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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第二章 七月二日
9/45

智君とのひととき

 その後、洗濯のお手伝いをしているとき、不意に玄関のベルが鳴って、おばあさんと共に少しびっくりした。

「こんな時間に誰だろうねぇ。また訪問販売だろうけど」

 おばあさんはそう言うと、応対に出ていった。




「佐那ちゃん、お客さんだよ」

「え?!」

 玄関のほうから響くおばあさんの言葉に、私は心底驚いた。

 おばあさんによると、まだ警察からの連絡もないっていうことだし、私に用事のあるお客さんなんて、存在しないはず。

 一体、誰なんだろう……。


 私は慌てて玄関に向かった。




「佐那ちゃん、おはよう!」

 そこにいたのは制服姿の智君だった。

「あれ? 智君、学校は?」

「これから行くけど、ちょっと挨拶に寄ったわけ。どう? 時間あるなら、散歩にでも」

 のん気そうな様子で智君が言う。

 学校、間に合うのかな。


「家事ならあらかた一段落したから、行ってきたら? 佐那ちゃんもお若いんだから、家にこもりっきりではつまらないだろうし、それに一人で出歩くのも危ないからね」

 おばあさんが後ろから私に向かって言ってくれた。

「それなら好都合じゃん。さぁ、行こう!」

「えっと……でも……」

「俺と一緒は嫌?」

 悲しそうにうつむく智君。

 ううう……断りづらい。

「あ、えっと……それじゃ、少しだけ……」

 押し切られるような形で、私は答えた。

「そう来なくっちゃ!」

 智君の表情が一瞬で明るくなった。

「じゃあ、えっと……行ってきますね」

「はい、行ってらっしゃい。気をつけていってくるのよ。お昼、用意しておくからね、それまでには戻ってきてね。御木本君、佐那ちゃんをよろしくね」

 おばあさんが笑顔で見送ってくれた。

「もちろんですよ! お任せください! では、いってきます!」

 智君は、胸を張る。

 私も、おばあさんに挨拶をしてから、智君に続いて家を出た。




「散歩って、学校までですか?」

「ううん、ちょっと思うところがあってね。佐那ちゃんは記憶を失くして大変でしょ。だから力になりたいわけ」

「お気持ちは嬉しいですけど……今から行って、学校に間に合いますか?」

「間に合うも合わないも、今日は休むから」

 え?

 それって、さぼるってことかな。


「でも、そんなのダメですよ。申し訳ないです……私のために、お休みすることになるなんて。私は、智君に学校に行ってもらったほうが嬉しいですよ。記憶探しをお手伝いしていただけるのは本当にすごく嬉しいですけど、学校が終わってからでかまいませんので」

「いや、それだと時間が少ないじゃん。こう見えて、俺、学校の成績いいんだから。一日ぐらいどうってことないって。それに、今すぐ調べたいところもあってね。佐那ちゃんの記憶を早く取り戻してあげたいんだ」

