第68話 コレット
気が付くと、しばらく時間が経った魔王城になっていた。
城の庭では、何やら弓矢の使い方の講習の様なものが開かれていた。
そこには、まだ小さな子供のソフィアステイルやレオルステイルも見えたので、この頃からミカゲは彼女らと知り合いと言うか面識があったのかも知れない。
(この辺の記憶が曖昧なんだち)
そう言って頭を悩ませる。
弓の指導をしているのはあの、卵型の容れ物に入って落下してきた『アリ・エルシア』だった。
初めて弓矢を見ると言った感じの子供たちに、丁寧に使い方を教えていた。
当の御影の方だが、この頃には人化出来るようになっているらしく、女神の姿を魔王の傍らで見守っている様だった。
「御影、お前は弓の講習を受けたりしないのか?」
唐突に魔王が尋ねる。
しかし御影は、
「あちしにはこの鋼鉄の如き腕と身体があるんだち!武器は必要ないんだちね!」
と言い放ち、偉そうにした。
魔王の方も、まぁ確かにな~と言った面持ちで、御影を見ていた。
そんな2人の視線に気づいたのか、弓の指導をしていた『アリ・エルシア』が近づいてきた。
「こんにちは、良かったらお二方もどうですか?と言っても、魔王様には不要ですね。そちらの従者の方も竜でしたものね。確かに竜のブレスの威力には、私の弓は敵いません。」
そう言って、にっこりと笑う。
そう言えば、こんなにも御影の近くに『アリ・エルシア』が接近してきたのは初めてだった。
多分今がミカゲが声を掛けられる最大のチャンスだと言っても過言ではないだろう。
(行くぞあちし!コレットに声をかけるち!)
現実世界のミカゲは、思い切って過去の映像の中に居る美女の姿のコレットである『アリ・エルシア』に叫んだ。
(コレット!起きるんだち!!本物のあちしはココにいるち!!)
過去の夢の中の世界の住人、つまり魔王や御影や幼いレオルステイルやソフィアステイルは全く動じることなくその場の風景に溶け込んでいたが、一人『アリ・エルシア』だけは急に表情が硬くなった。
「ミ、ミカゲなの?」
そう言って周囲を見回す。
見まわした先の少し高い位置から現代のミカゲの姿を見つけると、『アリ・エルシア』の姿はみるみるコレットの姿に変貌していった。
「ミカゲ!!」
コレットはミカゲに向かって走る。
ミカゲは、
「手を出すち!あちしが引き上げるち!」
近づいてくるコレットに右手を差し出した。
コレットも手を伸ばすが、なかなかミカゲの手に届かなかったが、それまで風景の一部の様に佇んでいた過去の御影が動き出し、コレットを抱きかかえてミカゲの手を掴ませた。
「過去のあちし!ありがとうだち!!」
ミカゲは過去の自分に礼を言う。すると、
「礼には及ばないち。未来のあちし、『エルシア』を頼むんだち!」
言いながらニッカリと笑って過去の風景に再び溶け込んだ。
「あちし・・・なんてイイヤツなんだち!」
事情を知らない人から見たら自画自賛かな?と思われそうな言葉を呟きながら、過去の自分に託された少女をミカゲは引き上げた。
暗闇の、上も下も無い空間の中にミカゲはコレットを引き入れる。
その瞬間、今まで過去の世界を映し出していた世界の映像がスゥ~っと消え、そこにはミカゲとコレット2人だけが取り残された。
静寂の中、ミカゲはコレットを抱きしめた。
「やっと見つけち、コレット良かったち・・・」
滅多に涙を流さないミカゲの赤い瞳から、大粒の涙がこぼれた。
それをコレットは、手の甲でやさしく拭う。
「ごめんね、ミカゲ。私、多分このまま死ぬつもりだったんだと思う。でも、ミカゲが助けに来てくれて嬉しかった。」
抱きしめられたコレットも、ミカゲの身体を強く抱きしめた。
「色々・・・色んな事が分かったち。コレットは今はコレットの姿をしているけど実は・・・」
「そうね、私も心の奥底まで沈んでみて知ったのだけど、私が『アリ・エルシア』自身だったのね。」
そう話すコレットの青い瞳は、かつての自分に自信が無い魔導士の少女の目ではなくなっていた。
「それに、こんな昔からミカゲの事を知っていたのに忘れてしまっていたなんて、何か申し訳ない気持ちでいっぱいいよ。」
と言って笑う。
その事に関しては、
「あちしも実はコレットの事忘れていたんだち。魔王城でしばらく一緒に暮らしていた記憶が実はゴッソリ抜け落ちているんだちよ。何者かが意図的にその部分の記憶だけ消したみたいなんだち。」
ミカゲは、自身の思い当たるフシをコレットに話した。
「と言う事は私達、どこかで何者かの陰謀に巻き込まれた過去があるのかもしれないわね。」
コレットは抱擁をほどくと、座り込んでいたその場から立ち上がろうとする。
しかし、上も下も地面も壁も無い空間では、思う様にバランスが取れないでいた。
「何かこの空間、バランスが取りづらいな~。」
と言って眉間にしわを寄せるコレットを見たミカゲは、
「あちしが心配していたよりも元気そうで良かったち。」
そう言って、不安定な空間で何事も無かったかのように立ち上がった。
「そろそろこの世界を脱出するち。外でセレスとレオルが待ってるち。」
言いながら、コレットの手を引こうとした。
所が、予想に反してコレットはミカゲの手を取ろうとしない。
「どうしたち?まだ何か外に出られない理由があるち?」
疑問に思ったミカゲが問いかけた。すると、
「ミカゲ、実は私多分、こんな状態になる前のコレットとは違う人間になってしまっている可能性が高いの。『アリ・エルシア』の記憶を取り戻してしまったの。だから本当ならミカゲ達と一緒に行動するのは多分もしかすると、皆に危険な事が降りかかる可能性があって・・・」
コレットの話の途中でミカゲは、コレットの口を両の手で塞ぐ。
「そんなの、どーでも良いんだち。昨日のコレットと今日のコレットが例え別人でも良いんだち。あちしは、コレットが無事に生きてあちし達と一緒に居てくれれば、それでイイんだち。」
コレットの口を塞いだまま、ミカゲはコレットを説得した。
「コレットはコレットで、昔は神様だったかも知れないけど今はただの魔導士のコレットなんだち。」
満面の笑みをミカゲはコレットに返した。
青い、深い湖の色の瞳から大粒の涙がこぼれた。
そして、小柄な竜の少女の手を取って、明るい光の差す方向に2人で歩いて行った。




