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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第四章 七月四日
23/45

室内プール

 室内プールは、寒蝉駅から電車で二駅先にあった。

 受付を済ませて、それぞれの更衣室に別れ、早速私は着替え始める。

 買ってもらった水着、どっちにしようか迷ったけど、孝宏君のリアクションがより良かったビキニのほうにした。

 他の人に見られるのはすごく恥ずかしいんだけど、仕方がない。




 着替え終わると、私たちはプールの入り口で合流した。


 孝宏君は上半身は普段着どおりほっそりしていたけど、足の筋肉が盛り上がっていた。

「ああ、天文部の部活で歩いたり、普段よく走り回っているから、意外と足の筋肉はあるほうなんだ」

 私の視線に気づいた孝宏君が説明してくれた。

 孝宏君の水着は迷彩柄のサーフパンツだ。

 うん、孝宏君は何を着てもかっこいい。

「よく似合ってますね」

「ありがとう。佐那ちゃんもだよ」

 照れた様子を見せながら、孝宏君が答えてくれた。

 私も恥ずかしくなって、「ありがとう」とぼそっと言う。

「じゃあ、プールに入ろう」

 私たちは入り口の扉を開けて、中に入っていった。




 プールは思っていた以上の賑わいを見せていた。

 あまり、ばしゃばしゃ泳げるようなスペースは見当たらない。

「意外と混んでるね」

 残念そうに孝宏君が言う。

「仕方ないですよね」

 私たちは準備運動をしたあと、水に入った。

 冷たくて心地いい。


「外が暑い分、本当に気持ちいいですね」

「そうだね」

 そのとき、ふと何となく気づいたことがあった。

「あ、私……泳げるかも」

「え? そうなの? 何か思い出した?」

 驚いた様子で訊ねる孝宏君。

「はい、水に入って何となく思い出しました。今は人がいっぱいで泳ぐスペースが少なくて難しいですが、きっと泳げると思います」

「そっか! それじゃ、この調子で色々と思い出していければ、そのうち全てを思い出せる日も来るかもね」

「そうなればいいですよね。本当にそう願っています」

 本当そうだった。

 この調子で記憶を取り戻していければ……。


「今日は混んでて、あまり泳ぐスペースがないのが本当に残念だね。今度、海にも行ってみよっか。海なら多分、ゆっくり泳げると思う」

「賛成です!」

 やった!

 また孝宏君と出かける口実が出来たので、飛び上がるほど嬉しかった。

 実際、水中で飛び上がっちゃった……恥ずかしい。

 そんな時、後ろから私たちに向かって呼びかける声がした。


「佐那さん、神楽坂君、奇遇ですね」

 振り向くと、私たちと同じく水に入っている崎山君がいた。

 足が着く深さだというのに、わざわざ足を曲げながら、軽快な足さばきで立ち泳ぎをしている。

 ほんと、崎山君ってちょっと変わってるかも。

「こんにちは、崎山君」

「おぉ、崎山か。こんなところで会うとは思わなかった。意外とどこでも出現するんだな」

「ごきげんよう! しかし神楽坂君、今のはあんまりですよ。冗談はよし子さんですよ、全く。人をまるでゴキー・ザ・キッドみたいに言うのは」

 ゴキー・ザ・キッドって……あの嫌~な虫かな?

 ただでさえ虫が苦手の私は、想像するだけで鳥肌が立った。


「ワタクシはただ暑いのでプールに来た次第です。すると、どうでしょう。まるで一輪の麗しき花のごとき佐那さんが、艶やかな水着姿でいらっしゃるじゃないですか」

「佐那ちゃんを変な目で見ないでくれるかな? プールなんだから水着なのは当たり前でしょ」

「それはそうでしたね。しかし、変な目とは失敬な。ワタクシはただ、美しき佐那さんの水着姿を網膜に焼き付けているだけですよ。鑑賞しているだけでして」

 崎山君の目つきが真剣すぎて、何だか怖い。

 それに、恥ずかしくもなったので、孝宏君の後ろにそっと避難する私。


「だから、じろじろ見るなってば。そんな調子だから、周りの人、特に女子から避けられているんだと思うよ」

「ああ、それそれ! その話をしようでは、あ~りませんか!」

 急に何かを思い出したかのごとく、口調に勢いが出てくる崎山君。

「聞いてくださいな! 悲劇的だと思いませんか、ワタクシが昨夕の夏祭りに誘われなかったのは」

「あ、そういえばそうだな。智のやつ、なんで誘わなかったんだろ? 九十九さんが崎山を嫌がったのかな」

「神楽坂君、歯に衣着せぬ物言いですな。たしかに、的を射てそうで怖いですぞ。くわばらくわばら」

 苦笑する崎山君。

 あ、これって、いつもの営業スマイルなのかな。

 常に笑顔だし、分かんないや。

「ただーし、ところがぎっちょんキリギリス! 今回の件は、そうじゃないかも知れませんよ。美麗さんに今日聞いてみたら、御木本君の計画にそもそもワタクシの参加が入ってなかったとか。残念無念ですよ、まったく」

 崎山君は、智君とあまり仲が良くないのかな?


