冒険者ルシル
ティエラの魂魄宣言の儀も無事に終わり、晴れて11歳になっていた私は、以前より興味を抱いていた冒険者をやってみようと、ミーランを誘うことに。
あの子は私の正体を知っている数少ない協力者であり、国内最高峰の教育を受けている王族の天才児。
非常に便利な駒なのだ。
気軽に王女を冒険に誘うとか正気の沙汰ではないことは分かっている。
王家からの印象は多少悪くなるかもしれないけれど、そこは白鐸あたりが説得してくれるだろう事を祈った。
そして本当に白鐸が動いたのか、もしくはミーランが自身で説得したのかは分からないが、ミーランの冒険者登録の許可は、意外にも簡単におりた。
王家側からの条件は、〝リアがミーランの事も護衛するように〟という事だそうだ。
そもそもリアの近くが国内で最も安全とも言えるので、そういった安全が担保されているうちに、色々な経験をミーランにしてもらいたいのかもしれない。
この国の王侯貴族達は、力が無ければいけない。
魔法や魔術という強大な力で、民心を安心させるために貴族が力をつけることは必須であり、それは女性も例外ではない。
滞在が一週間ということでカルローネ領にまではミーランの侍女と専属護衛が付いてきたが、ミーランが『半端な護衛は逆にリア様の邪魔になる』と言ったことで、今回の冒険には彼らは付いて来ない。
しかし、流石にリア一人というわけにもいかず。
そのため、表向きわたしの護衛ということで、カルローネ家に滞在している暗部の一族が私とミーランの護衛役を担う。
もちろんフェーレやラウラといった、フィーゼラやエラートの一族の正体は王族意外には秘されているため、当然ティエラの専属護衛達は快く思うわけもなく、かなり険悪な視線を向けていた。
しかしその中でも隊長格の人間は彼女達の実力を肌で感じたのか、ノンナ達を見て一瞬驚き、警戒しているように見えた。
地盤固めの一環として、父ツォルンではなく、私個人の使用人も実はそこそこ増えてきているので、その中から力を隠蔽している暗部を目敏く見つけられるのは、流石王族の護衛といったところだろうか。
そんな数々の思惑を乗せた視線を私とティエラは堂々無視して、互いに猫被りした再開の挨拶を交わしてからミーランを自室に招待する。
◇◇◇
「またせたわね」
パーテーションの裏からわたしが出ると、ミーランとリアは二人で紅茶を飲んでいたが、すぐにカップを置いてキラキラとした瞳で見つめてくる。
二人とも宝石眼なので、物理的にもキラキラと輝いてはいるが。
「お似合いですルシフェル様!」
「ええ、いつものドレス姿も素敵ですが、その装いもルーナ様の魅力を余すことなく際立たせていますね」
「あら、そう? ありがとうミーラン、リア」
うむ、満更でもない。
今の私の格好はティグレル王国の貴族が、戦闘する際に着用する、戦闘服の一種の黒いローブ。
その上に優美な刺繍が施された家紋つきの、同じく黒色のケープを羽織って、いかにも魔法師らしい大きめの三角帽子をかぶっている。
ローブはゆったりとしているため、案外動きやすくもある。
全て素材は魔物製であり、充分な耐久力を誇るうえ、魔術陣が裏地に刻まれており、少しだが魔術や魔法の効果も上がるのだとか。
魄の身体強化を主にして、魔術的補助媒体である武具を用いて戦う戦闘スタイルの者を魔闘士と呼ぶが、それとはまた違った装いのものである。
私のローブ姿はいかにもな魔法師であるが、魔闘士は軽装鎧を着用する者が多い。
もちろん魔法師でありながらも、魔闘士のような戦いをする〝魔闘術師〟と呼ばれる者もいる。
実際戦闘においては、魔術と魔法を併用して相手を翻弄しながらも、魄による身体強化で近接戦闘をメインに戦える者が強い。
しかし殆どの魔法師はプライドが高く、後方からの魔法行使にこだわる者が多くいるため、高位貴族の戦闘服といえばローブ姿が当たり前である。
まあ、プライド云々はともかく高位貴族なので、切った張ったの前線に出ないのは当然といえば当然であり、理にはかなっている。
さらに言えば、魔法行使にはそれなりの集中力が必要な事もあって、切った張ったの中で、身体を強化をしつつ魔法を発現するのは、実はかなり高度な技術である。
