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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第四章 七月四日
26/45

帰宅後

 夜道なので帰るのに時間がかかったことと、秘密の場所に長くいすぎたことで、家に帰ったときにはもう午後八時半を回っていた。


「ばあちゃん、心配してるだろうな」

 そう言って孝宏君はドアを開け、「ただいま~!」と声をかけた。

 私も後に続く。


「遅いから心配したよ」

 おばあさんが安堵の表情を浮かべて言った。

「ごめん。今度から気をつけるよ」

「佐那ちゃんを連れて出るときは、特に気をつけなくちゃ。分かったね」

「うん。ほんとごめん」

 素直に謝る孝宏君。

「すみませんでした」

 私も謝った。

「さぁさ、もう気にしないでいいから。ご飯にしましょ。準備できてるからね」

 おばあさんは、明るい表情に戻って、言ってくれた。




 ご飯を食べ終わり、お皿洗いなど後片付けが済んでから、孝宏君と私は今日のことをおばあさんに報告することにした。

「ええーっと、単刀直入に言うと、僕たち付き合うことになったよ」

「ほんとかい!」

 嬉しそうに声を張り上げるおばあさん。

 私は、何だかまた恥ずかしくなってきた……。

「そうかい、めでたいねぇ。もっと早く聞いていれば、赤飯でも炊いたものを……」

「そこまでしなくていいって」

 孝宏君は笑顔でおばあさんに言った。

「孝宏、佐那ちゃんを大事にしなくちゃダメだよ。泣かしたりしたら承知しないからねぇ」

「もちろん! 佐那ちゃんを泣かすような人は、僕が許さないよ。……それじゃ、佐那ちゃん、あとでまた僕の部屋に来てくれるかな」

「うん! もちろん!」

 元気良く私は答えた。




 お風呂と歯磨きを済ませると、私は自分の部屋で、孝宏君がお風呂から上がるのを待った。

 お風呂に入ったのに、右手にはまだ、孝宏君の手の感触が残っているような気がする。

 でも、物足りない気持ちもあって、また孝宏君と手をつなぎたいと思った。




 しばらくして、孝宏君が呼びに来てくれたので、私は孝宏君の部屋に移動する。

「今日はほんとにありがとうね」

「ううん、お礼を言うのは私のほうだよ。こんな幸せな気持ちにしてもらえるなんて、思ってなかったから……。何だか夢みたい」

「夢じゃないよ」

 孝宏君はそう言って、また私を強く抱きしめてくれた。




 しばらく抱き合った後、私たちは並んで腰を下ろす。


「明日、またあの秘密の場所へ行かない? 僕たちが付き合った記念の紙を、あのタイムカプセルに追加したいんだ」

「もちろん! 素敵……」

 すごく楽しみ!

「ちょっと待ってね」

 そう言って、孝宏君は机に座り、紙に何か書き始めた。

 その後、その紙とペンを私に渡してくれた。

 見ると、今日の日付と孝宏君の名前が書かれている。

 私も続けて自分の名前を書いた。

「明日、これをあの缶に入れにいこうね。そして、このことも、僕たちだけの秘密だよ」

「うん、二人だけの秘密ね。私たちだけの秘密」

 その「二人だけの秘密」という言葉が嬉しくて嬉しくて、私は何度も繰り返した。

 私たちだけの秘密……孝宏君と私だけの秘密……。


「あ、そうだ! 秘密といえば……」

 ふと、とあることを思い出して、私は言った。

「孝宏君は私に、あの秘密の場所を教えてくれたから、私からも秘密を教えたいな。孝宏君だけにね」

「おお、楽しみ! 教えて、教えて」

 目をキラキラさせて孝宏君が言う。

「ごめん、そんなにロマンチックなものでも、興味深いものでもなくて……」

「いいから、らさないで教えて」

 孝宏君は早く知りたそうな様子だ。

 私は言葉で伝えるよりも、実際に見せたほうが早いと思って―――。


 右手で握りこぶしを作ると、それを口の中に入れた。

 すっぽりと口の中におさまる握り拳。

「おおっ!」

 孝宏君は驚いた声をあげた。

 そのあと、「ははは」と笑い出す。

「ちょっと~、笑わないでよ~」

「ははは、ごめんごめん。でも、すごいね。たしか、そんな話を、智がしてたっけ」

「うん、夏祭りの帰り道でね。あのとき、こっそりやってみたら出来たんだけど、美麗さんは挑戦すらしなかったから、『きっとあまり人前で安易にすべきことじゃないんだ』って思って、出来ることを隠して、『できないと思います』って答えておいたんだよ」

