新人冒険者パーティー
○ ● ○ ●
私はエッダ=カイト=シュレム、十三歳。
人狼族と虎人族のハーフの獣人族。
カイトという名は部族名で、シュレムという名は一族の名前。
獣人族は神よりも祖霊を崇める戦士としての文化傾向が強く、大抵が自身のルーツである部族名や、一族の名を入れています。
そんな私の両親の故郷は、四大国のうち一つである《エスピリトゥ聖樹国》の西側にあり、各集落を部族の長が纏めるという形で暮らしており、正直蛮族の国と罵られても仕方ない有様だったそうです。
それも好戦的な獣人族があまりに多く、日々部族間抗争が絶えず行われており、長年多数の部族が入り乱れる紛争地帯のようであったと聞いています。
父は人狼族の戦士で、母は敵対部族である虎人族の姫でしたが、お互い恋をし、その恋慕の思いに抗う事は出来ず。
そのため、あらゆる獣人が秩序を保ち纏まって暮らしている、遠く離れたクラージュ獣人国まで駆け落ちしようと決意したそうです。
道中は戦士として名高かった父と、高名な式鬼使いの母は冒険者業を続けながら東へ東へと旅をしました。
《エスピリトゥ聖樹国》を抜け《デナーロ商業国》を抜け、クラージュ獣人国手前の《ジュラメント神聖国》に辿り着いた頃に私が生まれました。
ジュラメント神聖国は徹底した人族至上主義国家であり、亜人種である獣人排斥運動は両親の予想以上だったようで、獣人だとバレれば命が危ういという国でした。
幼い私を連れての旅は負担が大きすぎるということで、私が成長するまでの間しばらく最南の田舎町にひっそりと滞在することにしました。
幼い頃から母の手ほどきを受けて人族に化ける魔術を使えたおかげで、なんとか村にも溶け込んで生活できていました。
隠れ住むような暮らしでしたが、特に不便なく日々を過ごせていたある日、突然領主様が視察と称して村にやってきたのです。
私の容姿は良くも悪くも目を引くもので、私はその場で領主様に見初められてしまい、屋敷にお呼ばれする事が決まってしまいました。
ここの領主様はこういった行為を頻繁に行う事で有名でした。
もちろん他にも領主様の評判は、とても聞くに耐えなような酷いものばかり。
私のこの先は噂が事実なら、加虐趣味の領主に甚振られる事は間違いなく、このままでは死より辛い運命が待っているのは確実。
領主様が村長の歓待を受けている間のうちに、逃亡を図ろうと私達家族は突発的に計画しました。
しかし、どうやら見張りをつけられていたようで、私達は家を出てすぐに見つかってしまい、そのまま一人の兵士に腕を掴まれ強引に連れていかれそうなところ、私はあまりの恐怖に全力で腕を振りほどいてしまいました。
兵士の人は吹き飛び、同時に私の隠蔽魔術も解けてしまい、獣人であることもバレてしまいました。
その大きな騒ぎに村中のものが集まりだし、そして私を見た村人達は皆一様に硬直していました。
私の翠の瞳に猫のように縦に細い瞳孔、白に近い灰色の長い髪に狼のような耳と尻尾。
数瞬の硬直のあと、つい数日前までは優しかった村人の大人達も、友達だと思っていた近所の子達も皆が嫌悪の表情を浮かべ、私に向けて罵詈雑言をはきながら石を投げつけてきました。
『人間の出来損ない』
『疫病神』
『神に見放されたもの』
『悪魔の手先』
父と母はすぐさま村人を追い払いましたが、領主の兵は以前残ったまま。
私が獣人だと知ると兵士達は『不浄である』とすぐさま領主の命で村に火を放ち、そのうえで私達を捕まえようと追ってきました。
父が兵たちと交戦しますが多勢に無勢。
それでも戦士である父はとても強く、なんとか兵を追い払う事が出来ました。
そのまま移動し続け一夜暮れ。
私達はクラージュ獣人国へと足早に逃げ込もうとしたのですが、既に周囲は厳戒体制が敷かれており、突破は困難。
元よりクラージュ獣人国とジュラメント神聖国は仲が悪く、常に国境付近には多くの兵が詰めており、そこを抜けるのは無理だとすぐに悟り。
