第81話 銀狼族
ええ?
まさかの真実に書架に集まっている面々は一瞬言葉を無くす。
この、多分普通の図書館では出入り禁止になってもおかしくない所業をやらかした男に、かつて魔道を教えた師匠が今『天空図書館クエル・ストラスファ』の大司書をやっている。
何やら理解が追い付かなくなりそうな程に情報過多になって来たのを、皆は感じ始めていた。
中でも特に頭から煙が出そうな表情になっていたのは勿論セレスで、
「ええと、昔オヤジが本を持って行った図書館の司書さんがオヤジの昔の先生で、今は図書館を管理していて~・・・」
と言う状態になっている。
本来ならばこの辺で誰かが「お茶にしましょうか?」と言ってくるのだが、時間が刻一刻と迫っている状況では、お茶をして時間を使おうと言う思考が働く者は居なかった。
それに今回『慟哭の門』を使っていく場所は、一瞬でも行くのが難しい初めて足を踏み入れる場所で。
その場所にソフィアステイルもよく知っている人が行った事があると言うのならまだ、時間軸を超えてでも白壁の大陸に行ったりした時の様に移動できたのだが、件のソフィアステイルでも未だ『天空図書館クエル・ストラスファ』には足を踏み入れた事も無ければ、知り合いが働いていたりもする筈も無かった。
「セレスの理解の速度はちょっとそこらに置いといて、まずは何故この図書館に行く必要があるのかの説明をしてもらおうかの?」
レオルステイルは、一人でブツブツ理解を深める最中のセレスを置いておいて、ソラ・ルデ・ビアスにその理由を尋ねた。
「流石、拙者の奥さんなだけはあるね。鋭い指摘だよ。」
言いながら、どこからともなく出したハンカチで目元を拭った。
そして、
「実はこの『天空図書館クエル・ストラスファ』の主であるクエル・ストラスファは、銀狼族なんだよ。」
と言って、にんまりと笑った。
なるほど!!
急にセレスの思考が回復して、新たな情報に対しての意見を口にする。
「だからオヤジの師匠にもなりえるし、赤い月時代からの知り合いでもあったりする訳だ!」
銀狼族なら。
銀狼族は長命の種族で、平均的な寿命は古エルフに近い800年を要する。
若い年齢の銀狼族でも軽く300歳にもなっている者が多いので、赤い月出身者とでも何ら問題なく付き合いを続けていられるのだ。
「と言う事は、もしかしてその『天空図書館クエル・ストラスファ』に行く最大の理由は、クエル・ストラスファさんを一緒にルキソミュフィアに連れて行く事なんですね。」
今までのソラ・ルデ・ビアスの話を総合的にまとめて理解したコレットが、今までの扉の道程を鑑みた解答を彼にぶつけた。
「ご明察!と言いたい所だが、もう一つ足りない。」
良い感じの解答をもたらしたかに見えたコレットの返答だったが、もう一つ足りない要素があった。
「それは多分、クエル・ストラスファさんが疾風の技を使える人だからじゃないですかね?」
今までずっと話を聞くだけの側に徹していたグレアラシルが、最大の解を答えた。
「当たり~!グレアラシル君正解!!」
そう言ってソラ・ルデ・ビアスは、またしてもどこからともなく取り出したパーティグッズをグレアラシルに向かって放った。
パーン!と言う軽い音を立てて、グレアラシルの方に色とりどりのリボンが飛ぶ。
他の面々も、小さな拍手でグレアラシルを称えたが、一人ソフィアステイルだけはジト目を書架の主に向けるだけだった。
「で、話の続きは?」
穏やかな喜びの雰囲気を打ち壊すかの如く、ソフィアステイルは話の続きを要求した。
「あ、ああ~そうだね。続き続き。」
書架の主は、先程出したハンカチで汗を拭いながら、続きを話し始める。
「銀狼族である彼だけど、結構高齢なんだよね拙者の師匠なだけあって。でも、銀狼族の中で疾風の技を使える人の中では最古参な訳、つまりこの大陸のあるこの星の中で行ったことが無い場所が存在していない程の人なんだ。」
