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呪われた皇女と獣王  作者: Nono
11/11

第10話 いちごの苗と怒れる獣

「……いちごが、育てられるんですか!?」


「ああ。ちゃんと世話をすればね」


「……本当ですか!?」


思わず身を乗り出した。


(……すごい!)


(……種より、ずっと早く育つんだ!)


「ただし、今はずいぶん値が張るよ」


「……?」


(……ねがはる……?)


「……それは、どういう意味ですか?」


「値段が高いってことさ」


「……そうなんですか!」


(……知らなかった……!)


「……ふぅん」


おじいさんが、何かを考えるように黙り込んだ。


細長い耳が、ぴくりと動く。


「何しろ、冬に入ったばかりだからね。それに、ここ何年も不作が続いているだろう? 種も苗も貴重なんだ」


「……そうなんですね……」


おじいさんは、お店の奥へ歩いていった。


ごそごそと何かを動かす音がする。


「……あった、あった。これだよ」


ことり。


目の前に、何かが置かれた。


そっと魔素を巡らせる。


小さな鉢の中から、何枚もの葉が伸びていた。


(……わぁ……!)


(……これが、いちごの苗……!)


「……触ってもいいですか?」


「ああ。優しく触っておくれ。今は貴重な苗だからね」


「はい!」


そっと手を伸ばす。


指先に、小さな葉が触れた。


薄くて、柔らかい。


(……ふふぅ!)


(……かわいい……!)


「これを植えたら、いちごができるんですか?」


「ああ。きちんと育てれば、暖かくなる頃には花が咲いて、実もつくだろうね」


「……!」


(……お花も咲くんだ……!)


(……それから、いちごが……!)


頭の中に、小さな畑が浮かんだ。


いちごがいっぱい実ったら、毎日少しずつ食べられるかもしれない。


(……ふふぅ!)


(……楽しみだなぁ……!)


「ただねぇ、今あるのはこれだけなんだよ」


「……そうなんですか?」


「ああ。金貨五枚だね」


「……きんか?」


思いがけない言葉に、首を傾げた。


「……ご、五枚……!?」


ミーナさんの長い耳が、ぴんっと跳ね上がった。


「金貨五枚、ですか……!?」


「……?」


(……ミーナさん?)


「そんな……私のお給金の、何か月分になるか……!」


長い耳が、小刻みに震えている。


(……それってどういうこと?)


「……いくら何でも、おかしくありませんか?」


ミーナさんが、珍しく強い口調で言った。


「いちごの苗が、金貨五枚だなんて……!」


「……ミーナ」


アビゲイルさんが、静かに名前を呼んだ。


その尻尾が、ぱしりと地面を打つ。


「でも、アビゲイルさん……!」


「……ええ。ぼったくりもいいところですわね」


「……!」


(……ぼった……くり……?)


(……くりのことかな……?)


(……おいしいのかな……?)


「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでおくれ」


おじいさんの細長い耳が、後ろへ傾いた。


「今は冬だし、不作も続いてる。苗を一つ育てるのだって、簡単じゃないんだよ」


「……それは承知しておりますわ」


アビゲイルさんが答えた。


尻尾の先が、ゆっくりと左右に揺れている。


「王宮にさえ、限られた量しか入ってこない苺ですもの。苗が貴重なのも理解しております。ですが、いちごの苗の相場は銀貨十枚ほど。いくら品薄とはいえ、金貨五枚など、あまりに法外ではありませんか?」


「だったら、ほかを当たっておくれ。こっちだって、無理に買ってくれとは言ってないんだからね」


「…………」


(……銀貨、十枚……?)


(……金貨、五枚……?)


(……あれって、いいことをした人がもらえるご褒美だよね……?)


昔、お父様(皇帝陛下)が家臣に金貨を与えていたことを思い出す。


(……いちごを育てるのに、ご褒美が必要なのかな……?)


「……金貨って、お買い物にも使うんですか?」


思わず尋ねた。


「……お嬢様?」


アビゲイルさんの声が、少しだけ高くなった。


猫耳が、ぴくりと動く。


「ええ。金貨も銀貨も、お金ですわ」


「……お金……?」


(……お金……)


(……あっ!)


そういえば、お母様から聞いたことがある。


物を買うときには、お金というものが必要なのだと。


(……そっか!)