けれどここよりはマシだと、私達はすぐ南のティグレル王国に行き先を変える事としました。
面子にかけてなのか毎日執拗に追っ手をかけられ、そのたび父が交戦するも徐々に疲弊していき。
このままでは後がないと理解した両親。
母は私に一族の式鬼神を託し、私を逃すため父と足止めをする決意を固め、私は一人で逃げる事となりました。
無力な私には泣きながらも、逃げる選択を選ぶしかなかったのです。
逃げ込む先は天然の大森林の要塞。
しかし森の中は獣人の独壇場。
私は獣人特有の嗅覚と聴覚で追っ手を巻き、魔物から身を守るため気配を消し。
追っ手は凄腕でしたが、ヴィシュトル王国に戦意有りと思われないため必然的に少数。
そして大森林といえども、一定の範囲を超えると、流石に政治的に不味いのか、どうにか追ってからは逃げ切ることができました。
しかし多くの魔物が跋扈する大森林を、慎重に進む毎日は精神がすり減る日々でした。
そんな日々を数ヶ月程過ごし、そうして命からがらどうにかヴィシュトル王国にたどり着くことが出来ました。
最北の街カルローネ領は、どんなところなのだろうと戦々恐々としていましたが、そこは冒険者の街といった様相で、亜人も多く、獣人も往来を堂々と歩いていたのを見て、ホッと安堵の涙を流しました。
どうあれ、なんとか聖軍とやらから逃げ延び、ようやくヴィシュトル王国内に。
しかし当然のことながら、今の私には持ち合わせはもちろん殆どありません。
父と母と旅をしている道中、私も冒険者としての登録を済ませていたので、そこで日銭を稼ごうとカルローネ領の冒険者組合に足を運ぶ事にしました。
ここではどうやら女性冒険者が多く見られたので、それなら同性で出来るだけ歳の近い人と組めれば良いのですが……。
しかし、そんな能天気な考えはそうそうに打ち砕かれる事となりました。
誰に声をかけてもパーティーを組んでくれる人は見つからず。
私がたとえ、一人前と呼ばれる四級の冒険者であっても、この年齢。
そして今のボロボロの格好では、訳ありのように見られても仕方がなく、誰も好き好んでパーティーに入れようとは思わないでしょう。
ならばソロでの活動しかないのですが、腕に覚えがあっても、未知の土地で最初からソロというのは危険が大きい。
どうしたものかと途方に暮れていたところ、目を見張るような美しい女性に声をかけられました。
――ねえ、貴方、もしかして今とてもお金に困っているのではないかしら?
それが私の人生の分岐点だったのです。
○ ● ○ ●
予想以上に面倒な手続きを終えて、二階から階段を降りていると人の顔が良く見えた。
美人どころが揃っているのにも関わらず、ほとんどの冒険者達は極力私たちと目が合わないよう注意しているようであった。
しかし全員がそうではなく、特に年若い青年達は、私達に見惚れて呆けている者もそこそこいた。
けれどその都度、近くのベテランと思わしき冒険者に目を向けるなと小声で注意されている。
どうやら狙い通りに、バックに大物がいると認識してくれているようである。
二階という特別室から出てきたというのも、それに拍車をかけているのかもしれない。
なにはともあれ、登録は終えたので依頼表が張り出されている付近へと足を運ぶ。
本来のセオリーならギルド職員が、ランクに見合った依頼を選別してくれるらしいのだが、登録したての六級である新人の小娘にしか見えない私達には、程度の低い依頼しか選別してもらえないだろう。
それではいささか楽しくはない。
「あら?」
「お姉様どうかされました?」
依頼表よりも前に私の目に止まったのは一人の少女。
恐らく獣人のハーフであった。
歳のほどは13、14歳程だろうか? しかし魂魄の大きな私達と見た目年齢による差異はあまりない。
平民からみたら若干私達の方が年上に見えるくらいだろうか?
