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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第二章 七月二日
10/45

孝宏君と二人で

 昼食後、掃除や洗濯物の取り込みなど、おばあさんの手伝いをして過ごし、一段落した後、とりあえず自分の部屋へと引き上げた。

 その後は、本棚に並んでいる小説を読んで過ごすことに。

 大半が恋愛小説だった。

 孝宏君の従姉さんの趣味だろう。

 かなり読み込まれた形跡のある本も、ちらほら見受けられる。

 そのうちの一つを手に取り、私は読み始めた。

 孝宏君に恋する自分を、作中のヒロインに重ね合わせながら。




 午後四時ごろ、玄関が開く音が聞こえた。

 孝宏君が帰ってきたんだろう。

 ちょっと、心がうきうきする私。

 でも、すぐに出ていくと、いかにも「待ってました」って感じにみえて恥ずかしいので、部屋でじっと我慢していた。

 すると、しばらくして、私の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 孝宏君かな?


 返事をすると、ドアが開く。

 やっぱり思ったとおり、孝宏君だった。


「ただいま、今朝は智と一緒だったんだって? 本人から聞いたよ」

「え、あ……うん。さぼるのはよくないことですよね。私も止めたんですけど」

「気にしなくていいよ。あいつがさぼるのは何も今日が初めてではないし」

「え? そうなんですか?」

「うん」

 なんか、「成績がいいから、今日だけさぼってもいいでしょ」みたいなこと言ってた気がするけど……。


「智君って、成績がいいんでしょうか?」

「ああ、それは本当だよ。ただ、それとさぼり癖とは、話が別だから、困ったことだけどね」


 そっか、本当だったんだ。

 ちょっと疑ってるみたいな質問になってしまって、智君に申し訳ないと思った。

 でもやっぱり、さぼりはよくないかな。


「結局、今日も何も進展しなかったです……。智君にも手伝ってもらったのですが」

「残念だったね……。でも気を落とさずに。それじゃ、星を見に出かけよっか。今日はちょっと雲が多くて心配だけどね」

「はい、よろしくお願いします!」

 私たちは、出発の準備を整えた。




 おばあさんに挨拶をしてから家を出た私たちの頭上の空には、孝宏君の言った通り、雲がやや多めだった。

 気温は昨日よりは涼しく感じられて、過ごしやすい感じなんだけど。


「さっきよりもさらに曇っちゃったみたいだ。とりあえず出発してみるけど、もしこのままの空模様なら、残念だけど日を改めたほうがいいね」

「そうですね」

 ちょっぴり残念。

「とりあえず、寒蝉神社に向かおう。覚えてるかな? あの神社前の道、こちら方面とは逆方向にも道がのびてたでしょ」

 そうだったっけ。

 でも、そんな気もする。

「そっちの道をずっと行く予定だよ。自然の残ってる場所だから、空気も綺麗だと思うし、もし星が見れなくてもきっとある程度満足してもらえると思うんだ。それじゃ、ついてきてね」