(……金貨も銀貨も、お金だったんだ……!)


(……それで、いちごを買うんだね!)


(……お金、持ってたかな……?)


そっと、ドレスの右のポケットを探る。


(……ない)


今度は左。


ごそごそ。


(……あっ!)


何かが指先に触れた。


嬉しくなって取り出す。


(…………)


(……ハンカチーフ……)


(……お金、なかった……)


(……どうやったら、手に入るのかな……?)


「……あの」


「ん?」


「……お金、持っていません……」


「…………」


「……こ……お嬢様」


アビゲイルさんの猫耳が、ぴくりと跳ねた。


それから、深いため息をつく。


「お金も持たずに、苺の苗を買おうとしていらしたんですの?」


「……すみません……」


「…………」


アビゲイルさんは何かを言いかけて、口を閉じた。


尻尾の先が、落ち着かなげに揺れる。


「……いえ。こちらも、そこまで気が回りませんでしたわ」


「……?」


「お嬢様に割り当てられたお金はございますけれど、あいにく今日は持ち合わせておりませんの」


「……えっ?」


(……私の、お金……?)


「じゅう……旦那様が、お嬢様のためにご用意なさったものですわ。衣装や宝飾品だけでなく、自由にお使いいただけるお金もございますのよ」


「……そうなんですか!?」


(……知らなかった……!)


(……旦那様って、獣王様のことだよね。きっと……)


「……次からは、必要なものを事前に確認いたしますわ」


「……はい!」


アビゲイルさんの尻尾が、ゆっくりと揺れた。


(……そっかぁ……)


(……私にも、お金があったんだ……!)


(……獣王様って、優しいんだなぁ……)


(……でも、今日は持ってない……)


(……いちご……)


「……そうかい」


おじいさんの声が、少し残念そうに響いた。


「それじゃあ、売るわけにはいかないねぇ」


「……はい……」


(……そっかぁ……)


(……今日は、買えないんだ……)


目の前には、ずっと探していたいちごの苗。


種ではなかったけれど、もう小さな葉っぱが育っていて。


これから花が咲いて、実がなるかもしれない。


(……いちご……)


もう一度だけ、そっと葉に触れた。


(……育てたかったなぁ……)


名残惜しく思いながら、ゆっくりと手を離した。


「……買えないなら、もう帰っておくれ。こっちも商売なんでね」


おじいさんの声が、少し冷たくなった。


「……はい。すみません……」


(……残念……)


そのとき。


「……グルルルル……」


低い唸り声が聞こえた。


(……ん?)


足元に意識を向ける。


クーの背中の毛が、ぶわりと逆立っていた。


ふさふさの尻尾が大きく膨らみ、激しく左右に揺れている。


「……クー?」


「ひっ……!」


突然、おじいさんが短い悲鳴を上げた。


細長い耳が、ぺたりと後ろへ倒れる。


「な、なんだ……!? お前、今……!」


(……え?)


「……グルルルル……!」


クーの唸り声が、さらに低くなる。


がたんっ!


何かが倒れる音がした。


「や、やめてくれ……!」


おじいさんの声が震えている。


「わ、わしが悪かった……! だから、食わないでくれ……!」


(……食べる……?)


(……何の話だろう……?)


「わ、わしには病気の妻がいるんだ……!」


おじいさんが、必死に訴える。


「妻の薬代が必要だったんだ! だから、あんな値段を……!」


(……えっ……?)


(……奥さんが、病気なの……?)


(……店主さんは店主さんで、お金が必要だったんだ……)


「……グルルルルル……!」


その瞬間。


クーの尻尾が、ぶわっとさらに膨らんだ。


「ひぃっ……!」


「う、嘘じゃない! 本当なんだ! 信じてくれぇっ!」


(……嘘……?)


(……どうして、そんなことを……?)


そのときだった。


〈……この、くそじじ……!〉


(……っ!?)


突然、頭の中に怒りに満ちた声が響いた。


〈ルシアを騙そうとしただけじゃ飽き足らず……!〉


〈この期に及んで、まだ嘘をつきやがるのか……!〉


「……クー?」


「ひぃぃっ!」


おじいさんが悲鳴を上げた。


「お、お嬢様……!」


ミーナさんの声が震えている。


長い耳が、ぺたりと伏せられていた。


「ま、またこの声……! フィラックスって、やっぱり怖いです……!」


「……ええ。同感ですわ……」


アビゲイルさんが、緊張した声で答えた。


その猫耳も、後ろへ倒れている。


尻尾は、ぴたりと動きを止めていた。


(……あれ?)