魂魄の大きな者は成長が早く、そして一定の年齢で老化が止まるのが貴族の常識だが、平民はそれを知らない人が多い。
そんな彼女は薄汚れていた。
普段の私の美意識的には目にも入れたくないような者であるが、なぜだか興味が引かれ彼女を見つめる。
その違和感の正体にはすぐに気づいた。
今は薄汚れ、披露疲労で顔色の悪い少女だが、磨けば光る美しさを持っている。
「ミラ、あの子どう思う?」
なんとなくミーランにも訪ねてみる。
私が指さした彼女を見ると、生粋の王族であるミーランは一瞬眉をしかめたが、すぐに元通りの表情に。
「汚らしいだけで、見目は良いですね」
「そうよね。せっかくだからあの子とパーティーを組みましょう」
それはなんとなく気になった野良猫を拾うような気分といったところ。
特に意味はない。
ただそうしたいと思ったからそうするだけ。
刹那的に生きる悪魔という種族の思考だ。
それは人の身体を得ても変わりはないようだ。
しかしミーランは別の視点から、その意見に賛成したようだった。
「そうですね。一般的な冒険者の腕前を知るのにもいい機会ですし、あの年齢でソロで活動しているからには、それなりに腕も立つのでしょう。しかし流れ者のような格好ですから、ここに来てまだ日も浅いはず。横のつながりは殆どないでしょう。そして同性の冒険者というのも面倒ごとが少なくなりそうですし、冒険者のいろはを知るのにも、彼女は丁度良い人材かもしれませんね」
「お、おぉ……」
軽い気持ちで彼女をパーティーに入れようとした私とは違い、ミーランはしっかりとしていて思わず慄いた。
私狂信者のせいで忘れがちだが、ミーランはあの白鐸が異常と評する知恵者なのだ。
そしてリアもバカではないし、むしろかなり有能だ。
ふたりとも私が関わるとお馬鹿になるだけで。
彼女は小さな背で背伸びをしながら、時折ぴょんぴょんと跳ねて、人垣の後ろの方から壁に貼られた依頼表を眺めていた。
依頼を決めかねているうちに、さっそく近づき声をかける。
「ねえ、貴方、もしかして今とてもお金に困っているのではないかしら?」
それはキョロキョロと依頼表をよくよく吟味していた少女の様子や、そのボロボロの格好からなんとなくであたりをつけた言葉である。
いきなりパーティーに誘うのではなく、まずは会話の糸口を探ってからだ。
アイスブレイクは大事である。
「……はい。確かに困っています、が……」
なんの用だと言わんばかりの警戒心。
けれど彼女の表情は殆ど動かない。
感情の機微が表情に出ない子なのかな。
こういった子はそういった訓練を受けたか、もしくは過ごした環境でそうなる。
フェーレの場合は前者だろうが、この子の場合は後者だろう。
特別な訓練を受けたものの動きは見られない。
そして顔に滲み出ている極度の疲労感から、苦労していることが窺える。
それも加味してお金に困っているのだろうと、あたりをつけていた。
「私達さっき登録したばかりの冒険者なのよね。あ、私はルシルでこの子は妹のミラね」
「ルシルお姉様の妹のミラです! よろしくおねがいします!」
ミーランの頭にポンと手を置くと、満面の笑みで自己紹介するミーラン。
対する少女は、ミーランのその笑みに少し警戒心が緩んだ様子。
「……そうですか。…………私はエッダです」
「そう、エッダというのね。あなたの指輪Ⅳの数字が刻まれているでしょう? 冒険者は四級で一人前って聞いたものだから。歳が近くて、なおかつ同性の貴方とパーティーを組んで、依頼をこなしながら色々と冒険者の事について教えてもらおうと思って声をかけたのよ」
「つまり、私とパーティーが組みたい……と?」
「ええ、そう言ってるのよ。私達は勉強のつもりだから、取り分は殆ど貴方が持っていってもいいわ。どうかしら?」
エッダは一瞬考える素振りをみせ、私達の後ろにいる、いかにもな護衛のフェーレとリアを一瞬みやって、頷いた。
「……わかった。よろしくおねがいします」
きっと私達がお荷物になっても、武の心得があるものが二人いるなら問題ないと判断したのだろう。
そしてなにより私達は、身元があからさま過ぎて逆に怪しくない。
四級程度の冒険者を詐欺で引っ掛けるような、小遣い稼ぎするほどお金に困っているようにも見えないのも安心できるだろう。
「そう。話が早くて助かるわ。それじゃあ改めてこっちの青白い髪の子がフェーレで、焦げ茶色の髪のがリアよ」
「うん……よろしくおねがいします」
僅かに首を縦に振って抑揚のない声で返事をするエッダは、少し言葉に訛りがあるようだった。
別の国から来たのだろうか? といっても東側諸国は殆ど言語に差異はない。
ということは必然的に西側諸国出身になるのだろうが、かなり離れた所からここまで来たのだろうか? どういう経緯?
