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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第三章 七月三日
15/45

秘密の場所

 夕方、孝宏君が帰ってくる音がしたときには、すでに私の出発準備は整っていた。




 しばらく待っていると、部屋のドアをノックする音がする。

 出てみると、やっぱり孝宏君だった。


「お待たせ」

「おかえりなさい。今日はどこに連れてってくれるの?」

「今晩、夏祭りがあるから、星が出る時間までは居られないんだけど、昨日ちらっと話してた、とっておきの場所に案内するよ」

「わぁ、楽しみ!」

「うん、ちょっと計画してることもあってね」

「計画?」

 何のことだろう?

「それは、着いてからのお楽しみってことで。あの場所は、僕以外の人はほとんど知らない穴場だから、きっと二人でのんびり過ごせるよ」

「そんな場所を教えていただいてもいいんでしょうか?」

 いいのかな、私で。

 美麗さんじゃなくて。

「だから僕らだけの秘密だね。『秘密の場所』と命名しようよ! そのままだけど」

 楽しそうに笑う孝宏君。

 私たち二人だけの秘密……うん、いい感じ。

 私も自然と笑顔になった。

「ありがとう。すごく嬉しいです」

「もう準備できているのかな?」

「はい、ばっちり!」

「じゃあ、出発しよう!」

 そして、おばあさんに「行ってきます」の挨拶をしてから、私たちは家を出た。




「こっちだよ」

 昨日、王冠を拾ったあたりまで到着すると、孝宏君はさらに奥へと進んでいく。

 川幅はそんなに変化していなかったけど、あたりに生える草はどんどん背が高くなっていくように感じられた。

 いつの間にか、木々もかなり増えて、もう完全に山の中っていう印象だ。

 ただ、こんな場所でも通る人はいるのか、舗装されてはいないものの、道らしきものはしっかり足元に続いている。


「ずいぶんと山奥に入ってきましたね」

「うん、でも道は分かっているから、心配要らないよ。もう少しで着くからね」

 私の問いに、孝宏君が落ち着いた様子で答えてくれた。

「いえ、別に心配はしていませんよ。探検みたいで、何だか楽しいですし」

 これは本心だった。

 それに……孝宏君と一緒だと、すごく安心できるから。

 その反面、ドキドキも止まらないんだけど。

 何か矛盾している気もするけど、まぁいいか。


「そう言ってもらえるとありがたいよ。多分あと数十分で着くはず」

 でも、これ以上山の中に入っていくのなら、ワンピースで来たのは間違いだったかも。

 ジーンズやスラックスは持っていないから、仕方ないかぁ。




 しかし、それは杞憂だった。

 それから三十分程度で、孝宏君が言う場所に到着したからだ。

 それまで山の中を歩いている感じだったのに、急に視界が開けた。

 川の向こう、遠くには山々が紫色に見える。

 川幅はまた少しだけ広くなったように思えた。


「ここだよ」

 孝宏君が言った。

 たしかに、いい眺めだなぁ。

「ここはあまり知られていない穴場スポットでね。何の穴場かというと、色々あって。例えば、ここではイワナやヤマメなどが割りと釣りやすいんだ。それに、八月の花火大会のときは、ここから花火がよく見えるんだよ」