ティエラのお披露目で会った、マッテゾン公爵家のリーゼルなんかは魔闘術師らしい。
恐らくだが、その祖父である戦鬼も同じく魔闘術師なのだろう。
直接あった事はないが、噂の数々から推察するに恐らくかなりの脳筋だと分かる。
ミーランも、私と同じローブ姿ではあるが、白いローブ姿に白いケープという違いがあるが、これは単純に好みの問題であり、色には特に指定のようなものはない。
戦場では、忌み嫌われている色の赤いローブをわざと着る者もいるらしい。
デザインも案外自由らしいのだが、それでも決まった形のようなものは崩してはいけないなど、細かい部分もあるらしく、そこら辺は全て侍女達やリアに丸投げしたので、別に私のセンスではない。
そもそも私の霊界での普段着は露出が多めの、黒や赤の扇情的なドレスであったため、ティグレル王国のセンス的には破廉恥かつ不吉な色を纏った壊滅的センスな部類に入るのだと思う。
何も言わぬが吉。
着せ替え人形に徹するべきである。
「さて、それじゃあ準備も出来たことだし行きましょうか。護衛はフェーレとリアだけでいいわ。早速冒険者組合とやらに行きましょう」
ここ最近は退屈していたこともあって、本での知識しかなかった未知なる冒険者という職業に、自分がなれる、ということで少しワクワクしている。
そのため逸る気持ちが抑え切れない。
そんなわたしに気づいたのか、リアは微笑ましげな表情を浮かべ、席を立つ。
「ではフェーレを呼んで参りますので少々お待ち下さい」
ラウラは情報収集にはうってつけだが、戦闘能力自体は高くない。
ノンナを筆頭に他の暗部一族もいるが、白鐸の密命を受けているフィーゼラ一族の中で、見目が一番麗しく、戦闘能力はノンナに次ぐNo2なのがフェーレなので、同行は彼女だけでいい。
あまりゾロゾロと引き連れて、何事かと周囲の視線を集めるのも本意ではない。
リアが一人いれば護衛は充分と認識されるだろうし、こういった事に関しては本当にリアの存在は便利である。
◇◇◇
冒険者組合までは馬車ではなく、軽装鎧を纏ったフェーレが先導して徒歩での移動である。
フェーレも魔闘術師であり、そして式鬼使いであり、魔眼を持った呪術師でもある。
実はかなりレアな職業構成だ。
昼間にこうして堂々と領内を見る機会もなかなかなかったので、わりと新鮮で楽しい。
思わず周囲をキョロキョロと見渡し「おぉー」と淑女らしくない感嘆の声が漏れる。
そういえばフェーレって冒険者の資格持ちなのだろうか? 聞いたことがなかったな、と思い立ち、先導するフェーレに歩きながら声をかける。
「フェーレはもう冒険者組合に登録しているのかしら?」
「いえ、私もルーナ様達と同じく、今日が初登録となります」
考えてみれば、それもそうか。
暗部の実力者がわざわざ登録するような機会もないだろう。
ミーランもそう思ったのか「なるほどー」と相づちを打っている。
ミーランには既に、フェーレはフィーゼラの者だと伝えている。
彼女はかつて、フィーゼラが王家ではなく白鐸の手駒である事に気づき、色々と交渉していた過去があるので、現在のフィーゼラの任務についても、なんとなくだが分かっているのだろう。
いつもの猫かぶりではなく、素のミーランで接している。
そのことにフェーレがなんの反応も示さないのは、どうかと思うが。
しかしミーランとしてはその方が気楽のようで、フェーレをわりと気に入っているように見えた。
一応家紋つきケープは、屋敷を出た後、魔法を使って一般的な魔術師冒険者らしいものに偽装しているため、どこの誰かまでは分からないようになっている。
しかしフェーレに私、リア、ミーランと見目麗しい少女四人が目立たないわけもなく、確実にどこかの令嬢のお忍びだとバレる。
リアにいたっては有名過ぎて、バレない方が難しい。
吸血鬼特有の牙や紅い瞳、白すぎる肌と白銀の髪は、一目で妖魔だと分かる。
そのためリアには、法術で変装してもらっている。
リアはかつての苛烈な吸血鬼狩りから逃げ果せた妖魔であるため、変装の法術に関しては私より得意だ。