(……ミーナさんたちにも、この低くて大きな声が聞こえてるんだ……)


(……クーの声……だよね?)


(……いつもの可愛い声も好きだけど、こっちの凛々しい声も好きかも……ふふっ)


(……もしかして、クーが怖がられるのって……しゃべり方の問題かな?)


(……みんなには、こっちの声でお話ししてたのかな……?)


そのとき、クーが勢いよく地面を蹴った。


魔素の輪郭が、おじいさんの方へ飛び出す。


(……っ!)


「……クー!」


慌てて手を伸ばし、飛びかかる寸前のクーを抱きとめた。


「……駄目だよ!」


「……グルル……」


「おじいさんを怖がらせちゃ駄目!」


それから、そっと頭を撫でた。


「……それに、『くそじじ』なんて言っちゃ駄目!」


お母様が言っていた。


悪い言葉は、いつか自分に返ってくるのだと。


(……クーに、嫌なことが返ってきたら大変……!)


〈……きゅっ!?〉


クーの耳が、ぴんっと立った。


さっきまで大きく膨らんでいた尻尾が、しゅるりと下がる。


〈どこから聞こえてたっきゅ!?〉


(……クーは、そっちが本性なの……?)


〈きゅっ! なんの話っきゅ?〉


(……クーったら!)


〈……きゅぅ……ルシアに怖がられるの、嫌だっきゅ……〉


クーの耳が、しょんぼりと伏せられた。


(……あれ?)


(……落ち込んじゃった……?)


「……いい子だね」


そっと頭を撫でると、クーの尻尾がふわりと揺れた。


「きゅう!」


(……ふふぅ!)


(……やっぱり、クーはいい子!)


「……な、なんだ……?」


おじいさんの声がした。


「……ずいぶん、大人しくなったじゃないか……」


先ほどまで後ろへ倒れていた細長い耳が、ゆっくりと持ち上がる。


(……ん?)


「……お嬢様」


アビゲイルさんが、低い声で呼びかけた。


「……そろそろ参りましょう。あまり長居するのは得策ではございませんわ」


「……はい!」


(……そうだよね……)


(……いちごの苗、買えなかったし……)


「……ミーナ。周囲に気を配ってちょうだい」


「は、はい……!」


ミーナさんの長い耳が、ぴんっと立った。


(……あれ?)


(……二人とも、なんだか緊張してる……?)


そのとき。


「……おい」


おじいさんが、低い声で呼び止めた。


「……あんたたち、いったい何者なんだい?」


「…………」


アビゲイルさんの猫耳が、わずかに後ろへ傾いた。


「……ただの買い物客ですわ」


「……ふぅん」


おじいさんは、何かを考えるように黙り込んだ。


「……それにしちゃ、妙な格好をしてるじゃないか」


「…………」


「顔を隠したお嬢ちゃんに、獣人の付き人が二人……。おまけに、野生のフィラックスの子供まで連れている」


「……詮索はご遠慮くださいませ」


アビゲイルさんの声が、少し冷たくなった。


尻尾が、ぴたりと動きを止める。


「……へぇ」


おじいさんが、鼻を鳴らした。


「……そうかい、そうかい」


その細長い耳が、すっと立ち上がる。


(……?)


(……なんだろう……?)


「……お嬢様。参りますわよ」


「……はい!」


アビゲイルさんに手を引かれ、歩き出そうとした。


けれど。


「……だ、誰か……!」


突然、おじいさんが大声を上げた。


「誰か、助けてくれぇぇっ!」


(……え?)


「こいつらだ! こいつらが店で騒ぎを起こしたんだ!」


「……えっ!?」


「いちごの苗を盗もうとしたんだ! 誰か、警備隊を呼んでくれ!」


すると、人混みの中から声が上がった。


「強盗だって!?」


「強盗!? どこだ!」


(……ごうとう……?)


(……え?)


(……誰が……?)