「わぁ、ここで花火、見たいですね~」

「じゃあ、一緒に見ようよ。花火大会の日、また誘うから」

 嬉しくて、そしてびっくりで、ドキンと心臓が飛び跳ねた気がした。

 でも、そんな様子を悟られないように、「楽しみです」と言っておく。

 嬉しさは隠しきれてないかもしれないけど。

「でも、よく途中の道を間違えずに来られましたね。私なら迷ってしまいそう」

「今度来るときは、僕だけが知っている目印を教えるよ。だけど、来る時は必ず僕と一緒にね。一人でこんなところまで歩いてきちゃダメだよ」

 心配そうな顔で言う孝宏君。

「分かってまぁす」

「それじゃ、遊ぼう!」

 孝宏君は明るくそう言うと、川遊びのときのように、またスラックスのすそを膝までまくり上げた。

 そして、川の中に足を踏み入れていく。

 跳ねあがる水しぶきが、太陽の光できらめいている。

 私もすぐにワンピースの裾を持ち上げて、川に入った。


「水が澄んでいて綺麗ですね」

「うん、神社前あたりと比べても、はるかにここのほうが綺麗な気がするよね。やっぱりこうして自然の中だと、そうなるのかもね」

「でも、お魚の姿は見えませんね」

 私は、川の中に目を凝らした。

 さっき話に出たイワナたちの姿はどこにもない。

「まぁ、そう簡単には見つからないかもね。今度、釣具を持ってこようか? 僕はさほど釣りが上手くないんだけどね」

「そのときは、私にも挑戦させてくださいね」

「もちろん」

 私たちはそれからしばらく、川辺でのおしゃべりを楽しんだ。




「そうだった、計画を実行しないと」

 不意にそう言うと、バッグの中を探る孝宏君。

「そういえば、出かける前にも言ってましたよね。計画って、何なんですか?」

「えっと……昨日、佐那ちゃんはあの王冠を『記念だ』って言って大事そうにしまってたよね。それでね、この場所に記念の品を埋めておこうと思うんだ。何年か経って、掘り起こすと、感慨もひとしおだと思うよ」

「なんだか、タイムカプセルみたいですね」

「そう、それ! 僕らのタイムカプセルを埋めよう」

 孝宏君はそう言うと、リュックから手のひらサイズの可愛い缶を取り出した。

 缶は金属で出来ているように見える。

 触らせてもらうと、アルミ製のような手触りだった。


「場所が分からなくならないように、目印として、大きな石をここに集めよう」

 そう言って、孝宏君は大きめの石を次々と運んでくる。

 私も手伝った。

 その場所には、みるみる大きな石が集まっていく。




「それじゃ、ここに埋めよう」

「その缶をですね。でも、中身は何にしましょう? これといって、特別なものは何も持ってきてないんですが……」

「それはね……はい、これ」孝宏君はそう言うと何かを私の前に差し出した。

 見ると、メモ用紙一枚とボールペンのようだ。

「ここに紙とペンがあるから、佐那ちゃんも名前を書いてよ。僕のはすでに書いてあるから」

 メモ用紙には確かに、孝宏君の名前と今日の日付が書かれている。

 色々と用意周到だなぁ。

 私は少しうきうきしながら、名前を書いた。




 孝宏君はその紙を缶の中に入れると、蓋をして、大きな石を集めた場所のど真ん中に埋めた。


「タイムカプセル、楽しみですね」

「うん、そうだね。でも、くれぐれも僕らだけの秘密だよ。誰にも言っちゃダメだからね」

 念を押す孝宏君。

「もちろん。誰にも言いません」

「智にもだよ」

「えっ」

 ちょっとびっくり。

 どうしてここで智君の名前が出てくるの……?

 また、智君が私のこと好きになってくれたっていう、あの話かな。

 智君の気持ちはすごく嬉しいんだけど、私やっぱり孝宏君が……。


「佐那ちゃんは智のこと、どう思う? 智から告白されたんだよね?」

 そっかぁ、孝宏君も、告白のことまで聞いてるんだ。

「どうって……。優しい方だと思いますし、いいお友達になれればと思っていますよ。ですが、まだ会ったばかりなので、お付き合いとかそういう話はちょっと……」

 月並みな表現になったけど、率直な思いを述べた。

「そうだよね、ごめんね。僕にとっては、智は大事な親友だから、つい気になって」

「いえいえ、とんでもないです。私のほうこそ、歯切れの悪い答えですみません。でも、近いうちに、ちゃんとお返事はするつもりです」

「うん、そうしてあげてね」

 孝宏君は深く考え込んだ様子だった。

 智君のこと、大切に思ってるんだなぁ。

 私も、孝宏君にとっては、友達に過ぎないんだろうけど、ただ一点だけ……この秘密の場所を教えてもらえたということだけは、胸を張れる事実だった。

 さっきの会話から、智君でさえも、この場所を教えてもらっていないことが分かったし。




「もうこんな時間か」

 しばらく楽しくおしゃべりしていると、腕時計を見ながら孝宏君がつぶやいた。

「ここで見せたいものが一つ、あったんだけど、今日のところはいったん帰ろっか。そろそろ帰って準備しないと、夏祭りに間に合わないからね。次、来たときは、それもお見せできると思う」

「今日は時間的に見られないんですね」

 何だろう。

 さっき言ってた花火かな。

 それとも、星なのかもしれない。

 そういえば元々この場所を「天体観測スポット」って言っていたぐらいだし。

「うん、でも近いうちにお見せするよ。例えば、明日なんか、どうかな?」

「よろしく!」

「じゃあ、決まりだね」

 笑顔で言う孝宏君に、私も笑みを返した。

 すごく楽しみ!

 今日のところは残念だけど、今日は今日で、このあとの夏祭りも楽しみだ。

 美麗さんが来るっていうことで、不安もあるんだけど。

 でも、何より、孝宏君と一緒に夏祭りに行けるっていうことが嬉しいから。


 そして私たちは、元来た道を引き返していった。


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