「はい!」

 自然の残ってる場所かぁ、何だかいいなぁ。

 私は探検気分で、ちょっとうきうきしながら返事をした。




 やがて、私たちは恋架け橋を渡り、しばらく歩いて寒蝉神社へと到着した。

 昨日、私が倒れていた場所も通ったんだけど、やはり特に何も手がかりになるようなものは転がっていなかった。


「あっちのほうだよ」

 孝宏君が、恋架け橋方面とは反対側を指差して言う。

「ちょっと緑が濃くなっていくから、大丈夫だとは思うけど、はぐれないように気をつけてついてきてね」

「はい」

「じゃあ、そこへ向けて出発ですね!」

 私の返事を聞くと、孝宏君は元気にそう言って歩き出した。




 歩き続けていると、孝宏君の言っていた通り、鬱蒼と生い茂る草木は、ますます色濃くなっていった。

 やがて、草によって道が見えにくくなってきたほどだ。

 背の高い木も増えてきた気がする。

 このあたりはもう「山」と言っても過言ではなさそうだ。

 ただ、すぐそばを流れている川は、いつまでも道に沿って流れていた。

 そのおかげということもあってか、さほど暑苦しくは感じない。

 そこかしこから虫の音も聞こえており、奥へと歩いていくにつれて、その音も大きくなってきた気がした。


「うーん、空の雲、なかなか減らないね。星を見るの、今日のところはあきらめておこっか。また明日かあさってにでも来ればいいからね」

「そうですね」

 空を見上げると、雲は減るどころか、家を出たときよりも増えた気がした。

 残念だけど、今日は無理かなぁ。

「その、とっておきの天体観測スポットって、まだ先なのですか?」

「うん、ここよりさらに奥。あまり人が立ち寄らない場所だけど、だからこその『とっておき』だよ」

 若干嬉しそうな様子で言う孝宏君。

 その様子を見る限り、とても綺麗な星空が見られそうで、早く見たい気持ちに駆られた。


「でも、今日は仕方ないね。このあたりで少し涼んでから、帰ることにしよっか。無駄足になっちゃって、ごめんね」

「いえいえ、そんなこと……。探検みたいで楽しいですし」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。ああ、そうだ。ちょっとついてきて。涼むのに適した場所を知ってるんだ」

 孝宏君はそう言うと、また歩き出した。 




「ほら、あそこ、川が少し浅くなっているんだよ」

 数分ほど歩いた後、立ち止まって言う孝宏君。

「ほんとだ」


 見ると、たしかにさっきまでとはうって変わって、川が浅く、狭くなっているのが見てとれた。

 飛び石のように、幾つかの平らな石が、およそ等間隔に浮き出ている。

 それらの石の上を行けば、向こう岸まで渡れそうだった。

 水の色は綺麗に透き通っており、川底の石がはっきり見て取れる。

 足をつけたら気持ち良さそうだなぁ。


「向こう岸には、何かあるのですか?」

「子供の頃に何度か行ったことがあるけど、大して見るものもなかった覚えがあるなぁ。気になるなら行ってみてもいいよ。渡ってから、今来た方角へずっと歩いていけば、恋架け橋のところまで戻れるから、無駄足じゃないし」

「そうですか。それならぜひ。…………あ!」

 そのとき、浅瀬になっているところに、何かキラキラ光るモノが見えたので、私は思わず声をあげた。


「どうしたの?」

「ほら、あそこ! 何か光ってません?」

 私が指差す方向を孝宏君も見てくれた。

「ほんとだ。何だろうね。近くに行ってみよう。川に落ちると危ないから、佐那ちゃんはここで待っててね。取ってくるから」

「はい、でも、気をつけてくださいね」

 孝宏君はゆっくり慎重に、飛び石の上に足を運んでいった。




「あ、届きそうだ」

 孝宏君が飛び石の一つの上にしゃがみこみ、手を伸ばして言う。

 その光る物体が、孝宏君の手につかまれたのがはっきりと確認できた。

 孝宏君はそれを手の上に乗せて、じっくり観察しているようだ。

「なんだ、ただの王冠だね。何かの瓶の」


 私のいるところへゆっくり戻ってくると、「はい」と言って孝宏君はそれを手渡してくれた。

 たしかに、何の変哲もない瓶の王冠みたいだった。

「綺麗~! これ、もらってもいいですか?」

「いいけど、特に何の使い道もないものだよ」

「はい、でも、孝宏君と二人でここに来た記念です」

 孝宏君はちょっとだけ驚いたように目を大きくして、何か一瞬口ごもったようだけど、すぐに言ってくれた。

「うん、佐那ちゃんがそう言うなら、もらっておいてよ」

「はい、大事にしますね」

 私はその王冠を、そっとバッグの中にしまいこんだ。




 それから私たちは靴を脱いで、少しだけ水に入ることにした。

 昨日よりは涼しいとはいえ、暑くないわけではなかったし、綺麗に透き通った水を見ると、触れたくなったからだ。

 素足で水に触れてみた。

 驚くほど冷たい!