「智って、そういうところが、ちょっとどうかと思うなぁ。崎山も一緒のほうが絶対楽しいのに。それに、シンギング・ケバブの仲間でもあるのにね」

 孝宏君は、崎山君も一緒のほうがよかったみたい。

 でも遠まわしに批判するだけで、智君のことをあまり悪く言わないところも、孝宏君の優しさかな。

 それにしても、シンギング・ケバブって何だろ。

「シンギング・ケバブって何ですか?」

「ああ、智や崎山がやっているバンドだよ。智がボーカル、崎山はベース」

「崎山君、楽器が演奏できるんですか!」

 ちょっと意外だった。

「人は見かけによりませんよ、奥さん」

 私、まだ結婚してないし、「奥さん」じゃないけど。

 そういえば、カラオケに行ったとき、智君は歌うのが上手だったなぁ。

 なるほど、バンドのボーカルをやってるからだったんだ。

「今度の日曜、ライブがあるんですよ。臨海公園近くのライブハウス『とこぎり』でね」

「今度の日曜と言うと、あさってか。佐那ちゃん、どう?」

 私にはもちろん、予定などなかった。

「賛成です!」

 私が言うと、崎山君は丁寧にお辞儀をしてくれた。

「ありがとうございます、神楽坂君。佐那さんをお誘いの上、一緒にライブに来ようとしてくれるなんて、君は本当にお優しい。そういう心の優しさがあってこそ、佐那さんのようなマブい人とずっと一緒に行動できるんでございますね」

 まぶいって何だろ。

 悪い意味ではなさそうなので、スルーしておいた。

 孝宏君もその部分はスルーみたい。

「おだてても何も出ないよ。崎山はこのままここで泳いでいくの?」

「いえ、今から遊園地へ行ってきますよ。我がクラスのマドンナである九十九美麗様までご参加されるという夏祭りに誘われなかった無念さを、ジェットコースターにて一人で噛み締めてきますよ。おきゃんなマドンナに、イカした佐那さん……まさに両手に花でしたな。私には高嶺の花、二輪。さて、荒ぶるあぶれ者であるワタクシは、このへんで立ち去るとしましょうか。お二人のお邪魔はしませんよ。ああ、ワタクシのことはどうぞおかまいなく。昨日ひとりで夏祭りに行ったのと同様に、これから遊園地へひとりで参りますとも。ナウい服を着まして、ね。それではお後がよろしいようで。お二人とも、バイナラ!」

「崎山、またな」

「崎山君、またね」

 私たちは、手を振って言う。

 崎山君はすたっとプールサイドに上がり、直角お辞儀をビシッと決めたあと、言葉とは裏腹に特に落ち込んでいる様子もなく、すたすたと歩き去っていった。




「せっかくですし、昨夜の夏祭り、崎山君も一緒のほうがよかったように思いますね。智君は崎山君とあまり仲がよろしくないのでしょうか?」

 崎山君の姿が見えなくなってから、孝宏君に訊ねてみた。

「そんなことないはずなんだけどなぁ。よく話してるところ見るし、バンド仲間でもあるし。崎山が変わったやつだってことは、佐那ちゃんも気づいていると思うけど、案外、智のほうが変わってたりして」

「なるほど……」

 私にはうまい返事が見つからなかった。


「それにしても、ここで会うとは意外だったなぁ」

 笑いながら言う孝宏君。

「そうですね」

「まぁ、この街であいつが遊ぶようなスポットって言うと限られているから、仕方ないかな。動物園、水族館、植物園などもあるけども、あいつ、そういうのって興味なさそうだし」

「この街には、他にはどんなスポットがあるんですか?」

 興味が出たので、聞いてみた。

「電車でさらにもう二駅ほど先に行くと、山へも行けるよ。ここの近くで言うと、臨海公園やプラネタリウムがあるかな」

「あっ、プラネタリウム、行ってみたいです!」

 孝宏君が星に興味を持っていることを思い出して、私は言った。

 一緒に星を見たら、ロマンチックかも。

「それじゃ、今から行こっか。時間的にも、暗くなるまでまだだいぶ時間があるし。プラネタリウムを見てから、秘密の場所へと出発ってことにしない?」

「賛成!」

 そういうことで、私たちは準備を済ませて室内プールを出ると、次にプラネタリウムへと向かった。


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