そんな事を考えていると、リアとフェーレが一歩前に出る。
「こちらこそよろしくお願い致します。ルシルお嬢様の専属護衛を努め上げているリアです」
「ルシル様とミラ様の護衛を担っておりますフェーレと申します。よろしくお願いいたします」
リアとフェーレも挨拶を返すが、リアは建前でもいいから私だけじゃなく、ミーランの護衛だともいってほしい。
それと少し思ったけどフェーレとエッダはちょっと無表情なとこがどこか似ている気がする。
フェーレの無表情はなんというか、職務に忠実な真面目さというか、大人びた堅い雰囲気があるけれど、エッダの無表情には目の好奇心が隠せていないような。
なんだか無邪気というか、庇護欲を唆るというかそんな雰囲気がある。
同じ無表情にもこんなに違いがあるとは、思わなかった。
きっとエッダの少し低めの身長がそう感じさせるのかもしれない。
人間とは奥深いものだ。
しかし今のエッダの姿は見るに耐えない。
せっかくの素材の良さが台無しである。
私はエッダに近づき、彼女の肩を片手で掴む。
「さて、その前にまずは『聖なる光に包まれ、汚れと穢れを落とし、凛として礼として、在るべき美の姿へ、浄化』」
魔術を使うと、薄汚れていたエッダの全身から汚れが取れる。
完全な灰色の髪かと思っていたけど白っぽい灰色の髪が、薄汚れてそう見えていただけだった。
流石にボロボロの服装はどうしようもないが、それでもさっきよりかなりマシな見た目になった。
いや、というか予想以上に美しい。
…………これは、うちで雇おうかな。
「……!! 光魔術……ルシル、すごいです!」
「そうよ、私はすごいのよ」
褒められるのは嫌いではない。
「はい! お姉様はすごいのですよ!」
「ええ、ルシルお嬢様は特別ですから」
「はい。それについては私にも異論ありません」
ミーランとリアとフェーレが拍手する。
それに合わせて、エッダもつられるように拍手してくれる。
腕を組んでドヤってみたけど、流石にここまで持ち上げられると少し恥ずかしい……。
顔が熱い……。
でも心なしかエッダの純粋無垢な瞳がキラキラしている気がするので良しとしよう。
そして周囲の人間も、目を見張って驚きながらパラパラと拍手している。
魔法は殆ど貴族の特権だ。
偶に平民にも魔法を使える者はいるが、殆どいないに等しい。
魔術はそれなりに使える者はいるが、それでもかなり希有な存在ではある。
見目の麗しさだけでなく、実力ある魔術師として認定されてしまったのかもしれない。
それ故、注目を盛大に浴びてしまった。
結構まずってしまった。
やばい、ちょっとかわいい子の前で調子に乗った。
エッダの瞳は宝石眼ではない。
しかし魂器が3000程はあるようだ。
これは下位貴族並で、平民にしては珍しい。
話を逸らすように大声で別の話題を振って、一連の拍手の流れを止める。
「そ、それじゃさっそく依頼を決めちゃいましょうか。えと……、依頼内容はエッダに任せるわ」
「ん。わかりました」
そのままトテトテと依頼表の張り出された場所まで早歩きで向かう。
周囲の冒険者は一転して、浮浪者のような少女が、大きなバッグをつけた瞬間を目撃していたので、すぐに道を開けた。
そうしてしばらく悩んでいたエッダは一つの依頼表を持ってきた。
「……これにしましょう」
そうしてエッダが持ってきた依頼表を見せてもらう。
「どれどれ、フォレストウルフ討伐……あれ? でもこれ常備依頼って書いてるわね」
常備依頼とは、いわゆる増えすぎないようにするための間引きである。
そして討伐した素材をギルド側が買い取ってくれる。
そういった魔物の素材は商業ギルドに卸されるそうだ。
エッダが向かった依頼表が張り出された場所には、本来常備依頼は張り出されていない。
他に常備依頼専用のボードがあり、そこに張り出され周知されるのだ。
「うん……。本当は連携を確かめるために、最初はゴブリンとかの常備依頼が良いと思ってた。けど常備依頼の魔物は、数が多いけれどその分、駆け出しが多く狩るからなかなか出会えない事が多い。けど運良く今はフォレストウルフが大量発生している……らしいです。だから、本依頼のボードに張り出されてた。……報酬もいつもより少しだけ多め」
もしかして私達に金銭が入らないから、報奨金が多い依頼を選んだとかじゃないよね?