私は肉体を得た事に未だ慣れていないので宝石眼を隠すのが精々である。
現在のリアの姿は、焦げ茶色のショートヘアに、同じく茶色の瞳で顔も人外じみた美しさではなく、普通の美少女である。
普通の美少女とはなんぞやと思うが、普段のリアはやはり吸血鬼特有の人外じみた美しさが滲み出ているので、そう表現する他ない。
そしてもちろんメイド服ではなく、フェーレと同じような軽装鎧に、偽装のための長剣を腰に携えている。
私は普段屋敷に引きこもっているため、領民も私の姿はまったく知らないことだろう。
しかし、ミーランは王女として民衆の前に顔を出すような行事が度々あるので、念のためリアから手ほどきを受けた変装に使える法術を使っている。
未だ顔や背格好までは変えられないが、代わりに髪を黒く、宝石眼ではなく普通の瞳の赤色にして変装している。
私と同じ色ということで現在、私とミーランは姉妹という設定で街を歩いている。
そのためかミーランはウキウキだ。ちなみに私が姉である。
生粋の長女っ子のため、妹役をやりたかったのだが、ミーランとリアに全力で止められてしまった。
今の私達の設定は、貴族か豪商の娘達とその護衛二人がバレバレのお忍びをしている、といったところだろうか。
下手に平民に寄せ過ぎると、見た目から人攫いに目を付けられる可能性もあるため、相応の力をもった後ろ盾がいる事を暗に匂わせている。
◇◇◇
フェーレが二度ほど曲がる道を間違えたが、どうにか冒険者組合前まで辿り着くことが出来た。
前々から思っていたし、ラウラから聞いてもいたが、フェーレは出来る女の顔をしたポンコツだ。
そういった個性も私にとっては面白いと思えるので、フェーレは結構お気に入りなのである。
しかしどうやらミーランはそうは思わなかったようで、案外使えないですわね……と小声でつぶやいていた。
カルローネ領の冒険者組合支部は、それなりに大きく、王都のそれと比較しても見劣らない。
ティグレル王国では、冒険者の制度は比較的しっかりとしており、専門の学校も各地にある。
カルローネ領の冒険者組合も、初代ルーナが一から街を作り上げる際に、徹底的に改革したため、国内でも有数の冒険者組合である。
そしてカルローネ領は侯爵領としては最も広大な領地であり、そのためダンジョンも豊富で、更にカルローネのすぐ隣は、友好国のイルシオン共和国という、独自の文化を築き上げている国がある。
そのためイルシオン産の物珍しい装備が街には多く並び、逆にイルシオンの冒険者もこちらにも多く流れてきているため活気がある。
中堅以上の冒険者ならば一度は訪れるのが、カルローネ領都の冒険者組合である。
この辺りは流石に冒険者関連の店が多く立ち並んでいるため、冒険者の往来が殆どだ。
多少圧倒されてしまったが、いざ冒険者組合に入ろうというところで「お待ちくださいお姉様」とミーランにローブの裾をつままれた。
「フェーレ、ちょっとまってね」
「かしこまりました」
ミーランが私に対してそうすることに多少驚きはしたが、彼女の真剣な表情を見て、何か私に不利益が起きるような事があるのかも知れないと、防音の法術結界を張ってミーランの話を聞くことに。
念のため結界にはフェーレをその対象から外している。
「で、どうしたのミーラン?」
「はい。引き止めてしまい申し訳ございません」
すぐに防音結界の法術に気づいて、口調が普段通りになるミーランはかなり法術士として腕をあげている。
「つい先程気づいたのですが、冒険者組合での登録には名前が必要になります」
そのくらいの事は流石に分かっている。
だから事前に偽名での登録も、問題ないという情報はラウラから教えてもらっていた。
別にルーナで登録しても良かったのだが、もし今後冒険者として何かある場合、カルローネの名前が邪魔で大きく動く事が出来ないかもしれない事を危惧してだ。
そのため今の私は〝ルシル〟と名乗る事にしている。
ちなみにミーランはミラで、リアはそのままリアである。
ティグレル王国内の平民の間では、リアという名前はとても多いので問題はない。