「うわっ、冷たぁい!」

 思わず大きな声で言ってしまう。

 孝宏君は手早く靴と靴下を脱ぐと、スラックスのすそを膝までまくって、ざぶざぶと水の中に入った。

「佐那ちゃんも来る?」

 私もワンピースのすそを両手で少しまくり上げて、水の中へ。

「気持ちいい~」

「でしょ。ここは水もきれいだし」

 孝宏君の言うとおり、水がキラキラ透き通っている。

「あっ、あそこ! 何か動きましたよ!」

 水の中で何か動いたように見えたので、指差して孝宏君に知らせた。




「小さな魚だったようだね」

 孝宏君がかがみこみながら言う。

「捕まえるのは無理ですよね」

「うん、動きが素早いからね。それに捕まえたところで、飼うことも食べることもできないと思う」

「そうですよね……」

 ちょっと残念。

「ああ、佐那ちゃん、後ろ後ろ! そっちにはカニがいるよ!」

 今度は孝宏君が指差す。

 その方向を見ると……いたいた、カニだ!


 水から出て、石がごろごろしている河原へとカニが移動したので、私たちも追った。

 私が小さな石を持って、カニのそばに近づけるが、カニは見向きもせず、ちょこちょこ逃げていく。

 その様子が何だかかわいくて、思わず笑った。

 孝宏君もにこにこしている。

「あまりいじめちゃかわいそうだから、バイバイ!」

 私はそう言うと、カニを見送った。

「お~、逃げていったね。元気だなぁ」

 孝宏君も笑顔で言った。


「楽しかったぁ~。ここにもまた来たいですね」

「うん、またぜひ。あ、そうだ! カニや魚もいいけど、もっとすごいのを佐那ちゃんに見せてあげられるかも」

「え? 何かあるんですか?」

 もっとすごいものと聞いて、わくわくしてきた。

 孝宏君は、嬉しそうな笑顔で言う。

「うん、昨日は言わなかったんだけど、実は今日行こうとしていた天体観測スポットで見られる予定だったんだ。近いうちにお見せするよ。きっと喜んでもらえると思う」


 孝宏君に連れていってもらえるなら、どこでも、何を見ても、私は喜ぶんだけど。

 でも、それにしても、孝宏君がそこまでオススメするものが一体何なのか、興味があったし、すぐにでも見てみたかった。


「そういえば、智から聞いてるかな? 明日は夏祭りへ行くんだけど、佐那ちゃんも一緒にどうかな」

「もちろん! よろしくお願いします」

 やった!

 孝宏君と一緒に夏祭りへ!

 私は、小躍りしかねないほどの気分だった。


「今日もまた、私なんかのために、貴重なお時間を割いていただいて、ほんとにありがとう!」

「僕は夏休みとか冬休みとかみたいな長期休暇じゃないとアルバイトもしていなくて、天文部の部活動もまったりマイペースだから、予定なんかほとんどいつでも無いに等しいし、全然気にしないでね。それに、何かを見せたあとの、佐那ちゃんの反応が楽しみっていうのもあって、僕が喜んで連れてきてる部分もあるね。佐那ちゃんは迷惑じゃないかな?」

「そんな、とんでもない! もっともっと、いっぱい色んなところへ連れてってくださいね。もしかすると、そこにひょっこり、私の記憶につながる何かがあるかもしれませんし」

「うん、了解。そうだね、早く、記憶が戻る兆しだけでも見えればいいね」

「孝宏君といると、記憶を失くしているということを忘れて、楽しんでることもあります」

 私が笑顔で言うと、孝宏君はちょっと赤くなった。

 孝宏君はちょっと照れ屋さんなところもあるみたい。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。それじゃ、今日はこのへんで帰ろっか。どうする? さっき言ってたみたいに、向こう岸に渡って、いつもとは違った道を通ってみる?」

「できれば、違う道でお願いします。何か新たな発見があるかもしれないので」

「了解。それじゃ、向こう岸に渡ろう」

 そして、私たちは飛び石の上を渡って対岸に着くと、土手を登って、そこに長々と伸びている道を通って帰ることにしたのだった。


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