11-66 かつてフミの中学校で虐められていたユイという少女について
発狂して飛び出たフミを追いかけ、僕は一定の距離を保ちながら彼女を尾行した。
今話しかけても先ほどの様子では会話をする事は出来ないだろう。殺人鬼が現れればすぐにわかるしまずは落ち着かせるための時間を与えないと。
しかしフミはどこに向かっているのだろう。方角的には学校だけど……一人になるにはちょうどいい場所かな。
いい感じに距離を保っているので向こうがこちらに気付く事はない。そしてやはり予想通り彼女は校門をくぐって学校の敷地内に入った。
だが彼女は校舎に入る事なく素通りしてしまう。はて、どこに行くつもりなのかな。
「あら」
そしてようやく尾行は終了する。フミがやって来たのはニワトリ小屋の前で、彼女は小屋のカギを開けて中に入っていったのだ。
バサバサと暴れる音が聞こえた数秒後、彼女は一羽のニワトリを捕まえて小屋から出てきた。そのニワトリは羽がむしられていたので、虐められていたあのニワトリだという事はすぐにわかった。
彼女はニワトリを地面に置いて扉を閉める。虐められていたニワトリは一瞬どうすればいいのかわからなかったみたいだけど、自由を選びトコトコとどこかに逃げ出してしまう。そしてニワトリを逃がしてあげたフミは虚無感の漂う瞳でそのみじめなニワトリの後姿を見えなくなるまでじっと見つめていた。
「結局逃がしたんだね、その子」
「群れで生きられない子がより過酷な自然界で生き残れるかどうかはわかりませんけどね。どうせ野良犬かクマに食べられちゃうと思います」
僕が話しかけると彼女はフッとアンニュイな笑みを浮かべる。最初出会った時はほんわか系の純粋な少女という印象だったのにたった数日で随分と印象が変わってしまったものだ。
「先ほどは取り乱して申し訳ありません。けどもう……いろいろ無理だったんです。私はそんなに強くないので。私を助けてくれたユイちゃんが代わりに虐められても何も出来ませんでしたから」
「ユイちゃん?」
「卒業式の黒板アートに描かれていなかったクラスメイトですよ。知らなかったんですか? 人の心に土足で足を踏み入れる探偵ごっこが好きなあなたはてっきりもう知っていると思っていましたけど」
フミの口から新しい人名が出てきたので僕が確認すると彼女は棘のある言い方でそう教えてくれた。何となくそうだとは思っていたけどやはり彼女の中学時代のクラスで虐めはあった様だ。
「ユイちゃんは強い子でした。東北の震災で引っ越す事になって、担任のユキシモ先生も含めてクラスぐるみで虐めていた私を助けてくれて、代わりに虐められても弱音を吐かず私のために耐え続けて……」
「ちなみにそのユイって女の子はどうなったんだい?」
「卒業式の後お祝いだっていって川に連れていかれて、手足を縛られた状態で橋から放り投げられてそのまま溺れて今は植物状態だそうです。虐めの加害者の中に全国レベルのアスリートがいたので、学校の顔と未来を潰したくないって理由で全力で隠ぺいされましたからニュースにはなってませんけど」
「それ虐めってレベルなのかなあ。普通に殺人未遂だけど」
「あなたも知っているんじゃないですか。『遊びのつもりだった』『加害者にも未来がある』って奴です。指を切断しても内臓が破裂しても性暴力でも強盗でも全てが許される魔法の言葉ですよ」
「なるほどねぇ」
僕は経験者の言葉を聞いて納得してしまう。人の悪意は悪魔をも凌駕する。虐めというものは明るみにならない事も多いので殺人未遂や強姦をした凶悪な元加害者は案外その辺に潜んでいるのだ。
「ユキシモ先生があの最悪の黒板アートで芸術家として有名になった時私は吐きそうになりました。あれはまさしく虐めの証拠なのに先生は心にもない事をべらべら喋って、チャリティー番組でも取り上げられて。ユイちゃんの事はなかった事にされちゃったんですよ。だからユキシモ先生が真実を知っている人間に脅されてお金をせびられているって知った時は少し嬉しかったですね」
フミはかつて自分の身に起こった事件について話してくれた。ユキシモの身に起こった事は自業自得だけど、加害者は結構な頻度で虐めの加害者だったという事実が後になって響く事を知らないんだろうな。
「だけど私のクラスメイトが殺されているって事は犯人の動機はやっぱりあの虐めなんでしょうね。そしてそれは……」
「ユキシモ先生だろうね、状況的に。虐めの事実を世間に暴露されたら彼が一番困るだろうから」
殺人鬼の正体はユキシモ、確証はないけどそう考えるのが自然だろう。フミも同じ意見なのか無言でコクリと頷いた。
「フミ、一人でいるのは危険だ。皆の所に戻ろう」
ただそれはそれとして僕はフミを連れ戻さなければいけなかった。そうしなければきっと、いや確実にフミはまた殺されるだろうから。
「皆の所に行けばカスミちゃんがいますし。あんな事を言っちゃったしもう戻れませんよ」
「そっか。やっぱりカスミの事は嫌い?」
「……わかってますよ。カスミちゃんと中学時代のクラスメイトは関係ない事は。だけど無理なんです。虐めをしてた人と同じ場所にいて同じ空気を吸うだなんて」
「そう。なら仕方ないか」
フミの理由を聞いた僕はとてもではないけど無理強いをさせる気にはなれなかった。もし紗幸が同じ立場なら――きっと僕も一緒にあいつを拒絶していただろうから。
「大丈夫です。どうせ死んでも生き返るんでしょう。だからお願いです、もう帰ってください」
「……………」
「帰ってよ」
「わかったよ」
彼女はなかなか帰らない僕に対して強い口調でそう告げたので僕は仕方なく皆の所に帰る事にした。そりゃ不安っちゃあ不安だけど……こればかりはどうしようもないからね。




