11-71 あの日の償い
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
「ドナドナドーナー」
荷台に座った僕はとりあえずこういう場合にするお約束の歌を歌ってみる。だけど紗幸とゲスミはクスリとも笑わなかったから寂しかったよ。
運転するのはサクタロウ、そして助手席にはカヤ。ただ軽トラは言うまでもなく二人乗りなので残りは農機具と一緒に荷台に乗る事になってしまった。別に僕らは遊びに行くわけじゃないし快適な環境とは程遠い移動手段でも構わないんだけどね。
しかしアレだね。滅茶苦茶気まずいね、うん。
僕は歌を歌うのをやめる。タイヤとエンジンが奏でる無骨な音色は壮行会の演奏にしては少々味気ないけど僕の哀愁を帯びた歌よりかはましであろう。
荷台にいる人間は虐めの加害者と被害者、そいでもって殺そうとした奴と殺されそうになった奴とどう考えても仲良くなれる要素が存在しない関係図だった。っていうか改めて考えると紗幸もよくこんなのと仲良くしようと思ったね?
「あの、弓削さん」
「ん」
沈黙を破ったのは紗幸だった。彼女は勇気を出してゲスミに話しかけると、まさか話しかけられると思っていなかった彼女は驚いてしまう。
「私見たの。弓削さんの記憶を」
「は? 記憶?」
「……弓削さんはお兄さんをニュージーランドの地震で亡くしたんだよね」
「……………」
ゲスミは最初何を言っているのかわからなかったみたいだけど紗幸の口からその言葉を聞き黙り込んでしまった。疑ってはいなかったけどこの反応を見る限りやはりあの光景は本当の記憶だったらしい。
「弓削さんも辛かったのに私はあなたの事を理解しようとしなかった。理解しようとも考えなかった。私の行動や言葉で誰かが傷ついているだなんて考えもしなかった。虐めた人は虐めているって自覚はないっていうけど私もそうだったんだね」
あの記憶を見た紗幸はようやく気付いたんだ。芳野紗幸と弓削華澄という人間は鏡写しの存在である事に。同族嫌悪だなんて言うけれど両者の間では奥底の部分で似通った何かが確かに存在していたんだ。
「お前のした事は虐めじゃねぇよ。ただ私が一方的にカチンと来ただけだ」
「でもあのひどい言葉は私が別の誰かに向けて悪意を持って言った言葉だった。それが巡り巡って絶望の中にいたあなたも傷つけた。それは間違いない事実だよ」
ある人は言う。人を嫌いになった時その理由となった事柄は自分の嫌な面であると。
虐めは虐められるほうが悪いという意見は間違っていると思うけど、もしかしたらあの悲しい過去は因果が巡った結果起こってしまった出来事だったのかもしれない。
「ごめんなさい、弓削さん」
ごめんなさい。それはとても勇気がいる言葉だった。何故ならその言葉は自分が間違っていた事を認め、相手を許す言葉だったのだから。
「……馬鹿じゃねぇの? 謝られる筋合いはねぇっての。そんなにお人よしだからお前は虐められるんだよ」
「でもおかげであなたと知り合う事が出来た。きっと弓削さんとの出会いは私の人生にとって意味がある事だったんだと思う」
「ったく、気色悪い」
その天使の様な慈愛にゲスミは逆に恐怖を感じてしまう。けれどその勇気に感化されたのか、彼女はそれっきり何も言わなくなってしまった。
「すー、はー」
それからゲスミは深呼吸をして心を落ち着かせた。そしてしっかりと紗幸を見つめ、
「私こそごめん。今更何を言っても許されないかもしれないけど……それでも謝らせてくれ」
と、彼女もまた勇気を振り絞ってその言葉を告げたんだ。
「私はあなたを許すよ。ありがとう、弓削さん」
そして紗幸も許しの言葉を告げる。その瞬間、彼女は完全に辛く悲しい過去を乗り越える事が出来たんだ。
「……ったく。どこまでもお人よしなんだよ、お前は」
ゲスミは俯いて静かに泣き、ひどく後悔している様に見えた。そんな彼女を紗幸は優しく抱きしめてその弱さも醜さも罪も、そして優しさもすべてを受け入れたんだ、
「……私は何でこんな奴を虐めたんだろうなあ、クソッ」
ああ、一体誰がこんな事になるだなんて予想しただろう。まさか決して相容れない立場の二人がわかり合う日が来るだなんて。
(よかったね、紗幸)
似たような境遇に置かれた彼女たちはどこで道が分かたれてしまったのだろう。それは残酷だけど運が悪かった、突き詰めればただそれだけだったんだ。
人生というものは最終的な責任は自分自身にあるとはいえ、誰かがほんの少し優しければゲスミはこうはならなかったはずだ。
もちろん虐めをする人間の中には性根が腐りきった人間もいるし、ケースバイケースだから他者を攻撃する人間を安易に同情し肯定したくはなかったけど、彼女は出会う人間を間違えていなければ真っ当に生きていたはずなんだ。
もっと違う出会い方をしていれば二人は分かり合えて友達になれたかもしれない。今となっては叶いもしないもしもの話だけど僕はそれが虚しくてならなかったんだ。