そしてフェーレだがフェーレという名前自体元々が偽名だろうし、それにこちらもありふれた名前なので、やはり問題はない。
「悪魔にとって名前とは存在に楔を打ち込む重要なものであるのではないのですか? 冒険者組合の登録も契約の範疇です。……本当に偽名を使っても問題ないのでしょうか?」
ああ、なるほど。
たしかに精神生命体である悪魔にとって名前とは、存在を確固たるものとして楔を打つ、とても重要なものだ。
しかしそれは、私という存在には当てはまらない。
それは私だけではなく、他にも私の知識から生み出された悪魔達も同じだ。
それが問題になるのは、初めから名前をもたない悪魔達。
いわゆる私の知識からシステムさんが生み出した悪魔ではなく、人々の感情からシステムさんが生みだした、新たなる第二世代とも呼べる悪魔達だ。
第二世代の悪魔は誰かに名付けを行ってもらう必要がある。
存在の曖昧な精神生命体が自身の存在を〝名前という楔〟で繋ぎ止める重要な事の一つである。
そのため第二世代以降の存在は偽名を使えない。
そして名付けは主従関係にも直結する。
名付けられた側は、名付け親の眷属として仕える存在になるのだ。
わざわざ下界に降りて契約で人に名前を貰うものもおり、その場合は独立した存在となる。
しかし、初めからシステムさんに名前を付けられて生まれた存在は、そのルールの範囲外である。
もちろん高次元種族である父に名付けられた私も同じだ。
これについては、精神生命体の本能のようなものであり、私は大丈夫だと本能的に理解できている。
けれど、これを説明するのは色々とマズイ。
例えリアやミーラン、ハクタクが協力的といえども、システムさんの存在は秘すべき案件だ。
それになにより、感覚的なものを理論立てて話すのもまた難しい。
「そうね……上手く言えないけれど……。とりあえず一定以上の力を持つ悪魔にとっては、名前というのはさほど重要ではないのよ。精神生命体同士であだ名で呼んだりすることもあったわね」
「そうだったのですね。差し出がましい事を申しました。申し訳ございません」
「いいのよ。実際、精神生命体としてはそちらの方が普通のことで、私達のような力あるものの方が例外なのだもの」
「ルシフェル様! 流石でございます!」
「ええ、ルーナ様は魔の神ですからね。当たり前のことです」
「あ、ありがとうふたりとも……」
なぜかドヤっているリアだが、普段と姿が違うせいで上手く邪険に扱えない。
「さて、それじゃあフェーレも待っている事だし、いくわよ」
「はい! いきましょうルシルお姉様!」
私に問題がないとわかった途端、上機嫌になるミーラン。
結界を解き、周囲を警戒しているフェーレに声をかける。
「待たせたわね、フェーレ。もういいわ」
「いえ、然程お待ちしておりません」
本当に気にしていないような無表情のまま、冒険者組合の開かれた大扉に向かって歩き出すフェーレの後ろをついていく。
そしてそのまま、奥のカウンターへと向かう。
並んだカウンターには、女性のギルド職員。
この国では働く女性は珍しくないが、他の国から来たものはギルド職員の女性率の高さに驚くらしい。
「冒険者としての登録を四名お願いしたいのですが」
フェーレが代表して話しかける。
「新規登録者ですね。ではこちらの書類に必要事項をご記入ください。文字の読み書きは問題ないですか?」
「ええ、問題ありません」
ギルド職員がフェーレに四枚の紙を渡す。
一度フェーレが四枚の紙をしげしげと検分してから、私とミーランとリアに紙が渡された。
その慎重なやり取りに一瞬ギルド職員が、訝しがるような顔をするが、私達の護衛だと納得したのかすぐに通常業務に戻る。
フェーレはどこまでも真面目な子である。
手渡された紙の内容は名前や年齢、出身地に得意な武器、魔法や魔術を使う事ができるか否か、そしてどんな術を行使出来るのか等、記入する項目は以外と多い。
ちなみに貴族でなくとも、どこぞの貴族の愛人の子だったり、その隔世遺伝だったりで魔法を使える平民は稀にだが存在する。
しかしバカ正直に魔法を使えると書くような人間がいるのだろうか?
