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クラレント男爵家が始まる

だいぶ話が進んだ感が、これからも頑張ります。


「ほら、ちゃんと背負って」


少女の背にあるザックをグッと持ち上げると、ダラっと肩からずり落ちた担ぎひもを戻す。

ザックは、少女と同じくらいの幅があり、遠くから見ればザックが宙に浮いているようにも見えるだろう。

使い古されたザックと少女の身に付けた真新しい侍従服のアンバランスさが、なんだか面白かった。

「フィオナ・・・」

そんな、少しだけ沸き立つような気持ちでいた私とは対照的に少女は随分と気落ちしたような顔をしている。

つい数刻前に、住み馴れたキャンプ地を出立した時は、これまで袖を通したこともないような

見事な仕立ての侍従服に、顔を輝かせていたはずだったのに、一体どうしたことだろうか。


「ドナ・・・どうしたの?」

小さな彼女の目線に合わせ、顔を覗き込むとドナは口を開く。

「フィオナ、私とっても不安なの」

ドナは、クシャリと顔を歪めると、不安な心情を吐露した。

貴族に仕える不安、自分たちのこれからについての不安。様々な感情の折り重なりと、かつて、都合の良い夢を見せられ、それ以上の絶望を味わった経験が彼女の心を不安にさせていることがわかった。

ふと周りも見渡すと、ドナと同じくらいの年齢の少年、少女たちも泣きそうな顔をしており、少し年上の子たちは、その様子に充てられ、同様に不安の様子を見せていた。

私は、そんな姿を見ると、これまで愛用してきたフードを取り去るように外してみせた。

そして、ドナは私の顔を見ると、呆けたように口をポカンと開けた。


「どう?ドナ、私の顔はキレイ?」

そう尋ね、ジッととドナの目を見ると、少女は顔を赤くしながら頷いた。

「とっても・・・とってもキレイよ。フィオナ、まるで春の女神様のようだわ」

春の女神というのは、昔話に出てくる黄金色の髪と新緑のような瞳を持った女神のことだが、そこで私は自分の質問の意図が伝わっていないことに気付いた。

「あ、ありがとう、ドナ。でもね、そうじゃなくて、私の顔の傷が無くなったでしょ、ってことを聞いたのよ」


そういうと、少女は改めて、それに気付いたように「そういえば、そうだわ。どうして、傷がキレイさっぱり無くなったの?」と聞いた。


「これはね、これからお会いする領主様の素晴らしい力のおかげなのよ」

私は、これから向かうクラレント男爵家のクラレント卿やフラン様、ミュラー様がいかに優しい方々かと言う事を話して聴かせた。

「・・・・だからね。何も心配はいらないのよ」

そう言って、ドナに微笑みかけると、彼女はまだ不安を払拭し切れたわけではないだろうに、奮い立つように笑顔をみせた。

「うん、素敵な笑顔よ。ドナ。・・・さあ!クラレント男爵様のお家まであと少しよ。みんな行きましょう!」

そうして、その場にいる全員に檄を飛ばすと、改めて、その歩みを進めていくことにした。


オルフクの町を越え、見晴らしの良い小高い丘の上にその邸宅はあった。

染みやひび割れの一つもないような大理石の壁と所々に施された美しい花のモチーフが美しく飾られていた。

初夏の陽光を浴び、雲一つない青空に映えるその白亜の邸宅はまるで一枚の絵画のようであった。


そんな姿を目の当たりにしてから、このまま進んで良いのか、それとも裏手に回るべきなのかを悩み始めたところで、その邸宅の正面にある木製の重厚な扉の正面に見知った3人が居ることに気がついた。


フランとミュラー、そしてその真ん中で、なぜか鎮座する豪勢な椅子にどっかりと身体を預け、毛皮のコートとあまり似合わない貴族服を見に纏いながら足を組むジュードが睥睨するような眼差しでこちらを見据えていた。