まあ、それでもいいんだけどさ。
「なるほど……たしかに連携確認は大事よね」
「お姉様、フォレストウルフはそれ自体が群れで活動する魔物で、連携して襲ってくるので、こちらの連携確認にも良い相手だと思います」
「連携する相手に対して、こちらも連携しながら……うん、ミラも良いみたいだし、いいんんじゃないかしら」
「じゃあ……これ、受注してきます」
終始表情の変わらないエッダが、トテトテと小さな身長でカウンターに向かって依頼表を提出しにいく。
◇◇◇
フォレストウルフが大量発生していると噂の森へ、徒歩での移動の道中。
腕を絡ませてくるミーランにげんなりしつつ、エッダの得意戦法を聞いていなかったことを思い出す。
「一応私達はみんな実は魔法を使えるのだけれど、エッダはどういった戦いをするのかしら?」
「ん……みんな魔法……すごい。私は小剣です。魔闘士。近接が得意かも……」
そういって腰に下げた小剣をポンポンと叩く。
「なるほど。ならフェーレとリアが前衛でエッダが中衛かしら? 完全に魔法職の私とミラが後衛ね」
「……でも私、実は本職は式鬼使い、です」
「あら。それは楽しみね」
「うん。お楽しみに」
それにしても本来魔法を使える者は高位貴族であるのが当たり前なのだが、彼女からそういった話題は出てこない。
名刺代わりに高位貴族であると暗に告げたつもりだったのだが……。
敢えて詮索してこないのかとも思ったが、どうやら本当に私達が貴族であるとは思われていない様子だった。
ならば西側諸国出身という可能性は、きっとほぼ間違いないのだと思う。
あちらは東側諸国と違って、魔法が使えるものが高位貴族だとかそういった常識はない。
相手の過去を詮索するのは冒険者のマナー的によろしくないようだが、私は気になるのでエッダの過去を根掘り葉掘り聞いてみたところ、エッダはあっさりと今までの事をあっさり答えてくれた。
なかなか壮絶な体験をしてやってきたらしく、道中の重い雰囲気に聞かなきゃよかったと思った。
◇◇◇
フォレストウルフが多く現れるという森に入って十数分。
「ルシルお嬢様。前方より12匹フォレストウルフが迫ってきています」
もちろん私が気づいている事に、リアも気づいているが、あえてリアが報告する。
「リアさん……すごい。獣人の私より鼻が効く……? 耳が良い……?」
「索敵に自信がなくては護衛が務まりませんからね。当然です!」
ムフーっと自慢するリア。
そうして現れたフォレストウルフが私達囲むように布陣しようとするが、リアとフェーレが両翼を抑える形で素早く迂回移動して、抜いた長剣で勢いよく頭を切り落とす。
本来フェーレの獲物はナイフであり、身軽さを利用した戦いをするらしいが見事に前衛職に偽装出来ている。
リアも本来の戦闘スタイルは数多い特性魔法と法術の組み合わせだが、こちらも普通に剣を使って戦っている。
器用なことだ。
これで残りは十匹。
フォレストウルフは、包囲の初動でいきなり抑え込まれて狼狽している。
しかしすぐに体制を立て直すことだろう。
「はっ」
杖を持たず無手で手を突き出し、キィィィンという魔法音と共に、ミーランが三つの鉄の槍を放ち、鉄の槍の一つ一つが木々を避けるような機動をとって、全弾命中させる。
対する私もミーランと同じく杖を使わずに、二匹のフォレストウルフの影から、影の槍を生成して串刺しにする。
「みんな……すごいです」
エッダはミーランの魔法と一緒に飛び出し、既に一体のフォレストウルフの首を切り落としていた。
「私もすごいとこ……みせます」
エッダの指輪が光輝き、地面に召命の魔術陣が描かれる。
それを見て私は少なからず驚いた。
その魔術陣は〝ストレージ〟から式鬼を召命する魔術陣だったからだ。
……ストレージの魔導具。
それも式鬼専用のストレージだ。
恐らくあの指輪は魔導具なのだろうが、かなり高度な魔導具だ。
