12-84 黒鬼蒐兵にとっての『あの日』の記憶
――黒鬼蒐兵の視点から――
朦朧とする意識の中、俺は朧げな記憶の世界を漂う。
大きな音がして、世界が揺れる。
慣れ親しんだ故郷は音を立てて崩れ去り、蠢く人は倒壊するビルや降り注ぐガレキに押し潰され、あるいは地割れに飲み込まれ呆気なく死んだ。
ヤクザによる無計画な埋め立てと手抜き工事によって作られたネオユートピアは、海の上ではあるがまさしく砂上の楼閣という表現が相応しかった。
だが悲劇は終わらない。
薬品工場から漏れ出たネクロムは空気を、水を汚染し、人々は次々に精神が蝕まれ人の姿をした化け物へと変わっていく。
理性を失った化け物は本能のままに殺し、奪い、犯し、わずかに生き残った人々を貪った。
それは地獄としか言いようがない悲惨な光景だった。
俺たちはわき目も振らず姉貴とギバちゃん、半死半生の美夜子と共に無我夢中で逃げた。今はとにかくこの地獄から抜け出さなければ。
……………。
苦労の末ネオユートピアを脱出するも、悪夢は終わらなかった。
震災後しばらくして姉貴は突然喚き散らすようになったのだ。それが過酷な経験によるものなのか、ネクロムによる後遺症だったのかはわからなかったが、一つだけ確実に言える事は、姉貴はもう壊れ始めていたという頃だった。
ある時家に帰ると姉貴は注射器を持ってそれを自分の腕に突き刺していた。その時見た顔は歪だったものの久しく見る姉の笑顔だった。
下半身には染みが出来、耐え難い悪臭を放っていた。真っ当に生きていては決して手に入る事のない快楽に姉貴は全ての苦しみを解き放ち恍惚とした表情を浮かべる。
違う。こんな笑顔をしてほしくはない。姉貴は何をしているんだ。
それからしばらくして姉貴は笑いながら包丁を振り回し警察に連れていかれた。その後の事は知らないがおそらくそういう場所に連れていかれたのだろう。簡単な刑務作業ですらこなせない罪人が最後に行きつく場所に。
ゴミだらけの部屋で独りになった俺は途方もない恐怖を感じた。
自分もいつかああなってしまうのではないか。いつか精神が壊れ取り返しのつかない過ちを犯してしまうのではないか。
自分の心の中には鬼が潜んでいる。その鬼はいついかなる時も自分を食らおうとしているのだ。
ほんのわずかでも油断したその時――おそらく俺もまた人間でなくなってしまうのだろう。
あれから月日が流れたが悪夢は今も続いている。その悪夢は自分が死ぬまで決して覚める事はないのだろう。自分は死ぬまで恐怖しながら生きていかなければならないのだ。




