禁忌
「ん? ここは?」
気が付くと、暗闇の中で横たわっていた。
そういえばなぜこんなところにいるのだろうか。状況を整理してみる。
「……確か、リースに変な料理を食わされて、それで意識を失ったのか」
現在の体調のほうは問題ないようだ。誰かが治療してくれたのかもな。
「杖は……ないようだな。仕方ない、杖なしで魔法を使うか」
魔法を詠唱する場合、通常は何らかの武器が必要だ。しかし、そういう媒体なしで魔法を詠唱することができるテクニックがある。無論、使えるのは一部の人間だけだ。そういえばエリックもこれを使っていたな。
オレは右手の人差し指に魔力を集中させる。
「ハモーレ」
魔法を詠唱すると小さな光の玉が指先に現れる。だが、光が強くなったり弱くなったりして安定しない。
「やっぱり杖なしで苦手属性を使うのはダメだな」
このテクニックは魔法の威力や範囲が極端に小さくなり、精度も落ちる。得意な属性でなければ魔法の出力が安定しない。便利に見えるがデメリットも大きい。戦闘では基本的に舐めプにしか使えない。
だが、周りの状況を確認する分には問題はない。
「ここはどこだ?」
見覚えのない部屋だ。家具はおろか窓すらない。まるで独房だ。だが、扉は鉄格子ではなくいたって普通の木製のものだ。
「壊せるか?」
オレは右手をドアのほうへかざす。
「メガフレイオ」
炎がドアを焼き払う。
「よし、開いたな」
オレは部屋の外へ出る。
「アクア」
一応、水の魔法で消火しておく。
よし、とりあえずこの辺を探ってみよう、と思ったその時。足音が聞こえた。
オレはとっさに部屋に戻り、ベッドの陰に隠れる。
「ん!? 扉が壊れているぞ!」
警備員が来てしまった。不味いな。
「誰か! 早く来てくれ!」
警備員が叫び、応援を呼ぶ。どうにかしなければ。
「ネグロ」
オレは小声で詠唱する。
「うわああっ」
警備員が後方へ飛ばされる。よし、今だ。
素早く距離を詰め、相手の杖を奪う。
「何をすーー」
「ネグロ・サブミット」
警備員に向け服従の呪文を使う。これで動きは封じたはずだ。闇属性はできれば使いたくなかったが緊急事態だ。仕方ない。
遠くのほうから複数の足音が聞こえる。再びベッドの陰に隠れる。
「おい、どうした」
他の警備員が駆け付ける。
「この扉の向こうから物音がしたから、慌てて扉を壊して入ったんですけど、勘違いみたいで」
適当な言い訳を考えて、操った警備員に言わせる。
「何やってるんだこの馬鹿! こないだもたかが虫1匹で騒いで、今回は扉まで壊しおって」
「はい、すみません」
この警備員、どうやら問題児のようだ。助かった。
「まったく。次やったらクビだからな」
「はい。すみません」
「その扉直しとけよ」
「はい」
他の警備員は立ち去る。ひとまず安心だ。
「んぐぐ」
操っている警備員が勝手に喋ろうとする。オレは杖を振り、呪文を再びかけ直す。この呪文はコントロールが難しい上に魔法をかけ続けないといけないので結構面倒くさい。
「お前、意識があるようだな」
「んぐ、離せ」
杖をしっかりと男に向ける。
「お前に質問がある。ここはどこだ?」
「重症の生徒を入院させるための施設です」
「ほう」
どうやらオレは目的の建物に運よく潜入できたらしい。
「もう1つ質問だ。ここに最近運ばれた女の子を知らないか?」
「女の子かどうか分かりませんが、昨日、誰かが上のフロアの部屋に入りました」
「そうか……ネグロ・スタン」
男は吹き飛び、意識を失う。
「あとは適当な場所に運んでおこう。こいつの記憶も消しておかないとな」
魔法で記憶を消した後、トイレの個室に閉じ込めておいた。その後、闇魔法の痕跡を消し、上のフロアでニコのいる部屋を探した。
* * *
「ここか?」
ゆっくりと扉を開ける。そこにはベッドに横たわる少女が1人。そっと扉を閉め少女に近づく。
「おい、ニコ。オレだ。何があった?」
オレはニコの体を揺すり、無理やり起こす。
「んん、んー」
ニコは口を閉じたまま、声にならない声をあげる。
「どうした?」
どうやら何らかの魔法により声がでないようだ。それだけでなく体を動かすこともできないらしい。
「一体どんな魔法をくらったんだ?」
思い当たる魔法は、さっきの服従の呪文のようにかけ続けないと効果を発揮しないものばかりだ。術者が近くにいなければ意味がない。オレの知らない魔法にかかったようだ。
どうにかして聞き出さなければ、リースに危害が及んでからでは遅い。何かいい方法はないか?
「文字、書けたりしないよな?」
ニコは首を横に振る。
「動かせるのは目と首か……よし」
1つだけ方法を思いついた。だがそれには紙とペンが必要だ。身体中のポケットを探るが、どちらもない。しかしーー
「どうしてこいつを持っているんだか」
ポケットに入っていたのは財布、そしてもう1つは……この世界に不相応なもの。法律などで禁止されているわけではないが、できればここでは使いたくない。
「今は非常事態だ。これに頼るしかないな」
オレはポケットから……スマートフォンを取り出す。
「ニコ、これがなんだかわかるか?」
ニコは首をかしげる。
「だろうな」
魔法世界の人間にとっては、ただの金属の塊にしか見えないだろう。
とりあえず、スマートフォンの電源を入れる。しばらく充電していなかったが、残っていたようだ。立ち上がったら、メモアプリを開き、KとY以外のアルファベットをAから順番に全て縦に入力する。VとXもいらないような気がするが、使わないわけではないので一応入れておこう。
「ここに写っている文字が見えるか?」
ニコは目を皿のようにして、光っているスマートフォンの画面を見ている。
「今からAから順番に指をさしていくから、言いたい文字を指したときに反応してくれ」
オレはゆっくり指をA、B、Cと下ろしていく。Rを指したときにニコが「んー」反応を示す。
「最初の文字はRか?」
一応確認する。
「んー」
ニコは頷く。
よし、次だ。再びAの文字に指を置き、下に動かそうとする。
「んー」
ニコが早くも反応した。
「次の文字はAか?」
「んー」
この方法で文字を探していき、3文字目はU、4文字目はLであることがわかった。
R、A、U、L。繋げて読むとロールとなり意味不明だが、AとUの間にアポストロフィーを入れてRA'ULとするとラウルになり人名が浮かび上がる。
「ニコを襲ったのはラウルという人物なのか?」
「んーん」
ニコは首を横にふる。まだ続きがあるみたいだ。だが、これは文章ではなく人名を表していることは直感的にわかる。
「ラウル、ラウル、いや、ロールか? ロール、ロール」
Raul-という言葉を脳内の辞書から探し出す。
「ん? まさか!」
オレは1つだけ固有名詞を思いつく。そしてその7文字の単語をスマートフォンに打ち込む。
「お前を襲った人物はこいつか?」
スマートフォンの画面をニコに見せつける。
「んー」
ニコは首を縦にふる、オレを睨みつけながら。
その7文字の単語は「Rauland」だ。すなわちーー
「オレが犯人だと言いたいわけか?」
ニコは再び首を縦にふる。
「は? マジで言っているのか?」
ニコはオレを睨み続けている。冗談ではなさそうだ。
「え!? 何かオレやりました?」