いや、むしろ案外希少な魔法師を、冒険者組合が後ろ立てとなって守ったりしているのかもしれない。
他には冒険者組合での注意事項などが割と事細かに書いてある。
パパっと終わらせるつもりが、意外と時間をとられそうで辟易とする。
「それにしても面倒な事をするのね。役所があるのだから個人を紐づける事くらいは、出来るものなのじゃないかしら?」
街には人口管理のため、役所がある。
相応の検査を受けて街への居住が認められるのだ。
その私の独り言を聞いた職員は苦笑しながら答える。
「たしかに出来ないことはないと思われますが、名前のないような村から冒険者を目指していきなり来るような子達もいますし、なにより冒険者が一箇所に定住することはあまり多くはないので、こうして冒険者組合独自の管理を行っているのです」
その説明になるほど、と頷く。
全員分書き終わると代表してフェーレが四枚の紙を、先程のギルド職員に渡す。
ちなみに私とミーランが魔術師で、リアとフェーレは魔闘士として登録している。
それをじっくりと読み込んだ職員は、二人の少女が多彩な魔術を扱えるという事に少し驚いた表情を一瞬見せたが、すぐに元の顔に戻り、一つ頷く。
魔法の使える平民は稀だが、魔術の使える平民は実はそこそこいるのだ。
「では最後にこちらの魔道具の上に置かれた魔石に軽く手を触れていただきます」
そうしてカウンターの上に置かれたのは、魔術陣が刻まれた大皿のような台座の上に、赤い魔石が固定されたものである。
「質問してもよろしいでしょうか?」
それにミーランが挙手する。
「はい、なんでしょう?」
「こちらの魔道具はどういったものなのかしら?」
「ああ、これは過去に冒険者ギルドを除名された方が、再登録するのを防ぐ事を目的とした魔道具です。魂魄を読み込んで簡易な個人情報を登録しますので、登録表を無くした方と、除名された方との区別をつける事が出来るんです」
ギルド職員は簡単にそう答えたが、この魔術陣の複雑さは他の効果もありそうだ。
恐らく位置情報なども調べられるような。
他の魔道具と併用する効果を持った魔術陣がいくつか刻まれている。
神術陣や法術陣と比べると、あまりにも無駄が多くて稚拙な魔術陣ではあるが、特にこちらに不利益が被りそうなものは描かれていない。
「なるほど。ではまずは私から」
初めにフェーレが魔石に触れると、赤い魔石が仄かに金色に発光した後、魔石がウニョウニョと蠢いて金色の指輪の形に変わる。
そして横においてあった、先程書いた紙が、金色の粒子となって指輪に吸い込まれて消える。
「そちらが冒険者としての身分を証明するものとなっております。依頼達成など評価の度に、我々職員がその指輪に情報を更新いたしますが、紛失した場合、再発行は致しますが、虚偽の申請を防ぐため、いちからのスタートとなりますので決して無くしたりしないようご注意ください」
流石にそんなバカはしないから、私には一生再発行の機会はないだろう。
ストレージに入れとけばいい話だ。
身につけられる身分証明書を、再発行するなんてバカがいるなら、ぜひとも拝んでみたいくらいだ。
それより職員が依頼の評価を記入出来るのならば、恐らく職員にしか書き換えられない特記事項を記入する事もあるのかもしれない。
〝問題行動の多い危険人物要注意〟とか。
だからこそ身分証明書にもなりうるのだろう。
そこら辺詳しいのは、この中では恐らくミーランかな。
大穴で暗部のフェーレだろうが、彼女は脳筋気質というか、あまり情報収集に向いていない気がする。
そういう意味では任務の際には、ラウラとセット売りした方がいいかな。
冒険者の運営方法など、私やリアはまだそこまで勉強していない。
次期当主としてそれはどうなのかと思うが、まあ必要になったら聞けばいいや、とか考えてる私もだいぶ脳筋気質だ……。
「ではお次は私が」
そうして次はミーランの番となり、新たな魔石が台座の上に置かれた。
本来ならば天才王女殿下が最後なのだろうが、準守護式神と私という最高位悪魔いるせいで、ミーランの立場は下の方という、珍しい事態である。
同じく金色の光が放ち、魔石が指輪となる。
おぉーと小声で感嘆の声を上げたミーランは、指輪を受け取るとその場をサッと横にズレて、リアと場所を変わる。
「では私も」
そうしてリアが触れた際、赤い魔石は今までと違って金色の光が明滅しだした。
「あら? リアはフィーネともミラとも違うみたいね?」
何か特別な合図なのだろうか?