3人が居る以上、裏手に回るのもおかしな事なので、とりあえず、彼らの元へと向かって進んでいく。


そして、その正面、表情もわかる距離まで近づいたところで、ジュードが口火を切った

「よく来た。我が新たな下僕たちよ。大いに・・・か、歓迎しよう」

言葉は横柄だが、明らかに無理をしている様子だ。しかし、彼のことをよく知らないほかの子たちは若干怯えのような表情が浮かんでいた。


「このぼ、我の下僕となったからには、貴様らの、きさまらの・・・」

そこまで言い掛け、ジュードはやおら立ち上がり、毛皮のコートを脱ぎ捨て、地面に叩きつけた。

「無理です!僕には言えません!『貴様らの血肉の一滴、骨の髄まで、我に捧げよ』なんて言えません!」

「痴れ者!何を言うか、貴族に仕えると言うのは、それなりの覚悟を持たねばならんのだ!」

「だからって!これまで辛い思いをしてきた子たちに掛ける言葉じゃあ、ないじゃないですか!!」

「貴族の相手をする時にそういう気持ちで居ねば、辛い思いをするのは彼奴等なのだぞ!?」


ジュードとミュラーが言い争いを始め、それをフランが呆れたように眺めている。

突然始まった良い争いは、互いに平行線であったが、彼らが私たちのことを如何に心配し、考えているか、ということはとてもよく伝わった。そんな2人のやり取りを見聞きし、心なしか不安そうな表情をしていた私たちは、改めて、クラレント男爵家に仕えることになった。

それは、長く辛い旅を続けてきた私たちの安住の地、理想郷に辿り着いた瞬間でもあった。


数刻後・・・。

「ありがとう、お姉さん!」

フランは、私にしてくれたように、顔の傷やそれぞれが持っていた怪我を一人づつ、キレイに直してくれた。

ドナは、これまで以上に元気な声で、お礼を言うと、フランはふわりとした雰囲気で微笑む。

「ふふ、ドナちゃん、私のことはメイド長と呼んでくれればいいの」

そういうと、ドナは、わぁーと声を上げ、「メイド長、ありがとう!」そう言ってフランに抱きつくと、周りに居た彼女と同年代の子たちはフランに駆け寄り、ありがとう、ありがとうと抱きついていった。

フランは、抱き付く子供たちをまとめて抱きしめ返していた。


「みんな、よく来てくれたわ!クラレント男爵家にようこそ!一緒に頑張りましょうね」


◇◇◇


「騎士長からの報告は以上です」

腹心の一人である王国騎士団長レオポルトからの報告は恐るべき内容であった。

「人造魔導士計画・・・ですか」

そう呟いた国教の大司教であるサエルンドは神に祈るように手を合わせた。実際に神に人の業の深さを懺悔したのだろう。

魔法適性を持つ者は貴重だ、神の恩寵と評される場合もある。


「報告ご苦労。大義であった・・・ゆっくり休め」

報告を終えた若い騎士は若干赤面をしながら敬礼すると、踵を返し退室していった。


「さて、シャルロッテ陛下、早速ミュゼレム・・・いや、クラレント卿がやってくれたようですね」

宰相のイヴァンは、これは予定通りですか?と詰問するかのような表情でこちらを見てくる。


「まあまあ、そう怖い顔をするな、イヴァン、我らの愛しき女王陛下の偉大な歴史に新たな1ページが加わったということさ」

貴族の筆頭フレーベル公爵のゲオルグが宥めるように軽い調子で話をする。


「ふ、トラブルに鼻の利く男だ。王都で子飼いにするより、よっぽど有意義な使い方であろう?」

けむに巻くような言い方をすると、3人は三者三様の「やれやれ」といった素振りをした後に、にやりと笑って見せた。


ジュードに拝領させるというのは、私の独断であった。いや内々に打診があった事実は否定しないが、それでも叙爵と拝領を合わせて行うには、多少なりとも抵抗が大きかった。実際に、腹心の4人には、それぞれの縁から種々の苦情やらが届いているらしかったが、ゲオルグとイヴァンの采配で残る召し上げた所領の分割について意見を募れば、その話は一気に鎮静化し、4人も今回の件で、ジュードに拝領させた目的については概ね理解できたようだった。


(しかし、クラレント領・・・あのお兄様が所望した領、ね)

王位継承権からもっとも遠く、それでいて王にもっとも必要な能力を全て備えていたスチュアートが、王位継承の新たな火種となることを危惧した時の王は、公爵位の拝命と共に王領の一つを好きに拝領させるという破格の条件を用意した。


日頃から『王になる』と言って憚らない王子を説得するのは、一筋縄では行かないように思えたが、どういった心変わりか、それを王子は簡単に受け入れ、所望した王領がクラレントであった。

クラレント領は、風光明媚が売りの、逆に言えば、それしか取り柄のない領でもあった。

しかし、表向きスチュアートが戦死したことを受け、別の侯爵家に拝領させたが、その後に愚かにも反乱を起こし、また王領に戻っていた。

(お兄さま、いいえ、お姉さまという線もあるわね)


シャルルは、しばらく会えていない二人ともう一人、彼らの側に付き従う、一人の青年のことを思い出し、薄く笑った。

次週は遅くなるかもです。

特に告知などはできないと思うので、お察しください。

よろしくお願いします。

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