確実に先史文明レベルの複雑な魔術陣であり、過去の遺産を吐き出すダンジョン産であろうことは間違いない。
式鬼の召命には魔法師の場合ストレージに式鬼を入れておいてから呼び出すか、もしくは遠方から呼び出すか選べる。
しかし魔術師の場合はそもそもストレージを使えない。
正確にいえば、ストレージの魔法を術式化した魔術は長い歴史の中でとうの昔に紛失している。
だからこそ遠方から呼び出す方法しかない。
そのうえ補助道具を使って、それなりに時間がかかるのが魔術の召命なのだ。
それらのデメリットを魔導具一つで全て解決している。
そうして現れた存在に更に驚いた。
魂魄だけなら三級クラス……。
しかしその存在は魂魄の強さでは測れない。
例えば魂魄の少ないシーたんは、唯一の名を関したケット・シーという世界に一つの個体の精霊種だ。
そして目の前の存在も同じである。
――――聖獣種白虎。
魔術陣から現れた、白虎は本来の虎より一回りほど大きく、純白の毛皮を纏っている。
白鐸と似ているが、瞳が多いわけでもなく姿かたちはただの白い虎だ。
しかしその体躯は、一般的な虎のサイズで過ごしている白鐸とは違っており、脚だけでも私の身長より少し大きくて威圧感がある。
その大きな手足を振り回して、一瞬で残りの四匹のフォレストウルフをあっという間に蹴散らす。
「ルシルさん、……どーですか」
「え、ええ……なんというか色々驚きね。その魔導具にしても、聖獣にしても」
「……うん、母の一族の家宝、なんです。この子は……白虎っていって、一族の式鬼神です」
この子、こんな重要なことペラペラ喋って大丈夫なの?
なんだか無表情に加えて、またフェーレ属性が付与されてきた気がする。
思わず額に手を当て、盛大にため息を吐いてしまう。
「はぁー……エッダ。それは隠し通すものよ。他人にベラベラ喋ってはいけない類のもので、最後の切り札とするべきものなの。間違っても今日会ったばかりの、素性の知れない人間に見せてはいけないものだわ」
そう注意する私にエッダは柔らかな表情を浮かべる。
「………………ルシルさんは優しい人です、ね」
「……もしかして貴方、私を試したのかしら?」
白虎がのそのそとエッダに近寄って大きな顔を擦り付ける。
それをエッダは優しく頭を撫でてやる。
エッダに敵意や害意の類は感じ取れない。
だからこそなんのために私に白虎を見せたのか、その意図を測りかねる。
「うん、ごめん…………賭けてみたかったん、です」
「……どういうことかしら?」
リアとフェーレはエッダに害意がないと気づいているためか、我関せずと黙々とフォレストウルフの解体しており、ミーランは解体しながらも興味本位か、確実にこちらの会話内容を盗み聞いている。
夜の森での訓練と兄弟のお茶会のおかげで、この高貴な王女様は普通に解体上手なのである。
「……私、昔から喋るの下手、です。西側諸国の両親の言葉と、神聖国の言葉と、田舎町の言葉、それが混じって、もっとおかしくなった。それに、両親の西側諸国での常識も加えて、ただでさえ獣人で嫌われるのに。獣人を隠すための隠蔽魔術しても、嫌われることが、多かったです」
「…………そう」
エッダは白虎の頭を撫でながら続ける。
「両親も私を生かすためにいなくなって、知らない街で誰もパーティーを組んでくれなくて……途方にくれてて……けどルシルさんはそんな私なんかでも優しくしてくれて――」
「打算よ。パーティーを組む時に言ったでしょう? あなたの冒険者の知識を欲したって」
「それでも……なんでだろ…………上手く言えないけど、ルシルさんは信頼できるかもって。もし、これで裏切られたら最後でいい。仕方ないって諦められた、んです」
あ、あれ? これもしかして――。
「不思議です……出会って全然経っていないのに、なぜだかルシルさんには安心感があって」
魅了が効いている!?