 智君は力強く言う。

 その気持ちは素直に嬉しかった。

 でも……。

 智君が学校をさぼるなんて……。

「でも、ほんとに……」

「頼むから……。今日だけ……ね?」

 拝むように手を合わせ、私に頭を下げる智君。

 すごく、すごく、断りづらい……。

「……ありがとう。でも、約束してください。午後からはちゃんと学校に行くって。私のせいで、智君がお休みすることが、本当につらくて」

「うん、分かった。約束する!」

 智君は右手を私の前に突き出した。

 小指を立てているので、どうやら「指きり」をするつもりのようだ。

「指きりげんまん、ウソついたら針千本のーます、指きった! よし、これでいいでしょ?」

 智君は意気揚々と言った。

「うん……それなら……」

「それじゃ、行こう!」

 元気よく言う智君のあとに、私はついていった。




 智君が連れてきてくれたのはカラオケボックスだった。

「ほら、好きだった曲を聴くと、記憶が蘇るとか……ありそうじゃん?」

「なるほど」

 そう言われてみると、そんな気がした。

 智君が受付を済ませてくれて、私たちは部屋へと入った。


「何か覚えてる曲ある?」

 席に着いたあと、智君が言った。

 私は本をぱらぱらめくったけど、何一つ知っている曲がないことに気づいた。

「どうしよう。知らない曲ばっかりです。知らないのか、覚えていないのか、それすらも分かりません」

「それじゃ、俺が何曲か出だしだけ歌ってみるから、聞き覚えがあったら言ってね」

 そう言うと、智君はリモコンを操作したあと、マイクを握って歌い始めた。


 何曲か歌ってもらったけど、どれ一つとして記憶にあるものはなかった。

 しかし、それにしても、智君は歌がうまい。

 曲のことを全く知らない私が聴いても分かるくらいうまい。


「せっかく歌ってくれたのに、ごめんね……。どれも記憶にないみたい。だけど、智君って、歌がうまいね」

「ありがとう! 喜んでもらえてよかったよ! でも……そっかぁ、童謡とか唱歌とかもダメかぁ。それじゃ、もうすぐ時間だし、ここはもう出よっか」

「何だか……ごめんね」

「佐那ちゃんが謝る必要ないって! 俺が勝手に連れてきただけだし」

 優しく言ってくれる智君。

 そして私たちはカラオケボックスを後にした。




「そう言えば、お昼ご飯は孝宏んちで食べるんだったっけ」

「うん。おばあさんが用意してくれているから」

「まだお昼まで時間あるな。よーし、それじゃちょっと俺んちまで来てくれる? 見せたいものがあるからさ」

「何ですか?」

「それは見てのお楽しみ!」

 元気いっぱいで、軽やかに歩く智君の後ろを、私はついていった。




 智君のうちは、おしゃれな感じの一軒家だった。

 真っ白な車と、黒いバイクがガレージにとまっている。

「ごめん、ちょっとここで待ってて。すぐ戻るからさ!」

 智君はそう言うと、石柱の間の門を開き、家の中へと入っていった。


 智君は、割とすぐに出てきてくれた。

 大きなヘルメットらしきものを二つ持っている。


「ほら、あそこにあるの、俺のバイクなんだ。さあ、タンデムと行こうぜ」


 私に白いほうのヘルメットを手渡しながら、智君が言った。

 そして智君はもう片方、黒いヘルメットをかぶる。

 慣れている様子だった。


「タンデムって?」

「二人乗りね」

「えええっ?!」

 何だか、怖そう……。

 そんな私の様子に気づいたのか、智君が優しく言ってくれる。

「大丈夫。安全運転に徹するから。全く怖いことなんかないよ。走ってる間も爽快なはずだし、着いたらいいものを見せてあげられるからさ。それとも……俺のこと、嫌い?」

 また、これだ……。

 こう言われると、断れなくなる。

「そ、そんなことないです。えっと、その……ゆっくりお願いしますね」

「もちろん!」

 渡された白いヘルメットを、ゆっくりかぶる私。

 怖いけど……大丈夫……よね?


「んじゃ、こっちこっち」

 智君がバイクを押してきた。

「何だか、ちょっとかっこいいかも!」

 思わず声をあげてしまった。

「でしょでしょ? 喜んでもらえて何より。でも、ここで喜んでては、まだまだ早いんだなぁ。さあ、後ろに乗って」

 バイクにまたがりながら、嬉しそうな声で智君が言う。

 言われるままに、私も後ろに乗りこんだ。


「それじゃ、しっかりつかまっててね! 行くよ!」

 智君がエンジンをかけて、バイクが動き出す。

 智君の身体につかまるのは何だか恥ずかしかったけど、そうしないと振り落とされて怪我をしそうだから、しっかりつかまった。




 バイクは想像していたよりもスピードが速かった。

 曲がるとき、身体が大きく傾いて、ちょっと怖い。

 でも、どことなく、スリルと爽快感を感じたのも確かだった。

 記憶を失う前にも、こういう経験をしていたのかな?

 全く分からなかったけれど、今の私は少し怖がりながらも、十分楽しんでいるといえる状況だった。




 しばらく走り、トンネルをいくつか抜けて、突然バイクは止まった。

「ここだよ。降りてみて」

 言われるままに降りる。

 智君も降りてヘルメットを脱いだ。

 私もおもむろにヘルメットを外す。


 ゆっくりあたりを見回してみると、三方向を山に囲まれているような場所だった。

 でも、道路は割と広い。

 さっき通ったばかりのトンネルも数十メートル先に見えている。

 バイクが止まったのは、そんな道路の路肩だった。

 車の通りは多いのに、歩道を歩く人は一人も見受けられない。


「ほら、おいで。こっちこっち!」

 歩道の端のほうへ歩いていった智君が、手招きしてくれていた。

 智君がいる方角だけ、山がなく、視界が開けている感じだ。

 今いるところからは空しか見えないけど、何があるんだろう……崖かな?