当のリアも困惑気味である。
「ええ、私のは、指輪になりませんね」
「……えーっと」
ギルド職員の女性が首をかしげ「少々お待ち頂けますか?」と言い残し、台座ごと魔石を持ってカウンターから見えない奥の方へと進んでいく。
「まさかリアは除名されたことがあるの?」
「いえ、ルシル様。ですが……言われてみればかつて放浪していた時代に冒険者として登録していましたね」
「それならば、リアさ……リアは二重登録ということですかね?」
思わず様付けしそうになったミラーンが小首を傾げる。
「そうかもしれないし、そうではないかもしれません。元々私が登録した頃の冒険者組合では、こういった指輪の証明書ではなく、メダルでしたし、あのような魔道具もなく登録も簡単に行えました」
長命種は私も含め記憶力は抜群である。
思い出そうとさえすれば、いくら昔のことであろうと思い出せる。
逆を言えば思い出そうとしなければ、忘れたままであるのだが。
しばらく待つこと数分。
別の男の職員がやってきたが、その人物の顔には見覚えがあった。
ティエラのお披露目パーティーに出席していた人物だ。
「お待たせ致しました。皆様方の新規登録を担当させていただきます、カルローネ冒険者組合支部長のレストーラと申します。別室の方をご案内致しますので、大変お手間をおかけいたしますが、そちらへ移動して頂いてもよろしいでしょうか?」
そういったレストーラはまっすぐ私を見て話している。
バレてるなあ……。
「ええ、お願い致します」
「かしこまりました。それではご案内致します」
そうして支部長自ら案内をかってでて、二階の奥の部屋へと案内された。
部屋の内装、調度品から見ても確実に上役を接待するための部屋である。
レストーラに促されるままソファーに座り、別のギルド職員がやってきて、訝しげな顔をしながらも全員分のお茶を入れると、そうそうに退出していき、レストーラは立ったまま礼をする。
「お初にお目にかかります。先程も申し上げましたが私がこの支部の長をしているレストーラと申します。先日、ティエラ=カルローネ様の神事を拝謁する機会を承り、ルーナ=カルローネ様のこともお見かけしたことがございます」
「ええ、私も覚えているわ。楽にしてくれて結構よ」
「光栄でございます……ではお言葉に甘えて――失礼します」
ようやく対面のソファに座ったレストーラ。
「こちらにお呼びしたのは先程の新規登録の件です。お忍びのご様子でしたので……姿はまったく違いますが、恐らくそちらの女性がリア様でいらっしゃるのでしょうか?」
その言葉に警戒心をあらわにしたフィーネとリアが、すっと目を細める。
威圧はしていないものの、その変化にひっとレストーラから小さな悲鳴が漏れ出す。
「フィーネ、リア」
「はっ」
「申し訳ございません」
名前だけ呼ぶと、それだけで普段どおりの表情になる二人。
ミーランはといえば私の隣で、ニコニコと上機嫌に紅茶を飲んでいる。
カルローネ家に来た時の猫かぶりと、冒険者組合に入る前の真面目な表情を除けば、今日は終始ずっとそのような状態。
よほど、髪色と瞳の色を変えたのが嬉しいようだった。
「ごめんなさいね。お察しの通り、法術で変装しているリアよ」
「……なるほど――法術で変装…………。相当高度な術とお見受け致します。感服致しました」
「で、本題はさっきの明滅した魔石が原因かしら?」
「ええ、あれは冒険者組合で式鬼登録をした式鬼が、二重登録した際に起こるものですね」
その言葉にポンと片手をたたき、納得の表情を浮かべるリア。
「言われてみれば、むかしルーナ様と冒険者組合に行った時にそのような登録をした覚えがありますね」
リアのいうルーナ様とは、初代の方のルーナだろう。
「ええ、かなり古いものですが、リア様は大物ですので多くの記録が残っております。申し訳ございませんが妖魔の方は、冒険者登録ではなく式鬼登録というものを行っており、主との行動が前提の登録となっているのです」