「父上と母上みたいな、でもちょっと違うような。尊敬できるような人……? です。ルシルさんは。とっても不思議」
ごめんなさい。それきっと恐らく、崇拝かもしれない。
精神的に追い詰められた者だったり、獣人のような感覚が鋭敏なものには特に効きやすいのだ。
私が初めエッダを見た時は綺麗だと思ったし、思わず近くに置いておきたいと思った……。
――やっぱ魅了状態になっているよね。
いや、でも意図したわけではない魅了は、そこまで強制力はないはずで――。
「そ、そう……」
あ、そういえば獣人って、妖魔ほどではないにしろ自分より強いものに惹かれる傾向にある……。
しかも私そういえば、亜人と魔族の創造主でもあるんだった…………。
…………あー。なるほど、なるほど。
魂魄の部分で惹かれて、ダメ押しの少しの魅了でこうなったと。
「…………ルシルさん。明日も一緒に狩りにいってくれますか?」
「……え、ええ。もちろんよ」
「…………良かった」
フッと笑ったエッダの、どこか不器用に見える控えめな微笑み。
それを見て、なんとなく頬が引き気味になってしまう。
…………まあ、でもいいか。
元々手元に置こうと思っていたのだ。その手間が省けた。
「……ならその前に明日、エッダに大切な話があるわ」
「……大切な話?」
「ええ、まあ、心しておきなさい」
「ん。わかった。心しておく」
こくりとエッダは無表情のまま頷く。
そもそも道中軽く聞いた過去話だけど、亜人差別やら両親をなくしたやら、数ヶ月逃走劇を繰り広げて、新天地では誰にも相手にされず……エッダの精神状態的にはかなりギリギリだったんだろう。
私の魅了は、意図しなければちょっとだけカリスマ性を高める程度のものくらいだし……。
けど、上手い具合に歯車が噛み合って、信頼感は獲得出来ている。
きっと彼女は私のメイドになれ、と言っても断らないだろうと思う。
なにせ住所不定の不安定な冒険者職から、高位貴族のメイドともなれば出世も出世だ。
とにかく食うに困る事はないだろうし、もしまた獣人差別関連で揉め事がおきても、私が後ろ盾についていれば対処出来る。
明日はエッダに実は高位貴族であると告げて、諸々のメリットを提案したうえで、うちのメイドとして働いて貰う事にしよう。
もし断られたとしても、別に諦めもつく程度。
私は見目麗しい者を侍らせて、優雅に後方で命令しながら生活していたいのだ。
エッダはその将来設計のための一人の装置にすぎない。
今のとこ屋敷内で私の審美眼に叶うのは、リアとフェーレとラウラしかいない。
あ、あと拷問好きのヒルデかな。
ミーランは私の信者だが、私達の表向きの関係は王族と臣下だ。
残念ながら私の従者にすることはできない。
今はまだ。
◇◇◇
その日は他にもフォレストウルフを複数体狩り、ストレージに入れた、キレイに解体された素材をギルドに売り渡し、報酬はすべてエッダに渡した。
――それは駄目だ、やはり均等にするべき。と言い募るエッダには、最初からそういった契約だと有無を言わせず無理矢理押し付けた。
はした金に興味はなかったし、元々そういう契約だったのだ。
それにエッダはその日、一日を過ごすのも危ういお金しか持っていなかったので、今日の分の宿代にでもなればいい。
明日以降は私が面倒を見る予定である。
仮に明日断られたとしても、エッダを無一文で放り出すのも気が引けるので、私の気分的にも良い。
そしてその日はエッダの宿屋探しを付き合ってから、明日迎えに行くとだけ告げて、私達は自宅に戻るのだった。
本当なら今日にでも自分のメイドにしてしまおうかとも思ったが、今日はまだ連携とお互いの実力確認だけで冒険らしい冒険を満足に出来ておらず、そのうえエッダの部屋の用意などもあるので、勧誘は明日の冒険終わりでもいいか、と呑気に考えていた。
――それが致命的なミスだと分かったのは、翌日になってからであった。