 歩道の端っこに、ガードレールもあるし。

 私は智君のいるほうへゆっくり歩いていった。


「うわぁ! すごい、いい眺め!」

 思わず叫んでしまった。

 そこからは海が一望できた。

 海の青色と、すぐそばに迫っている山の緑色のコントラストが美しい。

 今いる場所から海までは少し距離がありそうで、間には街も見える。

 家々は、ここから見ると可愛らしいくらい小さいけど。

 海のほうに再び目を凝らすと、島らしきものも見えた。

 本当に、見晴らしがいい場所だなぁ……。


「これを私に見せるために、連れてきてくれたんですね!」

「うん、そうだよ。好きな女の子とタンデムで、ここまで来るのが夢だったんだ」

「ええっ?!」

 さらっと言われた突然の告白に、私は固まってしまった。


「俺だって、佐那ちゃんの状況をきちんと分かっているから、『付き合ってくれないか』とは聞かないよ。そういうのは、ちゃんと記憶が戻ってからだろうし。でも、気持ちだけ知っておいてもらいたかったわけ。迷惑かもしれないけど、怒らないでね」

「いえ……その、怒るだなんて、そんな……。今すぐ何もお返事できませんが、お気持ちはすごく嬉しいですよ」

 まさかいきなり「孝宏君が好き」とも言えず、私は曖昧な答えしかできなかった。


「なりゆきでついつい告白しちゃったけど、それが目的じゃなくて、この絶景を佐那ちゃんに見せたかったのと、タンデムがしたかったから来たんだ。それだけ分かっておいてね。さて、お昼ご飯のこともあるし、帰ろう!」

 孝宏君が言ってた通り、智君もすごくいい人だってことは分かった。

 ちゃんと私のことを考えてくれていると、はっきり伝わったし、告白も決して嫌な感じではない。

 ただ……私はやっぱり孝宏君のことが好きだから……智君の気持ちにこたえられないかもしれなくて、そこが申し訳ないんだけど……。

「ありがとうね、連れてきてもらって」

「ううん、またいつでも言ってくれれば、タンデムするからさ。今日は俺のわがままに付き合ってくれてありがとう」

「いえいえ、そんな……。こちらこそ、本当にありがとう。楽しかったです」

 智君は嬉しそうに笑うと、ヘルメットを着けたので、私もすぐに着ける。

 そして、二人でバイクに乗ると、孝宏君のうちまで、智君が送ってくれた。




「それじゃ、約束どおり俺は学校に行くから」

 孝宏君の家に着いて、私がバイクを降りると智君が言った。

「あ、その目、疑ってるな」

 いたずらっぽく笑う智君。

「別にそんな目で見てないですよ~」

「大丈夫、約束は守るから。好きな子とした約束を破るはずがないだろ」

 智君はさらっと言うけど、私はすごく恥ずかしい。

 好きじゃない相手でも、こんなかっこいい男子から「好き」と言われて、嫌な気がするはずがない。

 私は「ありがとう」とぼそっと言うと、そっとヘルメットを手渡した。

「それじゃ、また明日!」

 それを受け取りながら、智君が言う。

「明日もお会いできるんですか?」

「つれないこと言うなよ~。まるで会いたくないみたいにさ」

 冗談めかした口調で言いつつ、口を尖らせる智君。

「いえ、そういう意味では……」

「冗談だってば」

 智君は面白そうに笑いながら言う。

「そう言えば、明日は夕方から夏祭りがあるんだよ。出店もいっぱい出るからさ。で、佐那ちゃんは、どう? 一緒に行かない?」

「孝宏君はどうされるんでしょう?」

「あいつが気になるの?」

 智君はどこか寂しそうに言う。

「えっと、その……智君は孝宏君と仲良しですし、一緒に行かれるんじゃないかって思って。それなら、私もご一緒させていただこうかと……」

 智君には少し申し訳ないけれど、孝宏君も一緒じゃないと……。


 すると、少しだけ考え込んだ様子を見せた智君が急に晴れやかな表情になって言った。

「オッケ~! それじゃ、孝宏も誘うよ! それなら、一緒に行ってくれるでしょ?」

「もちろん!」

 智君に負けじと、私も元気に答えた。


「それじゃ、また明日、夏祭りでね。それまでに、俺が佐那ちゃんに会いにくるかもしれないけど」

 智君はそう言って、手を挙げる。

「はぁい、今日はほんとにありがとうね。気をつけていってきてくださいね」

 智君は私に向かって軽く手を振り、バイクのエンジンをかける。

 私も手を振り返して智君を見送ると、家の中に入った。


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