12-88 クラウン・ソング
神戸という地名。それはつまり彼も正史の世界を知っているという事を意味する。もしかして彼も未来で起こる事を知っているというのだろうか!?
ただその言葉には違和感があった。何故なら私たちが今生きている時代は2014年で、関西を襲った大震災があったのは1995年なので正史世界だとしても時系列的に整合性が取れない。『本物の世界』とは本当に正史世界の事を指しているのだろうか。
……いや、今は久我さんの話を聞こう。気になる事はたくさんあるけど。
「今ここにいるビッキーはこの世界でしか存在出来ない偽物なんだ。建前の理由はいろいろあるけど俺は結局のところビッキーと一緒に居たいだけなんだよね。だから俺は繰り返しているんだ。だらだらと終わりのない物語を続けてね。ハッピーエンドなんていらないんだよ」
「そんな……そんな理由で」
私は少なからずその言葉に唖然としてしまった。私が英雄だと思っていた人間は、とてつもなく身勝手な理由で戦っていた事を知ってしまったから。
「はは、憧れの英雄がこんなのって知ってショックなのかな。だけど現実なんてそんなもんだよ。俺は世界なんてどうでもいい。それに君が思っているほど俺は強い人間じゃない。もう壊れてしまったガラクタを懸命に護って、観客のいないステージで見るに堪えないショーを続けるピエロなんだよ」
「……………」
「あはは、幻滅したかい!?」
久我さんは自嘲する様に笑い、闘技場に虚しくピエロの笑い声が響く。それはとてもじゃないけど笑う事なんて出来ない切ないものだったんだ。
「幻滅なんてするわけないじゃないですか」
「?」
「むしろちょっと嬉しいです。英雄のあなたも結局は人間だったんだなあ、って知れて」
けれど私は笑みをこぼさずにはいられなかった。
ビッキーさんというたった一人の観客を笑わせるためだけに、自分の想いを押し殺し懸命にピエロを演じ続ける久我さんはとても人間染みていて、そして優しい人だったって気付いてしまったから。
「なら私もショーに混ぜてください。私とあなたの目的は違います。私のやり方ではきっとビッキーさんを護れません。ですがあなたが立ち直るお手伝いは出来ます!」
「あらあらら~? ハハッ、舐めんじゃねぇよボケ」
私の言葉にへらへら笑っていた久我さんは激怒し、攻撃をさらにさらに激化させる。どうやら心に土足で踏み入った結果堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
「こちとらお前みたいな頭にお花畑が咲いているポンコツに説教されるほど落ちぶれちゃいないんだよッ! 立ち直る? 俺は救いなんてハナから求めちゃいないんだッ!」
「ひゃー!?」
本気モードの久我さんは広範囲に雷を降らせ嵐を巻き起こす。もしこの攻撃に名前を付けるならサンダーストームという呼称がぴったりだろう。物語の終盤で大抵の敵を一掃出来る最強クラスの魔法だ。
「ぐッ、ハナコさん、あなたが挑発したせいですよ! こうなったのはあなたの責任ですから何とかしてください!」
「言われなくてもそうしますよッ! たとえ傷つけたり傷つけられたりしたとしても、分かり合うためにはぶつかる以外に方法はありませんからッ!」
私は戦場をぐるりと反時計回りに駆け抜けながら斬撃を飛ばす。ただ全身全霊の一撃でも久我さんを倒すには足りず、彼はひらりひらりと舞って回避してしまう。
「どひゃー、久我ちゃんやりすぎやで、うちもおるのに。ちょっと後ろに隠れてええ?」
「え? どうぞ」
ビッキーさんは巻き添えを食らわない様にフィリアさんの後ろに退避する。フィリアさんは困惑していたけど、これなら久我さんも彼女を攻撃しないだろうし放っておいていいだろう。
フィリアさんとビッキーさんが戦線離脱したところで私は久我さんと一対一のバトルになる。それは一見不利な様に見えるけど、むしろ私からすれば周りを考える必要がないからやりやすかった。
「俺は前に進みたくないんだよッ! テンプレで感動的なエンディングもいらないッ! 誰かのためにビッキーを失うくらいなら嫌われ者の悪魔になって永遠に暗闇の中を彷徨っていてもいいッ! ああそうさ、情けないだろう!? だけど弱くて何が悪いんだッ!」
「女々しいにも程がありますねッ! でもそれでいいんですよッ! じゃんじゃん本音をぶちまけて喧嘩しましょうッ! 私はあなたの全てを受け止めてやりますッ!」
プロレスラーが互いの力を引き出しあうように、想いをぶつけあいお互いにリミッターを外した事で、私は雷を目で見て避けれる程度の速度まで達してしまった。
雷の嵐を高速の直角移動で連続回避する様はまるで私自身が雷になったみたいで、私は何とも言えないカタルシスを感じてしまう。
「いい加減消え失せろッ! 理想論を並び立てるお前を見てると反吐が出るんだよッ!」
「久我ちゃん!? それはあかんてッ!」
「ハナコさんッ! 気を付けてくださいッ!」
久我さんは全ての力を集約し頭上に特大の黒い雷の塊を発生させる。ううん、これは雷というよりもとてつもなく巨大な極太のレーザーかな。
激情の雷はバトルステージの全エリアに降り注ぐ事だろう。必中不可避、流石に逃げ場はない。だけどそれをどうにかする方法は確かに存在する。
「私はあなたの想いを受け止めますッ! はあああッ!」
私は逃げも隠れもせず太陽の剣を頭上に掲げ避雷針の様にし――ド根性で耐えながら雷を受け止めたッ!
「なッ!?」
その単純明快にして普通の人間にはまず不可能な離れ業に、久我さんはもちろんその場にいる全員が唖然としてしまう。いやね、ぶっちゃけ自分でもびっくりしてるよホント。滅茶苦茶ビリビリして痛いけど。
太陽の剣は雷のエネルギーをたっぷりまとった事で仰々しい見た目へと変わってしまう。かつて力を失う前、白き帝と決戦した時もこのように光り輝いていたのだろうか。
「どおっせいやーッ!」
力は十分チャージ出来た! 私は高ぶる気持ちと同時に全ての力を解き放ち、久我さんの魔力をたっぷり吸収した斬撃を飛ばすッ!
「があああッ!?」
それはまさしく風車の理論。彼の想いと私の想いを合わせたその一撃はより強い力になり、久我さんはその巨大な斬撃を回避する事なんて出来るはずもなくもろに直撃してしまったんだ。
「久我ちゃんッ!」
ビッキーさんは血相を変えて撃墜された久我さんに慌てて駆け寄る。私も遠目で様子を見たけど、見た感じかなり息も絶え絶えなものの生きてはいるみたいだ。
「は、はは……無茶苦茶にも程があるよ。これが太陽の英雄の遺志を受け継いだ英雄の力か……悪くないね」
「私もあなたと戦えて楽しかったですよ、久我さん」
私は構えを解いて久我さんに近付き互いの健闘を称え合う。戦いが終わればノーサイド、細かい事はどうだっていいんだ。
「まったく、ハナコさんも最近非常識枠の人間になりつつありますね。少しは世界観ァンを護ってください」
「努力はしてるんですけどね。でもさすがに疲れちゃいました。きゅ~」
しかし安心して気が緩んだせいで、私はフィリアさんとの会話中にバタンキューと倒れてしまう。
久我さんを撃破するなんて大金星としか言いようがない。私は心の中で自画自賛しながら床にごろんと転がり天井を見上げた。
これ以上は戦えそうにないかな。私は他の仲間に本編の攻略を託し、ひとまず目を閉じて眠る事にしたんだ。




