2日目の夜に狼は嚙む
なんだかんだでラスタード魔法学園での最初の授業日は終わりを告げた。
帰ろうと思い、リースから「一緒に帰りませんか」なんて言われるのをなんとなく期待しながら席を立つ。しかし現実は非情なり。そんなことはなかった。リースは他の生徒と話をしていてこちらを気にしてはいないようだ。
1人で教室を出て、しばらく廊下を歩く。
「ちょっといいですか?」
ふと後ろから声がした。
「その声はニコだな。何か用か?」
「あなたと少し話がしたいのですが、お時間よろしいですか?」
ニコから誘ってくるとは、意外だな。
「ああ、構わない。どうせこの後は特に用事はないからな」
残念ながら、まだ友人と呼べる人物がいないからな。今日はとても暇だ。
「でしたら今夜6時頃にお屋敷へ来て頂けますか?」
「今からは駄目か?」
できれば今から話したい。
「これからリース様がご学友とお出掛けなさるそうなので、私もそこへ」
やはりリースは人気者だな。
「ニコにとってもご学友ではないのか?」
ご学友という表現がニコにとって適切かどうかはこの際置いておくとしよう。
「私はリース様に仕える身、そのようなものは必要ありません」
ストイックだな。そこまでしなくてもいいのではと思ってしまう。
「そうか……とにかく、それなら今夜会おう」
「ありがとうございます。では、お待ちしております」
そう言ってニコは教室のほうへ戻っていく。おそらく話というのはリースの警備についてだろう。変な期待はしないほうがいいな。
とりあえず図書館で暇つぶしをするとしよう。
* * *
読書に夢中になってしまい、気が付くと8時を過ぎていた。ニコとの約束の時間はとっくに過ぎてしまっていた。あわてて屋敷のほうへ向かう。
にしても、普通に授業を受けたり、クラスメイトと話したり、読書に耽ったり……これが普通の学生生活というやつか。こんな生活を送っていたらそのうち体がなまりそうだが、こういう平和な生活もたまには悪くないか。むしろ、そういう生活が続くほうがオレにとっても、他の人にとっても幸福ではないだろうか。そんなことを考えながら屋敷へ向かう。
だが、平穏は長くは続かない。それがオレの宿命なのかもしれない。
屋敷の近くまで来た、門の前で数人の大人が話をしている。1人はおそらく執事、他は先生だろうか? 何かあったのかもしれない。オレは気づかれないようにできるだけ近づき、茂みに隠れて盗み聞きをすることにした。
「それで、負傷したのは彼女1人ですか?」
「ええ、我々は大丈夫です」
「そうですか」
「どうしますか?」
「やはり内密に」
「姫様にはどうしましょう?」
「余計な心配をかけることになるので、やはりリース様にも今は知らせないほうが」
「では姫様にも黙っておきましょう」
「助かります」
「では、私たちはこれで失礼します」
「夜分遅くにご苦労様です」
先生たちは屋敷を去る。
「しかし、誰がやったんだ?」
「わからない。だがあの子に目立った外傷はないらしいから、精神系の魔法か何かだろう」
「だとしたら魔物か?」
「訓練用の魔物が逃げ出したのかもしれないな」
「だとしたら早くそいつを捕まえないと」
「そうだな」
「どっちにしても早くしないと、この件が王様の耳に入ったら何人クビが飛ぶかわからないからな」
隠ぺいしようとすることに対しては気に食わないが、その表現が比喩であって欲しいと願うばかりだ。
「早く対処しよう」
先生たちはその後も会話をしながら去っていった。
話の流れから察するに、負傷したのはニコだろう。目立った外傷がないのか……。まあ、何らかの魔法か呪いの類いだろうな。だが、ニコはリースの身辺警護を担うような人物。そうそうやられはしないはずだ。たかが訓練用の魔物にやられるとは考えにくい。直接ニコに攻撃したのは魔物かもしれないが、人の手が絡んでいると考えるほうが自然だ。
この件は調査が必要だが、現状オレにできることはない。ひとまず今日は帰ろう。
* * *
次の日の朝、オレは余裕をもって寮を出て、授業開始のかなり前に教室に着いた。既に何人かの生徒が教室にいた。
「おはようございます、ローランド」
席に座ろうとすると、リースがあいさつをしてくる。
「おはよう、リース」
「今日は早いんですね」
「まあな。それより、ニコは?」
前の席は空席となっている。
「ニコは風邪を引いてしまったようで、今日はお休みです」
どうやらあの執事、本当のことは言っていないらしい。
「屋敷にいるのか?」
「私に風邪をうつさないように、医務室にいるそうです」
「そうか、お見舞いにでも行こうと思ったんだがな」
できれば直接会って何が起こったか詳しく聞きたいが、そうもいかないらしい。医務室か……あの手で行こう。早速その作戦を実行するとしよう。