11-74 山津見分校の絆
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弓削華澄はぼんやりとした意識の中、白昼夢を見ていた。
家から追い出されやって来た祖父の実家。廃校寸前の学校。娯楽が一切なければ帰るすべもなく島流しとはこのような状況の事を言うのだろう。
何度か会った程度の祖父は自分に優しくしてくれたもののかえって辛かった。知らない場所で知らない人間と暮らす生活は苦痛でしかなかった。
分校の同級生やその友人は奇異の眼差しを向ける。だが生徒は二人だけなので逃げるすべはなかった。
しかしもう人と関わり傷つくのはごめんだ。彼女は徹底的に彼女たちと距離を置く事に努めた。
けれど彼女たちは――それでも懲りずに徹底的におせっかいを焼いたのだ。
そしていつの間にか、彼女は一人ではなくなった。
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「っ」
弓削華澄は山津見分校グラウンドにいる事に気が付いた。腹部の傷口は開き血がにじみ出てきている。次第に痛みは鮮明になり、じくじくと熱が広がった。
けれど今は痛みでもありがたい。戦うための意識を保つ事が出来るのならば。
「あわわ、さっちゃんたち大丈夫かなあ」
「信じるしかないさ、俺たちには何も出来ないからな」
戦いから逃げ出したカヤたちは愛すべき母校が悪意ある人間によって壊されていく様を歯噛みしながら眺める事しか出来なかった。力無き自分たちに出来る事はただただ余所者である二人の英雄に任せる以外の選択肢はなかったのだ。
「カスミちゃんも大丈夫?」
「平気だって。今日一日耐えればいいだけだし」
「そ、そう」
カヤは負傷した彼女を気遣うがその大きく開いた眼に何も言えなくなってしまう。今の友人はまさしく修羅だ。事実自分には何も出来ないのだし、彼女は救済を諦めて見守る事にした。
「あはは、もう終わりだよ、何もかも。もうどうでもいいよ。早く皆で死のうよ!」
「フミ……」
フミは全てに諦観し正常な目をしていなかった。この中で最も心の弱い彼女は終わらない惨劇に精神が壊れてしまった様だ。
弓削華澄は葛藤していた。
かつて自分が絶望の淵に追いやった紗幸は強さを手にし憎かったはずの自分を助けるために戦ってくれている。
弓削華澄は理解した。おそらくそれが弓削華澄と芳野紗幸という人間の運命が分かれた理由に違いない。彼女は戦う事を選び、自分は逃げ続ける事を選んだ、ただそれだけのシンプルな理由だったのだ。
ここで何もしなければ運命は再び繰り返し手にしたもののすべてを失ってしまう。
なのに自分はまた逃げ出すというのか。今までの人生で卑怯な手段を使い苦難をやり過ごしてきた様に。
弓削華澄は覚悟を決め、左手を振りかざした。
「フミちゃんッ!」
「ッ!」
乾いた音が鳴り響きその場にいる全員がその突然の出来事に驚いてしまう。だがもっとも唖然としていたのは頬をぶたれたフミだった。
「いいよ、死ぬ時は一緒だ。友達を一人で死なせるものか」
「え?」
「カスミちゃん、何言って」
可愛そうに、彼女も気が狂ったのか――カヤとサクタロウは一瞬そう考えてしまったがその瞳は飢えた獣の様にギラリと光っており生命感に満ち溢れていた。
「ごめんッ! 私はずっと皆に嘘をついていたッ! 私は最低の人間だったんだッ!」
「カスミちゃん……」
カスミは真っ先に親友に頭を下げて誠心誠意謝罪をした。許しを請うわけではなく、ただ後悔の想いを伝えるために。
「許してくれなくてもいい。だけど死ぬ前に悪あがきする。そのためにはフミちゃんの力が必要だ。フミちゃんも死ぬかもしれない。けど何もしなければどのみち全員死ぬ。だから最後にもう一度信じてくれ!」
そしてフミも理解した。彼女は自分を虐めていた人間とは違う事を。彼女との日常は偽りで塗り固められていたとしてもどうしようもなく楽しくて幸せに満ち溢れていたという事を。
「……いいよ、騙されてあげる。今回はちゃんと決めてよね」
「わかってるよ」
彼女たちはまるで缶蹴りで作戦会議をする様に、どこか楽しげに笑って覚悟を決める。
「おっけ、じゃあ私たちも上手くやるよ」
「適当にアドリブでつなげばいいよな? 怖がっている演技とかして敵を引き付けて」
「ああ、頼む!」
「上手くやってよね!」
力無き者たちは気持ちを一つにして邪なる者と戦う事を決意する。
そしてその時ようやくどこか歪な関係だった山津見分校のメンバーは、本当の意味で仲間になる事が出来たのだった。




