私がそういう特殊なことをやっていた事に、文句を言わないのならそれでいい。
「体は大丈夫なんか? お医者さんへはちゃんと行っとるか?」
「……もう子供じゃないんですから、別に大丈夫ですよ」
「そなら本題」
その瞬間に空気が変わり、老いた声に鋭い棘が混じった。
「――なんで学校を辞めた? ワタシにも相談せずに」
やっぱりそれが、今日ここに来た理由だったか。
それだけの為に来たというなら、今すぐ帰って欲しかった。
こっちはもう疲れてるんだから。
「学校辞めたんなら、いつまでも家に引き籠っとらんと働け」
「働いてますよ。お母さんには及びませんけど、それでもそこそこ収入はあります」
「いや、そっちの話も聞いとる。芸能人としての活動も辞めようって相談したんやろ?」
私はそれを耳にして反射的に母親を睨んだ。
余計なことをお婆ちゃんに吹き込んでくれて、ふざけんなって思いで。
お母さんは顔面の表情で『仕方ないでしょ、茜が何を考えてるか分からないから、昔から茜が懐いてたお婆ちゃんに頼ったのよ』と訴えかけているようだった。というか全部見え透いていた。
「こっち向け、今私が話しとるやろがい」
「…………」
確かに家族に何も相談しないまま、勝手に進めたのは悪かったと思う。
でもここにいる全員に何か相談したって、意味があるのだろうか?
価値観や思想が違う人に、何を言ったって意味がない。
それこそお婆ちゃんなんて、完全な秩序と自分主体の善の心で、他人を説き伏せてくるタイプの人。
それだからこそ、みんなはソリが合わずに距離をとったのだろうに。
過去の私は、お婆ちゃんの自己中ぶりに苦労なく我慢できただけ。
お母さんが心配しているとか本当に関係ない。
この一番怠くてしんどい時期に、爆弾状態のお婆ちゃんを私にぶつけないでほしかった。
「なんで学校辞めたのかを、今ここではっきりと答えなさい。それと将来をどうするかも。別にまた芸能人に戻らんでも、ウチで仕事紹介してやるから」
お婆ちゃんは迷いのない口調で諭してくる。
今からでもやり直せ。
人としてすぐに代替のレールに飛び乗り、前を向いて走り出せ。
それが彼女なりの優しさであり、正しさなのだ。
「……婆ちゃんは私がどうしてこういう体になったか知ってるんですよね?」
「クラスの友人を守るためにストーカーに立ち向かい、瀕死の重傷を負ったところを、医者の薬で一命を取り留めた……そう聞いとるが。それがどうした?」
「私が昔から他人を嫌っているのは、お婆ちゃんも知っているはずです。ストーカーの件は私の人嫌いを悪化させるには充分過ぎる出来事でした。なのでもうここら辺が我慢の限界なんです」
私はそう適当に嘘を吐いて流す事にした。
今でもストーカーしていたあの清水さんに、悪印象というものはあまりない。
再会できるのなら、もう一度お話ししたいという気持ちもしっかりあるのだし。
この話で上手いこと適当に、話を逸らしきれれば良いなって思ったけど、多分無理。
「甘ったれるな。人嫌いでもちゃんと働け。働かざる者食うべからず、人はどれだけ時が経っても、他人と助けあって生きていかなならん」
お婆ちゃんが家族内で私のみを気に入っている理由は、おそらく一つだけ。
それは反論をせず、生意気を言わず、ただただお婆ちゃんの話に苦も無く、相槌だけを打っていられたからである。
すべての言葉に共感するように頷く。
そんな私の態度をお婆ちゃんは『祖母である自分の教えを従順に守っている』と傲慢にも誤解していたに過ぎない。
だけど残念ながら昔の私と今の私では、大きく精神性が違う。
それこそどうでもいい老害の話など、耳に入れる余裕はないのだ。
「はぁ…………」
私は部屋の空気を引き裂くような、深く、重い溜息を吐き出した。
「なんじゃ、その溜息は――は――――――っ?!」
お婆ちゃんからの叱責が止まった。
私の体が、その眼前で悍ましく変貌を始めたからだ。
骨の軋む音と共に白い角が突き出し、手のひらと腹部には、異形の口が裂けるように出現する。
さらにはインナーの隙間から二本の触手が床へと這い出し、濡れた音を立ててぬたうった。
「お婆ちゃん……昔はよくお世話になりました。でも今の私と昔の私は違うんです」