物凄く凄い情報をサラリと、書架の主は言う。
「それって、一応神族である私をも超える知識と経験をされていると言っても過言では無いですね・・・・」
コレットに至っては、その情報量の凄まじさを聞いただけで圧倒されている状態だった。
「師匠は赤い月歴で1000年を生きている存在だからね、この星の時間軸では3000年以上を生きていると言っても過言では無いだろう。」
そう言って、この空のどこかに浮かぶ天空図書館に思いを馳せた。
「蒼壁の大陸のあるこの世界で3000年?そりゃまた凄いご老体だな~・・・・」
長命のエルフであるベルフォリスでさえも、途方に暮れそうな年月を生きるている事に畏敬の念を感じる程だった。
「ただね、多分皆が思っているほど老体ではないし、会ってみたら結構驚くと思うんだよね~。」
高齢の銀狼族を想像して絶している面々に、明るく軽やかにソラ・ルデ・ビアスは話しかける。
「話の最初の方で言った、どうしても『赤の孤島』にある小屋に入れないって言った話、覚えてる?あの時どうやって拙者が『赤の孤島』に行ったのか話してなかったけど実は、師匠に連れて行ってもらったんだよね。」
先程の、どこからともなく出したハンカチで汗を拭いながら、『赤の孤島』に行った時の状況を説明した。
「『赤の孤島』はさ、神族の支配下から離れた後、『天空図書館クエル・ストラスファ』が管理していたんだよね。だから師匠はあの島に自由に行き来出来るんだよ。」
そう言って、書架の主はもう、コップの中で冷たくなっていたお茶を飲み干した。
この話を聞いて安堵していたのはコレットだった。
あの後、自分があの島を出て神界に行った後の島はどうなっていたのか?と、心の中でずっと小さな棘の様に引っかかっていたのだ。
もしかしたら今も、誰にも見つけられる事のない絶海の孤島のままだったら・・・でもその方が島の為には良い事かも知れないと、心の中で思い続けていたのだ。
それが、あの後どんな経緯があったのかは分からないが、割とちゃんとした機関である『天空図書館クエル・ストラスファ』にて管理されていたと言う事実を聞いて、コレットの中ではあの孤島に関して心配する日々が終わった。
そう思える日が来た事を、心の底から喜んだ。
コレットはこの事を一人でこっそりと喜んでいたのだが、レオルステイルだけには気付かれた。
「そうか・・・・・お主、あの島の事をずっと気にかけていたのじゃな・・・・良かったのう、まぁまぁちゃんとした所に管理されていたのは本当に運が良かったと儂は思うぞ。」
と、こっそりコレットだけに聞こえる声でレオルステイルは伝えた。
コレットは、自分には本当の親も居らず、かつては自分を世話してくれていたアリ・ラナティアが親の様に接してくれていた時間を親子の関係の様に思っていたのだが、セレスの母であるレオルステイルにも似たような感情を抱いている自分に気が付いた。
多分本当の親と言う存在は、子供の色んな心理状態にも細やかに気付ける存在なのだろうと、コレットは心の中が満たされて行く感覚を得ていた。
「ともすれば、その、自由に行き来できる師匠とやらに最終的には『赤の孤島』に連れてってもらうって事で良いのじゃな?」
レオルステイルは再確認とばかりに、ソラ・ルデ・ビアスに話しかけた。
他の面々も、頭の中の整理が追い付いたセレスも、オヤジの言葉に注目している。
急に書架のメンバーに注目され始めた事に気付いた書架の主は、意気揚々としながら話し始めた。
「とりあえずまず、誰が『天空図書館クエル・ストラスファ』に行くのか決めようか?」
確かに。
そこに居た全員が、小さく首を縦に振った。