「そうだったんだ」

 孝宏君は納得したように、うなずいた。

「でも、その秘密を、こうして僕だけに教えてくれたんだね」

「こんな秘密でごめんなさい」

 苦笑しながら私は言った。

「いえいえ、とっても嬉しいよ。秘密を共有するって、何だか……いいね」

「うん……」

 私も同じ思いだった。




 それからあとはおしゃべりをして過ごしたけど、二人の関係が変化したことによって、今までとは違った新鮮さでいっぱいだった。

 今までだって楽しかったんだけど、それが数百倍になったぐらいの楽しさで。

 なので、時間が経つのも、いつもよりもずっと早く感じた。




 気がつくと、いつも寝るくらいの時刻になっていたけど、ずっとおしゃべりしていたくてなかなか言い出せない。

 孝宏君も同じ気持ちでいてくれたのか、「そろそろ寝る時間だね」と言ってくれたときには、すでに時計の針は深夜零時を回っていた。


「楽しくてつい……。こんな時間になっちゃってごめんね」

 申し訳なさそうに孝宏君が言う。

「そんな、私のほうこそ、ごめんなさい。すごく楽しくて……ずっと話していたくて……」

「また明日、いっぱいお話しようね。それじゃ、今日はこのへんで。おやすみ」

「おやすみ」

 私たちは立ち上がると、どちらからともなく抱き合った。

 孝宏君のことが愛しくて愛しくて、ずっとそのままいたいような気持ちだったけど、そういうわけにもいかず、そっと離れる。


「あの……また、キス……して」

 恥ずかしいけど、思い切って言う。

 気持ちが全く止まらなくて、静まらなくて。

「おやすみ、また明日」

 孝宏君はそう言って、またキスしてくれた。

 触れ合った唇がすごく熱い。

 私も「おやすみ」と言うと、寂しい気持ちをこらえながら、自分の部屋へと戻った。




 電気を消して、布団に入っても、孝宏君のことを考えてなかなか寝付けない。

 あまりに幸せで、今日一日が全て夢だったんじゃないかとさえ思った。

 でも、そんな幸せな気持ちに包まれているとき、ふと頭にあの絵馬に書かれた日付「七月七日」が蘇ってきて、不安が幸福感を追い払いはじめる。

 そういえば初日の夢も、そんな感じで怖い夢だった。

 七月七日……どんどん近づいてきてる……。

 日付が変わって、もう今日は五日だから、あさってだ……。


 だけど、どうして恐れているのか、その理由すら分かっていなかった。

 だから……もしかしたら、何事も起こらずに済むかもしれないという思いもある。

 うん、きっと大丈夫。

 私はそう思い込むことにした。


 そして、また孝宏君のことを思い浮かべる。

 七夕の夜、恋架け橋で誓い合う約束をしたんだ。

 きっと、伝説は本物だし……もし、本物でないというなら、私たちがこれから本物にしてみせる!


 孝宏君……大好き。

 明日もいっぱい、ギュッてしてくれるかな……。

 そんなことを考えているうちに、私は眠りに落ちていった。




 その夜、また駅の夢を見た。

 これまでの夢と同じく、駅のホームに立つ私の前に、電車が到着する。

 停車する電車。

 安全を確認するために降りてくる車掌さん。

 その車掌さん……最近、どこかで見た気が……。

 そして……そして……。

 …………!

 そうだ………。

 私、その車掌さんに恋してたんだ。

 

 車掌さんに話しかけるために近づこうとする私だったけど、なぜか前に進めない。

 見えない力が、私の身体を押さえつけているようで……。

 そして、私はハッとする。

 孝宏君のことを思い浮かべた。

 そう……今、私が好きなのは孝宏君。

 その車掌さんがどれだけかっこよくても、どれだけ優しくても……もう、後戻りなんかできないし、したくもない。

 私には孝宏君だけ。

 ごめんね、車掌さん。

 車掌さんが私のこと、どう思ってくれているのかは知らないけど……私は申し訳ない気持ちになった。


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