「……お嬢様!」


アビゲイルさんの猫耳が、ぴんっと立った。


その尻尾が、大きく揺れる。


「逃げますわよ!」


「……えっ!?」


「ミーナ! 行きますわよ!」


「は、はいっ!」


ミーナさんの長い耳が、びくんっと跳ね上がった。


「きゅう!」


クーも短く鳴いた。


次の瞬間、ぐいっと手を引かれた。


「わっ!」


慌てて足を動かす。


「ア、アビゲイルさん……!?」


「今は説明している場合ではございませんわ!」


アビゲイルさんの声が、いつになく切迫していた。


「このまま騒ぎが大きくなれば、お嬢様の身元まで知られてしまいます。それに、フィラックスがまた暴れ出したら……!」


「……クーが?」


腕の中で、クーが小さく鳴いた。


「きゅう?」


その尻尾が、ふわふわと揺れている。


(……クー、もう怒ってないよ……?)


けれど、アビゲイルさんは足を緩めない。


「とにかく、今はここを離れます!」


「は、はいっ!」


石畳を蹴る足音が、慌ただしく響いた。


「待て! そこの者たち!」


背後から、鋭い声が飛んでくる。


「警備隊だ! 止まれ!」


(……け、警備隊!?)


(……なんで!?)


「お嬢様! 足元にお気をつけください!」


「は、はいっ!」


アビゲイルさんに手を引かれながら、必死に走る。


「強盗だ! 逃がすな!」


(……ごうとう……!?)


(……強盗さんがいるの!?)


「ア、アビゲイルさん!」


「何ですの!?」


「……強盗さんがいるみたいです! 危ないですよ!」


「…………」


一瞬、アビゲイルさんの足がもつれた。


猫耳が、ぴくりと跳ねる。


「……お嬢様」


「はいっ!」


「……その強盗というのは、恐らく私たちのことですわ!」


「…………」


(…………え?)


(……私たちが、強盗……?)


(……強盗って、何かを盗む人のことだよね……?)


(……でも……)


(……いちごの苗、盗んでないし、買えなかったのに……?)


「そこの三人! 止まれ!」


(……三人……?)


私と、ミーナさんと、アビゲイルさん。


(……ちょうど、三人……)


「……っ!」


(……ほ、本当に私たちのことだぁぁ……!)


「お嬢様! 前を向いてくださいませ!」


「は、はいぃっ!」


後ろから迫る、いくつもの足音。


逃げても、逃げても、警備隊の声が追いかけてくる。


(……どうして……!?)


(……私……)


(……ただ、いちごの苗が欲しかっただけなのにぃぃ……!)


第10話を読んでくださり、ありがとうございます!


今回も、初めての城下町を冒険するルシアの様子をお届けしました!


前回、ようやくいちごの苗を扱うお店にたどり着いたルシア。


そして今回、ついに念願のいちごの苗を発見!


……よかったね、ルシア!


これで安心して、いちごを育てられる……と思いきや。


まさかの金貨五枚!?


そして、気がつけば……強盗に!?


……あれ? いちごの苗を買いに来ただけですよね?(笑)


◇◇◇


そして、今回はもう一つ!


とうとう、ルークの二面性にルシアも気がつき始めたようですね。


いつもの可愛らしい「きゅう!」とは打って変わって、突然の凛々しい声!


周囲の獣人たちが恐怖に震えるなか、ルシアはというと……。


(……こっちの凛々しい声も好きかも……ふふっ)


……どうやら、怖がるどころか気に入ってしまったようです(笑)。


しかも、ルークの言葉遣いまで注意する始末。


……ルーク、頑張ってください(笑)。


今後の二人のやり取りも、温かく見守っていただけたら嬉しいです!


◇◇◇


さて、いちごの苗を探すだけのはずが、思わぬ大騒動に発展してしまった今回のお話。


ルシアにとっては、初めて知ることばかり。


お金のこと、買い物のこと、そして……強盗に間違えられることまで!?


果たして、ルシアたちはどうなってしまうのでしょうか?


次回、第11話もお楽しみに!


◇◇◇


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小説とはまた違った形で、ルシアたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです!


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一言でも、絵文字一つでも大歓迎です。


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これからも週1回の更新を目標に、ルシアたちの物語を大切に書き進めていきたいと思います。


© 2026 Nono


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