「じゃあ、リアは式鬼登録とやらをし直せばいいのかしら?」
「いえ、今の主である今代のルーナ=カルローネ様が冒険者登録をしてくだされば、すぐに式鬼の情報を書き換え出来るので問題ありません」
「ならルシルではなく、ルーナ=カルローネで登録したほうがよいのかしら?」
「組合の長としては推奨してしまうのは良くない事ですが、ルーナ=カルローネ様の場合は偽名の方がよろしいでしょう。あの指輪には個人の居場所を特定できる効果があります」
やっぱりか。
まあ、正直あの程度の陣で付与された効果ならば、簡単に無効化も隠蔽もできるから問題ないといえば、問題ないけど。
「なるほど。ではルシルで登録をお願いしようかしら」
「承りました」
そうしてレストーラが、一度ソファから立ち上がり、棚から台座と魔石を持ってくる。
元々、レストーラがもってあった、私の書いた書類をテーブルの上に置き、もう一度ソファにつき、台座に魔石を固定させようとする。
さて、私も触るか、といったとこで待ったが掛かる。
「待ってください」
フィーネが声をあげ、レストーラの持っていた魔石を横からぶんどる。
驚いたレストーラであったが、フィーネが魔石をジロジロと慎重に検分している様子を見て納得の表情を浮かべる。
充分検分されたのち、フィーネが一度頷く。
「問題ありません」
「ええ、ありがとう」
正直長い時間ジロジロと魔石を検分する時間があまりにも無駄すぎて、ありがた迷惑でもある。
彼女はポンコツ真面目っ子なのだ。
言わないけどさ。
そして台座に固定された魔石を、私が触れると今度は赤く明滅する。
「あら?」
「これは――」
また違う結果が出た。
支部長が真剣な表情を浮かべたのを見て、冷や汗をかく。
あ、悪魔バレしてる? え、どうなのこれ? 大丈夫な光り方?
「これは……二重登録ですな……?」
なんだ。ただの二重登録か……え? 私いつ登録した?
まったく記憶にない事を言われてキョトンとする。
長命種族特有の脳をフル回転して思い出そうとしても、冒険者として登録した記憶は一切ない。
「あっ――」
そこで今度はミーランがポンと手をたたく。
「この魔道具って魂魄を探るものなのでしたら、ルシルお姉様の魂魄は、初代様と同じという事になるのでは?」
「まさかそんな事がっ――!!」
ミーランの言葉にわたしは納得したが、レストーラは驚愕する。
そしてさり気なくお姉様と呼びしている、ミーランの言葉には気づきもしない様子だ。
たしかに、英雄の先祖還りといっても本人ではない。
しかし実際のとこ魂魄というのは漂白した使いまわしの存在であるし、それは教会関係者も認めていて『魂は輪廻を巡る』と公言している。
前世の記憶を持つ実例も過去にあったという文献が残されていたり、魂魄の漂白が不十分だった場合は記憶こそないが、魂魄を見通す式鬼神が主人にそれを伝えた事などといった記録もあり〝先祖還り〟はかなり珍しいが起こり得る、というのが常識である。
だからこそリアが私を初代の先祖還りと断定した事が、かなりの信憑性をもった大きな出来事となっているわけだ。
そして実際に私は、その初代ルーナの魂魄をほとんど漂白しないまま頂いている。
「この場合はどうすればいいのかしら?」
「先祖還り自体前例が少ないものですから……。リア様の記録があるということは、おそらく初代様の記録も残っていることでしょう。しかし、それは前世の経歴ですし……何が起こるかわかりませんので――。念のため指輪を紛失した際の登録のやり直し、というやり方が一番無難でしょう」
「そ、そう。じゃあ、それでお願いするわ」
まさか一生することのないとタカを括っていた再発行をさっそくするはめになるとは。
でも紛失したわけではないのだから、バカなわけじゃない。
初代ルーナのせいだ。
でも、それを選んだのは私だから……。
いや、責任の所在はどうでもいいんだ…………。
ただ、絶対有り得ないと思っていた事だけに、なんかむちゃくちゃ悔しい。