うちの家族全員、私が化物になったという話は知っているし、母&妹に関しては直にお医者様から話を聞いている。
だけど、この姿は初披露だ。
お婆ちゃんは驚きのあまり口をあけたまま硬直しており、母と妹も言葉を失って私を凝視している。
「今はもう、普通に呼吸をして生きているだけでも怠い。価値観も人生も人種も生きてきた時間も理念も矜持も…………全てが違います。……お婆ちゃん――」
私は視線をゆっくりとソファの二人へ転じ、冷たく一瞥した。
「そしてお母さんや明日菜。生まれた時から今日まで、最低限人としてまともに生きてこられた人たちに、私の気持ちなんて一生理解できないんでしょうね」
…………正直なところかなりウンザリしているし、イライラしている。
ここで三人まとめてぶっ殺してしまって良いのではないかと、本能が告げているし今の理性もそれに賛成しつつある。
私が歩む道は弱肉強食を地でいく、人として当然の社会生活。
その過程で弱者は虐められて当然だし、死んで当たり前。
それは肉体強度で測れるものではなく、様々なベクトルを合計した集合値。
それを加味してもここにいる三人は、私以下。
現代社会だからこそ許されているけど、自分より強者であるものに生意気を言って生きてられるという、その甘え切った精神。
それがとても不快に感じてくるものがある。
「お姉ちゃん!ちょっとこっち来てええっ!」
明日菜が悲鳴のような声を上げ、私の腕を強引に引いた。
彼女は私をソファへと連行し、無理やり座らせる。
その間に私は体を人の状態に戻した。
明日菜とお母さんは、硬直したままのお婆ちゃんに聞こえないよう、声を潜めて私に詰め寄ってきた。
「茜! 本当にごめん! まさかお婆ちゃん相手に、ここまで険悪な空気になるなんて思ってなくて……!」
「アレで元が外国生まれなんだから凄いよね。……っていうか、イラッとしたからってお婆ちゃん驚かせるような事しないでよ!! 放心しちゃってるじゃん!!!」
私は一度自分の頬を本気で叩き、頭の考えを強制終了させた。
「ごめんなさい。私もどうかしてました……」
「…………自分で自分の頬を叩くのも辞めてよね」
私もいよいよ限界なのかもしれない。
家族に死んで欲しいという思いまで抱いてしまったし、今もそれに罪悪感なんてものはない。
もしここで自分が衝動的にそういう行動に出たとしても、やっぱりそれが当然だとして受け入れしまう気がする。
やっぱり私は他人とは関わらない方がいいのかもしれない。
なんなら外国の安い土地でも買って、1人で自給自足でもするのが安牌かもしれない。
これも一考しておこうと思う。
私はソファから立ち上がった。
「部屋に戻って休みます」
そう言って一歩を踏み出した直後、左右から伸びてきた妹と母の手によって、私の退路は物理的に断たれた。
「「いやいやいやいや……」」
「は?」
「お姉ちゃんをここで一人にする方が怖いって」
「そうそう。心がちょっと疲れてる時は、黙って誰かの隣にでもいる方が楽になるものよ」
こっちは誰かといる方が疲れて仕方がない――そう言い返そうとして、私は不意に一年前の自分を思い出した。
ぶいフェスに一人向かったは良いものの、凄く寂しくて一人でおかしくなりそうになっていた時、詩音さんに話しかけられた事を。
あの時のことを思い出すと、私って結構孤独耐性が低かったりするのかもしれない。
「それにお姉ちゃんっ! 詩音さんが【大事なお知らせをする】ってタイトルで配信の枠を取ってるよ! 流石にこれは一緒に見るべきだよね!?」
「…………最近、詩音さんと喧嘩したばかりで、配信見るのも気まずいんですけど……」
「はい嘘吐き! お姉ちゃんが部屋で詩音さんの配信見てるのはバレてるよ〜!!」
「喧嘩したなら尚の事、仲直りするためにここで配信を見て、相手がどういう感情なのか知るべきよ!!」
……適当な嘘を吐いたのはミスった。
二人の拘束がさらに強みを増してしまった。
アレは喧嘩というか、私から縁を切っただけなんだけど……
「はぁ……」
……大事なお知らせか。
直近で何かイベントごとのスケジュールが入っていた覚えがない。
詩音さんが引退はありえないだろうし、何をお知らせするのだろうか。
「……まぁ、いいでしょう」




