11-67 神隠しに遭ったカヤとサクタロウの両親について
学校に残したフミの事は気にはなったけど、僕はひとまずフミの自宅に戻り皆と合流する事にした。
「ゲスミ、生きてるー?」
フミの部屋に入り、ベッドの上で眠るゲスミを見た僕はうっかり普段心の中でしていた呼称を使ってしまう。
「……………」
けど彼女は返事をせず眠ったままだった。どうやらいつものように悪態がつけない程度によろしくない状態らしい。
「死んでる?」
「生きてはいるよ」
僕はゲスミの様子を確認するのはほどほどに小声で傍らにいた紗幸に話しかけた。だけど彼女は神妙な面持ちで含みのある言い方をしたのでゲスミが今危機的状況にある事を理解してしまったんだ。
「紗幸が看病してたんだ」
「ううん、全員で。やっぱり私も何かをしたかったし」
かつて自分を地獄に突き落とした人間の看病をする。僕ならばどさくさに紛れて殺していただろうけど、その時紗幸が見せた優しくも切ない横顔はまさしく白衣の天使そのものだった。
あれほどまでに憎んでいた相手を、あれほどまでに恐怖していた相手を助けるだなんて。人ってこんなに強くなれるんだね。
でも参ったな、こりゃ。フミの事だけでも手一杯なのに……僕もゲスミを助けるために何かしたほうがいいかな。
「まあ仮に死んだとしても一晩経てば元通りだけどね」
「カヤ」
どうすべきか迷っていると濡れたタオルを持ってきたカヤが部屋にやって来た。
「その濡れタオルは? 顔に載せて窒息死させるの?」
「それも一つの手かもね」
僕は冗談のつもりで言ったけどカヤはははっ、と笑い肯定してしまった。うーん、こういう退廃的なユーモアはいらないんだけど。
「フミは?」
「学校で会ったけど追い返された」
「そっか」
カヤは任務に失敗した僕を咎める事はなかった。あるいはどの道何をしても無駄だと諦めているのかもしれない。
「なんかごめん、僕たちのせいで君たちの関係を壊して」
そしてそんな悲しい決心をさせてしまったのはほかならぬ僕たちだった。僕たちさえいなければきっと彼女たちは今も変わらず幸せな日々を送っていたはずなのに。
「気にしないで。私たちは所詮壊れかけているのを誤魔化しながら幸せな日常を送っていただけなんだよ。もっと言えば……お父さんとお母さんがいなくなった時からどこか歯車は狂い始めていたから」
カヤは血で染まったタオルと濡れタオルを交換して少しでもゲスミが楽になる様に手探りで看病する。この行為に意味があるかどうかはわからなかったけど、適切な治療を施せない以上天に任せるしかないのだろう。
「私たちはそれなりに幸せだったんだけどね。ある日電車で街に出てそれっきり。最後に携帯のメールに送られてきたのは『間違えて『つやま』って電車に乗っちゃった』っていうの。『つやま』なんて電車はないのにね」
「つやまって」
僕はもちろんその名前に聞き覚えがあった。それに乗ってしまった結果僕らは異界に迷い込んでしまったわけだから忘れるはずなんてなかった。
「昔からこの辺じゃ時々あるらしいよ、神隠し的なアレが。それっきり私と兄ちゃんは二人暮らしで……まあいろいろね」
カヤは言葉を濁したけど僕にはそのいろいろ、の内容がわかっていた。紗幸も悲しそうに俯いていたからきっと同じ事を考えたんだろう。
カヤのサクタロウへの恋心は決して純粋なものではない。その想像を絶する孤独によって壊れた心がもたらした副産物に過ぎないのだ。他に同族がいない中生物がやむを得ず近親交配をする様に、ただそれだけの事だったのだ。
「私はもういいから。要石を壊したければいつでも壊していいよ。私たちのわがままであなたたちやカスミちゃんを巻き添えにしたくないし」
「カヤちゃん……」
そしてカヤは僕らに友のために身を引くという悲しい決意を告げた。まだ未練はあるに違いないのに。
カヤは部屋を立ち去ろうとし、紗幸はたまらずこう尋ねた。
「カヤちゃんは軽蔑しないの? 弓削さんの過去を知って」
「どうだろうね。紗幸ちゃんには悪いけど……それでもやっぱり友達だからさ。どんなに性格が悪くても、一番辛い時に励ましてくれた本当の友達を憎めるわけがないよ。私たちを助けるため何度も何度も痛い思いをしながら殺人鬼に立ち向かって……そんな子を嫌いになれるわけないじゃん」
手当てを終えたカヤは僕たちにそう告げて部屋を出ていく。紗幸は何かを言いたそうだったけど、結局何も言えずにまたしょんぼりしてしまったんだ。
カヤとゲスミの間に何があったのかは僕たちに知るすべはない。けれどただ一つだけ間違いなく断言出来るのは彼女にとってゲスミは親友と呼べる人間だったという事だ。
「なんていうか、ままならないね」
「ままならねぇねー」
僕に出来る事は相槌を打つ事だけだった。
結局この物語には最初からハッピーエンドは存在していない。僕たちにはみんなを救う事なんて出来ないんだと改めて実感し、ただただ寂しく黄昏ながら絶望する事しか出来なかったんだ。
「ごめん……」
「え?」
ふとその時うめき声が聞こえる。僕らはしばらくしてそれがゲスミの口から発せられたものだと理解し、少しだけ安堵してしまったんだ。
ゲスミはしぶといからそう簡単にくたばるとは思わなかったけどどうやら命の灯はまだ消えていないらしい。
「無理しなくていいよ。寝てて」
僕もまた彼女を気遣った紗幸同様、あれだけ憎くて仕方がなかったゲスミの身を案じている事に気付き苦笑してしまう。僕はこんなキャラじゃないんだけどなあ。
しかしゲスミの様子を観察していると、
(ん?)
彼女の胸元から白く光り輝くきらめきの様なものが出現し、そのまばゆい光に僕の目は眩んでしまう。これは一体何かな。
「あれ?」
僕らは最初それが何なのか理解できなかったけど、しばらくして魂ではないかと思い紗幸は慌ててしまう。何となく悪いものではなさそうだけど……。
「何だろうこれ。も、もしかして幽体離脱? 戻したほうがいいかな? でもどうやって」
「さあ。とりあえず押し込んでみる?」
「う、うん」
どう対処すればいいのかわからなかったけれど、紗幸はひとまず僕のアドバイス通りゲスミの肉体に戻すためそのきらめきに手を触れた。
「へ――?」
「?」
だけど彼女が光に手を触れた瞬間膨大な量の情報が脳に流れ込んでくる。そして僕らの意識は世界から切り離されてしまったんだ。




